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真莉亜と貴彬。

「ふんふんふん~♪」

「ゆうくん、ご機嫌ね?」

よくわからない節で雄斗が鼻歌を歌っている。

大道寺家の車で、二人で学苑に向かう途中である。


「だって、姉さまと一緒に通えるんだよ?僕、嬉しいんだぁ」

「そうね、姉さまも嬉しいわ」

お母さまはわたしがいるので、雄斗が登校する時はついていらっしゃらない。雄斗のほうが授業が早く終わるので、お迎えにはいらっしゃる。


そう、雄斗はピカピカの一年生。

わたしは三年に進級した。三年はクラス替えがあって、残念なことに綾花ちゃんは隣のクラスになってしまった。佐央里ちゃんとは同じクラスのままで、話せる友達がいてよかったと思っていたのだが。


クラス替えの発表の日、女子にばかり注目していたせいで、教室に入るまで気付かなかったのだ。


教室に入ると、今日も無駄にキラキラしい笑顔を振りまいている人物と、対照的に無表情で威圧的な人物が席に座っていた。

そう、貴彬と綾小路である。


わたしが想像していた通り、一年の時のストーカー行為などなかったかのように貴彬に送ってもらうことはなくなって、わたしを巡る噂も二年生になる頃には完全に消え去っていた。

危機は脱したけど、油断は禁物。接触は最低限を心掛け、二年間は我慢しようと思う。次は五年に進級する時のクラス替えで一緒にならないことを神様にお願いしておかなければ。


同じクラスになったからと言っても、席が近いわけではないので、特に問題はないと思っていた。そう、最初の二か月くらいは。


新しいクラスに、天宮 加恋という女の子がいた。天宮製薬のお嬢様らしい。彼女は一年の時から貴彬と同じクラスだったらしく、貴彬に親しげに話しかけていた。返事をするのは綾小路という、謎展開だったが。


ある日、佐央里ちゃんと連れ立ってお昼に行こうとしていた時、たまたま同じタイミングで教室を出ようとしていた天宮さんとかち合ってしまった。天宮さんもクラスの女子3~4人と一緒だった。


日本人らしく、争い事は出来るだけ避けて通りたいタイプのわたしは、天宮さんにお先にどうぞとジェスチャーで伝えた。本当にそれだけだ。

なのに、天宮さんはさも今思い出したとでもいうように、わたしに話しかけてきた。


「前々からお聞きしたいと思っていたのですけれど」

「なんでしょう?」

「大道寺さまは、本城さまと特別に親しくしてらっしゃるの?」

わたしの足元から上にねめつけるような視線を送る、天宮さん。うーん、なんでこんなに敵意丸出しなんだろうか…?

「いいえ、特には クラスメイトというだけですが」

「あら、そうなの?」

「ええ、それが何か?」

「では、一年生の時に流れた噂というのは、根も葉もないものだったのですね?」

「噂ですか?」知ってるけど、あえて聞いてみる。なんだかこのお嬢様はゲームの真莉亜みたいで、ちょっとからかってみたい衝動に駆られた。


「ええ、本城さまが、その…あなたと、お付き合いされているのではないかというものですわ」

「とんでもない 本城さまほどの方とわたくしがお付き合いするなど、おこがましくて、ねぇ?」

佐央里ちゃんに同意を求めると「え、わたし?!」みたいな顔をしてコクリと一つ頷いてくれた。

その答えに満足したらしい天宮さんは、にっこりとわたしたちに微笑み、そのままごめんあそばせと教室を出て行った。

その様子があまりにもツボってしまい、俯いて肩を揺らしていると「大道寺さんも人が悪いねぇ」とのんびりした声が聞こえた。

「人が悪いとはどういう意味ですか?」真面目に問いたいけど、ツボが……半笑いという、微妙な表情で綾小路に問いかける。

「どうもこうも、そのままの意味だよ ね?貴彬」

そしてすぐ後ろには貴彬……あぁ、なぜ同じクラスなんだ!神よ!我を救いたまへ!

貴彬は綾小路の問いは無視して、なぜかわたしのほうをじっと見ていた。


なんなんだ!


「余計なことを言うな 行くぞ、譲」

「はいはい じゃあね、大道寺さん、滝川さん」

貴彬は憮然としたまま、綾小路は肩をすくめるとヒラヒラと手を振って教室を出て行った。


わたしと佐央里ちゃんは顔を見合わせて、お昼を食べ損ねてしまうことに気づき、慌てて食堂へと向かった。



................................................................................................


「ねえ、貴彬」

譲と二人、食堂で昼を食べていた。

「なんだ?」

「本気なの?本当にいいの?」

「しつこいな、俺が自分の意志で決めたんだ」

「だからこそ、だよ だってまだ9歳になったばかりだよ?」

「わかっている 華恵はあいつのおかげで生きている そのこともあるんだ」

「そうかもしれないけど……」


譲は詳しいことは知らない。あの日、華恵と間違われて大道寺が攫われたことと、無事、救出されて犯人が捕まったことぐらいだ。


三人のうち、二人はチンピラみたいな奴らだったが、そのうちの一人は大道寺を庇って怪我をしたらしい。なぜ庇おうという気になったのか、大道寺のおじさんに頼んで高柳で扱かれているというその男に会いに行ってみた。

拉致されていた大道寺は、余計なことは一切喋らず、泣きもせず、大人だって恐ろしいだろう状況に冷静に耐えていたらしい。縛られていた両手に傷を負っていても、泣き言も言わなかったそうだ。


その傷を見兼ねて、ロープを緩く縛りなおした時に、ありがとうと言われたと、こんな状況なのに、しかも傷の原因を自分たちが作ったにも関わらず、礼を言われたことに衝撃を受けたそうだ。

これ以上、お嬢様を傷付けたら、俺たちは本当の人でなしになると思ったとその男は言っていた。


見舞いには行ったが、傷そのものを俺は見ていない、しばらく包帯を巻いて登校していたから、酷かったんだろうと思う。


大道寺に仕える者が近くにいることを察知していたとしても、そこまで冷静になれるものか?あいつが華恵に付けさせていた『お守り』という名目のネックレスにはGPSが仕込まれていた。

ということは、あいつは華恵の身に何か起こるかもしれないと事前に考えていたということになる。


俺は親父殿を説得して、うちの者たちを使って探ってみた。使うにあたって交換条件として、家にはすでに家庭教師が来ているというのに、塾を増やされ、書道も習う羽目になったが、構わなかった。


結果は、なんとも曖昧なものだった。大道寺が華恵に何か起こるかも?と言い出しただけで、大道寺の者たちは動いた。

だが、そのお陰で華恵は助かったのだ。華恵では、大道寺のように冷静でいることなど、無理だっただろう。最悪の場合、命を落としていたかもしれない。チンピラじゃない男は大道寺を手にかけようとしていたのだから。


俺は大道寺という人間をもっと知りたいと純粋に思った。

他人から、いつも無表情で無関心だと思われていることを逆手に取って、俺は人をよく観察していた。毎日観察していると、なんとなく、その人間が見えてくる。


大道寺は不思議な人間だった。同い年の筈なのに、妙に大人びて達観しているところがあった。かと思えば、年相応だったり、令嬢らしくないところもあって、あいつが益々わからなくなった。


わからないと知りたくなるのは人としての性だろう。同じクラスになったのを幸いに、授業中も観察していたのだが、相変わらずよくわからないままだった。ぼんやりしていると思っても、教師に当てられてしっかりと答えている。教師からも、俺と同じように見えているから当てられているのだろうが、答えがあっていればそれ以上何も言えないだろう。


しかも、あいつは俺を極端に避けているようだ。その理由も知りたいところだが、取っ掛かりさえ掴めないままだった。


俺はどうにかして、大道寺と交流を持ちたいと考えた。手っ取り早い方法はなんだろう?


うちの母親と、大道寺の母親は鳳仙の同級生だ。母親同士でくだらない話を何度かしていたことを俺は覚えていた。

ある日、俺は母親に尋ねてみた。

「俺と大道寺の長女が婚約したら、母様は嬉しい?」

「そうねぇ……小百合さんとは冗談でそんな話をしたことがあったけれど なぁに、貴彬さん、真莉亜ちゃんを気に入ったの?」


俺は素直に頷いた。いずれ政略結婚をするなら、気に入った人間としたほうがはるかにましだと思えたし、何より大道寺と交流を持ってみたいと考えたからだ。


「あら、まあ…… でも、さすがにちょっと早いんじゃないかしら?」

「もちろん、今すぐではありません いずれという形で、大道寺家に打診しておくというのはどうですか?」

「そうねぇ……でも、まだ小学生じゃないの そういうのは高校生ぐらいになってからでも遅くないのではなくて?」


母親の言うことは正しい。俺がもし、譲に相談されたとしても、同じように答えるだろう。


「母様の仰ることはよくわかっています ですが、俺は……」

「貴彬さん あなたはご自分の立場もよくわかっている上で言っているのはわかるわ でも相手の気持ちもあることなのよ?真莉亜ちゃんの気持ちはどうなのかしら?」


俺はその問いに返す言葉がなかった。大道寺がどういう人間かわからない、知りたいから婚約したい、確かにおかしな話だ。


母親はため息を吐いた後、一応お父様に話してみるわと言ってくれた。


親父殿からは、母親とほぼ同じ内容を言われた。ただ、そんなに拘るなら自分で交渉してこいと言われて、大道寺のおじさんとアポイントだけは取ってくれた。


大人相手に交渉なんて、親父殿は相変わらずスパルタだ。


大道寺の自宅だとあいつに変に思われるので、会社のほうにお邪魔することにした。

最初、おじさんはニコニコ笑ってくれていたが、俺の話を聞くうちに少しずつ険しい顔になっていった。

俺もちょっと自分でも変だとは思う。なぜそこまであいつに拘るんだろう?


「一応、真莉亜にはそれとなく聞いてはみるが……あまり期待しないほうがいい」


本城の息子ということで無碍には出来なかっただけだろうが、おじさんはそう言ってくれた。いつ頃聞いてくれるのか、時期ははっきりとは言ってもらえなかったが、俺としては満足だった。


なぜなら、断るなら直接俺に言いに来るように伝えて欲しいと頼んだからだ。


あいつが十中八九断ろうとするのは目に見えていた。だから、その時こそ、俺はあいつに色々聞いてみるつもりだ。なぜ華恵の身が危ないと思ったのか、なぜ俺を極端に避けるのか。


あいつが俺にとって、わからない人間のままでいるのが、なぜか嫌なのだ。

心底嫌そうな顔をして、俺のところにやってくるあいつの姿が目に浮かぶ。その日まで、俺は何食わぬ顔をして過ごそうと決めていた。








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