学苑にて2。
我が校のティールームは、学苑の大きな庭園に面している。
大きな窓ガラスからは、季節ごとに咲き乱れる花々を愛でられ、ゆったりと午後のお茶を楽しむことが出来る。
席はかなり間隔をとって並んでいるので、隣の生徒が何を話しているかなど、あまり気に留めずにいられる場所だ。
そんなティールームの、窓際の奥の席に本城と綾小路が座っているのが見えた。
とても重い足取りで、その席に向かう。
「本城さま、綾小路さま、お待たせいたしました」
「遅い」
「申し訳ありません」
もう少しゆっくり食べたかったのに、こちらとしてはかなり急いで来たのだ。
そんなことを貴彬に言うつもりは毛頭ないので、黙っておく。言うだけ無駄だ。
席に着いて給仕係に紅茶をお願いすると、本城がいきなり本題をブッ込んできた。
忙しない男だな!
「華恵の誕生日、何を贈るつもりなのか、一応確認しておこうと思ってな」
「わたくしからは絵本か、幼い方でも簡単に作品が出来る、手芸道具などがよろしいかと思っていますが 何かリクエストがおありでしょうか……?」
「いいんじゃない?大道寺さん、なかなかセンスがいいね」
あまり嬉しくはないが、誉め言葉と受け取っておくよ、綾小路。
「まぁそれでいいだろう おまえの弟、雄斗だったか、あいつは何を持ってくるつもりなんだ?」
「雄斗は母が見繕ってくれると思います まだ、5歳ですし」
給仕係が紅茶を運んできてくれたので、会話が途切れる。
「それと、ホテルのほうだが」
「はい」
「ホテルでは、華恵の傍にいてやってくれないか あいつは人前に出たことがないから、知り合いのおまえがいれば、少しは安心するだろう」
本当はそれが言いたかったんだろうなぁ……。まぁ、いいけどね、こっちとしても好都合だし。
「あいにく、俺は傍にいてやれないだろうから 頼んだぞ」
「わかりました」
ゆっくりと紅茶を飲み干し「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」と席を立つ。
本城は、自分の置かれている立場をもう少し考えたほうがいいんじゃないかと思うのだが、今ここで言ったところで素直に聞き入れられるわけもないので、さっさと綾花ちゃんと佐央里ちゃんがまだいるであろう、食堂へと戻る。
齢7歳にして、すでに王者の風格を漂わせ、お近付きになりたい者が、学年関係なしにわんさかいるというのに。
わたしと食堂で妹の誕生会に関して色々と話しをすれば、その場にいる生徒たちは大道寺は本城に近いと認識するだろう。
当然、他の生徒たちにも伝わる。まだティールームのほうがマシだから、そこを指定したまでのこと。
こんなことが度重なって、ゲームの真莉亜は学苑の中の雰囲気に呑まれ、自分の立ち位置を見失ったのではないか。
そう考えると、高慢で嫌な女とばかりに思っていた真莉亜に、少しだけ同情する。ほんのちょびっとだけね!
食堂に戻ると、綾花ちゃんと佐央里ちゃんがキラキラしい目で迎えてくれた。ご期待に応えられるほどの話ではなく、華恵さまの誕生会にお招きいただいたので、その件でと話した。
二人は、わたしが華恵さまのお話相手として、お屋敷に呼ばれていることを知っている。
「まぁ、そうでしたの!わたくしたちからも、お祝いをお贈りしても大丈夫かしら、ねぇ?」
佐央里ちゃんが、わたしと綾花ちゃんに問いかける。
「華恵さまはお花がお好きでいらっしゃいますよ」
それとなく、花にしたほうがいいよとアドバイスしておいた。会ったこともない人から物を贈られても困惑されるだろうと思ったからだ。かと言って、お祝いしたいと思う佐央里ちゃんの気持ちを無碍にしたくない。
「お花……何がお好きなのかしら?」
綾花ちゃんが小首を傾げて考えている。
「蘭や百合といった、香りが立つお花よりは、可憐なお花がお好きみたいです」
「真莉亜さま、ありがとうございます」
「いいえ、少しでもお役に立てたのなら、幸いです」
佐央里ちゃんは本城に憧れている女子の一人なので、少しでもお近付きになりたいと思う乙女心はわからんでもないよ。
ちなみに綾花ちゃんは綾小路派である。綾小路は仏頂面の本城とは違い、人当たりがいいので、ゆずさま会とかいう、ファンクラブまであるらしい。上級生が作ったそうだが、綾花ちゃんはもちろんそこのメンバーである。
この二人に雄斗が加わり、更にもう一人が加わって、ヒロイン争奪戦が始まるかと思うと、ちょっとワクワクしちゃうよね。
ゲーム攻略時は、ヒロインの立ち位置で攻略しているから、どうしてもヒロイン目線でしか物事を見ることが出来なかったが、サブキャラでもモブに徹すると心に決めているわたしの視点から見た『花宵』の世界というのは、非常に興味を惹かれる。
(ヒロイン争奪に敗れた、貴彬と綾小路が、お互いに慰めあい、その気持ちが徐々に恋に変わって……。)
佐央里ちゃんと綾花ちゃんの話を聞きながらも、心は妄想世界へと旅立っていた。
うっすい本の一番人気のカプは、もちろん貴×綾である。その次が綾×雄カプだったなぁ~…。
(幼馴染の二人は、お互いに気持ちを持ちながらも、関係を壊すことを恐れてなかなか踏み出せず……。)
「……りあさま!真莉亜さま?!」
「!!……すみません、少々考え事をしておりました」
「予鈴が鳴りましたわ、そろそろ戻りませんと」
午後の授業は長刀だったね、着替えないといけないんだ。
「急ぎましょう?」と佐央里ちゃんに言われ、少し速足で教室へと向かう。
危ない、危ない、妄想世界に引き摺り込まれて戻ってこられないところだったよ!
ねぇ、涎垂れてないよね?
心配になって、口元をそっと拭う。
午後の授業は一限あるだけである。座学だと眠くて仕方がなかっただろうが、さすがに武道場で寝てしまうことはないだろう。
着替えながら、欠伸を噛み殺したら涙が滲んだ。