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わたしと私。

ぽっかりと開いた穴に猛スピードで落ちていく。

手足をばたつかせても、虚しく空を切るだけで、スピードは全く緩まず、むしろ加速しているようだ。


暗闇の中を、どれほど落ちていっただろうか。

身体の感覚はとっくに無くなっていて、意識だけがそこに在るような、そんな感覚。


意識だけが落ちていって、小さな針の穴のような光が見えてくる。目で見ているのとはまた違う、光を感じているという表現が正しいのかもしれない。


針の穴のようだったそこは、どんどん大きくなって、やがてわたしは光に包まれる。光の中は柔らかく、暖かくとても心地よい。このままずっとこうしていたいと思っていたのに、何かの力で強制的に覚醒した。


私の身体は、アスファルトに横たわっていた。頭は激痛に見舞われていて、私の身体の下には血溜まりが出来ているようだ。鉄錆の匂いと、ぬるりとした感覚があるだけだが。目はあまり見えていなくて、身体の上にはとても重たいものがのしかかっている。


ああ、死ぬんだな……。


それなのに、なぜか私は幸福を感じていた。

満ち足りた気分で、その瞬間を迎えていた。



唐突に場面が切り替わる。

いつもの風景、会社の建物の外、営業に出ていく彼と私。


彼とは同期入社で、よくチームを組んで仕事をしていた。馬があって、一緒にいて居心地のいい人だった。苦楽を共にするうちに、仲の良い同僚以上の気持ちが私の中に芽生えていった。けれども、私は自分の気持ちを伝えるようなことはしなかった。なぜなら、彼には大学時代から付き合っている人がいたからだ。


私の中の彼は、どんどん大きな存在になっていったが、私はそれから目を逸らし、元々好きだったゲームに没頭するようになっていった。少ない時間をやり繰りしてまで。

当人はもちろんのこと、他の同僚にも全く気付かれていなかったので、私は完璧に自分の気持ちを隠し通すことに成功していたのだ。そのせいで、自分で自分の首を絞め続けることになった。


彼が彼女と喧嘩した時、友達としてアドバイスしたこともあった。心の片隅で、もう一人の私が苦しがっていても、無視し続けた。

彼の結婚パーティに招かれた時も、笑顔を貼り付け、うまく振る舞うことが出来たと思う。後で酷い吐き気に襲われたけれど。


彼に子供が生まれたらしい。

営業先に出向く道すがら、本人からそんな話を聞かされた。


「おめでとう!お祝い、何がいい?」

「いやあ、悪いよ」

「なに言ってんの!そうだ、同期みんなで何か贈るよ!」


その日は風の強い日で、近くの建築中のビルの外壁に貼られた防護網がバタバタとはためいていた。彼のスマホで生まれたばかりの息子の画像を見せてもらっていた時だった。


ガラン、ガシャーン!


大きな音が上から聞こえてきたと思ったら、私達の上に大きな影が出来た。本能的に彼を突き飛ばした後は、頭は激痛に見舞われて、話すことも出来なくなっていた。


ああ、そうか。守れたから、もう、いいね。


私は彼が好きだった。

彼は私の特別だった。


彼の特別になりたかった。

彼以外何もいらなかった。


なれないなら、せめて。


彼を、彼の幸せを、ただ守りたかった。


そして、この苦しみから自分を解放したかった。




ふいにぽっかりと、水の底から泡が生まれて水面で弾けるように、目が覚めた。

目覚めた時、わたしはベッドの上にいて、物凄く変な姿勢で転がっていた。

這い上ったせいなのか、最期のせいなのかわからない。頭の下のシーツには涙のシミが出来上がっていて、思いがけず大泣きしていたんだと気付く。


やはり死んでいたのか……思っていたより悲惨な最期だったけど、あいつを守れたんならよかった。

うっすらと見えていた瞳には、顔をくしゃくしゃにして泣いてたあいつの顔が映っていた気がする。だから、あいつを守れたのは間違いない。

ほう…と詰めていた息を吐き出す。


でも、あの部屋の惨状を親に片付けさせたのかと思うと、もし戻れるなら徹底的に掃除したかったな。もう、戻れないけど。


なぜかゲーム世界に転生という形で生まれ変わったことを改めて実感したわたしは、せっかく生まれ変わったのだから、いつになるかわからないけど、わたしが好きになった人が、ちゃんとわたしを好きになってくれて、愛してくれる人と幸せになりたい。

いつか、そんな日がくればいい、来ないかもしれないけど。それには、無事に高校生活を終える必要がある。まぁ万が一放り出されたら、バイトでもなんでもして食い繋ぐ自信はあるけどね。


自分の最期を見るというのはあまり気持ちがいいものではなかったけれど、あいつの顔が見られただけでもよかった。そう、真莉亜として生まれたはずなのに、わたしの心はまだあいつに囚われたままだったことに気付いた。解放を望んだはずなのに、まだ放してくれなくて、でももう二度と、会うことは叶わない。


誰かが言ってたっけ、男は想い人との思い出を名前を付けて保存するけど、女は上書き保存だって。


この先、わたしが想いを寄せる人が出来たとしても、わたしはあいつを名前を付けて保存するだろう、わたしが文字通り、命懸けで愛した人だから。


もし、一生をこのまま一人で生きていくとしても、無事に高校を卒業出来れば大道寺の娘として家にいられる。追い出されなければ小姑として居座ってもいいだろう、大丈夫、わたしは優しいから雄斗のお嫁さんをいびり倒したりはしないよ?


ベッドの上でそんなことをつらつら考えているうちに、秋の夜は更けていった。




季節は巡り、相変わらず運針は下手くそなまま、剣道はお父さまに扱かれる回数は変わらないけど、時々は誠一郎や勇仁、歳三が見てくれて、以前よりは稽古の回数は増えた。


パシン、パシン 

冬の道場はとても寒い。足がかじかみそうになるけれど、我慢、我慢。

打ち込みを何度か繰り返すうち、身体が温まってくる。


今日の稽古は雄斗も一緒だ、なかなかの気迫、負けてられないなと思う。


あれから、自分自身のことをきちんと思い出したせいなのか、雰囲気が変わったと言われることが増えた。

昨日も綾花ちゃんに「真莉亜さまは、なんというか……落ち着いていらっしゃいますね」と言われてしまった。まぁ、あれだ。正直、綾花ちゃんや佐央里ちゃんが娘でもおかしくないとか考えちゃうと、どうしても同じ土俵に上がり切れないというか、なんというか。


それでも中身がそこそこお子ちゃまなので、ノリノリで土俵に上がりこんでることもあるんだけど。


やがて春が来て、夏を迎える頃。


「お嬢様、旦那さまがお呼びでございます」

自室でまつり縫いの練習をしていたわたしをばあやが呼びに来た。


ーーーお父さまが?何か叱られるようなこと、したっけ?

あまりに裁縫が下手くそだから、お小言?!……いや、さすがにそれはないな。


お父さまにわざわざ呼ばれることがあまりないので身構えてしまうが、わたしが怪訝な表情をしていたことに気付いたばあやが「お話があると仰ってました」と付け加えてくれた。


改まってお話ってなんだろう……?


お父さまは書斎にいらっしゃるようだ、わたしが呼ばれて書斎に向かうのも珍しいので、よっぽど大事な話なのかな?

ドアの前で、ばあやがノックをしてくれる。

「お嬢様をお連れしました」

「入れ」

「失礼いたします」

中に入ってお父さまを見ると、いつもの仕事机の前に男性が二人、立っているのが見えた。

この二人にご挨拶すべきなのか迷っていると、背広姿の二人が振り返った。


……ん?なんか、すごい見られてるけども。

「あの、ごきげんよう 大道寺の長女、真莉亜と申します」

ペコリとお辞儀をすると、男二人はぎょっとした顔をして、お父さまを振り返った。

「真莉亜、こいつらはな、そのう……」

「お父さま?」

お父さまが心なしか浮かない様子なのが気になるが、改めて二人を見ると、目がウルウルしている。え、ちょっと、どうした?大の男が二人してウルウルとか、怖いだけなんだけど?!


「「お嬢様、お久しぶりです!!」」

……誰さ?


えーと、えーと………。


「あーーーっ!!」

しまった、素が出てしまった……まぁいいや、ここは家だし、もうなんだか色々めんどくさい。


そう、例のアニキこと中山 健司と、わたしは顔を見たことがなかったけど、こっちが子分こと加藤 正夫だろう、多分。


「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした!」「申し訳ありませんでした!」

うわ、本当に高柳で行儀見習いを一年務め上げたのか!!すごい、思わずご苦労様って言いそうになっちゃったよ…。


「ええと、確か、中山さんと加藤さん…でしたっけ?」

「そうです、あの時は、本当に……」そう言うと、中山 健司と加藤 正夫は涙ぐんでしまった。あの時よりも後のほうが大変だったんじゃないのかね?君たちは。

「ゴホン」

お父さまがわざとらしく咳払いをすると、二人はお父さまの前で直立不動になる。

「真莉亜、改めて紹介しよう 中山と加藤だ 今日から運転手見習いと調理場見習いとして働いてもらうことになった」

「そうでしたか これからよろしくお願いしますね」

「お嬢様、あの時のお嬢様の凛としたお姿に、自分たちがいかに馬鹿だったか、思い知らされました」

「俺も兄貴…いや、中山さんから色々と話を聞いて、お嬢様のお傍で働けたらと思い、今日まで頑張りました」

あー……なんだろう、背中がむず痒いんだが……。


「「これから、俺たちはお嬢様のお傍で、精一杯働かせていただきます!!」」


なんだろう、すごい調子狂うというか、ここ、乙女ゲーム世界よね?何度も確認するけど、間違ってないよね?

お父さまも半分呆れ顔だけれど、真面目に働いてくれるなら、うちとしても断る理由はないだろうし、まぁよろしく頼むよ、君たち。

わたしは微妙な顔で、彼らの決意表明を聞いていた。

お父さまがわたしを呼んだのは、彼らがどうしてもわたしに直接謝りたいと言ってきかなかったからだそうだ。一度折れてしまっているお父さまは、説得は無理だと早々に諦めたんだろう、賢明な判断だと思うよ、うん。


「ま、まぁうちにも色んなしきたりがあって、大変だろうと思いますが、頑張ってくださいね」

一応、励ましておいてやろう、しばらくは接する機会もあまりないだろうから。


「「ありがとうございます!!」」

二人はきれいに斜め45度の最敬礼をしてくれた。高柳で相当鍛えられたんだろうなぁ……苦労が偲ばれるよ。

「お父さま、わたくし、課題の途中でしたので、そろそろ失礼してもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうか それは悪かったな」

「いいえ、それではお父さま、お二方、ごきげんよう」

軽く会釈をして、わたしは書斎を出ていく。


まぁ、これで華恵さまを巡る件については全て解決ってことでいいのかな。

わたしは足取りも軽く、自室へと向かった。










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