22:賭けをしよう
魔法が解け、体力もそこそこに戻った美衣歌の日課はやはり変わらない。
ダンスレッスンが半日。午後はマナー講習。夜は座学。
全ては近く行われる建国祭典の日のパーティーにアルフォンの婚約者として出席するためだった。
これまで以上に、人々の注目を集めることとなる。
パーティー参加者は、国内の貴族。
第三皇子の婚約者として、堂々たる振る舞いを求められる。
美衣歌の根本的な、消極的で物事に尻すぼみな性格は、学び、知識を蓄えたところで変わるわけもない。
変わろうにも性格は簡単に変わらない。貴族は皆、自身を守るために、外側に殻を作る。
美衣歌も、そうなればいいだけのこと。
誰かを演じると思えば、不思議と気持ちが上向いた。
休んでいる間に遅れた分を取り戻すため、学ぶ時間は普段よりも長く、休憩時間は少ない。
特にダンスは帝国貴族令嬢の身代わりとして、最優先しなければならなかった。
美衣歌が成り代わる『スティラーア』はダンスを幼い頃から親しんでいる。貴族の嗜みの一つとして、ダンスが出来なければ不審がられてしまう。
疑われてはならなかった。疑問に思われてしまってはならない。パーティーの『スティラーア』が偽物だと悟られる失敗はひとつも許されない。
それこそ、動作、言動ひとつにしても。
会話はアルフォンが助けてくれるとしても、やはり座学で知るべきことは多い。
運動能力は低いが、記憶力は、運動能力よりも高いと自負していた。
それでも膨大な量の子爵から侯爵家までの貴族の名は覚え切れるものではない。公爵家、侯爵家と、王家に深い繋がりのある家、主要な人に絞っても数は多い。
ダンスの及第点は優雅に、堂々たる踊りができること。
目標に到達する前に、運動音痴な美衣歌は、以前より上達はあまり見られず、講師の足を踏んでいた。
踏む回数は当初練習を始めた頃に比べれば減っているにしても、迫る式典までに、踏まなくなるのか、と訪ねられれば同じところで何度も躓いていては首を傾げるしかない。
成長の遅さに講師は頭を抱えた。
出来の悪い令息、令嬢を教えたことはこれまであった講師でも、美衣歌以上に成長の遅い者はいなかった。
踏まれ過ぎた足が腫れあがってしまい、靴を履けなくなった講師に助けを請われ、現れたのはケイルスだった。
「お願いします、スティラーアさま?」
全身蒼色で統一された騎士服を着た彼は、にこりと美衣歌に微笑んだ。
蒼はケイルス直属の騎士団が許された色。
襟の裾や、手首の裾、所々に白色が使われ、装飾もされている。
襟の裾にアルフォンよりも、濃い藍色の毛先が揺れている。
ケイルスの姿に、コーラルが思わず見惚れ、呼吸すら忘れている。コーラルを咎めるイアも見目麗しい皇子に、頬を染めていた。
剣帯を外し、専属従者に預ける。
従者は付き合える時間を告げると、部屋の隅で待機する。
ケイルスはこの時期、迫る生誕祭の街と王城の警備体制、担当地区からあがってくる要望の対応で忙しく、美衣歌の練習相手をする時間はとれない。
思わぬ相手に顔を顰めてしまった。
「そんなに警戒しなくても、練習を付き合うだけですよ」
ケイルスが呼ばれた原因は、美衣歌の成長しないダンス練習のせい。踏まなければ、講師が相手で済んでいたこと。
ケイルスの執務の合間大切な時間を使わせてしまうこともなかっただろう。
「お忙しいのにすいません。お願いします」
申し訳なさから謝辞をして、腰を低くする。
「休憩時間の間だけですので、お気になさらないでください」
そういわれると、余計に気にする。
休憩は心身を休めるためのもの。その大切な時間を美衣歌の練習に使わせてしまうなんて。
戸惑う美衣歌は、講師へ助けを求めた。
講師は助けを頼み、現れた相手が皇子で、美衣歌と違った意味で戸惑っていた。
呼びに行かせた従者に、視線で聞いている。その問いに助けを呼びに行った美衣歌付きの従者は肩を竦めた。
彼が呼んでほしかったのは、皇子ではないのだ。美衣歌はそのやりとりで悟った。
講師は困り顔であるが、なにも言わない。
椅子に座り、腫れた足を冷水の入った盥で冷やしている。
「どうかされましたか?」
騎士服に身を包んだ紳士然としたケイルスの手を取るしかなさそうだった。断れない状況ができあがっていた。
美衣歌が手を重ねると、中央へ導かれる。
「練習を再開いたします」
戸惑いを咳払いで払拭し、パパン、と手を叩いた。
中断されたレッスンが再開する。
ゆったりとした手拍子が室内に響く。
手拍子からずれてしまわないように、必死に食らいついていく。
相手が違うだけで、足の動かしやすさが格段に違う。
講師だと足を必ず踏んでしまうところでも、皇子が相手だと失敗しない。
(なんで!? 踊りやすいんだけど!?)
手拍子にあわせて、高くあげた手先を軸にして、まわることもあれば、スカートの裾が大きく揺れる激しい動きがケイルス相手に難なくこなしていく。
講師を相手にしていた失敗の数々が不思議な程、動かす足はケイルスの足先を捉えることは一度もなく、順調に進んでいく。
美衣歌の足捌きが格段に良くなったことに、不審な目を向けられたこともしばしば。講師に疑われても不思議でもなんでもない。練習している当人ですら、信じられない。
踏んでしまいそうになる度に緊張して力が入って、ぎこちない動きになってしまいそうになる身体の力を、意識してすっと抜いただけだった。
きっと、始まる前ににケイルスがこっそりとくれたアドバイスのおかげかと思うと、素直に喜べない。
『失敗すると身体が身構えると、本当にそうなります。力を抜いて、相手に任せてみなさい』
その通りにしたただけだった。
不服だけれど、的確なアドバイスが効いて、練習は予定より早く終わりを告げた。
剣帯を主人に返した従者は、一人で歩くこともできない講師を送りに部屋を後にした。美衣歌に付いているもう一人の男性従者も付き添っていった。
申し訳なさいっぱいに、見送った美衣歌の足も講師と違った意味で、疲労からしばらく動きそうにない。
痛みよりダンスを踊りきった高揚感の方が優っていた。
嬉しかった。
二人の侍女もケイルスに用事を申し付けられ、部屋の外に出されてしまった。
部屋のドアは少し開けられているが、心許ない。
男性と部屋で二人だけのこの状況に落ち着かない。
「お忙しいのに、ありがとうございました」
ドアの側にいたケイルスは、いつの間にか顔を上げた美衣歌のすぐそばに立っていた。腰が引ける美衣歌を屈んで覗き込む。
「お礼はしていだだけないのでしょうか?」
「おっ、お礼、ですか?」
「ええ、大切な休憩時間をあなたのために使ったのですよ?」
ケイルスはとても忙しい。その大切な休憩時間を身体を休めるために使うでもなく、美衣歌のダンス練習に使ったのだ。
「すみません、思い至らなくて。なにをしましょうか?」
大切な時間を使ってもらったのだ。感謝の言葉以外にもお礼の品を渡さなければならない。重ね重ね謝罪する。
「していただけるのですか?」
要望した当人が今度は驚く。
「え、します。させて下さい。おかげでダンスがとても上達しました」
心がこんなにもウキウキした楽しいダンスの時間はない。
それを与えてくれたケイルスにお礼をしないわけにいかない。
お礼がお茶を共にするのであればいいのだが、他のことを言われたらどう断ろうか。
「そう警戒しないでください。傷つきます」
聞く前から、警戒する美衣歌がケイルスには可笑しく見えたらしい。
警戒しなさすぎるより、周りは敵だと思って、行動すべきだと先日痛いほど痛感した。
あの時の恐怖は、時に美衣歌の睡眠時間をも奪っていく。
夢に見てしまった日は、どんなに外が暗くても怖くなって飛び起きてしまう。それからは寝付けず、次の日を迎えたのももう片手で数えられる日数に到達しそうだった。
その悪夢を昨夜見てしまい、美衣歌の身体は睡眠不足で少し足取りが重い。
「なにをしたらいいのですか? あまり難しいものは……」
何日もかかることはできない。
美衣歌の目下、しなければならないことは貴族令嬢が受ける一般的学びであり、その時間を割くことはできない。
「難しいことじゃありませんよ。私と賭け事をしませんか?」
「賭けですか?」
突然のことに、瞬きをする。
「そうです」
「お礼、じゃないんですか?」
なにをいわれるのかと、ドキドキしていたのに肩透かしを喰らった。
思ってもないことを言われ、疑問をそのままに聞いた。
ぽかんとして聞き返す美衣歌が可笑しかったのか、ケイルスが面白そうに笑う。
「ええ。これが私の要望するお礼、ですよ」
「いいのですか? 賭け事ってお礼になるのですか?」
「なりますよ。どちらにも損益のないお礼です。あなたが負ければ、こちらの要望を飲んでもらいますから。あなたが私と賭けることは、ダンスです。足を踏まずに踊れるか、でどうですか?」
簡単に言ってくれる。
美衣歌が相手の足を踏まないでダンスをする。
言葉にすればなんとも簡単なことでも、運動能力の低い美衣歌には、難しい。
練習を繰り返した足が少しふらつく。必死に隠しているけれど、ケイルスは気付いている。
だから、賭け事にしたのだろう。
このままの美衣歌であれば、ケイルスが確実に勝てる。
すでに負けを認めてしまっているようで、悔しいが、他のお礼にしてもらおう。
難しくてもいい。ダンス以外のものに。
「知りたくはないですか?」
美衣歌が断ると想定していたケイルスは、引き下がらない。
相手に是と言わせるものを隠し持っていた。
「なにを、ですか」
「そうですね……」
美衣歌を見下ろし、
「この国のこと、母のこと、あと君の今後とかですか。一曲踊り、合格点をこえられたその分お答えしますよ」
ぴしゃりと言い当てられてしまい、言葉に詰まる。
とても魅力的で断ることを躊躇う。
美衣歌が帰れる方法はいまだに、もたらされていない。
アルフォンは探しているとしか、答えてくれない。
還れる方法をケイルスが知っているなら、教えてほしい。
還る方法が一切ないというなら、美衣歌はこの世界で生きて行く覚悟を決めないとならない。
その覚悟がまだ、持てない。
還れるという期待が残っているから。
どちらかに決めてしまえば、美衣歌の心の中にひっそりと住う人のところへ気持ちをぶつけられる気がした。
〝皇国の王家のこと。〟
〝フィリアルは美衣歌をスティラーアに仕立て上げ、なにをしたいのか。〟
〝美衣歌は還れるのか。〟
〝スティラーアという人はどんな人なのか……。〟
疑問は尽きない。けれど、それをケイルスに尋ねるのは違う。
美衣歌は知るべきじゃない。
戻りたいと願う人が知ることは、いつ還れるか、それだけにしなければ。
還れるか、否かは美衣歌かアルフォンから聞けばよく、ケイルスからもたらされる必要はない。
「私、聞きたいことなんてないです」
「そう? 知りたくないのですか?」
「貴女が私の足を踏まずに踊りきれたら……知りたいこと、お教えしますよ」
「やるなんて言ってません」
強く否定するけれど、心の中では知りたいと思ってしまうことがあった。
「君だけが得をする賭け事をすると思いますか?」
賭け事は双方の要望を叶えるために行う。
美衣歌ばかりの要望だけでなく、ケイルス側にもなにかしてほしいことがあるというのだろう。
なにを言われるのか。恐々としながら見上げる。
「要望は、君が踊れなかったら、その時に伝えますよ。いまは、賭け事に勝てるように練習に精を出してください」
「な、んで」
美衣歌の疑問は僅かに開いたドアの向こうから訪室の叩く音によって強制的に終了させられた。
「楽しみにしてます、それじゃあ」
ケイルスはひらりと踵を返し、戻ってきた従者と部屋を出て行った。
「……え、あれ? 嘘でしょ!?」
すると、言っていないのに、遅いながら気がつかされた。
美衣歌は知らずうちにケイルスと賭をしてしまっていた。
(なんて上手いの)
そうと相手に気が付かせずに立ち去るところさえも、去り際が上手い。
通路へ飛び出すと、アルフォンが付けてくれた従者が立っていた。
ドアを叩こうとして、内側から勢いよく開けられ、驚くのも一瞬。
「次の講義が待っていますよ。お連れしてよろしいでしょうか?」
すでに次の講師が来ていることを告げる。
「あの、ケイルスさまは?」
「もう、行かれてしまいましたが、何かお伝え忘れたことが?」
「いえ、いいの。少し休憩した後にお呼びして」
外交の手腕が皇子、皇女の中で最も立つと言われるだけはある。
⭐︎
月明かりを頼りに、素足でダンスの練習をする。
毛足の長い絨毯の上で、靴を履いて練習すれば疲れた足をくじいてしまいかねない。
(一、ニッ、三! 一、ニッ、三!)
頭の中で響く講師の手拍子に合わせて数える。
もうすぐ躓くところに差し掛かる。講師を相手にすると、ここで必ず相手の足を踏んでしまう。
ケイルスのときは難なくできていたところ。
踏んでしまう原因はケイルスが言ったこと。力を抜き、姿勢を正しく。同じところを何度も練習する。型を覚えとしまえば躓かない。
けれど、不安は尽きない。
偶然できただけなのではないか。
明日になれば、また振り出しに戻ってしまっていないか、と。
違うと思いたくて無心になって、疲れた足を叱咤し、動かす。
運動能力の低い身体はもうとっくに限界を超えている。足が痛みを覚え、もう動かせなくなるまでになった頃。
「なにをしているんだ」
肩で息をする美衣歌の背に声がかかり、びくりと肩を竦めた。
振り返ると軽装のアルフォンが両腕を組み、壁にもたれかかっていた。開けられたドアから、通路を照らす弱い光が室内に入り込んでいた。
来室していることに気がつかないぐらいに夢中になっていた。
いつから、そこにいて、美衣歌の練習を見ていたのだろう。何度か絨毯に足を取られたところを見られたかもしれない。
壁から背を離したアルフォンは、動かなくなった美衣歌に歩み寄る。心なしか疲れが全身から漂っているように見えた。
「アル……ォンさ、ま」
肩で呼吸を繰り返す。呼吸もままならない。
「こんな時間までなにをしている」
アルフォンの指摘に、美衣歌は時間を忘れて練習していたことを知った。もう、日付も変わりそうな時間になるという。
「練習……です」
「なぜ練習を?」
ケイルスとした賭けに勝つため。
とても言えない。
「私、何度も練習して、身体に覚えさせないと、当日に失敗しそうで。ご迷惑をお掛けしたくないですから」
「迷惑じゃないから、気にするな」
誰にと言っていないのに。
「アルフォンさまだけじゃないです」
他の貴族の男性から誘われれば踊らないと失礼にあたると、教えられた。
誘われれば余程の理由がない限り断れない。
アルフォンの婚約者として出るのだから、失敗はしたくなかった。
「他の人とダンスをしなければいい」
美衣歌の体力的にいうと、連続してできるのは二曲まで。これ以上ダンスをするとなれば、休憩がてらしなければならなくなる。その体力をつけるためにも練習をしている。二曲だけしか踊れないなんて、貧弱だと思われかねない。実際、そう言われてもおかしくない。
国を支える貴族に失礼があってはならず、美衣歌は当日、何度もダンスをしなければならなくなる。
ダンスの間の会話も成り立つように、夜に無理に座学を押し込んだのもここに理由がある。
全ては生誕祭の日に開かれる夜会のために。
「そういう、わけにはいかないです」
皇国の貴族に嫌われてしまうことはしたくない。美衣歌が異国の人であろうと、彼らはそう思わない。
あるあの婚約相手として見られる。
いつか還ってしまう美衣歌がどれだけ失敗したとしても、ここに居続けるアルフォンが、身代わりの美衣歌を相手としたことで、悪く言われてしくない。
そのことが後になにをもたらそうとも、悪く言われてはならない。
強い信念で、再び形ばかりを作り、踏み出す。
少し休憩したとしても、疲れた足は、リズムが遅れ失敗してしまう。
これで相手がいれば、確実に足を踏んでいた。
また、失敗。
疲れた足を止めて、肩を落とす。
どうして何度も出来ないのだろう。
すると、すっと美衣歌の前にアルフォンが立った。
「足を踏むと思うから、踏む。力を抜いて自信をもっていれば踏まない」
美衣歌の右手を手のひらにのせる。
「ケイルスさまと同じことを言われるんですね」
兄弟揃って、アドバイスが同じで、笑ってしまった。
「ケイルス?」
剣呑な空気が一瞬漂う。美衣歌はそれに気がつかず、話す。
昼にケイルスも同じ助言をくれたと。
「ケイルスが、ね」
腰をぐっと引き寄せられ、隙間なくぴったりとくっつく。
アルフォンの胸に美衣歌の左手が、右手はアルフォンにつかまれる。
ケイルスとのダンスは隙間が拳くらいはあった。
隙間なくても踊れるのだろうかと不安になる。
「婚約者同士なのだから、これくらい普通だ」
アルフォンにそういわれれば、そういうものなのかと納得はせど、ケイルスと違った引き寄せられ方に、胸が高鳴る。
一歩を踏み出す前に、アルフォンが美衣歌を見下ろす。
「なにでリズムをとっていたんだ」
音楽も音もない室内。
リズムの取りようがない。
「講師さんの手拍子です。頭の中で、音を数えてて」
「そうか」
何度も美衣歌が練習を繰り返したところを手伝ってくれるのだ。
残った少ない体力を振り絞り、踊り始めた。
音楽もない、手拍子もない静かな室内。
アルフォン相手にしても、助言のおかげか不思議と、踊りきった。
もう不安に思うことはないのかもしれない。
納得がいくダンスができて、ほっと安堵したとたん、生まれたての小鹿のように足が震え、立っていられなくなる。
足はとうに疲れのピークに達し、それ以上に動かしてしまったがために、もう一歩たりとも歩けない。
座り込んでしまいそうになる美衣歌を、アルフォンが支えた。
一脚の椅子に座り、足を休める。
夜会で失敗できないと頑張りすぎて無理をするなと、アルフォンに言われてしまった。
練習のしすぎで、本番で成功しなければ意味がない。すべては夜会だ。夜会でダンスを優雅に踊りきるために、練習するのだ。
ケイルスの賭けに勝つために頑張りすぎてしまった。
練習で足を疲労させ痛めてしまっては、意味がない。失念してしまっていた。
落ち込む美衣歌の目前に綺麗に折り畳まれた服を出した。
「これを返しにきた」
信じられない思いで手を伸ばす。
ざらりとした濃青ブレザー。スカート。さらりとした見慣れた白のブラウス。
美衣歌が着ていた制服。
それが、アルフォンの手にある。
両手で受け取った制服に顔をうずめると異国の匂いがした。
よかった。
(捨てられていなくて、よかった)
本当は不安だった。
美衣歌が学生だと思わせてくれる唯一の手がかりの制服。
とられてしまってから、もう一月以上経つ。
もう返ってこないと諦めていた半分、いつか返ってくるとも信じていた。
「もう夜遅い。寝ろ。……それは、隠しておけよ」
「は、い。ありがとうございます」
美衣歌は涙が浮かぶ瞳で、朗らかに微笑んだ。




