運命の前日2。
案内されたお庭には、真っ白なテーブルクロスがかけられたテーブルに、色とりどりのお花が飾られていた。
お天気がいいので、お庭でパーティを開くことにしたと、榊さんが歩きながら教えてくれた。
テーブルにはすでに綾小路が座っており、わたしが席に着くと、お屋敷と庭を繋ぐテラスから、貴彬に手を引かれておめかしした華恵さまがいらっしゃった。
「華恵さま、今日はお招きいただいて、ありがとうございます」
席を立ってお辞儀をすると、華恵さまが笑顔で迎えてくれた。隣にいるお坊ちゃまは極力視界に入れないように努力する。
「ようこそ、まりあさま、ゆずるさま どうぞ、おかけください」
華恵さまが着席されるのを待って、席に座る。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます、華恵さま」
「まりあさま、ありがとう」
「華恵ちゃん、おめでとう」
「ゆずるさまもありがとう」
華恵さまはニコニコしていて、見ているこちらも嬉しくなってしまう。
「わたくしからは、こちらをお贈りさせていただきます」
そう言って、傍に控えていたメイドさんに手渡す。メイドさんから華恵さまのお手元に渡った。
「わぁ あけてもいいですか?おにいさま」
学苑では絶対にお目にかかれない、慈愛に満ちた微笑みを妹に向ける貴彬。正真正銘のシスコンだと再確認、心のメモに忘れず書いておく。
貴彬が頷いたのを確かめてから、華恵さまはわたしが差し上げた贈り物のリボンを解く。
「これは……これをみながらつくればできるの?まりあさま」
「そうです、華恵さまはそういったものがお好きかなぁと思いまして」
「ええ、ええ!すきです!まりあさま どうもありがとう!かわいいものがすきなので、それをじぶんでつくれるなんてゆめのよう ね?おにいさま」
貴彬はうんうんと頷いている。
「じゃあ、僕のこれはお気に召さないかな?」
綾小路のプレゼントも、華恵さまの手に渡って、早速包みが開けられた。
「わぁ すてきなえほん!ゆずるさま、どうもありがとう えいごでかかれてるのね わたくし、すこしずつえいごもべんきょうしてるのよ ゆずるさまはごぞんじでしたの?」
「貴彬に聞いてたからね 華恵ちゃんにぴったりだなと思ったんだよ」
「うれしいわ おふたりとも、ほんとうにありがとう」
華恵さまの嬉しそうなお顔、本当に愛らしい。この笑顔を守らなくてはと思う。
陽光降り注ぐ、緑溢れる明るいお庭でこんなことを考えているのはわたしだけだと思うと、少々気が滅入るけれど、この二人に事情を明かす訳にはいかない。
「どうしたの、大道寺さん 華恵ちゃんをそんなに見つめて」
知らず知らず、華恵さまを注視してしまっていたようだ。
「いつお会いしても可愛らしくていらっしゃると思いまして」
「そうだろう、華恵は世界中で一番可愛いんだ」
シスコン貴彬がデレデレしながら言う。
「もう、おにいさまったら」
これが兄妹でなければ立派な惚気である。一歩間違えば禁断のめくるめく世界に突入してしまう、大丈夫か、この兄妹。
はっ……他人事ではない、わたしも雄斗が可愛くて仕方ないのだ、こちらも禁断の世界に……なんてことを考えながら曖昧に笑っていたら、ワゴンに載ったケーキが運ばれてきた。
5つの蝋燭が飾られたケーキが華恵さまの前に置かれ、みなで華恵さまに改めておめでとうと歌を歌う。
華恵さまが蝋燭の火を吹き消して、誕生会がスタートした。
給仕がグラスに淡いゴールドの炭酸飲料を注いでくれる。シャンパン代わりなのだろう、貴彬がグラスを手にした。
「今日は華恵の誕生日に集まってくれて感謝する 華恵、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
「華恵ちゃん、おめでとう」
お皿の上には、アンティパストが載っていた。おお、イタリアン!我が家は家屋のイメージからもわかるように、和食が中心だ。懐石料理を毎日食べる訳もなく、素材そのものは高級品だろうけど、中身のわたしが慣れ親しんだ家庭料理とそう大差ない。
でも、たまにはね、イタリアンだとかフレンチなんかも食べたいんだよ。
アンティパストの後はプリモ・ピアット、パスタ料理が出てきた。パスタ!わたしの大好物!目を輝かせていると、貴彬と目が合った。小馬鹿にしたような視線を投げかけてくる。
大好物を前に嬉しそうにして何が悪い、うちじゃなかなか食べられないんだよ!
伊勢海老とウニのクリームパスタ……ああ至福。貴彬の視線は無視して、食事に集中する。味わって食べなければもったいない。
そしてセコンド・ピアットはお肉をお願いした。肉!やはり肉に勝るものはない、ウルトラ上手に焼けた肉を見て感動が抑えきれない。ミディアムレアでお願いしたお肉は最高級の牛さんのフィレである。
ステーキのソースはパルサミコでお願いした。酸味があるが、肉料理、特に牛肉との相性は抜群である。
パンをいただきながら堪能し、サラダ、チーズと続く。
最後は先ほどのお誕生日ケーキが切り分けられて、紅茶と共に供される。
食事中、貴彬と華恵さま、綾小路は時折会話を楽しんでいたようだが、わたしは視線だけ送ったり、頷くだけに留めておいた。わたしがお招きいただいて、この席に着いていること自体、イレギュラーなんじゃないかと思ったからだ。
華恵さまのお話相手をしているとはいえ、頻繁にお屋敷を訪れている訳でもなく、綾小路のように幼馴染という訳でもない。お母さま同士が同級生だけれど、お二人もしょっちゅう会っているということもない。
そういえば、なんで招待されたんだろう……?しかも二日とも。
ちょっとした疑問が頭をもたげてきたと同時に、その人が現れた。
「今日は華恵のために集まってくださってありがとう」
大輪の薔薇が一輪、その場に咲いたような気がした。貴彬、華恵さまのお母さまである、美沙子さまである。
「美沙子おば様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「美沙子さん、今日はおめでとう」
え、美沙子さんですと?!少し驚いて綾小路の顔をまじまじと見つめてしまう。不躾なのは承知しているが、本城の奥様を「さん」付けで呼ぶなんて!
呼ばれた美沙子さまは平然としていらっしゃった。綾小路はこれが普通なのか?
「二人とも、今日はよく来てくれました 真莉亜さん、おば様はいただけないわ、出来たら美沙子と呼んでちょうだいな」
「か、畏まりました」
そういえば、華恵さまのところにお邪魔する時、美沙子さまにお会いする機会がなかった気がする。だからわたしの中では美沙子おば様という呼び名が定着していたのだが……。
平日の午後、お仕事をされている美沙子さまにお会い出来ないのは当然か。
「おかあさま、まりあさまとゆずるさまにこちらをいただいたの」華恵さまが美沙子さまに嬉しそうに報告すると、美沙子さまは改めてお礼を仰ってくださった。
「真莉亜さん、譲さんも今日はどうぞ泊まっていらしてね 明日も出席してくださるのだから、うちから一緒に行きましょう」
え、何それ、聞いてないんだけど。
わたしが困惑した表情を浮かべていると、美沙子さまは重ねて仰った。
「真莉亜さん、そんな心配そうな顔なさらないで 安心してちょうだい、小百合さんには前もってご連絡しておいたから」
ちな、小百合というのは、我が母上である。
「は、はい ではお言葉に甘えさせていただきます」
寝耳に水なわたしとしては、この返答で精いっぱいだ。誠一郎に知らせなくては。彼はわたしがこの屋敷を出るのを待っていてくれている。
「ああ、運転手にも伝えておかなくてはいけないわね 榊」
「はい、奥様」
「大道寺家の運転手に帰っていいと伝えて」
「畏まりました」
あ、うん、まあそうなるよね、それはわかるんだけど…誠一郎はわたしの護衛でもあるんだよね〜。
この状況では、わたしの意見など言えない。
誠一郎のほうで何か考えてもらうしかない。
それにしても、なんだか強引な感じがするのは気のせいか……?
わたしの疑問は、本城家の夕食をご馳走になって、デザートを頂いている時に明らかになった。
美沙子さまが経営されているブランドが新しく子供服を立ち上げるらしく、そのお披露目を兼ねて、華恵さまの誕生パーティを開くらしい。
道理でおかしいと思ったのだ、わざわざホテルでパーティとは、社交界デビューにしたって早すぎるし、疑問に思っていたので、この件に関しての謎は解けた。
それで、なぜわたし?と思うわけだが、こちらもあっさり解決した。
華恵さまと一緒に、そのブランドの洋服を着てパーティに出席して欲しいということで、貴彬はともかく、綾小路も同じ理由で出席するそうだ。
「貴彬と譲さんには、真莉亜さんと華恵のエスコートをお願いするわね」
……は?い、い、今なんとおっしゃいました?
「言ってみれば、あなた達は私のブランドのイメージキャラクターね、明日がとっても楽しみだわ」
美沙子さまは、とっても楽しみにしているらしいが、わたし自身は騙されたような気分である。
わたしが華恵さまのエスコートをすればいいだけじゃないんかい!貴彬から聞いた話と全然違うじゃないのさ!
貴彬と綾小路は余計だが、華恵さまとは一緒にいられるのだ、なんとかなるだろう、たぶん。
後は現場でどうなるかだ、事件は会議室で起こるものじゃないからね!
わたしはあまり運が良いほうではないけれど、ばあやのお守りがあればなんとかなる、自分にそう言い聞かせ、残りの紅茶を飲み干した。