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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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27:恋人みたいなひととき

 ケイルスは護衛を二人連れて城へ歩いて行く姿を見送った。

 露店に目もくれず歩いていく。遠くなる後ろ姿は、もう振り返り戻ることはないだろう。


 陽が暮れ始め、西の空は茜色に染まり始めている。

 街の人は、夜の祭りに向けて準備にとりかかり始めていた。

 祭りは昼だけのものではない。建国祭は昼夜問わず、騒げる皇国で唯一の祭りで、皆、この日を待っていた。

 昼の雰囲気からがらりと変わって夜の祭りは、酒の出る屋台が通りに並び、大人を楽しませる。

 軽食や装飾類を出している屋台は、片付けを始めていた。

 昼は老若男女の耳を楽しませる弦楽器や、管楽器の楽団が曲を奏で、目を楽しませる大道芸が賑わせ、夜は若い人たちが集まってダンスを踊る社交場へと変わる。

 

 五、六歳の子供達が、手にお菓子袋を下げてケイルスを見送る二人の横を走り去っていく。

 器用に大人の僅かな間をすり抜けて、家路を急ぐ。

 昼の祭りは終わりが近づいていた。

 

 美衣歌はアルフォンと手を繋いで通りの隅に立っていた。ケイルスを見送り、城へ戻るとばかりに思っていたのに、アルフォンは手を離してくれない。それどころか、肩にもたれかかるようにして、体重が寄りかかってくる。壁とアルフォンに挟まれて身動きがとれなくなった。

 なんとか屋台を片付ける人の邪魔にならないように、端へよってみたものの、握られた手は外気に比べるとじんわりと汗をかいてしまいそうなほどに温かい。

 ケイルスが見えなくなって、もう随分と経っていた。

 道の隅で二人の世界を作っている二人を見咎める人は一人もいない。

 アルフォンが王家直属の騎士服を着ているのも一因なのだろう。

 男が許された空き時間に、恋人と会い、別れを惜しんでいる、ように見えているのか、時折生暖かい視線を送られる。

 街の人たちに寄り添う二人はどう見えているのか聞くまでもない。みたままにみえているのだろう。

 ぴったりと繋ぐ手。腕までもが重なり合っていれば、事情を知らずとも別れを惜しむ恋人と思ってか、そっとしておいてくれている。それだけ二人の距離はとても近い。

 むしろ、ケイルスを見送るあたりから、距離が近い。

 恋人でもないのに、どうして。

 美衣歌が離れようとすると、握られた手に力が込められてしまった。

 赤い顔は冷めることなく、火照ったままに、握られた手はじんわりと出る汗で湿る。

 どうしたらこの状況から逃げ出せるのかもわからなくなっていた。

 陽はゆっくりと落ちていき、辺りは薄暗さが増している。

 何かを言おうとして、見上げる。

 けれど、声は出なかった。

 アルフォンは美衣歌を見下ろしていた。

 何も伝えず城を出た美衣歌に怒っていなかった。怒りはなく、どこまでも優しい瞳に、心臓がもたない。

 恥ずかしくなって俯いてしまった。

 頬は赤くなっていて、髪がそれを隠してくれる。

 指はいつのまにか、お互いが離れないように、恋人繋ぎになっていた。



 生暖かい視線がそろそろ痛々しくなった頃。

「ミイカ」

「は、はいっ」

 耳元で囁かれた。そんな経験がなくて、上擦った声が出てしまった。

「聞きたいことがある。時間は取らせない」

「……はいっ」

 返事と同時に通りの邪魔にならぬように、脇道に連れ込まれた。

 表の喧騒はすっと遠くなり、途端に辺りは静かになる。

 建物が影となり、陽はもう届いていなかった。


 家の塀に背を預けた美衣歌が逃げてしまわないように、右脇下にアルフォンの手がさしこまれた。

 左肩の上にも手が置かれて、動けなくなる。

「ケイルスとなにを賭けていたんだ」

 ひどく怒りの込められた低い声音。

 海のような色の瞳が今は、深海のようになっている。

 細められた瞳でいすくめられ、先程の愛しむような瞳と違っていて、美衣歌は震え上がった。

 思い上がってしまっていた。

 あんなに優しい瞳はこれまで向けられたことがなかったから、勘違いしそうになった。

 アルフォンは異国人の美衣歌の無事が確認できて安堵しただけだった。

 勘違いしてはいけない。

「え、あれは、その、ダンスが下手で、賭けをすれば見れるようになるってケイルスさまの配慮……」

「なにを賭けにしていたんだ」

 賭けをすることになってしまったことを話すと、なぜだろう。アルフォンが一歩詰めてきた。

「お前の賭けの報酬は」

「ほ、報酬?」

「お前が勝った褒美はなんだ!?」

「ほ、褒美!?」

 アルフォンの整った顔が目の前にある。

どれだけ詰め寄られて、尋ねられているのだろう。

 仮の婚約者相手の距離じゃない。

(ち、近いよっ!!)

 みていられなくて、少しの隙間で顔を背けた。

 端正な顔を見て話せる図太さは持ち合わせていない。

 回らない頭で思い出す努力をする。

 ダンスが出来るようになりたいという、美衣歌の思いを汲んで、ケイルスが出した。悪い条件だったら美衣歌も、断っていた。

 アルフォンを再び見上げる。

 他にも、知りたかったけれど、一番は……彼のことを知りたかった。

 目の前の人のことが知りたいと、直接本人に言えるわけもない。

 美衣歌にそんな度胸はなかった。

「この国のことを教えてもらおうと……、思いまして」

 間違ったことは言ってない。

 ウィステラ皇国のことを、王家のことを知りたかった。美衣歌が知り得る話は、どれも表面上の、侍女たちが話す真実のようで、本当じゃない話ばかりだ。


「相手が悪い。もうするなよ」

「しない、です」

 こんなにも心臓に悪い賭け事なんて絶対にしない。

「賭けをするなら俺としろ。勝たせてやる」

「それ、賭けにならないじゃないですか」

 アルフォンが負けるなら、何を賭けても美衣歌が勝ってしまう。

「アルフォンさまが言いづらいことを頼むかもしれないですよ?」

「お前に頼まれて、断りはできないな」

 アルフォンはもう怒っていなかった。

 頭を撫でられる。

 二人の距離感は元に戻っても、美衣歌の胸は高く鳴るばかりで落ち着いてはくれない。

 美形は本当に、心臓に悪い。


「どこへ行きたかったんだ。この際だ。連れて行こう」

「え、えっと」

 どこへといわれても、美衣歌は街に詳しくない。

 街に行きたかったけれど、ケイルスと行きたかったわけじゃない。

 初日は行けないと言われていたので、祭りがある日のうちいずれかで行けれればいいと、ぼんやり思っていた。

 どこへ行きたかったか、と問われてもその答えはない。

 楽器の音色に誘われた。楽しそうな街に行ってみたかった。祭りが好きだから。どれもが正解で、少し違う。

 音色に誘われても、祭りではしゃぐ街に行っても、一人ほどつまらないものはない。

 一緒に楽しんでくれる人がいなければ、楽しくない。

 音色に誘われても、羨んでも城から出なかったのは、一人じゃつまらないと知っている。

 花見や、花火大会、紅葉に、冬のイルミネーション。どれも一人で楽しむことほど侘しいことはない。

「…………どこ、でしょうか?」

 ただ、街の雰囲気を、誰かとその場で感じたかっただけで、行きたいところはどこでもよかった。

 たとえば、芸が披露される大道芸に、音楽が奏でられる演奏会。楽しいと思えるならば、街の隅で立っているだけでも構わない。

 

「お前はそうだろうな」

 思うままを伝えた。呆れながらも可笑しそうに笑われてしまった。

「どういうことですか」

 その笑顔が少し優しくて眩しい。美衣歌はふわりと笑った。

 やっと、城の呪縛から解放され、アルフォンと街に来ているというのに、笑いながらも胸の中は虚しさが込み上げた。

 きっと、もうこんな時間は過ごせない気がした。

 手に伸ばせばアルフォンに触れることができる、この距離にいられるのはいつまで?

 制服は手元に帰ってきた。美衣歌を縛る魔法は消え、あとは瞳の色だけ。当初から美衣歌が望む還る準備は、ゆっくりと、着実に、整いつつあった。

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