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真莉亜11歳の春。


朝、登校すると、昇降口前の掲示板には人だかりが出来ていた。

ぽつぽつと人垣が崩れ始めたところで、掲示板を見に行く。


雄斗は車から降りるとダッシュで昇降口まで走って行ってしまった、雄斗は心待ちにしていたから無理もないか。


自分の名前を一組から順に探して行く。


神よ、わたくしは二年の苦行に耐えました、どうかお慈悲を!


春休みの間、毎晩、寝る前にベッドでお祈りをしていた。朝は朝で、仏壇にごはんとお水をお供えした後、ご先祖さまにしっかりお願いをした。普段やりつけていないくせに調子がいいと思うが、きっとご先祖様は笑って許してくださるに違いない……と勝手に思っている。


自分の名前を見つけた後、新しいクラスメイトの名前を確認する。

わたしが子供の頃は出席簿にしろ、こういうクラス分けの掲示物にしろ、男子が先で女子が後だったのだが、今は男女平等で性別関係なく、名字のあいうえお順に並んでいる。


綾小路の『あ』は先頭なので見つけ易い、無かったのでほっとした。またあの嫌がらせの日々が続くかと思うと、本格的に胃薬を飲む羽目になりそうだったからだ。


次に『は』行に移る。その前に武清の名前を見付けた。学苑でクラスメイトになるのは初めてだなぁと思いつつ、視線を横に流していくーーーない、やった、神は我を見放さなかったのだ!ああ、神よ、感謝いたします!


その代わり、佐央里ちゃん、綾花ちゃん、愛美ちゃんとは離れてしまった……あーあ、残念。とりあえず、教室に行かなきゃ。蛇足だが、天宮さんともクラスは分かれた。彼女は、今度は綾小路と同じクラスだ。


下駄箱で上靴に履き替え、二階へ上がる。二階は5、6年生の教室と、音楽室、美術室などの専門科の教室がある。

教室に入ると、出席番号順に席に座るように、黒板に座席表が貼り出されていた。

大道寺だと、うまくすると後ろのほうの席になるんだけど……今回は後ろから二番目の席、真ん中辺りか。出来れば窓際がいいんだけど、大体、最初の頃はあ~さ行くらいまでの子の席になっちゃうんだよねぇ。


予鈴が鳴って、みな席に着く。わたしが顔を知っているのは、武清くらいかなぁなんて思っていたら。


おお、やっぱりいた『ゆずさまの会』メンバーが。


綾小路とのお昼休みに『ゆずさまの会』メンバーが増え始め、頃合いを見て離脱したのだが、わたし達が離脱するちょっと前くらいに加わった人だと思う。だから、顔しか知らないんだ、向こうも同じかもしれないけど。


先生が入ってきて、朝の会が始まり、新しい教科書や時間割が配られた後に、クラブ活動の説明があった。

プリントを見ると、運動系と文科系に分かれていて、四月の半ばまでに入会希望者は申し込むように書いてあった。活動開始は五月の連休明けからのようだ。


課外活動の一環だそうだけれど、鳳仙は私立なので任意で入会らしい、人によっては塾や習い事があるから、週三回の活動も難しい生徒がいるんだろうなぁ……わたしもこれから忙しくなるので、悩ましいところだ。

新しい教科書やプリントをランドセルにしまって、帰り支度をしながら、今日は久しぶりに図書館に寄ってみようかなぁと考える。


ガタガタと椅子を引いて立ち上がると、斜め後ろの席に座っている武清も立ち上がろうと椅子を引いたようだ。別に隠しているわけではないけど、わたしも武清もことさら親戚ということを強調したことはない、同じクラスになっても、それは変わらないだろう。


「帰るのか?」

後ろから声がかかった。振り返ると、武清が立っていた……あれ、少し大きくなった?

その事には言及せずに、わたしは答えた。


「そうね、ちょっと寄るところがあるけど」

「ふぅーん、そっか、じゃあまた明日な」

「またね」

武清に手を振って教室を出た。


外はぽかぽかとしたいい陽気だった。

色鮮やかに咲いたチューリップやガーベラを見ながら庭園を歩いていくと、図書館が見えてきた。


図書館に入ると、外の陽気とは裏腹に少しひんやりした。古い本の匂いを嗅ぐと、なんだか落ち着く。


お目当ての日本文学コーナーで、背表紙を眺めていく。わたしには贔屓の作家さんがいるのだが、ここにある分は全部読んでしまったので、新たに開拓しなくてはならない。興味を惹かれそうなタイトルをゆっくりと探すのも、また楽しい。


わたしは好きな作家さんをコレクションするタイプなので、前世では活字にしろ、コミックや薄い本にしろ、同じ作者、同じサークルのものを買っていた。大抵の場合、ハズレがないし、何より自分好みのストーリー展開、絵づらだったりするので、ああ、買って損したというのがあまりないからだ。


たまに開拓すると、成功もすれば失敗もする。そこも楽しいと言えば楽しいけれど、社会人になってからは失敗を恐れるようになった……なぜなら、時間がないからだ。わたしはじっくりと読書をするタイプなので、失敗すると物凄く時間を損した気分になる。漫画や薄い本はハードル設定が元々低いので、その限りではなかったけれど。


そんなわけで、現在、開拓作業に没頭していたのだけれど、いかんせん背が足りない。上のほうの本は、背伸びしてもタイトルがよく見えない。仕方ない、脚立を探しに行くか……。


書架の間を縫って脚立を探しに行くと、あったあった、階段式の脚立を見つけてよっこらせと運ぶ。なんだかんだ言っても、今年11歳になるわたしの身体はまだ子供だ。時々、大人だった時の感覚で物を持てると思うと、とんでもなく重く感じて閉口することもあった。


運び終わった脚立に昇り、上のほうのタイトルを見ていくと、ちょっと気になるものを見つけた。今日はこれを借りてみようか……そう思って手を伸ばし、背表紙に指をかけた瞬間……あ……。


するりと本が落ちていく。


あーあ、落としてしまった。本が傷むから気を付けていたのに……。

急いで脚立から降りて拾おうとすると、一足先に誰かの手が本を拾い上げた。

「あ、ありがとうございます!」

脚立を降りながらお礼を言うと、拾い上げた人物がわたしと本を見比べていた。

「どういたしまして……でも、この本、君が読むの?」

大学生、二十歳くらいかな、色白で線が細く栗色の髪をした、目元が涼やかな青年がわたしに本を手渡してくれながら、首を傾げる。

疑問に思うのは無理もない、わたしが借りようとしているのはハードカバーでルビも振っていない、小学生が読むにはちょっと難解そうな部類のものだから。


「はい……いけないでしょうか?」

「いけなくはないけど……それ、どんな本か知ってて借りるの?」


「いいえ、タイトルが面白そうだったので。読んだことがおありですか?」

「あるよ」


「いかがでした?面白かったですか?」

「うーん……君、初等部の生徒だよね?」


「はい」

「それ、すごくいい話なんだけど……」

「わぁ、本当ですか?」読んだ人がそう言うのなら、良い本なのかもしれない。好きな系統かどうかは別の話になるけれど、わたしはわくわくしていたのだが。


「ものすごく濃ぉーい恋愛小説だよ?しかも、その……」

なんだか言いにくそうにしてるけど、なんだろう?


「君にはちょっと、いや、だいぶ早いんじゃないかな、うん」

「早い……ですか?」

「そうだね、もう少し大人になってから読むといいよ」

わたしの頭を一撫ですると、本棚に本を戻してしまった。ああっ!!濃くても無問題なのにーーー!


「それよりもこっちはどう?大人向けファンタジー小説だけど、君なら読めるんじゃないかな?」

同じ棚の、別の一冊を取り出して、わたしに手渡してくれた。

「お勧めなんですね……せっかくなので、借りてみます、ありがとうございます」

わたしはペコリと頭を下げて、脚立を片付けようとうんしょっと持ち上げたら、急に軽くなった。


「いいよ、これは僕が持ってあげる」

「そんな……ちゃんと自分で元の場所に返しますよ」

「レディは紳士の申し出は素直に受け取るものだよ?」


な、なんとまぁ、歯の浮くようなセリフを!でもこの人が言うと、素直に聞き入れてしまうなぁ……思わず顔が赤くなっちゃったけど。こういう、ド甘いセリフに慣れていないのだ、前世も今も。

わたしが赤くなってしまったのを見て、その人はクスクスと笑う。


「赤くなっちゃって、可愛いね」

「か、可愛くなどありません!」思わず大声を出してしまうと、すかさず口に指を当ててしーっと言われてしまった。

「ムキになるところもね……クスクス」

笑いながら言われてしまう……こういう手合いはタラシが多いんだよなぁ、まぁ年齢が違い過ぎるから、気を付ける必要もないけどさ。


でも、どこかで見たことがあるような既視感を、この大学生から感じる。あれ、どこだっけか…?


脚立を片付けてもらったお礼を言って、受付に行き、貸出しの手続きをしてもらう。その間、なぜかこの人はずっとわたしの傍にいた。

なんだろう?わたしが本当に借りるのかどうか、確認したいのかな?そんなに心配しなくても、ちゃんと借りて行くのになぁー…。

結局、一緒に図書館から出て来てしまったので、タイミングを逃してしまった。何のタイミングかというと、別れるタイミング。わたしとしては、お礼を言った辺りで、この人との関わりはおしまいと思ってたんだけど。


「ねぇ、君って、前から時々、ここに来てない?」

「ええ、こちらの図書館が好きなので、たまに寄っています」

庭園を歩きながら、なぜかこの人はわたしに付いてきた。なんだろ、まさか……ロリコン?!ええーっ全然そんな風に見えないけど……でも、人は見かけによらないって言うしな…。


それにしても、やはり初等部の生徒は目立つと見える、あまり行かないほうがいいのかな。


「やはり目立ちますか……?」

背が高い人なので、首を思い切り後方に曲げて見上げて話すと、上から優しい笑顔で見下ろされた。


「そうだね、初等部の生徒は図書館へはあまり来ないし。たまたまかもしれないけど、僕は二階から、君をよく見かけてたから」

「そうだったんですね、あまり出入りしないほうがいいのでしょうか?」

「別にいいんじゃない?僕は図書館の責任者じゃないし。ただ珍しいなと思っただけだから」

車寄せが見えてきた、健司が首を長くして待っているだろう、悪いことしちゃったな。


「じゃあ、僕はこの辺で。また会えたらいいね」

「本当に、ありがとうございました」

わたしが頭を下げると、ヒラヒラと手を振って去っていた。一応、ここまで送ってくれたのか、確かにあの人は『紳士』だね。


車寄せで、我が家の車を見つけて運転席を覗き込むと、健司がびっくりしたような顔で迎えてくれた。

アニキこと中山 健司は、運転手見習いという名の、これまた過酷な鍛錬を経て、この春からわたしと雄斗の送迎運転手になった。我が家の運転手は護衛も兼ねるので、誠一郎や勇仁に仕込まれるのだ。それが嫌で辞める人もいるらしいけど。あの高柳で一年頑張ったのなら、うちの仕込みなど屁でもないだろうけどね。


「健司、遅くなってごめんなさい」

「とんでもありません。ですが、何かあったかと心配してました」

健司は、覚束ない敬語を頑張って使おうと努力しているようなので、そのうちうまく謙譲語も使えるようになるだろう。

お父さまの専属である吉田が体調を崩していて、誠一郎がお父さまの専属になっている関係で、健司がわたし達の専属になったらしい。誠一郎はまだきちんと謙譲語が使えない健司を心配していたようだけど、わたしと雄斗専属ならば、今はそんなに気にせずともいいだろうと思う。いずれはちゃんと使えないと困るだろうけど。


「学苑内で何かあったらそれこそ大事件になるわ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

わたしが微笑むと、健司は、やっと安心したような表情で頷いた。

「では、お嬢様、どうぞ」ドアを開けて待っていてくれる、健司。

あのチンピラみたいな健司がねぇ……となんだか感慨深くなる。

「ありがとう」と言って、わたしは車に乗り込んだ。健司の運転する車で、自宅へ帰る道すがら、そういえば、さっきの大学生になぜ既視感を覚えたんだろうと考えていた。


んーーー……。ダメだ、わかんない。


また寝る前にでも、ゆっくり考えるか……。わたしは考えることを放棄して、車窓から外を眺めながら家路に着いた。


















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