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そして運命の日。

あまりゆっくり眠れないまま、朝を迎えた。

自室ではなかったせいもあるだろうし、色んな意味で緊張が高まっていて、興奮し過ぎていたせいもあると思う。


夜明け前にはベッドを抜け出して、本城のお屋敷の窓辺に立って外を眺める。

しばらく経つと、夜と朝の境界が曖昧になって薄暗い空が橙に染まってゆく。本城家のうっそうとした緑がオレンジ色に縁どられ、太陽がゆっくりと昇ってくる。


この日がついに来た。


ベッドに戻って、枕元に置いてあったブローチを手に取って握りしめる。ばあやの柔らかい微笑みが浮かんで、少し安心した。本当にお守りなんだと改めて思う。

大丈夫、わたしは一人じゃない。


「よし!」

一つ気合を入れると、わたしは顔を洗うため、洗面所へ向かった。



.................................................................................................


本城家で軽めの朝食を済ませ、メイドさんに手伝ってもらって、美沙子さまから渡されたお洋服を着せてもらう。少し伸びてミディアムボブくらいの長さだった髪をふんわりとカールしてもらい、ちょっと女の子気分を味わった。

中身のわたしはというと、アラフォーで会社員という部分で推して知るべし、お局で君臨していたわけじゃないが、一目置かれていた存在でよく「男前」と言われていた。

女性らしい可愛らしさとは無縁で生きていたので、居酒屋で注文するのは中ジョッキ、つまみは夏は枝豆、冬はアタリメである。男前というより、オヤジだったんじゃあ……。まぁ細かいことはどうでもいい。


なので、可愛らしいものを見るのは好きだけど、自分が可愛く装うということは本当に苦手なのだ。

だが、今日はそんなことは言えないので、メイドさんにされるがままだった。


「あの、華恵さまはどうされているのですか?」

わたしの支度をしてくれている、メイドさんに聞いてみる。

「お嬢様はお部屋でお仕度されていると思いますが」

「出かける前にお部屋にお邪魔することは出来ますか?」

「そうですねぇ……大道寺さまのお仕度は整いましたので、ちょっとお嬢様に伺ってまいりますね、しばらくお待ちください」

そう言うとメイドさんは出ていった。


コンコンとノックの音がして、返事をすると先ほどのメイドさんが帰ってきた。

「お嬢様もお仕度が終わったようです お部屋にいらっしゃいますか?」

「はい お願いします」

メイドさんに連れられて、華恵さまの部屋に入ると……。


およ?


なんと、華恵さまはわたしとお揃いのワンピースを着ているではないか、しかも髪型もほぼ同じ…。

これはどういうことだろう?

華恵さまは黒髪で瞳が少し赤みがかっていて、ぱっちり二重の美少女、わたしはちょっと頑張って可愛い少女くらいの差はあるのだが。

白のシルクで出来たワンピースは生地の素材感を生かすためか、シンプルなデザインで、襟と袖が総レースで出来ている。ウエスト部分には水色のシルクサテンのリボンが巻かれている。

靴は水色のエナメル素材で、レースのくるぶし丈のソックス。

華恵さまの靴のほうが踵が少し高いらしく、背丈もそんなには変わらなかった。


華恵さまは嫌じゃないのかな、まるで双子のように同じなのだから。


「おはようございます、華恵さま」

「まりあさま おはようございます まりあさまとってもおにあいよ」

「ありがとうございます 華恵さまは益々愛らしくていらっしゃいますね」

「おかあさまからおそろいときいて、わたくしはうれしかったけれど、まりあさまはいやじゃない?」

そうか、嬉しかったのか、本当にいい子だよねぇ華恵さまって!

「わたくしも嬉しいですわ」

にっこりと笑ってそう言うと、華恵さまも嬉しそうに微笑んでくれた。


「実は、華恵さまに家からお守りをお持ちしたんですが」

「おまもり?」

「ええ、華恵さまが緊張されないようにと思いまして」

箱からネックレスを取り出す。わたしと同じ、真珠で出来た熊のモチーフのペンダントトップの物だ。

「わぁ かわいい!こちらをいただいてよろしいの?」

「いえ、こちらは神様からの借り物なので、お返ししないとなりませんの パーティで華恵さまをお守り出来たらと思ってお持ちしたものなのですが、付けていただけますか?」

「パーティでわたしがこまらないようにもってきてくださったのね ありがとう まりあさま」

華恵さまは、ネックレスを取り出してメイドさんに頼んで付けてもらっていた。

「わたくしはブローチを付けております」

「これもおそろいなのね! まりあさまもかえすの?」

「ええ、今日帰ったら神様にお返しします」

「ざんねんだけど……パーティがおわったらおかえししますね」


華恵さま、申し訳ないがそれにはGPSが付いているので、もしバレたら我が家はとんでもないことになるから、それは絶対に回収せねばならんのだ、ごめんよ。


.....................................................................................................



「さぁ、みなさん、行きますよ」

美沙子さまに案内されて、てっきり玄関に向かうと思っていたわたしは肩透かしを食らった。

なぜか、別館の更に奥、迎賓館に向かっているようだ。

不思議に思っていると、迎賓館の裏手にヘリコプターが停まっていた。


え、マジで?ヘリで行くの?!


さすがは本城家、てっきり車で行くと思っていたわたしは面食らってしまった。

「大道寺さんはヘリに乗るの、初めて?」

のんびりとした口調で綾小路が聞いてくる。

もう、口あんぐりだったので、コクコクと頷くのが精一杯だった。

綾小路の隣で、貴彬がわたしをチラ見して鼻で笑ったのには猛烈に腹立たしかったが、「平常心 平常心」と心で唱えてやり過ごす。


初めてのヘリはとにかくうるさかったが、景色は本当に素晴らしかった。ホテルのHマークが見えた時には残念な気持ちになったほどだ。


だが、しかし。浮かれている場合ではない、ここからが勝負。


ホテルに到着すると、支配人の案内で控室として借りている小宴会場に通された。

美沙子さまから、今日の段取りを説明される。子供なので、そう難しい要求があったわけではないが、なぜかわたしのエスコートを貴彬がすることになっていた。


「お母さま、僕が華恵のエスコートをします!」

「いいえ、華恵は譲さんにお願いするわ」


ここで親子の攻防があった訳だが、母上に軍配が上がって、貴彬が憮然としてしまった。


いや、ちょっと、かなり嫌なんだけど。こんな機嫌悪い貴彬と歩くとか、ただの罰ゲームだよね、わたしが一体何をしたってんだ、チクショー!


「貴彬、機嫌直せよ 大道寺さんが困ってるよ」

「は?困ろうが俺の知ったことじゃない」


まぁこの通り、坊ちゃんは大変機嫌を損ねていらっしゃる中でパーティは開幕したのだ。


時間になったので、綾小路にエスコートされた華恵さまと嫌々わたしをエスコートする貴彬が入場する。

緊張気味の華恵さまがバースディケーキの前に立つと、司会者の合図で蝋燭が吹き消され、乾杯の掛け声と共にグラスがあちこちで合わされていた。


その後、ちょっとした歓談の後に、美沙子さまの子供服ブランド発表があり、わたしたち4人が前面に出てモデルの真似事をすれば、わたしたちの任務は終了である。

お仕事関連の方たちに混じって、うちの母と雄斗の姿もあったが、まだ話せてはいなかった。かなり広い宴会場なので、探しに行くとなると華恵さまを一人にしてしまうので、そうもいかない。


貴彬は本人の言っていた通り、華恵さまの傍にはいられないようだった。未来のグループ総帥だもんね、そりゃそうだ。

「華恵さま、大丈夫ですか?お疲れならお座りになります?」

なんとなく華恵さまに疲れが見えたような気がしたので、声をかけてみる。

「すこしすわってもいいですか」

「どうぞ、この辺りの椅子でよろしいですか?」

「ありがとう まりあさま」


立食なので、壁際に椅子が並べられている。一応、会場全体が見渡せる場所を陣取ってみたのだが、未だ怪しげな人物等は確認出来ないでいた。一見して怪しげな人物がいたら、それはそれでセキュリティどうなってんだという話ではあるが。


だけど、このまま何もないことはありえないのだ。


ああ、だけど、どうしよう、生理現象は誰にも止められない。トイレに行きたくなったわたしは、キョロキョロと辺りを見回して、信用に足る人物を見つけた。

「お母さま!」声をかけると、お母さまもわたしを探してくれていたのか、雄斗と一緒にやってきてくれる。

「華恵ちゃん お誕生日おめでとう」

「かえ、おめでとう」

「ありがとう、さゆりおばさま ゆうと」


「真莉亜ちゃん、素敵なお洋服ね よく似合ってるわ」

「お母さま ありがとうございます ところで、一つお願いがございます」

「あら、何かしら?」

「わたくし、化粧室に行きたいのですが、華恵さまがお一人になってしまわれるので……」

「そう、では真莉亜ちゃんが戻るまで、華恵ちゃんとご一緒しているわ」

「ありがとうございます」


お母さまは律儀な人なので、大人の社交もあるだろうが、わたしが戻るまでは必ず華恵さまの傍にいてくださるだろう。というか、いてくださらなくては困るのだけど。

まぁいい、さっさと行ってとっとと戻ってくれば済むことだ。


宴会場から一番近いトイレにさっと入る。

この時、生理欲求に負けて、周囲を全く観察しなかったことが悔やまれる。



ーーーーなぜなら、個室のドアを開けた瞬間、わたしの視界は真っ暗になってしまったのだから。











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