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真莉亜の中のわたし。



「先生……」

「真莉亜さん、私も色々な方をご指導してきましたが……あなたって、本当に…」

ああ、先生!みなまで言うな、わかってる、わかってますから!


わたしは、今、自室で針と糸を手に、真っ白なタオルと格闘している真っ最中である。


お母さまが頼んだ家庭教師の先生というのは、勉強はもちろんだけれど、マナーや、鳳仙の教育方針である「良妻賢母」に沿ったご指導で定評のある先生である。

読んで字の如し、夫にとっては良き妻、子にとっては賢い母という女性像を目指している鳳仙は、家庭科に重きを置いており、普通は高学年から始まる家庭科の授業が、三年生から予定されている。


みなそれぞれ、財力の違いはあれど、いい家のご令息、ご令嬢なのだから、勉強はともかく、針仕事や料理はあまりやらなくてもいいのではと思うのだけれど。


わたしは、勉強に関しては「大変良くお出来になる」と花丸を頂いている。なぜなら、チートだからだ。

さすがに小学校低学年で教えてもらうことはわかる。高学年だと怪しいけど。XとYが出てくる辺りから相当怪しくなるんじゃないか。基礎は大事だからね、疎かにしないようにしないと。慢心すると碌なことにはならんというのは、中身で大いに経験済みなのだ。


今日は、その「家庭科」の授業の予習とも言うべき、裁縫を習っているのだが。

わたしは運針が死ぬほど苦手である。ミシンで縫って何が悪いと思うのだが、直線縫いは基本中の基本だからね、初めて習うのが運針なのはわかるのよ?


でも人には向き不向きというのがあってだな……。


運針の縫い目がわかりやすいように、白いタオルに赤い糸でチクチクと縫っていくのだが、7歳というのを割り引いても、これは酷い!と自分でも思う。

冒頭の先生のため息交じりのお言葉も致し方ない、甘んじて受け止めよう。


「先生、申し訳ありません」

これほど不器用な生徒に出会ったことがないらしい先生は、ともすると憐みともとれるような視線をわたしに投げた。

呆れちゃったよね、そうだよねぇ……。

内心、先生の気持ちもわかると思いながら、ひたすら針を動かしていたのだが。


「何事も練習あるのみ 反復で何度もやっていけばきっと大丈夫ですよ」

萎れながら針を動かすわたしを本気で憐れんでいるらしい先生が、思いの外優しい言葉をかけてくれる。

「次にお邪魔する時までに、雑巾をあと10枚、縫っておいてくださいね」


え……マジか。


その言葉に思わず顔を上げて先生を見ると、先生はいい笑顔でうんうんと頷いている。

「直線縫いが出来たら、次はまつり縫いです それが上手く出来たらボタン付けも練習しましょう、ね?」


あばばばば……

ボタン付けはともかく、まつり縫いだ、と……?

雑巾10枚もさることながら、まつり縫いからボタン付けにいくまで、一体どれほどの時間が必要なのかを考えただけで気が遠くなりそうだ。


何事も実践あるのみ、不器用ながらもなんとかやるしかない、先生に見守られながら、わたしは針を動かし続けた。



そんな風に日々を過ごしているうちに、気が付けば貴彬が昇降口で壁にもたれながら、わたしをひたすら待っている回数が激減した。綾小路の予告通り、習い事なのかなんなのかはわからないが、ほぼ毎日のストーカー行為が週に二回ほどになった。この調子でいけば、そのうち週に一度、二週に一度とどんどんと減っていって、遂にはわたしは忘れられた存在となっていくだろう、大いに結構なことだ。


同学年だけならともかく、上級生にも一目置かれる存在の貴彬は非常に目立つ。攻略対象らしく、まさにヒーロー扱いなわけで、そんな貴彬と一緒に帰っているというだけで、わたしまで悪目立ちしてしまっていた。

お陰で一部の女子からは、ある事ない事囁かれる始末。夏の時点で、登校拒否をしたかったわたしの気持ちをわかっていただけるだろうか?本当に針の筵だったのだ。


そんなある日、教室で席が近い佐央里ちゃんと、授業の合間の休み時間にちょっとしたおしゃべりをしていた時のこと。

「そういえば、一度お尋ねしてみようと思っていたのですが…真莉亜さまは、本城さまとお付き合いされているのですか?」

佐央里ちゃんに聞かれて、危うく椅子からすべり落ちそうになった。


「お、お付き合いなんてしておりませんよ?」

「あら、そうですか……残念」

「え?」

「上級生のわたくしの従姉妹から聞いたのですが、本城さまと真莉亜さまは可愛らしいカップルで有名らしいですよ?」

わたしの顔から血の気が引いたのが、佐央里ちゃんにもわかったらしい。

「どうされました?お顔の色があまりよくないようですが……」


わたしが最も恐れていた事態が……。


ゲームの真莉亜は、貴彬の特別だと信じて疑わなかった。華恵さまを失った悲しみをわたくしが癒して差し上げたのと周囲に触れ回っていたが、真莉亜とその一味が怖くて、周りはその言葉にうんうんと頷くしか出来なかっただけだ。

一方の貴彬は、真莉亜を歯牙にもかけていなかったし、周囲に女が群がるのがうざかったのだろう、真莉亜に言いたい放題させていただけだった。早い話が、体のいい虫除けである。


強力な虫除けバリアは、一般的な虫除け剤よりもはるかに長い期間、その役目を果たした。



しかし、ヒロインの敵である真莉亜は、誰のルートに入っていようとも、攻略対象者の手によって学苑を追われる。実家には跡取りである雄斗がいるので、大道寺の家名を汚したと家からも絶縁されてしまうのだ。


お嬢様として育てられた人間が市井にほっぽり出され、果たして生きていくことが出来るだろうか。ゲーム内では単なる悪役としての役割しかなかった為、その後の真莉亜の消息は語られないが、野垂れ死んでいても不思議じゃない。


「佐央里さま、それは根も葉もない噂です 従姉妹の方に、きっぱりはっきり否定してくださいませ!」

わたしの勢いに、佐央里ちゃんは目を白黒させながらも、首振り人形のようにコクコクと頷いていた。


冗談じゃない、このままじゃ外堀を埋められてしまうじゃないか。妙なフラグはご免被りたい。


『花宵』は大抵の乙女ゲーム同様、攻略対象者の面々は、初対面からヒロインに好意的である。中には敵意を持って突っかかっていく輩もいるが、それでも最終的にはヒロインに好意を持つ。

そして攻略相手に選ばれなくとも、ヒロインに好意を寄せ続ける。なんて健気な野郎どもなんだ!


ヒーローを従えるヒロインは最強。


最強ラスボスに立ち向かうのは、勇者だけでいい。本格RPGの世界なら、喜んでダンジョンにも分け入る覚悟だし、村を助けるために、こいつ絶対頭おかしいだろ?!と思いつつ、じゃがいもを放つ大とかげもどきや電撃ゴリラもどきとも戦うだろう。だが、わたしはこの世界のラスボスと戦う気はないのだ、平穏に生きて死んでいきたい、かつてのわたしのように。


……って、あれ?わたしってば死んでたの?!


ふいに冷静になる。


わたしの迫力に圧された佐央里ちゃんは、授業のチャイムでそそくさと自分の席に戻って行った。びっくりさせてしまっただろう、後で謝っておかなければ。


そもそも、わたしがこの世界で真莉亜に生まれたきっかけ。

普通に考えたら死んでるんだろうと思うけど、今いち自信がない。今更、本当に今更なのだが、わたしは自分自身に関することにあまりに無頓着だったことに気付いた。


真莉亜として生きているわたしの身に何が起こったのか。何かきっかけでもあれば、思い出せそうだけれど、そのきっかけがなんなのかがわからない。

授業中、先生のお話を右から左に聞き流し、板書に熱中するふりをしながら、家に帰ってから色々調べてみようと心に決めた。



家に帰って、まずは新聞を探した。お父さまが何紙か購読している中で、専門紙を除くものを読み込む。

真莉亜の中身であるわたしが発現したのは、鳳仙に入学してから。その前から、この世界で普通に生活していたけれど、この世界とわたしが生活していた世界とは、何がどう違うのか知りたかった。


一応、最悪の事態も想定しておいたほうがいいことに気付いたせいもある。万が一、大道寺から追い出されても、元いた世界とそう変わらなければ、なんとか生きていけるんじゃないかと思ったからだ。


社会に出てからほぼ二十年、酸いも甘いも噛み分けた、いい大人だったのだから…最も、異性相手のコミュ力は相当低いレベルだったが。



過去の物を含めて新聞を読んでいくと、中身のわたしが生きていた時代の日本とそう変わらないことがわかった。学苑と家のほぼ往復だけ、社会との関わりがほとんどないわたしとしては、新聞やテレビを通してしか世の中のことがわからなかったから、もっと早く気付くべきだったことが少し悔やまれたけれど、これなら一人になったとしても、なんとか生きていけそうだ。


わたしは死んだのか、どうか。死んでしまったのであれば、何が原因で命を落とす羽目になったのか。

新聞を片付けながら考えてみたが、なぜか頭痛がしてくるのだ。よくある片頭痛とも違う気がする。


自分で自分にロックをかけているのか、それとも神様がロックしているのか…。

頭痛がどんどん酷くなってきた気がするので、それ以上考えるのはやめにした。


夜、自室で宿題をしていると、雄斗がやってきた。

「ねえさまぁ ぼく、ねえさまにきいてほしいことがあるんだ」

「なぁに?」

「ぼく、ようちえんいってるでしょ?」

「うん、行ってるね、今日は楽しかったかな?」

「……た、たのしいこともあるけど、そうじゃないこともある」

「楽しくないこともあるんだ?どうして?」

「だって、だってさぁ……」

珍しく雄斗が言い淀んでいる、これはイジメか?だったら姉ちゃんが落とし前付けたろか?あぁん?


「どうしたの?雄斗 姉さまに言ってごらん?」

「おかあさまにはいわないでくれる?」

「うーん……お話を聞いてみないとわからないかな?」

「そっかぁ じゃあいわない」

ええっ?!そこまで言って言わないの?期待値上げといて落とすなよ、雄斗。


「ゆうくん、姉さまに言ってごらん? お母さまには言わないって約束するから」

内容によっては、雄斗から聞いたと言わずに報告するけどな!


「あのね、ぼく、さいきんなかよしのこがいるの」

「そうなのね、仲良しはいいことよ?」

「そのこがね、ほかのことなかよくしてると、なんかいじわるしたくなっちゃうんだ」

「へ……へぇ~…それで?」

「ぼく、いじわるはしてないけど、そのうちしちゃいそうで しちゃいけないとおもって、ねえさまにそうだんしにきたの」

「意地悪はよくないと思うわ、その子と別の子も一緒に遊べばいいんじゃない?」

「でも、ほかのこじゃなくて、ぼくはそのことだけあそびたいの!」

ん~……雄斗ってこんなに独占欲強かったっけか?真莉亜は病的ブラコンで物凄く可愛がっていたけど。


「その子のお名前はなんていうの?」

「えっとね、みつまさくん」

……は?

ちょ、ちょっと待って、雄斗。幼稚園でそんな、ショタBLとか、そんな……。

「ねえさま、どうしたの?」


……危うく妄想世界に羽ばたくところだったぜ、ふぅ、危ない、危ない。冷静になろう、実際にBLなわけじゃない、これは本当に単なる独占欲の話だ。

「だ、大丈夫、なんでもないわ 雄斗、みつまさくんだけが仲良しなの?」

「そんなことないよ!ぼく、ともだちいーっぱいいるよ!」

出た!謎の友達多い自慢。まぁ子供なんてそんなもんだよね、本当の友達と言える存在はもっと少ないと思うんだけどさ。

「じゃあ、たくさんいるお友達とみつまさくんと、みんなで遊べばいいんじゃない?」

「あそんでるよ!でも、そうじゃなくて」

うまく言えないってことかな、独占欲なんて言ってもわからないだろうし。

「雄斗にとってみつまさくんは特別なのね でも、特別だからこそ、大事にしなくちゃいけないわ」

「とくべつ?」

「そう、特別。家族以外で特別が見つかることはあまりないことなのよ だから大事にしなくちゃ」

「ふぅ~ん……みつまさくんは『とくべつ』なんだね!」

「そうね だから意地悪なんてしちゃいけないし、しそうになったら……そうね、お父さまを思い出しなさい」

「とうさま?なんで?」

「意地悪したら、きっとお父さまのお仕置きが待ってるから」

にっこり微笑むと、雄斗は青くなった。雄斗は男の子なので、お父さまはわたし以上に厳しく接していらっしゃる。

「わかった、ぼく、ぜったいいじわるしない」

雄斗は神妙な顔で宣言すると、ありがとうと言って部屋を出て行った。


特別な存在かぁ~男であれ、女であれ、そういう存在に出会えることは中々ない。

わたしもいつかそんな人に会えたら……。

ズキーーン……アタタタ……。


急に頭痛が、しかも後頭部がズキズキ痛み出した。なんなんだ、これ……。

あまりの痛みに気が遠くなりかけて、這うようにベッドへたどり着く。

ベッドに這い登ると、わたしは瞬く間に気を失ってしまった。






















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