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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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20:解術

 カッツェーマの拒絶に、沈み込む気持ちを少しでもあげようと、中庭に咲く花々の絢爛さを眺めながら回廊を歩いた。少しでも心を癒してくれるはずの花々を眺めても、沈み込んだ心は持ち上がってくれない。

(勝手に会いに行くのがダメなら、伝えてもらっていたらよかったの?)

 カッツェーマの拒絶は美衣歌に、思った以上の打撃を与えていた。そこに美衣歌へ世話を任せると言ったセレーナの態度も重なり、美衣歌の気分は心底落ちこんでいた。

 美衣歌の両親は健在している。

 病床の親の世話を他人に任せ、他国へと嫁がなければならない。

 どんな気持ちで、美衣歌に任せると決めたのだろうか。

 セレーナの気持ちは美衣歌に理解出来ない。

 なぜ、兄の第二皇子でなく、自分なのかも。

 風がより強くふいた。

 スカートが風に煽られ、はためく。

 花びらが舞い散る。

 まさに美衣歌の今の心の中を表しているかのよう。

 吐きそうになったため息をぐっと堪えて、立ち止まる。

 このまま、アルフォンの執務室へ行けるような気分じゃなかった。

 花を眺める趣味はもっていない。けれど、強い風に煽られても、花びらを落とさず、風に吹かれるままに揺られる花の姿が、自然と心を穏やかにしてくれた。

 


「スティラーア? ここでなにをしている」

 ふいに名を呼ばれた。

 どれだけそうしていたのだろうか。気がつけば陽が少し傾いていた。

 振り返れば、アルフォンと並び、体格のいい男性が通路を歩いてきていた。二人の後方にクレストファも。

 男性が足を止め、胸に手を置き、軽く会釈した。美衣歌は、スカートの裾を持ち上げ、腰を下げる。

 胸に掲げられた校章は町の警邏隊のものだ。彼は警邏隊所属なのだろう。

 アルフォンが男性に断りを入れる。微笑した男性は引き返して行き、その後ろ姿を二人で見送った。

「庭を眺めていました。綺麗ですね」

 美衣歌の隣にアルフォンが並び立ち、揃って庭に目を向ける。

 秋の花がサワサワと涼しい風に揺られている。

 けれど、アルフォンと眺めても美衣歌の心は晴れそうになく。

 癒されないのなら、眺め続ける意味がない。

 庭から目を外すと、視線を感じた。

 庭を眺めていたアルフォンが、美衣歌を見下ろしていた。その瞳は、美衣歌の贔屓目でなければ、とても優しい。

 なんだか、見ていけないものを見てしまったような気がして、視線を彷徨わせてしまう。

 フィディルの連れ去り未遂事件以降、美衣歌はアルフォンに会っていなかった。

「どうかしたか?」

 それが不安ととられたのかアルフォンの声がわずかに低くなった。肩を掴まれ、引き寄せられると、頬に添う手が輪郭をなぞり顎を掴み、上を向かせる。

「――!!」

 美衣歌は端正な顔立ちを間近で見ることに、まだ慣れていなかった。慣れることもないだろうけれど。

 数日前に起きた出来事は、アルフォンの行動に変化をもたらしていた。

「なにか、あったのか?」

 真剣に瞳を覗き込まれる。

 美衣歌の揺れる瞳の中から、何かを読み取ろうとしている。顎を掴んだ手は離れず、肩にを掴んだ手が腰に回り、逃げられなくなる。

「あ、え……っ、な……」

 声にならない。

 その理由が、この距離感だと思わない彼は、なにか言えないことでもあったのかと、眉を顰め

「なんだ、言ってみろ」

 ぐっと近づく顔は、なにやら、少し不穏な気配が漂っていた。

(近い、近い、近い――――!)

 屈み込むアルフォンの顔が近づいてきている、気がする。

 胸に手をついて、これ以上くっついてしまわないように、抵抗をすると、なぜだろう。不機嫌になった。

「アル、フォンさま?」

「お前……」

 この状況から美衣歌を助けてくれたのは、呆れた男性の声だった。

「アル兄、なにしてるんですか、こんなところで」

 ほぼ同時に振り返る。

 アルフォンの肩越しに、通路に佇むケイルスがいて、生暖かい目を向けている。

 アルフォンの手が美衣歌を引き寄せる。

 ケイルスが美衣歌にしたことを、アルフォンは忘れていない。

「……とりあえず、行くぞ」

 アルフォンはバツが悪そうに、美衣歌の腰を抱いたまま歩き出す。ケイルスがいる側へ向かって。

 頬を染める美衣歌とすれ違い、ケイルスが顎に手を添えて、その後ろ姿に笑みを向けた。


 * * *


 誰にもきかれたくない話をするのに、アルフォンの執務室は適していた。

 クレストファは、扉の前で待機すると言い、コーラルはにこやかに外でお待ちしています、と返した。

 正直、どちらでもいい。部屋で待機していて欲しかった。

 通路でのことの後だからか、意識してしまい余計に緊張する。

 その緊張がとても嫌なものでないから困ってしまう。

 そわそわと落ち着かない。

 執務室で二人きりは初めてだった。

 腰の手は離れない。広い部屋に二人きり。ドアを開けて何処かへ行ってしまわないのに、なぜ。

「何処に行っていたんだ?」

 ドアの前から移動しながら、アルフォンはなぜ、通路にいたのかと聞いてきた。

 聞かれるのはしごく当然だった。薬師の帰りなら、あの通路は使わない。花を眺めているときに、イアが控えている側からも、どちらから歩いてきたのかも気づいている。

 執務机の前で立ち止まる。机の上は整頓されていても、書類と書物が残っている。

「いえ、カッツェーマさまに会いに行ってました」

「……何処で知り合いに?」

 アルフォンの疑問は当然と言えよう。

 彼の顔には明らかな疑問が浮かんでいた。

 カッツェーマと美衣歌の間に関わり合いになる事がなにも起きていない。セレーナに看護を頼まれなければ、第二皇妃とは面識ないままになっていただろう。

「それは、セレーナさまに頼まれたんです。城を離れるセレーナさまの代わりに世話をして欲しいって」

「……いつ頼まれた」

 フィディル殿下とセレーナの婚約を公にしたパーティーの日と答えた。

 アルフォンはふむ、となにかを考え……手を伸ばして、腕をとられた。包帯が巻かれた腕は誰が見ても痛々しい。

「悪い。驚かせた……包帯が、緩んでる」

 指摘された腕の包帯の緩みの原因がすぐに思い浮かばず、首を傾げかけて、思い切りカッツェーマに掴まれたことを思い出した。

 右側だけひどく緩んでいるのではなく、巻きが僅かに緩んでいる。左側は一見乱れていないように見えるがこちらも、同様で。

 すぐに解けてしまうような感じはしなかった。

「あとで、直します」

 侍女に頼んで直してもらうからいいと、断る。

「座れ。巻き直そう」

 アルフォンは眉を潜め、美衣歌の腕を引いて、ソファへ連れて行く。

「え。自分で、自分でやります!」

「片手でか? 不器用なお前が? 出来ないだろう」

 的確な指摘に言葉を詰まらせた。

 不器用をアルフォンに見られないようにしていたのに。どこで見られてしまっていたのだろう。

 美衣歌の疑問が思わず顔に出てしまっていたのか、アルフォンは苦笑と共に、見ていればわかると言う。

 恥ずかしさで、穴があったら入ってしまいたい気分になった。

 拳一つもないくらいぴったりと寄り添う距離感に、変に緊張してしまう。

 包帯を緩んだところまで解き、丁寧に巻き直してくれる。

 見上げれば整ったアルフォンの横顔が、真剣に美衣歌の腕を見下ろしている。

「あまり見ないでくれ。……緊張する」

 ほんのりと、頬を赤くして恥じるアルフォンが美衣歌を振り向く。

 じっと凝視していることを知られて、アルフォンよりも顔を赤くして、恥ずかしさにそっぽを向く。

「す、すいません!」

 包帯の間から、傷に被せられた当て布が見える。その上から、包帯を巻き直していく。

「すまない、フィディル殿下の策略に気づけなかった俺のせいだな」

 アルフォンは顔を歪め、止めてしまった手を動かした。

「いえ、アルフォンさまのせいじゃない、ですよ。私が……もう最後だと、気を緩めてしまって。甘かったんです」

 フィディルが城門を出るまで、怠ってはならなかった警戒心を緩めてしまった。警戒の緩みが、フィディルの付け入る隙を作った。

 最後の最後まで、警戒を怠ってしまわなければ、フィディルに捕まることもなく、アルフォンに悲しい顔をさせることもなかった。

 全てはフィディルの本質を見抜けなかった美衣歌自身が招いたこと。

 男の人を理解できていなくて、起きてしまったことだ。反省しかない。


 あの日のことは、美衣歌の後悔と共に、もう一つ、何度思い返しても判らないことがある。

 馬車から助け出されたとき。

 狭い空間から早くでたくて、必死だった。

 ドアが開いて、他の誰でもない、アルフォンがいて。

 大胆にも人前ということも忘れて夢中でアルフォンにすがりついた。

 フィディルから、早く離れたくて。


 ――手を伸ばしていた。


 その手をアルフォンは受け止め、誰の手も借りないで、城内まで美衣歌を連れ戻してくれた。

 腕の傷に顔を歪めながら……。


 そのお礼をまだしていない。

「五日前、助けてくれてありがとうございました。お礼、まだ言ってなかったから」 

「――あれから、痛まないか?」

 アルフォンは包帯を撫でる。自分でつけてしまった傷のことなら、もう痛みは和らいでいる。

「……大丈夫です。薬師さんが毎日薬を塗ってくれてます」

「いや、傷以外のだ。ここ、痛くないのか」

 美衣歌の腕を裏返され、二本の指が内側の手首に置かれた。意味するところは、魔法の枷。

 枷による痛みは表現のできない激痛で、手首がもげていまう程のものだった。

「それは、もう」

 城門を出た瞬間、指輪から光が溢れるまでの一瞬。

 何かが腕から外れる感覚がした。その後、痛みは引いて、枷の重みや、締め付けられる感覚がなにもなくなった。そのままに伝える。

「そうか。違和感はあるか?」

「違和感ですか?」

「ああ、まだ、ここに何かあるとか。そういう感覚だ」

 とんとん、と手首を指先で示した。

「なにも、感じません」

 反対側も訊ねられ、同じだと答える。

「……魔法が解かれている可能性がある。グレースに見てもらおう。はっきりとする」

「はい」

 アルフォンの手に引かれて、ソファから立ち上がった。


 * * *


「そうでしたか……」

 グレースは美衣歌の身に起きた顛末をアルフォンから聞いた。

 おもむろに、目の前に座る美衣歌の両手をとる。そこには魔法による枷がされている場所。包帯がされて見えない。

「お母様にお聞きになられましたか?」

「聞いて、あっさり答えると思うか?」

 答えは否、だ。

 拘束魔法が施された場所は彼女の背中にある。

「兄さま、陣を確認いたします。ボタンを外して暫く、後ろを向いていて下さいませんか?」

 グレースは足を悪くしている。釦を外すことが出来ない。

 グレースの要請にアルフォンはドレスの釦を外し、寝台から離れ後ろを向いた。

「……ミイカさん、背中を向けて、暫くじっとしていて下さいね」

 魔法陣は背中の真ん中にある。

 そこに描かれていた魔法陣は、跡形もなく綺麗にそこからなくなっていた。



 魔法陣の消失が確認できると、塔を降りた。

 空は夕闇色に染まっている。辺りはすでに暗く、城内へ戻るには灯りが必要となる。

 クレストファが携帯ランタンに火を灯し、塔の外で待っていた。

 塔の中に、クレストファは入れない。グレースが認めていないからだ。

「どうでしたか?」

「魔法は消えていた」

「そう、でしたか」

 いい報告であるのに、なぜかクレストファはアルフォンと同様に魔法が消えたことに、あまりいい顔をしない。

 美衣歌は城に縛られなくてすみ、ようやく自由に歩けるよになって嬉しいのに、何故か二人はそうじゃない。

 塔を降りた後も、あまり手放しで喜べない。

 魔法が消えたことが良くないことと、男性二人が少なからず考えているからだ。

「まずは、執務室へ戻る。ここは誰に聞かれているかわからないからな」

 クレストファは同意した。一刻も早く執務室へ戻るべきだ。

「ミイカ、お前もこい」

「は、はい!」

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