表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/50

雄斗の問題。

「僕、行きたくない」

玄関でランドセルを背負ったまま、珍しく雄斗が我が儘を言い出した。


見送りに出てらしたお母さまとばあやが顔を見合わす。


「雄斗、どうしたの?学校は行かなくては駄目よ?」

お母さまがしゃがんで雄斗と目線を合わせ、両肩に手をおいて優しく諭していた。

「行きたくないんだ 僕、休む」

そう言って、お母さまの手を振りほどくと、バタバタと二階へと上がって行ってしまった。


「雄斗?!」

お母さまが二階へと上がりかけたところで振り返る。

「真莉亜ちゃんは先に行ってちょうだい 雄斗はお母さまが連れて行くから」

「わかりました では、行ってきます」


一体どうしたのだろう、雄斗は学苑に入学してから毎日、楽しそうに登校していたのに。

お母さまがなんとか説得して登校するだろうけど、とその日は大して気にもせず、わたしはいつも通り車で学苑に向かった。



........................................................................................................



綾花ちゃんに提案した件はうまい具合に事が運んで、綾花ちゃんは会長さまから新たな指令を受けたようだ。綾花ちゃんと同じクラスの、これまたメンバーの一人である美里ちゃんという女の子も加わって、食堂で六人でランチをするというのが定番になった。


『ゆずさまの会』は正式名称『譲さまのご活躍を陰ながら応援する会』というのだそうだ。な、長い……。この、無駄に(失礼)長い名称を省略して『ゆずさまの会』と言っているらしい。

会長は五年生の中から立候補制で決めるそうだが、大抵は現会長の指名で決まるらしい。


毎年、会長が卒業する3月に引き継ぎが行われるそうで、最初に聞いた時はまるで生徒会みたいだと思ったものだ。

活動内容は、わたしから見れば、ただ綾小路の行動確認をしているとしか思えないのだが、まぁそこはファンクラブだから、ねぇ?


年四回、会報誌も発行しているそうで、一度綾花ちゃんに見せてもらったのだが、なかなか本格的なものだった。

中身は、ゆずさまの秘蔵ショットだとか、運動会でのご活躍だとか綾小路一色だった。写真は自分たちで撮影したものの他に、五年生になるとクラブ活動があるのだが、写真クラブにメンバーがいない時は、各行事で撮影したものを言い値で買い取ることもあるそうだ。


本人が了承していない写真など、盗撮だろうと思ったのだが、意外と組織化されていることがわかったので、余計なことは言うまい。会報誌なだけで、それを販売しているわけじゃないしね。


そして、『ゆずさまの会』の方たちを引き込もうという、わたしの目論見は見事にハマった。


見知った顔が増えれば、メンバーの方たちも声をかけやすくなるだろうと踏んでいたわたしは、今、この光景をとても喜んでいる。

現在、食堂では、綾小路を囲んで10人ほどの女子生徒が、それはそれは楽しそうに綾小路と談笑していた。

同じ学年の子もいれば、上級生もいて、わたしと佐央里ちゃん、愛美ちゃんは綾小路から一番遠い席で一応同じグループですというような顔をして座っていた。

このまま人数が増えて行けば、クラスでのグループはともかく、お昼休みは『ゆずさまの会』のメンバーの楽しいひと時となるだろう。わたし達はお役御免となる。


綾花ちゃんから教えてもらい、同じクラスにも『ゆずさまの会』のメンバーがいることを知ったわたしは、さりげなく声をかけ、最初は四人だったわたし達のグループも着々と人数が増えていた。最近は綾小路と仲のいい男子が加わることもあって、理科の実験の班分けなど、たまに困ることもある。

こうしてそっと離れていけば、綾小路に気付かれることなく、フェイドアウト出来る。

我ながら策士ではないか、とほくそ笑んでいた。



......................................................................................................



徐々にではあるけれど、平穏な学苑生活を取り戻しつつあったわたしに、新たな問題が勃発する。


そう、雄斗だ。


雄斗が学苑を休むことが増えてきて、お母さまが頭を抱えていたのだ。


それは進級してからも続いて、ついにはお母さまが学苑から呼び出される事態にまで発展してしまった。


呼び出された帰り道、お母さまと帰る車の中でそっと見やると、お母さまはとても疲れた顔をしていた。

「お母さま、大丈夫?」

「ええ……一体何が原因なのか、お母さまにはさっぱりわからないのよ」


雄斗に何が嫌なのかを聞いても、何も答えないらしいのだ。それではお母さまもお手上げだろうと思う。


お母さまは最初、いじめを疑ったそうだけれど、そういった事実はないと先生からはっきりと否定されてしまったんだそうだ。ただ、教師が把握していない『いじめ』というものは存在する。学校という、閉じた空間の中では大人には伺い知れないものが確かに存在しているのだ。


周りがいじめと思っていなくとも、本人はいじめられていると思っている場合もあるし、なかなか複雑な問題ではある。


わたしに何か出来ることはないか……。


雄斗が転校するというなら、それもいいだろう。環境を変えることで本人が立ち直る場合もあるし。ただ、それは根本的な解決にはならない気がする。嫌なことから常に逃げ続けられるわけではないからだ。

社会に出れば、自分と合わない人間などごまんといる。うまく折り合っていける術を身に着けたほうがよっぽどいい、人と関わらずに生きていくなんて出来るはずもないのだから。


ましてや、雄斗はいずれ、大道寺を背負って立たなくてはならない。

雄斗の背中には、たくさんの従業員とその家族が含まれているのだ、彼らの人生も背負うということを、忘れてはならない。

経営者になるということは、とても孤独なのかもしれない。わたしのような平々凡々な人間には、理解出来ないが、お父さまに感謝しなくちゃなぁと思う。


家に戻って、自室で宿題をしながら、どうしたものかと考えていた。


そうだ、何もわからないかもしれないけれど、華恵さまに聞いてみるのはどうだろうか。

同じクラスではないにせよ、何か聞いているかもしれない。

子供のことは子供に聞くのが一番だ、華恵さまの都合を聞いてもらおうと、お母さまを探しに部屋を出た。



お母さまが美沙子さまと電話で話している様子がなんだか楽しそうだ。

電話を終えると、お母さまが楽しそうに「真莉亜ちゃん、来週の日曜日は女子会よ!」と仰ったのでびっくりした。

お母さまの口から『女子会』なんて言葉が飛び出したことにびっくりしたのだ。いつもおしとやかなお母さまが少女のようにはしゃいでいるのを見て、微笑ましくなった。


『女子会』という言葉はあまり好きではないが、もう世間には浸透しつくしているようなのであえて説明する必要はないだろう。

誰が言い出したのか知らないが、もうとっくに『女子』ではない年代の女性たちもこぞってこの言葉を使う。『婦人会』だとおばあちゃんの集まりのような気になるのだろうか、若い女性ならいざ知らず、いい歳したおばちゃんが『女子会』なんて、と、アラフォーの前世のわたしは複雑な心境になったものだ。わかり易くていいっちゃいいけどね、女同志の集まりってすぐわかるから。


というわけで『女子会』当日。


美沙子さまが予約してくださった、都内の閑静な住宅街にひっそりと佇む、隠れ家的なフレンチレストランでランチを楽しむ。

「素敵なお店ね、さすが美沙子さん」

お母さまが店内を見回すのにつられて、わたしもこぢんまりとした店内を見回した。


この辺りは豪奢なお屋敷が立ち並ぶ一角で、一見すると住宅と思われる白い漆喰の小さめの建物なのだが、中へ入ると飴色の床は寄木張りで、電燈の傘には美しいステンドグラスが使われており、テーブルは真っ白なクロスで覆われているが、マホガニー材で出来た重厚なものだ。


何より、テーブル席が二つしかないことに驚かされた。このお店は予約のみ、週末だけの営業なのだそうで、いつも予約で一杯らしい。

「たまにはこういうお店もいいでしょう?」

「ありがとう、美沙子さん」


美沙子さまに全てお任せだったので、食べたのはコース料理だったが、予約時に頼めば、いくつかはアラカルトもお願い出来るそうだ。自分でこういったお店に行くことはないだろうけど、後学のために予習をしておいた。


デザートを頂きながら、どうしたら華恵さまとゆっくりお話し出来るだろうと考えていたら、このお店の後に、お母さまたちは歌舞伎を観に行かれるそうだ。

美沙子さまとお母さまの間で、もうすでに段取りが決められていたらしく、わたしは本城家の車で本城のお屋敷に行くことになっていた。


お母さまもたまには羽を伸ばしたいだろう、ゆっくりしていらしてくださいと送り出しておいた。


本城家のお屋敷へ着くと、華恵さまのお部屋ではなく、応接室に通される。華恵さまのお部屋は今、模様替え中なのだそうだ。

「申し訳ありません、真莉亜さま」

「いいえ、模様替えが終わりましたら、ぜひお邪魔させてください」

「ええ、必ずいらしてくださいね」

華恵さまは、愛らしく顔をほころばせた。相変わらず可愛らしい方だ。

幼稚園の頃より、更に可愛らしくなられて、貴彬でなくとも悪い虫が付きやしないかと心配になる。


メイドさんがお茶とお菓子を運んできてくれる。気を遣っていただいたのか、わたしの好物のフィナンシェとマドレーヌだ。

「わたくしの好物ですわ、ありがとうございます」

わたしがお礼を言うと、わたくしも好きなんですのと華恵さまが微笑んだ。


「華恵さま、学苑にはもう慣れました?」

「ええ、お友達も出来ましたし、楽しく通学しております」

「実は、華恵さまに少しお尋ねしたいことがあるのですが」

「もしかして、雄斗のことでしょうか?」

相変わらず勘のいい方で、こちらとしても助かる。


「ええ、そうなのです……」

「雄斗とは違うクラスなので、あまり詳しくは知らないのですが……」

と、前置きした上で華恵さまが知っていることを話してくださった。


要するに、クラスで仲良くしていた女の子にフラれたらしい。そんなことで学苑を休むとは、と我が弟ながら頭を抱えたくなったのだが、よくよく話を聞いてみると、そう単純な問題でもないようだ。


その女子生徒の名前まではわからないと仰っていたが、どうやら複数の男子と仲良くしていたらしく、その中の一人が雄斗だったそうだ。雄斗自身は自分だけだと思っていたのだが、その実は違ったということだ。


それだけならまだしも、その女子生徒にはアゴで使われていたようで、それが他の生徒から失笑を買っていたらしく、フラれたことでそれが益々ヒートアップした……当人としてはいたたまれない日々で逃亡、ということらしい。


そんなことぐらいで、と思う人もいるかもしれないが、本人にしてみれば、本気で好きだった女の子にフラれただけでもショックが大きいだろうに、更にクラスメイトに失笑されていたとわかったら。


まぁわたしでも休みたくなるな、少なくともクラス替えまで休みたいかも……。


「はぁ……雄斗は悪意というものに免疫が無さすぎるのですよ」

………え?

華恵さまが溜息を吐きながら言い放った言葉に、わたしは驚いてしまった。

「真莉亜さまもそう思いません?大体、あの子がそういう子だって、少し見ていればわかりそうなものですのに わたくしの忠告も無視して、挙句の果てにこんなことになるなんて、だから言ったのに!」

あら、わたしよりも華恵さまが怒っていらっしゃるみたい……。


「みなにいい顔をしている子なんて信用しては駄目だと、わたくしは言い続けたのですよ?それなのに……雄斗は馬鹿ですわ!」

お、おお……。思わず、無言で頷いてしまうくらい、華恵さまは迫力があった。

ーーーーわたしの中の深窓のご令嬢イメージがガラガラと崩れていくのも、同時だったけど。


「なるほど、華恵さまは雄斗に忠告してくださっていたのですね 馬鹿な弟に代わってお礼申し上げますわ」

「真莉亜さまのような、しっかりとしたお姉さまをお持ちなのに、どうして雄斗はああなのかしら?!……ああ、お姉さまの前でわたくしったら……失礼しました」

「いえいえ、華恵さまは雄斗のことをとても心配してくださっていたのですね、ありがとうございます」

わたしは頭を下げた、こんなに心配してくれる人がいるだけでもありがたいことなのに、忠告を無視するなんて、雄斗はほんとにアホだな。


「いえ、わたくしにとっては真莉亜さまは恩人のような方 その方の弟である雄斗が、惑わされているのがわかっているのに何も出来ず、本当に悔しかったのです……言葉が過ぎました ごめんなさい」

「そんな、謝られたら、わたくしのほうこそ困ってしまいますわ 本当にありがとうございます、華恵さま」

しばしの沈黙。

事情はわかった、雄斗が傷ついているのはわかるが、元はと言えば自分で蒔いた種でもある、自分で刈り取るしかないだろう。だが、アドバイスくらいはしてやりたいな、どうするか……。

わたしが考え込んでいると、不意に華恵さまが口を開いた。


「真莉亜さま、わたくし決めましたわ」

ええっと……何を?


「わたくしが雄斗を守ります 今回の件、わたくしにお任せいただけないでしょうか?」

「ええっ?!そんな、華恵さまにお任せなど……」


「いいえ、元はと言えば、雄斗が傷つくのがわかっているのに、手を差し伸べ続けなかったわたくしにも責任があります 必ず、雄斗がまた学苑に毎日通えるよう、わたくしなりに努力しますので」

「いえいえ、そんな、ご迷惑ですから」

「迷惑だなんてとんでもない お忘れですか?真莉亜さま」

「何をでしょうか?」

「雄斗はわたくしにとって、大切な幼馴染なのです 放っておけるわけがありませんわ」


ーーーそうでした、雄斗と華恵さまは幼馴染なんだよね、忘れてました。


わたしと武清もそうだけど、いつもくっ付いていなくとも、何かあれば助け合える、わかってもらえるという安心感があるよね。


「それに、今でこそ丈夫になりましたが、幼稚園に通っていた頃は、雄斗に何度も助けられたのです 今度はわたくしが助ける番ですわ」

華恵さまの意思は揺るぎないようなので、このまま雄斗のことは様子見しておくか。


「わかりました 華恵さまがそこまで仰ってくださるなら、雄斗をお任せしても、よろしいでしょうか?」

丸投げという訳にはいかないから、もちろんフォローはするけど。


「もちろんですわ わたくしはスパルタですので、雄斗は覚悟せねばなりませんけどね」

華恵さまが楽しそうに笑う。

「では、雄斗が泣きべそを掻いていたら、わたくしも叱り飛ばしてやりましょう」

二人して声を上げて笑う。雄斗がこの場にいたら、きっと青くなっていたに違いない。


ああ、きっと雄斗は大丈夫だ。

根拠はないけれど、そんな気がした。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「雄斗の問題」の様子だと、華恵と雄斗のフラグが立ちつつある感じですね。 最終的には攻略キャラ全員に何らかのカップル成立で救済がありそうで安心感があります。 ボチボチ読み返してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ