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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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25:必ず護ると誓う

 城から孤立した塔は、月の出ない夜闇だろうが変わらずそこにあり、アルフォンを受け入れてくれる。

 入り口となるドアを開け、手燭を頼りに螺旋階段を登る。最上階の部屋で実の妹は来訪者をなんの感情もない無表情で歓迎する。

 日中、侍女がいる時間は大人しくベッド上で過ごし、歩けないふり(・・)をしている。

 グレースは歩行する力がなくて、塔から出られないのではない。

 フィリアル自身をも遥かに凌駕する彼女の魔法技術を外へ出しまいと、他国、貴族へ周知されまいと、魔法でがんじがらめになったこの塔に留めている。要するに、見えない鎖で足枷をかけられている。その足枷を簡単壊せられる。それだけの魔術力を彼女は隠し持っている。ただ、しないだけなのだ。

 塔にかけられた魔法は、グレースが本気を出せば簡単に突破できてしまうのだろう。彼女が塔にいなければならない理由があるらしい。

 来客は特定の人以外拒まれ、日中を侍女という監視の中、塔でで過ごす。苦痛でしかない。

 その苦痛を甘んじて受け入れ、今はアルフォンの依頼を快く受け入れる彼女をいつか必ず、塔から外の世界へ解放させてやりたい。今すぐはできないけれど、いつかは。


 グレースは寝台から立ち上がり素足で床にふわりと浮遊した。空間をゆったりとした速度で移動する。部屋を歩く履き物はひとつもないので、地に足をつけられないグレースが半年かけて習得した移動法だ。

「お兄さま、今夜もですか?」

 兄に視線の高さを合わせたグレースは意地悪く訊ねる。

「ああ。グレース、悪いな」

 ここのところ毎夜、人が寝静まる時間に訪室する兄を妹は慣れた様子で呆れながら迎え入れた。


 ベッドを魔法で小さくして片付ける。部屋にある小物、家具もベッドと共に片付けた。

 殺風景になった部屋の中央立ったグレースは魔法を唱える。

 感知されない高度な結界魔法は、アルフォンが信頼のおける頼れる人の中で、グレースしかいない。

 長い詠唱のあと、描かれた陣が発動すると、この場は一時、魔法を使用しても城勤めの魔法使いに感知されない部屋へ変わる。

 全く厄介な条約を作ってくれたものだ。その条約は城のみに有効となるのだから、迷惑極まりない。その条約によると、城勤の魔法師、魔術師、そして、魔力をもつ王族は、皆、城外の仕事がない限り、外でも魔法すら使用禁止と厳しい。

そのためか、高度な魔法具を使う彼らは時として、小さな魔法使用に目を瞑る時がある。……暗黙の了解というものである。

 目を瞑れる程度の魔法もシャンデリアに火を灯す、桶に水を満たすなど簡単なものに限られてしまっているが。

 

「明日は生誕式典当日ですが、本当に現れるのでしょうか」

 両手で背丈と変わらない杖を支え、魔法を発動し続ける妹は眉根を寄せた。


アルフォンが懸念していることは、生誕祭当日に、スティラーアが姿を現し、ミイカの存在が危うくなることだった。

 ミイカはスティラーアの代わり。

 本物がこれば、偽物はいらない。

 貴族の前で、はっきりと『偽物』と知られれば、どうなるか。

 アルフォンはこれまでの出来事からして、危機感を感じていた。


 フィリアルが幾度となく失敗する、スティラーアの召喚。皇王は、そのたびに黙認をしている。何度も地下へ魔法を感知した魔法師が走るも、その場に現れた王の一言で、報告書は全て、“何事もなかった”と記されている。

 実際は何もないなどということはなく、自異国の民が被害に遭っている。それを何事もなかったで済ませてしまう、王の一言はどれだけの重みを持っているのか。

 本来ならば、謁見の間で、審議を開くべきを、ただ一言、何もないとかくことで、報告書の本来あるべき意味をなさなくなる。

 なにごともなければ、人は地下室へ集まらない。そこで何かが起きるからこそ、人は集まるのだ。それをたった一言で、終わらせてしまう。それは何度も、魔法師を変えて行われた。

 正しいことを正しく報告書に書くことが許されないことに不満を募らせた一人の魔法師が、我慢も限界へと達し、王へ一言物申しに行った翌日、城から居なくなっている。

 その理由が、突然の解雇というが、忽然といなくなった魔法師の与えられた、まだここに人が住んでいるかのような風情のある部屋は解雇というよりも、失踪に近い。

 何が起きているのか、聞きに行く勇気もない。勇気ある苦言を呈した何人目かの失踪後、城使えの魔法師たちはどれだけ不満があろうとも、職を失うばかりか、居所すら消されるというなら、異議申し立てはせず大人しく従うことを選んだ。

 アルフォンは、一連の事件とも言える解雇劇はフィリアルが少なからず絡んでいると踏んでいる。確たる証拠はない。綺麗に消し去られてしまっている。


 フィリアルの部屋に閉じこもる大人しい姿は、アルフォンだけでなく、常に周辺の世話をする侍女らが、陰で騒いでいるらしい。

 これまでにない行動の裏にあるのは、王妃候補からの昇格ではないかと、予測するものも出ている。その一方で、違う考えをもつ侍女もいるようだ。

 フィリアルが大人しくなった理由を、アルフォンはスティラーアを捕らえたからだろうと、予測した。


 フィリアルは帝国皇子帰還以降、講義をするミイカの前に姿を極端に見せなくなった。

 ミイカを姪に仕立てあげるため非常に厳しく教育していた。ミイカは必死に食らいついているなかでも、ファリー夫人の講義は唯一息抜きとなっている。ファリー夫人にそこまで、懐く女性は珍しい。ファリー夫人の指導は特に厳しく、根を上げる令嬢が多い。厳しいがため王族の教育に向いており、教育係として城に滞在していた。アルフォンも例外なくファリー夫人から、講義をしてもらっている。

 フィリアルが講義に顔を出さなくなった時期は、思い返せばちょうどフィディルが城に滞在し始めた頃だった。

 フィディルが帰国と同時に、連れ帰ろうとした身代わりをフィリアルは黙認した。拘束魔法があれば、城から出られないはずが、それを消し去った。ミイカのためかと思えば、違う。帝国へ連れて行かれてしまうと知っていながら、慌てない冷静な態度。

 ミイカが救われ、城へと戻ると、厄介ごとが残ったと言わんばかりの眼差し。

 フィリアルはそのときすでに、ミイカに全く執着をしていなかった。

 もう、偽物は必要がないからなのだろう。

 城に残れば、一向に還らない異世界人を処分するのは、喚び寄せたフィリアルになる。王は冷淡に命を下すだろう。過去の魔法師らのように。

 あやふやな状況の中、アルフォンがミイカを手放さないためには、先の先の更なる先を読み、先手を打つことだった。


 スティラーアが、ウィステラ皇国でフィリアルから直々に修行をしたのち、自国へ戻った半年後、屋敷から姿を消して二年と少し。

 失踪したと知ったフィリアルが至る所へ魔法を飛ばした捜索魔法を跳ね除け、すり抜け続け、その身を神隠しにあったかのように消した。

 逃げた理由があるにしろ、何故この時なのか。二年隠れ続けたのだ。このまま、隠れ続ければよかったものを。


「来る。そのための練習だ」

「練習……ですか」

 起きる予測の事態に対策をする兄に、うろんげな目を向けた。

「わたくし、申し上げたはずですよ、兄さま」

「ああ。還せ、だろう?」

 アルフォンは、あっさりと返す。忘れていない。

「そうです。いつ還されるのですか?」

 婚約式を終え、茶会が開かれるまでは、確かに還すと決めていた。

「いや、やめた」

「やめたのですか? 彼女は異国の人ですよ? スティラーアさまが見つかれば、用済みとなる存在です。偽物と本物が公の場でかちあう前に還してさしあげるのが、無理に連れてきてしまったこちらの責任というものではないのですか?」

「ああ、そうだろうな」

 責任と言われると、ミイカを元の世界へ還すことが、フィリアルの魔法が失敗したことによって引き寄せられてしまった少女に示すこちら側の誠意なのだろう。

「お分かりになっているのなら、一刻も早く……」

「しない」

 言いたいことをぴしゃりと退けた。もうどうしようもないのだ。たった一つの出来事。それもアルフォンが見ていないお茶会の出来事が、どうしたって、ミイカをこの手に繋ぎ止めておきたいと、願ってしまう。

 偏った考えをもつニコジェンヌに、なんの躊躇いもなく、まっすぐ立ち向かった。アルフォンを取り巻く事情を何も知らない少女は、ニコジェンヌの魔法を恐れ、誰も間違っていると言えなかったことを、魔法を恐れることなく、はっきりと正しいことを言った。

 けれど、ミイカの正当な反論はこの国で、いや、ニコジェンヌに一切通用しない。

 その姿は普段からは想像もつかないとても凛々しい姿だったと報告を受けた。

「グレース、お前の言いたいことは分かっているさ。だがな、もう遅いんだ」

 何を言っても揺るがない。困りため息をついた妹に、アルフォンは乾いた笑いを返した。

 ミイカが城に現れてから随分と経ってしまった。

 グレースによるとフィリアルが魔法陣に練り込んだ還る魔法はもう随分と薄れてきているらしい。戻れなくなる前に、早く還すのが親切だ。

 けれど、アルフォンはもう、還したくないと思っている。

 自信のなさが態度に表れていた娘の内に秘めた優しさで、アルフォンを想い、相手へ立ち向かう姿を報告という形で知るより、実際に見てみたかった。



 塔を出たアルフォンは外で待つクレアに、成功するだろうと告げた。執務室へ戻る前に、自室へ向かう。

 室内はすでに薄暗い。部屋のカーテンは引かれ、外からの光を遮断していた。

 ベッドカーテンは閉じられ、仮の主人がそこで、就寝している。

 慣れた足取りで、ベッドへ近づき、そっとカーテンを開く。

 そこには、寝相の悪い仮の主人、美衣歌が寝ていた。

 二人は余裕で寝られる広さのあるベッドの端で、上掛けの半分を抱き枕にして寝ている。残り半分はかろうじて彼女の上半身にかけられている。上掛けから出てしまっている足は、夜着が太ももまでめくれ上がっている。

 とても目に悪い光景だ。

 どうやったらここまで酷い寝相になるのか。

 両目を片手で覆いながら、上掛けを足にかけると、一息ついた。

 ベッドに腰掛ける。

 きしりと音を立て、ベッドが沈む。ひやりとして、寝ている少女の様子を伺う。

 美衣歌が起きる気配はなく、一定の寝息を立てている。

 美衣歌の指から、この世で一つとして同じものがない、揃いの指輪を抜く。本来は魔法で指の皮膚に吸い付き、結婚式まで外れない仕様となっている。

 アルフォンの指輪はぴったりと吸い付き離れない。ミイカの指輪は婚約式で誓いを立てる人と違っているので、指輪の魔法が完全にかかっていない。

 アルフォンが贈ったもう一つの指輪が、婚約指輪の上に重なり魔法が不完全だと誰にも気がつかれていない。

 二つの指輪をそっと抜き、天蓋ベッドの外に出る。

 机の上に魔法の指輪を置いた。

 机の引き出しの奥に仕舞い込まれた細長い箱を出した。箱から杖を取り出す。もう思い出せないぐらいに何年も触っていない杖は、指先から肘までの長さで、小枝のように細い。黒みがかった茶色の杖は、何年も使っていないにもかかわらず、しっくりと手に馴染む。

 以前のまま、なにも起きなければアルフォンは再び杖を手にしようとしなかった。

 杖を一閃してみると、ぽわりと先端が淡く蒼く光る。

 詠唱を始め、指輪に杖の先端を軽く触れさせる。

 指輪全体がぽっと光った。

 新たに刻まれた魔法は、明日起こるかもしれないであろう事態に備えている。起きなければいい。しかし、起きないとも限らない。

 起きることを想定してかけた魔法の指輪をミイカの薬指へ戻す。

 新たな魔法が発動したところを確認して、指輪をはめるために手を開かせた左手を離したとき、突然がっと手を捕まえられた。

 起きたのか、とひやりとした。しばらくして、小さな寝息に、起きていないと安堵する。

 掴まれた指先は、ぎゅうっと握りしめられていく。

「おい」

 掴まれた手はがっちりとしていて、離そうとしない。

 離せと、軽く手を叩くが開く気配はなく。

「……ん、ダメ」

 小さく抵抗したミイカが、掴んだ手を引っ張った。

 思ったよりも強く、バランスを崩したアルフォンが寝台に乗り上がる。

 掴んだ手をミイカは、右手でもギュッと腕を掴んでしまう。

 抱き枕と勘違いしているのか、手の甲に頬を擦り寄せてきた。

 右手がアルフォンの腕をミイカに引き寄せてくる。

 腕に当たる柔らかい感触に、アルフォンは片手で顔を覆った。

 心音が跳ね上がる。ミイカは腕にさらに擦り寄り、足がかばりと掛布ごと振りあがった。

 ばふんと、音を出して、太ももが現れる。

 これはもう抱き枕に抱きついている感覚と思っていい。が、アルフォンにとって大変よろしくない。

「――――っ」

 抜こうと思えば抜くことは容易い。彼女の力はアルフォンにしてみればとても弱い。簡単に手の拘束は解けるだろう。

 腕にしがみついた手が、アルフォンの邪魔をする。引き剥がせば、どうなるか。

 アルフォンは諦めて、ミイカの横に寝転がった。

 隣で眠るミイカは、良い夢を見ているのか可愛らしく微笑んでいた。顔にかかる長い髪をそっと耳にかけ、腕の中に引き寄せた。温かい人肌と、執務室と違う柔らかな寝台は、これまでの疲れもあってか目を閉じると、あっという間に睡魔に襲われた。


 翌朝、目を覚ました美衣歌が、隣で眠るアルフォンに驚き、小さな悲鳴と共に寝台から転がり落ちた。

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