真莉亜の誤算。
僕と光正は無言で立ち尽くしていた。
いきなり光正と二人で話し合えと言われても、頭の中は真っ白で、何をどう言えばいいのかわからない。
「雄斗、僕は……」
光正が何か言いかけて、また口を閉じてしまった。
僕は、僕は、光正にずっと謝りたかったんだ、許してもらえないかもしれないけど、でも。
僕は光正をじっと見て、頭を下げた。
「ど、どうしたんだよ、いきなり」
光正はびっくりしている。
僕は頭を下げたまま、光正に謝った。
「光正、本当にごめん 謝って許してもらえるとは思ってない でも、僕はずっと光正に謝りたかった」
「雄斗……」
「せっかく光正が言ってくれたのに、僕はあの時、どうしてあんなことを言ったのか、自分でもずっとわからなくて、でも……僕にとって光正は本当に大事な友達で」
今まで言えなかったのが嘘のように、僕は一気にまくしたてていた。光正が驚いて何も言えないくらいに。
「許してもらえないとは思う、前のようには仲良くなれないかもしれない、でも、僕はずっと、光正に謝りたくて仕方なかったんだ、本当にごめん、ごめんなさい」
光正が許してくれなくてもいい、謝りたいというのは僕の勝手な言い分だから。許してもらえないほうが、いっそ楽なのかもしれない。
「いい加減、顔を上げろよ」
頭の上から光正の声が降ってきた。僕が顔を上げると、どこかくすぐったそうな表情の光正がいる。
「雄斗は真面目だからなぁー……僕はそこまで深く考えてなかったよ」
「え、そうなの?」
「雄斗は本当に僕の友達?僕の性格、わかってるよね?」
光正は僕と違って、細かいことにはあまりこだわらない性格だ。だからって、僕は光正に酷いことを言ったのに、こだわらないなんてことがあるかな。
「僕はね、雄斗 真面目な雄斗と友達でよかったと思うよ」
友達?……光正は僕を友達って思ってくれてるんだ……あんなに酷いこと言ったのに。
「まだ、僕を友達だって言ってくれるの?」
「何言ってんだ、雄斗 今までも、これからもずっと友達だ」
光正は豪快に笑って僕の背中をポンと叩いた。
僕は視界がどんどん滲んで、涙がポロポロ溢れてきてしょうがなかった。
「相変わらず泣き虫なんだな?」
「ち、違うよ!これは……っぅく……」僕は制服の袖で乱暴に目の辺りを拭う。
「雄斗は細かいこと気にしすぎなんだよ、もう気にすんな、な?」
光正は僕の肩をガシガシと揺らした。僕はまた、ポロリと涙を零してしまった。
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なかなか出て来ない二人に痺れを切らしたわたしと華恵さまは、貴彬が止めるのも聞かず、屋上の扉を薄く開けて、様子を伺っていた。
制服姿の男子小学生が肩を抱いて同級生を慰めている……これを尊いと言わずしてなんとする。わたしはこれをおかずにごはん何杯でもいける、おい、どんぶりメシ持ってこい。
鼻息が荒くないかだけは気を付けて、二人の様子をガン見……じゃない、見守っていた。
華恵さまはハンカチを取り出して、目元を拭っていらっしゃった……こちらが正常な反応であることは間違いない。
「真莉亜さま、よかったですわねぇぇぇ……」涙声で喜んでくださる華恵さまを見ていると、若干後ろ暗い気持ちになった。ごめん、最近こういうのなかったから、ついつい……。
「ええ、本当に 華恵さまのお陰ですわ、雄斗に代わってお礼申し上げます 本当にありがとうございました」華恵さまには、本当に感謝している。毎日、お迎えに来てくださっていたのだから。
扉をそっと閉めて、二人が仲良く出てくるのを待っていると、貴彬も喜んでくれているようだった。
「よかったな」
「ええ、本当に 本城様、ありがとうございました」
「いや……それより、俺はお前に聞きたいことがある」
聞きたいこと……?なんだろう?
「華恵、二人が戻ってきたら、お前の頑張りを二人によく言って聞かせてやるといい」
貴彬が言ったそばから、二人が扉を開けて出てくると、行くぞと入れ替わりにわたしが連れて行かれる。
え、ちょと、ちょっとぉぉーーー
屋上へ連行されて、貴彬の隣に並ぶ。正面はね、心臓に悪いから、色んな意味で。
「な、なんですか、一体?」
「聞きたいことがあると言ったろう」
「それはそうですけど、いきなりこんな……」
「こうでもしないと、お前はこっちが話しかける隙さえ与えないんだぞ」
この光景をまた理事長室から見てやがんだろうなぁ……綾小路ならやりかねない……。
わたしは観念して、お縄を頂戴する罪人のように、大人しく貴彬が話し出すのを待っていた。
「お前は、お前の父から何か聞いているか?」
いつも思うんだけど、貴彬って聞き方が曖昧なのだ、もっと具体的に聞いてもらわないと、意図するところが読み取れないんだな。
「何かとは、なんです?」
って、こうなっちゃうんだよね。
貴彬はほんの一瞬イラついた表情をしたものの、見事に引っ込めて、もう少し具体的に質問し直してくれた。
「俺について、お前の父から何か聞いているか?」
「本城さまについて、ですか?いいえ、何も聞いておりません」
わたしがあっさりそう答えると、貴彬は珍しくがっくりと膝をつきそうな勢いだった。
何かブツブツと言った後、急に向き直って、更に質問が続いた。
「お前は、なぜ華恵が危険な目に合うと知っていた?」
「……えっと……それは、ひょっとして……」
「ひょっとしなくても、今から三年前の話だ」
な、なんと!今更三年前の話を聞かれるとは思ってなかった、執念深いのも考えものだな!
「あのネックレスにはGPSが仕込んであっただろう、あれをお守りと称して華恵に付けさせたのはどうしてだ?」
ええーーーっ!!やっぱりバレとったんかい!てか、どんだけ温め続けたんだその疑問!そっちのほうがびっくりだわ!
「ええっと……忘れてしまいましたわ、申し訳ありません」
「忘れた、だと?」
どんなに凄まれても、本当のことなど言えるはずもなかろう、ばあやを丸め込んだ予知夢説くらいしかわたしにはネタがないし。
「GPSが仕込まれてあったなど、初耳ですし……」
「そうなのか?」
「ええ、わたくし、あの時のことになると少々記憶が曖昧でして……」
そっと目を伏せる。
さすがの貴彬もわたしの言葉に、これ以上の追求は無理だと悟ったらしい、貴彬が鬼畜じゃなくてほんとによかったー!
「最後の質問だ」
えーーーまだあるのーーー?
「お前はなぜ……俺を避ける?」
「またそのお話ですか……避けてはおりませんよ」
基本的に関わり合いたくないだけで、別に避けているわけじゃないーーーあれ、同義語だった?
「俺の勘違いだとでも?」
「……勘違いだと思いますよ」
「そういえば、譲とは、随分と楽しそうにしていたな」
「あれは……元はと言えば、本城さまが原因なのですよ?」
「俺が?」
そうだ、わたしも貴彬も教えてくれないから、教えてくれるまで親睦を……という話だった。結局、ゆずさまの会のメンバーが介入したお陰で、あやふやのままだけど。
「本城さまが何かを教えてくださらないから、わたくしと親睦を深めるとか、なんとか仰ってましたわ 少し意味がわからなくて、困りましたけれど」
「譲の奴……そうか、それはすまなかった」
「いいえ、もう過ぎたことですから お話は以上でしょうか?」
「あ、ああ……」
貴彬はまだ何か言い足りないことでもあるのだろうか?
「本城さま?」
わたしは余計なことをしたと、後になって大いに後悔することになる。後悔はのちに悔いると書く。先には立たないものなのだ。
何かを決心したように、貴彬がわたしの正面に向き直った。
「お前の父からいずれ話があるだろうが、俺はお前に婚約の申し込みをしている」
…………。
…………………………。
……………………………………は?
わたしは後ろから頭を鈍器で殴られたくらいの衝撃を受けた。予想はしていた事態だけど、想像するのと現実は全然違う。
金魚鉢の中の金魚のように、しばらく口をパクパクと開けては閉じていた。
「………ぷ……ぷぷ……ぷははははは」
貴彬がなぜか楽しそうに笑っている。
「お、お前、なんだ、それは……はははは」
失礼な!目尻の涙を拭いながら、まだ笑っている……というか、貴彬の大爆笑なんて初めて見た!!
「いいものを見せてもらった、やはり俺の勘は間違ってはいないようだ……」
半笑いで言われても…というか、な、なな、なんなんだ!!仮にもプロポーズに近い言葉を言われて大笑いされるなんて、ありえないだろ?!
………いや、そうではない、そうではなくてだな!
「まだ小学生ですよ?!あ、ありえないでしょう!」
もう素が出ているが、構うこたない、冗談じゃない。
それに、あんたには、というか君たちには、ヒロインという立派な相手がいるではないか、間違っている、これは間違っているぞ!!
「そうでもないだろう?大道寺は旗本の家柄だろう、数えで13には輿入れしていたはずだ 今から婚約していてもおかしなことではない」
「それは大昔の話です!!」
わたしは断固として認めない、認められないぞ!
「お前の父の許可が必要なことぐらいはわかっているし、お前だって家のためにいずれは結婚することぐらい、わかっているだろう」
「それは……そういうお話があるかもしれないし、ないかもしれないじゃないですか……本城さま、どうか撤回していただけないでしょうか……」
もうほんと無理ゲーだから、これ。
「お前はそんなに……俺が嫌いなのか?」
うわーーーやめてーーーそんな寂しそうな顔してわたしを見ないでーーーーっ!!
貴彬はあくまで二次元嫁のトップの座に君臨していただけで、リアルでこんなの、わたしじゃ無理、マジ無理なんですって!
「嫌いとか、嫌いじゃないとか、そういう問題ではございません!」
「なるほど……嫌いというわけではなさそうだな」
なぜそうなる、嫌いではないさ、嫌いじゃないけど、無理だって話でさ。
「わかった、いずれはということで、まだ時間はある じっくり考えてみてくれ」
わたしはじとーーーと貴彬を見やる。
「そんな恨みがましい目で見るのはやめろ」
見てやる、ずーーっと見てやる!ヒロインに絆されてみろ、更にずーーーっと見てやるからな!
「姉さまぁ~そろそろ帰りますよ~」屋上の扉が開いて、雄斗が呼びに来た。
「本城さま、よくよく考え直されたほうがよろしいと思います では、ごきげんよう」
わたしは流れるように会釈をすると、雄斗のほうへと歩いていく。
「真莉亜!」
………今、どなたがわたしを呼んだのかしら?
振り返ると、いい笑顔の貴彬が立っていた。だから、その反則もダメだって。
「気を付けて帰れ」
わたしはギギギと音が鳴りそうなぐらいにぎこちなく正面を向くと、雄斗と一緒に扉を出て行った。
なんだか激動の一日だったなぁ……帰りの車の中で、呆けた顔をして座っていたらしい、雄斗に大丈夫かと心配されてしまった……元はと言えば、あんたのせいだと言いそうになって、寸でで堪えた。
家に戻って自室で、事の成り行きを反芻してみる。
でも、どう考えてもおかしいのだ。ゲームの内容からして、貴彬がわたしに好意を持っているかは定かではないが、婚約などと言い出すはずがない。
ゲーム内でも呼び捨てなど、一度もされていなかったではないか……。
おかしい、何かが違う。
………華恵さまか。
ゲームと大きく異なるのは、『華恵さまが生きている』事だ。華恵さまの存在で、シナリオ内容が変わったとしたら?
ヒロイン登場は高等部からだと考えていたけれど、それも変わる可能性がある。
華恵さまは生きていて、貴彬の家族崩壊もなくなって。メインヒーローがそうならば、他の攻略メンバーも変わる可能性が……これから起こることの先読みは難しいということなのか。
貴彬の件はともかく、雄斗や綾小路の変化も見逃さないようにしないと。
ヒロインちゃーん、早く出て来て!わたしはもう、めんどくさいのよ……わたしはこの日、神様に切実にお祈りしていた。




