不穏な気配。
夜道を一人歩く男。安酒を煽り、足元も覚束ない。
男は真面目に事業を展開していたが、大手企業の攻勢にあって、取引先を次々と失っていった。
事業は行き詰まり、手元には借金だけが残った。
全てはあいつらのせいだ……。
もちろん、それだけではないのだが、追い詰められた男の頭には、もうそのことしかなかった。
そんな男の前に、うまい話が転がり込んできた。うまくいけば、借金も返せる目途がつく。
うまくいかなかったとしても、もう失うものは何もない。
何より……自分たちの穏やかな日々を奪った、あの会社が許せなかった。
「フフフ……フハハ……アーハハハハ……」
暗い夜道に男の笑い声が木霊していた。
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「どうだい、何か新しいことはわかったかい?」
「いや、なぁんもねぇな」
次男が即座に返答する。
「そうかい、私の思い過ごしかねぇ……」
離れの奥の住まいでは、家族の夕食時である。
「母さん、なんでそんなにこだわってんだ?」
長男が煮物を口に放り込んでから、私の返事を待っていた。
「勘としか言いようがないねぇ……私の勘も鈍ったってことかねぇ」
「ま、しょうがねぇよ、歳だもんな」
次男が茶化す。それについては異論はない、自分で一番よくわかっていることだ。
「まだはっきりしたことは言えないが、不審な動きをしている者たちがいることはいる」
長男と次男が顔を見合わせて、三男の次の言葉を待っている。
「だが、それが本城のお嬢さんと関わりがあることかはわからない もう少し泳がせたほうがいい」
「なるほどねぇ んじゃ、俺らの出番はまだってことでいいんだな?」
次男が確認すると、三男は少し考えてから頷いた。
「また何かわかったら教えとくれ もう日にちがないからね」
三男はコクリと頷いた。
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平穏に日々は過ぎてゆく。
気が付けば、華恵さまのお誕生日があと五日に迫っていた。
ばあやからは特に報告することはないと言われた。最悪、わたしがなんとかするしかなさそうな気配だ。
7歳じゃなぁ……。
あの名探偵くんは、色んなものを発明する博士に、特殊な道具を開発してもらって、難事件を次々に解決してたっけ。
よく考えたら、彼と同じなのよね、彼の苦労が偲ばれる。
まぁ、中身はわたしのほうがだいぶ年上ですけれどもっ!
そもそも事件なのか、事故なのかもよくわからない話だから、対処のしようがないと言えば、ない。
カチコミじゃないんだから、木刀持っていくわけにもいかないし……。
余談だが、我が家には武家の名残なのか武道場があって、わたしも雄斗も幼い時から父に剣道の手ほどきを受けている。
なので、素手では太刀打ち出来なくとも、得物さえあれば、もしかしたら、なんとかなるかもしれないと思う……あんまり自信ないけど。
でも、高級ホテルの宴会場に木刀を持っていくなど、無理ゲーもいいところで。
護身用にいくつか持っている、スプレーでも持っていくかと考える。
それなりに身の危険がないとは言い切れない生まれなので、心配性のお母さまより、いくつか持たされてはいるのだ。学苑には持っていくことはないけれど。
自室の勉強机に向かってはいるものの、考えるのは華恵さまの誕生パーティのことばかり。
宿題はもうとっくに済ませてある。勉強に関してだけはチートだから。
そんなわたしの心境が呼び寄せてしまったのか、ドアをノックする音の後に、ばあやの声が聞こえてきた。
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ばあやが入ってくると、紅茶のいい香りが漂う。
「お勉強は捗っていますか?」
「宿題はもう終わらせたわ」
「では予習、復習でいらっしゃいますか?」
「ううん、考え事をしていたの」
そう答えて、ばあやの顔をじっと見つめる。
ばあやは内緒話をするように、声のトーンを落とした。
「本城のお嬢様のことですね」
コクリと頷く。
「あいにくとお嬢様にお伝え出来ることは何もありません、ですが、皆がそれぞれに動いてますから お嬢様は何もご心配されなくて、大丈夫ですよ」
「ばあや、ありがとう 皆にもよろしく伝えてね」
ばあやはニコニコしながら、頷いてくれた。
「では、失礼いたします」
ばあやはすっと背を伸ばすと、わたしの部屋を出て行った。
最悪、うちの者たちがなんとかしてれるか、と多少心が軽くなった。
お母さまと雄斗もお邪魔するので、一応、誰かしらは付いてくるはずだ。
わたしは、華恵さまと会場で四六時中ご一緒していればいいのだ。それ以外、やれることはない。
事故ならば、未然に防げるよう、危ない場所へ近寄らないようにすればいい。
では、事件だった場合は?
華恵さまご自身に悪意を向ける人はまずいないと考えていいと思う。なんせ、まだ五歳だし。
では本城の家はどうだろう?
狙うとすれば跡取りの貴彬だろうけど、それは本城の家でもわかっているだろうから、きっとそれなりに警護を付けているはずだと思う。
華恵さまにも、同じように付けているとは思うけれど……華恵さまの人見知りはかなり重症なので、お屋敷でも接する人は限られているように見受けられた。
となると、護衛出来る人間も限られていると思うのだが……。
普段、お屋敷から出ないお嬢様に、寄り添うように護衛が出来る人間……条件的に厳しいだろうなぁ。
華恵さまが懐いていることが第一条件だし、出かけないお嬢様に護衛を付けることが考えにくい。
事件だったとして、一番濃厚なのは。
華恵さまを誘拐する線が一番考えられるだろうな。貴彬でもいいけど、より幼い子のほうが連れ去りやすいはず。
本城家に対する復讐の意味合いもあるかもしれない。
パーティでは、わたしから目を離さないように、狗たちに頼んでおかなければ。
わたしと一緒の華恵さまも同時に護ってもらえるように。
出来ることはやった。後はぶっつけ本番に備えるだけ。
わたしが覚醒しなければ、華恵さまの運命も変えられなかった。
きっとこれは天啓なんだ。
でも、わたしのこの道を照らしてくれる存在があれば、もっと心強いのに……。
ーーーー「俺が道を作ってやる!!」わたしのこよなく愛する、ニキの声が聞こえた気がした。
マジでおねしゃす、ニキにどこまでも、付いていきやす!!




