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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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26:建国祭

 城の上階から、城下が遠くまで一望できる。

 大通りに出店が所狭しと並び、通りに並び建つ家の窓や壁にウィステラ皇国の国旗が柔らかい風に揺れている。

 冬に近づく秋の晴れ渡った空に雲は一つもなく、ウィステラ皇国の建国日を祝っているかのようだ。

 大通りの途中に人々が憩う広場がある。その中央に彩られた国花が皇都に訪れた人の目を楽しませていた。時折、広場で奏でる音楽が風に乗って、城まで届いてくる。

 一年に一度、国の建国を祝う祭りは三日間盛大に催される。建国を祝い、祭りを楽しむため、人々が王都へ集まってくる。特に人の往来が激しくなる大通りは、毎年いざこざが最も多く起きるので、警邏隊が昼夜問わず見廻りを行っている。


(楽しそうで、いいなあ)

 顎を手の甲に行儀悪く乗せて、窓から城の外を眺める美衣歌は、小さく息を吐いた。

 高く聳え立つ外塀に阻まれ、街の祭りがまったく見えない。

「なんにも見えないわ」

 

「ここなら見えると思ったんですが……大変申し訳ございません」

 落胆して呟くと、コーラルが同意を返した。

 一度でも最上階まで登り、窓から見える景色を知っていれば、と項垂れてしまった。

 常日頃下から見上げている塀が弊害となっていると誰が思うだろうか。

 好意でここを案内してくれたコーラルは何も悪くない。ただ、思っていた以上に塀が高かった、というだけのこと。

 叱られると思ったのか、深く頭を下げる。怒られたと思わせてしまったのか肩が小さく震えていた。

(怒ってないんだけどな)

 残念たが、こればかりはどうにもできない。城を守る大切な塀を下げる、なんて、無謀なこと出来るはずがないのだ。

「ええと、気にしないで下さい。知らなかったんですから」

 コーラルの肩を掴んで頭を上げさせる。美衣歌の困った顔に、コーラルは安堵したかのようにみえた。

 城下の様子が見られなくても、窓から見える景色は、美衣歌が見たことのない絶景だった。

 綺麗な鳥が群をなして青く空気の澄み渡った空を飛んでいき、背の低いカラフルな家の屋根が並んでいる。あの軒下で店が並んで、祭りを祝っていると思うと気分が弾んでくる。城壁の下で、兵が歩く。時折、侍女服をした人が歩いていき、私服の女性は裏門へ向かう。

 ここから見える景色は美衣歌をそれなりに楽しませていた。

「……ええと、気にしなくていいですよ?」

 コーラルの肩に手を乗せて、顔を上げさせる。いつまでもそのままというわけにいかない。彼女はなにも悪くないのだ。

 二人の間に信頼関係が築けていないせいだろう。

 意気消沈するコーラルに美衣歌は、貴女は悪くないともう一度言った。

「ここからでも十分に楽しめます」

 広場はみえなくとも、城下門から入る人の流れは遠目に見える。引っ切りなしに大きな馬車が出入りをしている。馬車の側を歩く人に羨望の眼差しを向けた。

 風に乗って小さく聞こえる音楽に心躍らないわけもなく。行けるものなら今すぐ城を飛び出して祭りを楽しみたいのに、護衛なしに城の外へ出られない。

 午後の昼下がり。美衣歌は暇だった。アルフォンと共に、接待をするでもなく、時間を持て余していた。

 美衣歌につく



 昼に市民へ顔見せと、祝言を済ませた王家一族は、皆それぞれの場へ戻っていった。美衣歌はカーテンの影からその下に広がる景色、どこまでも切れることなく続く民衆に圧倒された。

 王族として堂々たる立ち姿で、民衆に手を振る彼らの後ろ姿は、神々しく、その場凌ぎのマナーでどうにかできるとどうして思えたのだろう。到底届きそうにない。

 彼らが統べる市民を前に、彼らは全く物おじしない。

 堂々たるその姿は、まさしく王族の品格。

 皇王が民衆に手を挙げる。わっと湧いた歓喜の声は止まることはなく、皇王の偉大なる威厳を感じずにいられない。

 アルフォンの姿を見た民衆の歓喜は、皇王に負けず劣らず、素晴らしいものだった。



 夜は王城でパーティーが催される。

 その準備に城使えの者たちは忙しない。近隣諸国の王家が城に集まっている。警備は厳重に、そして、準備は怠るわけにいかず、美衣歌の、祭りに参加してみたいという我儘で、人手を減らすわけにいかない。

 城の中でも最も高く、城下に近い窓からでも、楽しさは伝わってくる。だから、これで納得しなければならないのだけれど。

「いいなぁ」

 行けないとわかっていても、羨ましげに呟く。さらにため息までついてしまって、重症だ。

 お祭りと聞いて、心躍らないわけがない。

 コーラルへ街に出たいな、と無理を承知で言ったら、イアが呼び出され、お説教に近いことをされたばかりだった。雰囲気を味わいたいのでしたらと、街が見える城の上階の窓から見下ろすことが許された。

 見下ろせば、外壁に阻まれ見えなくとも、楽しさが音で伝わってくる。そうと知っていたら、見下ろすだけでもしたいと言った自分に後悔した。

「行きたいのでしたら、お付き合いしますよ」

 呟いた独り言に返事が返る。驚いて振り向けば、慌てた様子のコーラルの前に騎士の格好をしたケイルスが立っていた。

 この時分、諸外国の国交と接待でパーティーまで忙しい。城の上階にあるこの場は行きがけにみつけたというには些か首を傾げてしまう。

 階段を登って向かう先はない。この上には、何もないと聞いている。

 濃緑の騎士服を身に纏い、アルフォンの婚約者である美衣歌を探したとしか思えない。国外の重要な人物を差し置き、アルフォンの婚約者に何用があるというのだ。

「ケイ、ルス殿下」

 コーラルと護衛騎士がお辞儀と敬礼をする中、ケイルスは美衣歌の隣に並び立つ。緩んでいた警戒がぴんとはり、彼を視界の端に捉える。

 ダンスの練習相手だからといって、警戒を弛めるわけにいかない。この人には前科がある。

 ケイルスは窓から街を見下ろした。

「お仕事はされなくてよろしいのですか」

 他の王族たちは、それぞれの執務

「平気ですよ。ちょうど、時間を持て余してまして、貴女を探していました」

 外の景色を眺めていたケイルスは、並び立つ美衣歌に向き直る。流れるような動作で左手がとられた。

 しまった、と思った時はもう遅い。

「行きませんか?」

「どこへ、ですか」

「あちらへ、ですよ」

 ケイルスが示した先は、美衣歌が羨ましさ全開で、見下ろしていた城の外だった。



 下町娘風ワンピースへ着替えた美衣歌は外套で城外に来ていた。

 窓から見下ろしていた通りは人で溢れ返り、空を見上げれば国の女神ウィスチャの宝冠と葉の形が混じる国旗が風に揺れている。

 なぜか隣に騎士姿のケイルスが並ぶ。離れて美衣歌とケイルスの護衛騎士がそれぞれぴったりとついている。

『アルフォン殿下に報告いたします。スティラーアさま、どうか、ケイルス殿下に間違いを起こさせるようなことは、くれぐれもなさらないで下さい』

 信頼関係とは別に、コーラルは心からの心配を込めて忠告をしてきた。アルフォンに報告する義務があるのはいいとして、美衣歌はケイルスに、色仕掛けまがいのことをした覚えは全くない、はず。

 言い切れないのは、知らないうちにしているかもしれなかった。

(間違えるってなにを!?)

 人の往来はひっきりなくある。特に今日は、初日。警邏隊が目を光らせる街中で何かが起きることの方が少ない。城と違い人の目がある中でなど……と、大通りの横道に目をやった。

 大通りの賑わいと違い、人通りはなく、この祭りから取り残されたようなひっそりとした空間。

 お日様の登る時間帯はいいだろう。だが、日が落ちれば、暗がりに届く陽はなくなる。

 ぞわりと、背筋が凍った。

 侍女が懸念しているのは、こういう横道に連れ込まれたりしたら……と心配してくれて言ってくれたのだ。

 相手は皇子。そんな間違いが起きる、なんてことが……。


 そこで、ふと、思い出した。

 深夜にアルフォンと城を出て、ファリー夫人の屋敷へ行く日のことを。

 あの日のことがもう一度起きかねない。

 忘れてはいけない。

 この人は心から優しい笑顔を貼り付けた、内面は何を考えているか知れない前科もちの危険人物だと。


 とんとん、と肩を叩かれた。肩がびくりと跳ねた。

 見上げると、ケイルスだった。

「……どうかされましたか?」

 屈みこみ、美衣歌の蒼白な顔に体調を心配してくれている。

「あ、いえ」

「顔が真っ青ですよ? どうかされましたか?」

 人の体調を気遣う人が間違っても、破落戸ごろつきのようなことを街中でしたりしない、と思いたい。

 遊びに行きたくてうずうずしていた美衣歌の気持ちを汲んでくれただけ。侍女の心配は杞憂だ。

 脇道のあまりの人通りのなさに、侍女の心配がやけに現実味を帯びてきて不安になってしまった。「心配しないで」と言うにも、いいようのない怖さに怯える。説得力は皆無だった。

 どこか近場で休みましょう、とケイルスが身体を起こして……。

 離れた瞬間、美衣歌は後ろに強く引っぱられた。後ろへ倒れ込む美衣歌をしっかりと受け止められる。

 ふわりと香る匂いに、ある人を思い浮かべて、そんなわけないと、否定した。

 彼は、城で公務をしている。

 一時の休憩でも、お茶を飲む程度の時間しかないはずで、街に降りてくる時間の余裕はないのだ。

「もう少し、遅くてもよかったですよ」

 明らかにほっとしたケイルスに、美衣歌は振り返りながら見上げた。

 汗をかいたアルフォンが、息を弾ませていた。

 コーラルが報告すると言っていた。

 それを聞いて、城を飛び出して、走って探してくれたことが、無性に嬉しい。

「アルフォン、さま」

 腰に回った手は、力強く美衣歌を引き寄せる。

 背中に何か装飾品が当たって違和感がある。少し、痛い。

「ああ」

「……驚きました」

 よかった。小さく呟く声が、美衣歌にだけ聞こえた。弾む息が耳朶じたをくすぐる。

 きゅ、と肩にまわされたアルフォンの腕を掴んだ。

 答えるように、抱きすくめられる。

 その腕から、背中からもたらされる体温。

 信頼できる人に守られている安心感に、全身から力が抜けてしまった。

 なにかに縋っていないと、立っていられない。けれど、美衣歌はアルフォンに抱えられていて、座り込むことはなかった。

 力が抜けたのが、伝わってしまったらしく、さらに強く抱きこまれて、少し苦しい。

「……無事か?」

「はい」

 どこにも怪我がないことを確認された。

 まだ、街を歩いているだけ。なにも起きていない。

「ケイルス、なにを考えている」

 アルフォンが安堵したのは一瞬。

 美衣歌を城から連れ出した当人へ怒りを向けた。

「いえ、アルフォンさま、ケイルスさまは……」

 暇を持て余していたのを連れ出してくれたのだ。

 なにもすべてケイルスが悪いとは言えない。美衣歌が断れば良かっただけの話。

 管楽器の奏でる音楽に、断るという選択肢はなかった。

「ミイカは黙ってて」

 ぴしゃりと冷たく突っぱねられて、続く言葉は出てこなくなった。口をつぐむ。

 本気で怒っている。怒らせてしまった。

「つまらないですね。もっと遅くてもよかったですよ?」

 兄からの噛み付かんばかりの勢いに、ケイルスは、興醒めだと、悪戯が見つかった子供のように、悪気なく肩を竦め首を振る。

「お前が関わる時点で、のんびりするか」

「これは賭けで勝った僕の褒美なんですけどね。まあ、いいです。貴方が来たので、褒美はもうおしまいです」

 そんなこと聞いてない。

 アルフォンにそうなのかと尋ねられ、笑うしかない。

 ダンスレッスンの賭けの褒美だったなんて知らなかった。

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