真莉亜7歳の初夏。
お部屋の鏡で登校前に身支度を確認する。
鏡の前にいるのは7歳の女の子。おかっぱ頭にくるりとどんぐりのような目。
リボンよーし、制帽よーし、ってあら、ランドセル忘れてるわ。
ランドセルを背負って更に確認。
しかし悩むのだ。
ん~なんだろ、しっくりこない。どうやらお金持ちの家に生まれ、そこそこいい暮らしをしているのに、なんだか仮初のような気もする。
おかしいなぁってそもそもそういうことを考えていること自体がおかしいんじゃないかな?
だって小学生よね?わたし。
「真莉亜ちゃん?そろそろ時間よ?」
「はぁい」
階下からお母さまの声がする。
わたしは大道寺 真莉亜7歳。この大道寺の家に生まれた長女。二つ違いの弟が一人。名前は雄斗。
「さぁ、真莉亜ちゃん、お靴を履いて 忘れ物はない?」
「大丈夫よ、お母さま」
にっこり笑うとお母さまも微笑んでくれる。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
「いってきまぁす!」
車寄せまで見送ってくれたばあやに手を振って、お母さまと車に乗り込む。
この春から鳳仙学苑の初等科に通っているのよね。もうすぐひと月になるんだけど。
鳳仙学苑というのは都内に広大な敷地を持つ、初等科から大学部まであるエスカレーター式の私立の学校。我が家は代々鳳仙に通うのがしきたりらしい。
要するにお金持ちの子女が通う学校だ。何事もなければずっとここで過ごすことになるんだろう、もしかして海外留学なんていうのもあるかもしれないけど。
「ねぇ、真莉亜ちゃん」
「なぁに お母さま」
「貴彬さまに仲良くしていただいてるのかしら?」
「ご挨拶くらいです」
「あら、そうなのね 仲良くしていただけるといいんだけど」
お母さまのおっしゃる貴彬さまというのは、日本有数の企業グループ総帥、本城家の直系の長男のことである。栗色の髪を持ち、赤みがかった瞳、整った眉…早い話が将来イケメン確定のハイスペックガキんちょのことだ。
だけど、わたしは少々…いや、かーなーりーこいつが苦手なのだ。
出来れば関わり合いにはなりたくない、そう、一生。
お母さまの思惑はわからんでもないが、全力で拒否したいのが本音。
ーーーというか、7歳でここまで大人の思惑に頭が回るのがちょっとおかしいよ、自分で言うのもなんだけどさ。
そうこうしているうちに、学苑が見えてきた。
ここは初等科と大学部が一緒の敷地にある。中等科と高等科は郊外の全寮制なのだ。ちなみに教育方針が「質実剛健・良妻賢母」。今時そんな学校あるかいなと思うけど、ここにあったよ、驚くべきことに。
そんな学校に自分が通っているのも驚きだけどね。
なんかぁキャラじゃないっていうかぁ~って感じなんだもの。
だからね、結構大変なのよね。とりあえずは猫被ってればいんじゃね?とか思ってるけどさ。
「ではお母さま、行ってまいります!」
車寄せでお母さまに手を振って昇降口に入る。恵まれてるわよね、真莉亜ってさ。
そうなんだ、どっか他人事のように自分のことを眺めてるんだ、いつも。
え、これって多重人格とかってヤツかな?なんとかに花束みたいなさ。
そんなことを悶々と考えていたのがいけなかったのか、危うく誰かにぶつかりそうになる。
おおっと危ね、気をつけねば。
「おい」
子供にしては心なしか低い声。
「おい」
あ、今日は綾花ちゃんとなんの話しようかなぁ~
「おい、おまえ!」
「はい?!」
すぐ耳元で聞こえて思わずビクっと身体を震わせる。ちょっと、心臓に悪いって。
「これ」
「え?」
「俺は渡したからな、必ず来いよ」
「え、ちょ……」
白い家紋入りの封筒を渡すと、語彙の少なすぎるお坊ちゃんは去っていった。
本城 貴彬である。
奥歯をグギギギと噛みしめると悪態が口を付くのをなんとか我慢出来た。
誰も褒めてくれないから、自分で褒める。よし、えらい、俺!
それにしてもなんだろ、これ?まぁいいやとランドセルにしまう。
失くしたらそれこそ〇されそうだもんね、おーコワ。
上履きに履き替えて教室へ向かう途中の廊下で、同級生の男子たちがふざけている横をすり抜けようとした。その時、本当に運が悪いというか、間が悪いというか。
ふざけあっている一人がドンとわたしにぶつかってきた。
ーっ!
声にならない声を上げて、そのまま廊下に転がってしまうー。
そしてわたしはそのまま気を失ってしまったのだった。