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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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39:預かってほしいもの

 フィリアルは部屋を出ていくジェティンに部屋の準備はできているとだけ伝えてきた。

 返事をすることもなく扉を閉める。

 自由な時間は限られていた。

 明日は護衛の専属騎士が常にぴったりとつく。護衛とは名ばかりの監視役。見張られることが特に嫌いと知っていて、叔母はあえてそうしてくる。

 足早に通路を歩いた。


 ジェティンの殺伐とした顔に、通路に立つ騎士たちがギョッとして道を譲っていく。通り過ぎたジェティンの後ろ姿を騎士たちが恐ろしいものでも見た目で、見送っていく。

 譲られることに慣れているジェティンが、そのことに気がつくことはなかった。



 アルフォンの執務室は、付き従う侍女に訊けばすぐに場所はわかった。

 執務室の扉を開き、クレストファが対応に出てきた。

 謁見の間のあと、執務に戻ったのだろう。こちらとしては探す手間が省けていい。


「…………殿下はいらっしゃいますか? わたくしと会う時間はありますか?」

「……お待ち下さい」


 クレストファは、一度扉を閉めた。

 ジェティンが城に滞在していた頃にはすでに彼はアルフォンの従者だった。あの頃と変わらない柔和な笑みと、物腰の柔らかさは変わっていない。


 再び扉が開けられると、入室を許された。ただし、侍女と騎士が入室しないことを条件に。

 ジェティンはそこで初めて振り返る。

 ジェティンの後ろに二人。侍女服に身を包んだ髪を一つに結い上げた栗色の髪の女性と、騎士が一人立っている。フィリアルが付けた者たちなのだろう。ジェティンの見張り役としてのちに報告をするのだ。フィリアルの部屋を去ったあと、どこへ行ったのか。

 どこまでも人を監視して、自分は優雅に報告待ち、か。腹立たしい。が、追い払うことはできない。彼らの仕事を取り上げるわけにいかない。


「人払いをしてもらえますか?」

 ジェティンは慣れた口調で命じると、扉で道を塞ぐクレストファの腕をするりと潜り部屋に入った。

「できかねます、ご令嬢」


 しかし、すぐ後にジェティンはしまった、と気づく。長く貴族社会から離れていて、忘れていたなんて言い訳は通じない。

 部屋の主人はジェティンではなく、アルフォンである。

 顔に出ていたようで、アルフォンに笑われた。

 てっきり執務机に向かい、仕事をしていると思いきや、アルフォンは正装から軽装に着替えて執務机の手前にある応接用のソファに座っている。

 執務机に数枚の紙と書物が雑に置かれたまま、手付かずになっている。


「似てないとも言えないな。……クレア、人払いしてくれ」


 アルフォンの命にクレストファが了承し、慎重に扉が閉められた。

「お時間を頂戴して申し訳ありません、殿下」

 促されるままに反対側のソファに腰を下ろした。

「構わない」

 そっけない態度でも、ジェティンは気にしない。

「なにかあったのか?」

「殿下にお聞きしたいことがありまして伺いました」

「なんだ」

「ルスメイア家の計画をご存じですか?」


 今後の城での身の振り方を決めるために、必要なことをジェティンは知らなければならなかった。

「唐突だな」

 ジェティンもその通りだと思う。が、前置きなんて、二人の間には必要ないと省いてしまった。長く、会っていないとさほど親しくもなくなる。必要だったかもしれなかった。


「まあいいが」

「……知っていますの?」

「計画、というと、どれのことだ?」


 曖昧に誤魔化されたような気がしてならない。ジェティンは、相手を探るように、慎重に言葉を選んだ。


「長年にわたる計画、とでも言いましょうか」

 ジェティンは憶測でしかないことを、前置き、アルフォンに伝えた。

 ジェティンがルスメイア家を出た理由でもあるこの計画はこの王家を巻き込む壮大なものだった。

 それを知っているか、否かによって、ジェティンの対応が変わってくる。



 アルフォンの顔が強張っていく。

 知っているのか、違うか、判断がつかない。


「……母上が嫁ぐとなったとき、近隣国からそれは、強く反対を受けたと聞いた。反対を押し切ってまでも、嫁にほしい父上と、許さない近隣と。その打開策が城内に魔法を探知する魔法をかけるというものだった。知っているのだろう?」


「はい、存じてます」

 有名な話で、誰もが知っている。子供からしたら、羨む話に聞こえるが、大人にしたら、国の存亡が危ぶまれる。打開策を立て、強行的に魔法使いの娘を王家に嫁がせた。

 当時のこの国の外交官は相当頭を痛めたに違いない。


「わたくしが、叔母と同じように、王家に嫁ぐことは可能と思われますか?」

「二度はない。再びは許されるはずがない。近隣国といがみ合うつもり……いや、争いを生みかねない」


 そんなこと、許されるはずがない。一度は許した。二度はない。

「同意見です。ルスメイアの計画にいがみあいも、争いごとも、起こりうる全てのことが、入っていることでしょう。……反対は当然のことでしょうから」


 国内の有力貴族の反対を力で捩じ伏せたとして、他国の王族はそうはいかない。

 一度は許した。だが、二度はない。

 アルフォンは思い当たるものがあるらしい。


「貴女の代わりを務めた女性と、婚約式を執り行った。婚約式に、他国の王族は一人も参加していなかった。祝福の手紙すらいまだに届いていない」

 その意味するところは――二人はしばし沈黙する。

 なんとも言い難く口角を歪め、アルフォンが息を吐いた。


「では、わたくしの代わりをしている女性が何処から来たのか、ご存知ですか?」

 ジェティンは謁見の間で、アルフォンの隣に立っていた少女を思い出す。ジェティンが留学していた頃にとてもよく似ていた。


「ああ、知っている。召喚されたその場にいたからな」

 アルフォンは共に魔法を習っていた昔、ジェティンに敵意を向けていた時期があった。先に魔法を習得していくジェティンへ向けた幼い嫉妬。帰国の際には謝罪を受けたが、なぜ答えなければならないと、突き放されると思っていた。あっさりと教えられ、拍子抜けする。


「差しさえなければ、何処かお伺いしてもよろしいかしら?」

 ジェティンは慎重に聞く。ウィステラ皇国の外の人間に簡単に教えてはくれないだろう。


「この国とまったく考えも生き方も常識すら違う世界の人だ。場所は知らん。その時の服装は……見たことがないものだった」

 しかし。ジェティンの懸念は杞憂で、あっさりと教えてくれる。

 アルフォンはそのときを思い出しているようだった。


「分かりました。……では、巻き込む前に早急に返還してさしあげねばなりませんね」

 さらりと当然のことを口にすると、アルフォンがジェティンをはじめて真っ直ぐにみた。

 そこには、焦りが浮かんでいる。


「驚かないんだな」

「そうですね。叔母がやりそうなことは想像がつきます。大抵は驚かなくなりました」


 困った微笑でジェティンは肩をすくめた。意地でもジェティンににた娘を召喚し続けた理由なんて分かりたくもない。


「それに、この世界の人であれば、貴方がどんなにかかってでも帰して差し上げているのでしょうから……違いますの?」


 見ていたかのようにいうジェティンに、アルフォンは目を瞬かせる。

 フィリアルが人の召喚を繰り返すようになったのは、ジェティンが国へ帰り、行方をくらませてから。

 そうなるだろうと、ジェティンは予測をしていた。魔法札に全ての捕捉魔法を弾く陣を描き、常に持ち歩いていた。キルトにも同じものを持たせて、叔母に捕捉されないようにしていた。

 常に叔母の近くで魔法の修行をした。師匠である叔母がやるだろうことはいやでもわかってしまう。


「いや、その通りだ。驚いた。見ていたような口ぶりで」

「知らない間柄ではないでしょう?」

「そうだが」


 長年同じ城にいて、面識がないわけがない。

 彼女の子供たちとも少なからず交流はあった。

 アルフォンも、成長の著しいジェティンへ羨望の敵意を向けられていても、話さないことはなかった。

 アルフォンと同じだけの魔法の力を持つケイルス。二人の兄よりも劣り、魔力が弱いために、ジェティンへの憧れが強いニコジェンヌ。あまりにも強い魔力を宿したために、塔に閉じ込められたグレース。

 仲がいいわけでもないが、知らないと突き放すこともできないくらいには、面識がある。


「還していいのですね?」

 異界の民をいつまでも、こちらに縛り付けておくことはできない。

 考え方も、生活も違う。きっと、常識も。

 全てが違うこの国にいるべきでない。


「……そうだな」

 ジェティンの答えに、アルフォンの表情がひどく暗くどんよりと曇った。


「――還すことは可能なのか?」

「ええ、出来ます。召喚時の魔法陣を教えていただければ、解読して、作り上げてみせますわ」


 フィリアルは慎重な女性だ。召喚魔法の中に返還する魔法を組み込んでいてもおかしくない。

 アルフォンは小さく、「出来るのか」と焦りの滲んだ声で呟いた。独り言のようで、ジェティンは聞かなかったことにした。


「なにか、問題でも?」

「いや、ない。できるなら……還してやってくれ。彼女の望みだ」

「望んでおられるのでしたら、早急に作り出しましょう。召喚魔法の陣は覚えていますか?」


 アルフォンは首を振った。召喚されてから日にちがたち、うろ覚えだと。


「グレースが知っている。聞くといい」

 グレースはアルフォンの妹。塔から出られない皇女。

 空から舞い落ちる白雪のような白い髪の少女。なんでも見透かすような金色の瞳はルスメイア家にはないものだ。

 それゆえにか、ルスメイア家では使える者がいない魔法でも彼女は使うことができる。

 その力で、叔母の魔法陣を知っていてもおかしくない。


「分かりました。伺いますわ」

「監視がつくだろう。難しくないのか?」


 元ルスメイア家の娘。他国の貴族。城内は自由に歩けない。

 監視が常につく中でどのようにして孤立の塔へ行くか。ジェティンには簡単なこと。魔法がある。


 城にかけられた魔法は使用者が主にファリアルに対して感知する。ジェティンに今のところ感知していない、が油断できない。城に入りすぐに行った簡易魔法で試しただけで安易に使えない。

 大かがりなものは人を問わず、許されないかもしれない。


「問題ありませんと言いたいところですが、アルフォンさま、塔へ行くときに協力をお願いします。わたしが王城の外にでることもですが、彼女を還すことも簡単ではありませんから」

 アルフォンはよいと快諾してくれた。



「殿下はいまでも魔法を使われていますの?」


 ふと、気になって聞いてみた。

 ジェティンが留学していた頃は何度か使用しているところを見たことがある。


「…………使ってない」

「その沈黙はなんですの」

「最近、少し、な」


 歯切れの悪さに、魔法を使ったことが伺い知れる。

「魔法に頼ってはなりません。貴方がこの国の未来を背負うという覚悟が少しでもあるのでしたら尚更に、魔法を使ってはなりませんよ」


 ジェティンは強く忠告した。

 魔法使いである彼は魔法を使うとき、本来の名であるアルフォンスを名乗っている。

 しかし、魔法使いが国を継承することは世界の理で許されない。

 アルフォンはこの国の王位継承第三位になる。フィリアルが王妃となれば、繰り上がり、第一位にもなり得る。

 ウィステラ皇国を王から継ぐ意思が少しでもあるのなら、これからもアルフォンと名乗り続けていくことをジェティンは彼に助言した。

 魔法使いの名で、王位を継げばどこの国も快く思わない。


 フィリアルがルスメイア家の者であることはすでに近隣国で有名な話。カッツェーマが床にしているいま、ウィステラ皇国の動向は常に警戒されている。

 次に皇妃となる女性ひとが魔法使いであるからだ。

 その子である皇子、皇女が魔法の力を継いでいないと誰が言い切れるのか。彼らが王位を継ぐとなると、反対が、争いが起きないと限らない。フィリアルの子は皆、魔法の力が顕著に現れている。

 継承権をもち、今後国を背負うかもしれない人が魔法を使うとしれてしまえば、世界の理にそむくと反発が起きかねない。


 ジェティンの忠告はアルフォンのためであり、国の未来のためでもある。


「そうですね」


 アルフォンは、苦渋の決断をするかのように手を握りしめた。ジェティンが来るまでの間に何があったのか詮索はしない。聞けばあちらの事情に余計に巻き込まれて、逃げ出せなくなっては困る。


「では、こちらからのお願いを聞いてくれないか?」

「内容によります」

 アルフォンは机に杖を置いた。

 とても珍しい形をしている。

 それは大木の折られた枝をそのままにして使っているかのように、曲がりくねっている。

 ジェティンは昔、どこかで、この杖に似たものを見たことがあるような気がした。

 思い出せない。


「預けてもいいですか」

 ジェティンははっとした。これは、この人の杖なのだ。

 杖はより強力な魔法を使う上で必要なもの。それを預けるということは、魔法を使う意志はこれからもないということをジェティンに示しているようだった。


「わたくしがなくすという可能性は考えませんの?」

「昔から知っている仲でしょう。そんなことしないと知っています」


 何度か魔法の訓練を共にしていた頃のことを思い出す。

 まだ、留学したばかりの頃。共に学んでいた。

 ジェティンがいつも、先に出来てしまうと、悔しそうに睨みつけ、二日後には同じ魔法でも、ジェティンより強大なものを見せつけてくる。

 そして、自慢げに笑う少年の顔がとても懐かしい。

 姉のような気持ちで、アルフォンをみていた。それがいまは、もうそんなものはどこにもなく、寂しくもある。

 その笑顔を奪ったものは他でもない魔法の力なのだが。


「先日、必要性を感じて、久しぶりに魔法を使ってみたのだが、感覚が掴めなくて。長年杖から離れているとこういうものなのだろうな」


 ジェティンはその問の答えを持っていない。

 魔法使いにとって、大切な杖を手放すなんて命取りのようなものだ。生涯手放すことはない。


「わかりません。が、昔わたくしに向けられた嫉妬はもうありませんの?」


 ジェティンは過去のことを持ち出した。

 留学を始めて、数ヶ月後、叔母に朝から晩まで、魔法の指導を受けといたジェティンが羨ましかったアルフォンは苛立ちのままに、魔法を放ったことがある。


「それは、忘れてくれ。幼かったんだ」

 苦笑いをして、襟足を掻いた。

「もう、しない。あんなことは」

 つぶやいた言葉は強い信念が込められていた。


「あと、もう一つ。昔、わたくしが留学していた頃、叔母の部屋を夜に尋ねた事はありますの?」

「唐突だな」

「答えてください」

「…………そんな事していない。母上の部屋は……あまり行きたいところではないだろう」


 アルフォンは記憶をさぐりながらはっきり、きっぱりと否定した。

 あの日の夜の剣にとても似ていたので、もしかしてと思ったのだ。あの夜、叔母の部屋にいた人が持っていたのは、剣ではなく、別のもので、不確かだが、杖だったと思う。アルフォンの杖のように、彎曲した杖を扱う人は珍しい。ルスメイア家でも過去の偉人に数名いるくらいだ。

 結局、あの日の夜に叔母を襲ったのは誰だったのだろう。わからずじまいだ。


「話を戻しますわ。先程の問い、杖を手元から離したことがありませんので、わかりませんわ。ですが、魔法というものは使い続け、慣れて、その力を恐るものです。使い続けていないと、魔法の使い方を忘れてしまうことがあるのでしょうね」


 杖は大切なものだ。魔法の力を強くしてくれるばかりか、描いた陣の発動率を上げてくれる。陣がなくても、杖があれば、簡単に使える魔法もある。

 使い方によっては良くないことも起きる。

 使わなければ、その力に頼らなければ、扱い方を忘れていってしまうものなのかもしれない。

 ルスメイアの屋敷にいた前当主は、杖を振る力が弱くなっても、魔法を使うことをやめなかった。

 使い方を忘れることを恐れていたのかもしれない。

 狂ったように振った結果、部屋の壁が破壊され、庭に吹き飛ぶ事態になり、杖を取り上げた。

 同じことがアルフォンにも起きているのだろう。


「そうか。これは、触らないように仕舞っていたのですが、どうしてもいまは頼ってしまいそうになる」


 持っていってほしいという。

「分かりました。わたくしが滞在している間は、大切にお預かり致しましょう」


 ジェティンはアルフォンの杖を丁寧に持ち上げた。

「必要なときはおっしゃって下さい。すぐにお返しいたしますが、継承に影響のないと判断した時だけですからね」


 念を押すと、苦笑された。

 ハンカチに包むと、左右にうねる杖は覆いきれず、先端がはみだした。


「最後に一つ、お伺いしてもよろしいかしら?」

「聞こう」


 先を促されジェティンは聞きたかったことを口にした。


「今後どう殿下をお呼びしたらよろしいですか?」

 これは、気になっていた。ジェティンの中では魔法使いの『アルフォンス』なのだ。呼ぶのに先程のように迷ってしまうならば、いっそ聞いてしまう方が早い。


「アルフォン、と呼んでください。私もジェティンどのとお呼びする」

「承知しましたわ。お気遣いありがとうございます」


 ジェティンが頑なに、スティラーアを名乗ろうとしない理由を、アルフォンは気遣ってくれた。

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