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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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32: パーティーの翌日、はじめての朝

 アルフォンが指輪にかけた魔法の理由が、ニコジェンヌに指輪を奪わせない、触らせないためとしても美衣歌は嬉しかった。

 彼の魔法が、ニコジェンヌの魔法から美衣歌を守った。腕を掴まれたまま、魔法による腕力の強さにはどうやったって勝てない。

 魔法が使えない美衣歌は、魔法に諍うこともできない。ただ、されるがままで、無力で、悔しい。

 どうすることもできない。

 指輪を諦めるか、周りに助けを求めるか。どちらかしかなかった。

 危険を察知した指輪によって、誰もが予測しない魔法が美衣歌を転移させて、助けた。

 掴まれた手首は痛むが、思いがけないアルフォンの魔法にほっこりと胸が温かくなり、少し弾んだ気持ちで、アルフォンと会場に戻った。

 しっとりとした音楽が奏でられて、ダンスホールで男女が寄り添い、楽器が作り出す雰囲気に酔いしれ、ダンスをしていない男女は、会話や、ワインに舌鼓を打っている。

 様々な音が織り成し、華やかでいて厳かな雰囲気を漂わせている。


 王族への貴族らの挨拶は続いていた。

 男爵の位の貴族が、簡単な挨拶をしている。

 挨拶を受けるのは、現皇王シェザアリーと、第二皇妃である。

 皇王の後ろに宰相が立ち、宰相の隣に、三本の指に入ると言われる第一騎士隊長と、副隊長が立っている。

 そこ腰に履かれた剣の装飾で、彼らが皇王に認められた者にのみ与えられし者と分かる。

 皇王の隣。皇妃の席は空席で、皇妃の斜め後ろに、フィリアルが座する。

 第二皇妃カッツェーマは健在している。六年前に彼女を襲った病は、第一皇妃と同様のもので、不治の病と言われるものだった。対処療法以外に治療はなく、それでも公務を続けてきたが、とうとう三年ほど前から、体調が優れず皇妃の席は常に空席になっている。

 皇妃が健在している間、フィリアルは皇妃候補として、代わりに皇妃の席に座ることは許されない。

 皇妃の席はあくまでも(・・・・・)第二皇妃(・・・・)の席であり、候補である(・・・・・)フィリアルの席にはならない。

 候補は正妃よりも前は出てはならないとされている。

 貴族の挨拶を朗らかに受けながらも、挨拶の合間にフィリアルは座ることの出来ない空席の皇妃の座を、後ろから見ている。

 その目がふとした瞬間にアルフォンと美衣歌へ企みを含んだ艶やかな笑みが、向けられた。

 その目はなにかを語ることなく、挨拶へ来た貴族へと視線が戻っていった。


 美衣歌たちは、会場へ戻ってからも、貴族らの会話に忙しなく、建国祭初日のパーティーは終わりを告げたのだった。


 * * *


 城下の二日目の祭りは朝早くから賑わう中、城内はすでに日常を取り戻していた。

「……?」

 パーティーの気疲れから、普段よりも遅くに目が覚めた美衣歌は、あくびを噛み殺しながらを瞼を持ち上げ……動きが止まった。

 目の前の光景が幻か、夢の中なのかと瞬きを繰り返す。

 簡素な服の上に上着を羽織るアルフォンが、本を片手に隣で座っていた。

「……ああ、起きたか」

 手に持って本をサイドテーブルへ一旦置き、美衣歌に向く。

 端正な顔立ちが、見下ろしてきた。

 暗がりの寝台で、青く澄んだ海の色の瞳が、深海の様な海の色に見える。

「よく寝れたようだな」

 するりと、反対側の上掛けが捲られてアルフォンの足が出てくる。

「!!?」

 それだけで驚愕ものだ。

 部屋に一つしかない寝台を使ったのだろうか。

 いや、その前にアルフォンはいつ、寝台に?

 昨日の出来事を思い出さなければならない。目覚めたばかりの夢現ゆめうつつな頭をフル回転させた。

 侍女たちはアルフォンが後から来ると言っていなくて――。いや、実は言っていたのに、美衣歌が聞いていなかったのかもしれない。

 ドレスから着替えを終え、湯浴みを終わらせたあと、疲れた身体は睡眠を欲していた。気怠さに、ベッドに入ったとたん、眠りに落ちてしまった。

 あまり聞いていなかったその代償がこの状態――隣にアルフォンがいる。

 目が覚めたら隣に男の人がいた。この状況を経験したことは一度だってない。

 誰も人のベッドに潜り込むような真似をする人は、美衣歌の周りにいない。

 経験したことのない羞恥に、起きがけ早々に熱が上がった。

「な、なな、ど、どど、どう――!」

 動揺で声が上擦り、言いたいことが言えない。

 なぜ、どうして。

 ここは美衣歌かわ一人でこれまで使わせてもらっていた。

 パーティに疲れた身体を、仮眠を取るためだけの執務室の簡素な寝台で休もうとする人は普通にいない。

 執務室の寝台はあくまで、執務の合間に(・・・・・・)休むため(・・・・)のもの(・・・)であり、睡眠を取る(・・・・・)ために設られ(・・・・・・)たもの(・・・)でない。

 疲れを取るにはやはり、柔らかいふかふかの寝台に限る。

 これからも一人で大きな寝台を使わせてもらえるなんて思っていたんだ。

 当たり前のようにアルフォンは自室を使わないと思い込んでいた自分に馬鹿と罵りたい気持ちになる。

 それでも、どうも先に起きていたらしいアルフォンが美衣歌が起きるまで寝台のカーテンの中で待つ必要はない、はず。

「お前のせいだ」

 何が言いたいかを赤くなり動揺する美衣歌の表情から、器用に察してくれたアルフォンが指し示す先に視線を落とすと。

「……ぇ」

 美衣歌の手が、アルフォンの上着を掴んでいる。裾を少し摘むような小悪魔的な仕草のでなく、がっつりと腕を掴んでいた。そこにあったものを掴むようなものでもなく、逃げて行かないように、両手で引き寄せるようにして掴んでいた。

 小さな子供が寝るときにぬいぐるみを掴むようなそんな状況だ。

 美衣歌のベッドには、幼少の頃に親からもらった大きなぬいぐるみを置いている。けれど、抱きつくようなことした覚えは……あった。

 それもわりと最近。

 修学旅行に舞い上がって、ぬいぐるみに抱きついたままに、寝ていた。その姿を母に見られて恥ずかしい思いをしたのは、修学旅行の二日前のことだった。

「掴んできたのはそっちだからな」

 ふい、とそっぽをむかれると、無意識に何をやらかしてしまったのか、気になる。

 けれど、聞けない。知らない方がいいということもある。

「す、すみま……っ。すみません!!」

 どれだけこの状況のままに、寝ていたのか。

 起きなかった自分が腹立たしい。

 羞恥で熱が急激に上がる。

 眠気は一気に飛んでいた。

 手を離して、上掛けを頭まで引き上げた。

 恥ずかしくて、とても顔を合わせられそうにない。

「お前、気をつけろよ」

 大きな呆れた声と共に、上掛けに隠しきれていない頭を撫でられた。

 なにを、と聞ける余裕はとうにない。

 頭は半分パニック状態に陥っている。

 激しく動悸する心臓が持ちそうにない。

「すみません! ご……ご迷惑をおかけしました!!」

 いつまでも上掛けで隠しきれるはずがなく、乱暴にめくった上掛けに構わず、慌てて靴を履き、勢いのままに振り返り、余裕なく頭を下げた。

 自身の服も顧みず。

 今度はアルフォンが慌てだした。

 美衣歌は寝相が悪い。本人に自覚がある、ないにしろ、はだけた服は朝から目に悪い。

「た、たぶん? ぬい、ぬいぐるみと勘違いをしてしまいまして!」

「ぬいぐるみ?」

 どうしてそうなったのか。家のぬいぐるみと勘違いしてしていたなんて。

「布と綿で作られた人形です!」

「にん、ぎょう?」

「ええと」

 ぬいぐるみというものがこちらの世界には存在しないのだ。

 想像ができないと、顔が物語っている。

 存在しないものをどう言えば伝わるのだろう。

 作ります、と言えたらどんなにいいか。縫い物は、まっすぐに縫えなくて、重ねて縫うとなぜか糸が絡まって、糸で丸い塊が出来上がる。女子としてどうかと思っているのだけれど、なぜそうなるのかもわからないので、どうしようも無い。

 イラストは縫い物よりも得意だ。自慢できるほどじゃないが、なにかを裁縫するよりいい。

「絵を描きましょうか!?」

「今度、描いてくれ」

 突然噴き出され、笑われた。

 慌てふためく姿が面白く映ったのだろう。こちらは必死だ。

「構わない、母が何か企んでいるようだったから気になった。それだけだ。何事もなかったのだからいい」

 アルフォンの言うように、昨夜は目が覚めるまでぐっすりと寝られた。


「スティラーアさま……お目覚めでしょうか」

 イアがドアの向こうから遠慮がちに声をかけてきた。

「ああ、起きている」

 アルフォンが返答をした。

 二人、寝台にいることが、恥ずかしくなり、

「失礼します」

 仕事のできる侍女は返ってきた声が、男性のものでも動揺した声はみせない。やはり、昨日アルフォンが部屋を使うと聞いていたのかもしれない。

 カーテンの前まで移動すると、再度断りをいれ開けた。

「おはようございます。アルフォン殿下、スティラーアさま」

 礼儀正しい挨拶をしたあと、カーテンを開き、窓のカーテンも開いていく。

 陽は高く、秋の空が広がっている。



 さっぱりとしたスープと焼き立ての丸い白のパンにジャムとバター。サラダ。食後の紅茶。

 遅い朝食を、アルフォンととった。

 紅茶を飲みながら、カップの淵越しに対面の相手を盗み見た。

 すでに食事を終えたアルフォンは美衣歌が終わるのを、手元の書類に目をやりながら待ってくれている。

 簡素な服は、普段のアルフォンの魅力を損なわない。

 寝台での出来事に、恥ずかしく、目の前の朝食に意識を移した。


「本日のご予定をお伝えしてよろしいでしょうか?」

 食事を終えると、侍女から予定が伝えられる。

 本日の予定は特にない。

 パーティーの翌日というのは、こういうものらしい。

「スティラーアさま、食事と支度が終わりましたら、フィリアルさまからお呼びがかかっております」

 カチャン。

 空になったカップを戻すソーサ―に底の淵を当ててしまった。

 昨夜のパーティー。なにかしでかしてしまっていただろうか。

 パーティーを振り返るも、他人に身代わる緊張と、華やかでも何処か洗礼された雰囲気に、慣れないことばかりでその場凌ぎに取り繕ってばかりりいた。

 どれが正しくて、なにが誤りかも分からない。相手に眉を顰められることをしていても、気づく余裕は全くなかった。どこかで間違えていたのかもしれない。

 呼び出しと言うだけで背筋が凍りつく。

 広げた扇に隠された口元。半分しか見えない皮肉な笑顔が思い出され、無意識に身震いがした。

 あの場に立ち、ただ一人で対峙する勇気はない。

 美衣歌の立場は、フィリアルの姪で。呼び出しに応じることはあっても断らないという、暗黙のような状況の中で、『行かない』と言える心の強さはない。

 話を持ってきたコーラルの目は当然、是の返事が来るだろうと確信している。

 あの期待を裏切る強さがほしい――。

 心の中で、自分に嫌気がさしながら、

「わかり、ました。――行きます」

 期待を裏切らない答えを返した。

「承知しました」

 主人からの返事を伝えるべく部屋を出て行く。音もなく閉じられていくドアを虚しく見つめる。

(行くって返事しちゃった。はぁぁ。行きたくないぃ――!)

 監獄へ送り込まれていくような気分で、とてつもなく重いため息が出そうになったとき。

「俺も行こう」

 沈む心を掬い上げてくれるような、救いの言葉は目の前に座るアルフォンからだった。

 言いくるめられ、圧倒的な力で押しやられれば、美衣歌は抗えない。

 アルフォンが共にいれば、恐怖感は半分とまでいかないでも減るとしても。

「あ、でもご予定が……」

 美衣歌に予定がないといっても、皇子に予定なしというわけにいかない。

 一瞬差した救いの光は瞬く間に消えた。

「本日はありませんよ。急ぎの仕事もありませんので、どうぞ、お供に連れて行って下さい」

 いつの間にか入室した優秀な従者は、アルフォンの無言の問いかけに予定表を閉じながら即答した。

 最後に笑顔も忘れない。

 その意味深な笑顔は長年従者として隣にいるアルフォンには通じない。不審人物を見るような目で胡乱げに見上げた。

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