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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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19:知らなくていいこと

 薬師は両腕のミミズ腫れに薬を塗り、包帯をした。赤い線が無数にあり、まだ人に見せられるような状態ではなかった。今は適切な処置をされて、症状は落ち着いてきている。水膨れは収まっても、痕は残っていた。

「明日の朝、処置をしますのでまた来てください」

 三十代半ばの男は、使った容器を片付け、余った薬草を手際良く元の場所へ戻していく。

 片付けが終わると、治療歴を残すファイルを引っ張り出して、今日の治療を書いていく。

「ありがとうございます」

 腕の裾を下ろして包帯を隠すと、美衣歌は椅子から立ち上がり、治療室を後にした。


 薬草園近くに別棟として建てられている治療室は薬師は何人かいる。治療室に日々通う美衣歌は、まだ一人にしか会っていない。

 三十代半ばの彼以外居ないと思ってしまうくらいに他者と遭遇しない。

 治療室は治療で使う薬草園に近く、いい香り……とかけ離れた薬草や花の独特な匂いは、すぐに立ち去りたくなる。慣れてしまえば、気にならないのだろう。

 治療室にある薬棚から微かに匂う同じような香りに、薬師は顔をしかめることなく作業をしていく。

「スティラーアさま、どちらにいかれますか?」

 治療室を出て、イアは美衣歌に訊ねた。侍女二人は、一日の予定を把握している。美衣歌は夕方に、グレースの塔へ行く予定をしていた。ただ、一人で行くとなると、侍女がどこまでもついてきてしまうので、アルフォンと行くことになっている。先日の、フィディルの出来事で二人の侍女はなにを学んだのか、美衣歌から離れることなく付いてくるようになった。

 約束の時間まで、一時間くらいなので、アルフォンの執務室で待っているのも悪くない、が。

「ええと、カッツェーマ様のお部屋です」

 けれど、今日は行くところがあった。セレーナに頼まれている、カッツェーマのお世話だ。

 初めて会った日のことは忘れていない。

 ひどく言われたが、病に伏せっている人を看病するセレーナが放っておくことはできない。

「分かりました。カッツェーマ様のお部屋はこちらから行かれると近いですよ」

 イアに勧められた方角に歩を進めた。



 フィディルが帰国した日から、すでに五日。

 あの日の騒動は、瞬く間に城内を駆け巡り、どう広まったのか、翌日には噂に事実と違う事まで上乗せされて、美衣歌はセレーナの婚約者を誑かす第三皇子の悪女な婚約者と言われてしまうようになった。セレーナを娶りに来たのは建前で、帝国皇子の本当の目的はスティラーアだったのだ、と。

 他にも、スティラーアが生国へ帰るための作戦が周到すぎるとまで。

 真相とかけ離れた話に偽りが盛りに盛られ、王城内で醜聞の話の種となっている。

 廊下ですれ違う侍女や騎士は、興味なさそうに首を垂れながらも、噂の真相が気になるらしく、腕に巻かれた包帯に目を留め、噂通りだと囁いていく。包帯が見えないように、裾が長く手首が隠れるドレスを選ぶようになった。そのドレスでさえも、さらに憶測がとんでしまい、結局は普段のドレスに戻してしまった。

 人の上に立つ人の宿命だと言われればそのとおりで、誰も部屋にいなくなり、一人になって初めて、ゆっくりと息がつけた。

 噂を除けば王城内は普段通りに戻りつつあり、今は近くあるウィステラ皇国が建国された日のお祝いのことで、忙しない。建国日の三日前からお祭りは始まり、建国日が最も盛り上がる日となる。城下に人は多く集まるり人が集まるところに騒動は起きやすい。騒動を未然に防ぐために、街を守る警邏隊と城を守る騎士、双方の協力が必要となる。

 その守備の決定権を任されているのが、騎士隊所属の隊長となる。アルフォンとケイルス、警邏隊長と共に、意見をすり合わせている真っ最中だ。毎年二人が警備を任されているらしい。

 アルフォンが美衣歌を訪ねることは騒動以降一度もない。


 美衣歌は王城の奥にあるカッツェーマの部屋のドアを叩いた。

 室内は、相変わらず淀んだ空気が漂い、環境はあまり良くない。

「カッツェーマさま、こんにちは」

 ベッドで寝たままの第二皇妃は、顔を覗かせた美衣歌を押し除け、嫌厭けんえんした。

 以前のような発狂はない。再び、死神と罵られたらどうしようかと思っていた。

「セレーナ……は何処なの」

 美衣歌を存在しない人のように扱い、娘を探す。

「セレーナさまはおりません、皇妃さま」

 問いに侍女が淡々と返す。その侍女は主人から遥か離れた、ドア付近で答えても、カッツェーマに言葉は届くはずもなく、カッツェーマは暴れ出した。

 娘を求めて。

「セレーナ、セレーナ!」

 娘の名を何度も、何度も呼ぶ。

 ベッドで手をばたつかせているだけだというのに、ベッドが軋んだ。暴れれば体力を使ってしまう。体力消耗はよくないとセレーナが言っていた。落ち着かせようと、美衣歌が手を出せば、カッツェーマに拒絶された。運悪く、包帯を巻いた手首に当たってしまう。

 このままではいけない。スティラーアの姿がカッツェーマが興奮してしまう原因だというのなら。

 これで、落ち着いてくれなければいい。他に手立てが思いつかなかった。

「あの、すみません」

 侍女が部屋にいる状況で、鬘は取れない。偽物と気づかれてしまう。

「鎮痛剤ですか?」

 退室して欲しいと伝えようとしただけなのに、侍女は至極当然のように言った。

 主人が暴れているというのに、彼女の侍女は鎮痛剤で鎮めればいいと思っているかのよう。

「いえ、退室をしてください。話をしたいんです」

「申し訳ありません。出来かねます」

 置き物のように前を見たままの侍女は美衣歌を一瞥し、拒否した。

「この方の興奮を鎮めるためです」

「差し出がましいようですが、鎮痛剤で十分ではないでしょうか」

 侍女は当たり前のように返した。これまでにも、暴れるようなことがあり、鎮静剤を投与してやり過ごしていたのだろう。

 過剰な薬剤投与は時として命を脅かすこともあると聞く。

 どうして分からないの。

 皇妃の興奮は美衣歌の姿によるもの。この姿が皇妃にとって良くないことをもたらしたのだ。

 美衣歌は侍女の前にズカズカと歩いて行った。

 ドアを開ける。非常識だと、認識している。

 眉を潜める侍女が、何だと言わんばかりに、美衣歌を見下げた。

 侍女は美衣歌よりも身長が高かった。

「鎮痛剤でなくたって、落ち着きます。落ち着かせてみせます。お願いします。少しの間でいいので、退室を」

「これは仕事ですので」

「分かっています。でも、お願いします」

 侍女に、美衣歌は頭を深く下げた。

 目の前で第三皇子の婚約者に頭を下げられ、侍女は目を見開いた。敬意を示し、腰を低くすることはあっても、王族に属する人から、頭を下げるようなことはしない。

 こんな姿、他の誰かに――特にフィリアルの目に触れたら見咎められる。侍女が話せば、フィリアルの耳にも入るだろう。それも承知の上で美衣歌は頭を下げた。カッツェーマの身体のために。

「お願い、です!」

「……っ。分かりました」

 最後には、侍女が折れ、部屋を出ていった。ドアがぱたりと閉められる。部屋に残された美衣歌は、頭に手を突っ込んで、鬘の先端を掴かみ、留め具を乱暴に外しながら、一気に引きずり落とした。ぱさりと鬘が床に落ちる。

 短くなった髪は、留め具のせいで少し跳ねていた。暴れるカッツェーマの元へ急いだ。これ以上の体力消耗をさせてならない。

 娘の名を呼びながら、涙が頬を伝っていた。

 この状況では、セレーナか、鎮静剤か。

「カッツェーマさま」

 美衣歌は自然と落ち着いてくれることにかけた。

 美衣歌は元の姿のまま、カッツェーマを覗き込む。カッツェーマから、ビンタをされた。偶然手が当たっただけでも、痛い。

「触る、な! セレーナ、セレーナ! どこ、なの!」

 信じられる者は彼女しかいないと、言わんばかりに暴れ、名を呼ぶ。

 暴れても、美衣歌は止めようとしなかった。

 止めようとすればするほどに、暴れる。ならば、他人が止めるよりも、自分から大人しくしてもらうほうがいい。

「カッツェーマさま、私を覚えていますか」

 穏やかに声をかける。

 カッツェーマは聞き耳を持たない。

 もう一度、名を呼ぶ。

 美衣歌の声は届いていないのか、子供のように暴れる力は治らない。

 根気よく、何度も呼ぶと、ようやく閉じた目を向けてくれた。潤んだ目と視線が合う。

 美衣歌の姿を凝視した。瞬き数回で、カッツェーマの無造作に動く手がゆっくりと止まる。

「だ、れ?」

 カッツェーマを暴れさせる原因のものを取り除いただけで、すんなりと、驚くくらいに受け入れられ落ち着いた。乱れた髪をそのままに、美衣歌を見上げる。数日前よりも心なしか、痩せたように見える。

「覚えていますか? 美衣歌です」

「あ、なたは。…………ええ」

 第二皇妃は、ベッドに身体を沈めた。一旦落ち着いてくれた。また暴れ出すかもしれない。慎重にベッドに近づく。

「美衣歌です」

「ミイカさま」

「はい」

 カッツェーマはじっと、美衣歌を見上げる。

 短い栗色の髪、胡桃色の瞳。瞳の奥に写るはカッツェーマの姿。

「また、来て……」

 カッツェーマはそこで、目蓋を閉じて、眠りについた。


「お母様!」

 セレーナが勢いよく部屋に入室した頃には、美衣歌は鬘をかぶり直したすぐ後だった。セレーナに続いてカッツェーマの侍女も入室をする。

 彼女がセレーナを呼びに行ったようだ。なにを聞いてきたのか、セレーナは寝台に駆け寄る。

 すうすうと寝息を立てて眠る母に、セレーナは安堵した。

「落ち着いて、寝ちゃいました」

「そう」

 セレーナは母の手を掛布の中へ入れる。

「ミイカさん、母のところへ来られる時は、わたくしにお知らせください。侍女が困る、と」

「すいません。そうします」

「ええ、わたくしがいる間は、そうしてください。貴女も困りますでしょう?」

 セレーナの提案に美衣歌は頷いた。美衣歌一人だと侍女は部屋から出てくれない。今日は頼み込んで、無理に外へ追い出したようなものだ。

 セレーナに習い、部屋の窓を開けていく。


 一つ気になることがあった。

 ただ、聞いていいことなのか、窓を開けながら悩み、結局は聞くことにした。

「聞いて、いいですか?」

 セレーナは、最後の窓を開ける。

 美衣歌側の窓は全て開け終わっていた。

「カッツェーマさま……は、なにを恐れているのですか」

 スティラーアの姿にカッツェーマは、顔を引きつらせた。

 それは、暴れるほんの一瞬で、やはり、ただ、長い髪が死を連想させる何かに見えたのかも知れなかった。

 初めて会った日に、言われたのだ。“死神”と。忘れもしない一言は、美衣歌の頭の中にずっと残り続けている。

「それは……」

 窓を開け終えたセレーナは、一度手を止めた。

「申し訳ありません。それは、貴女が知らなくていいこと、ですわ」

 美衣歌の問いを冷淡に突き返した。世話は頼んだけれど、これ以上入ってくるなと一線を引かれたような気がした。

 セレーナは母の隣に椅子を持ってきて座った。看護するその後ろ姿からなにを聞いても答えてくれそうにない。

「すみません。あの、私、出ますね」

 美衣歌はしずしずと部屋を後にした。

今日はもう一話、21時に更新します。

リクエスト話です。読んでも読まなくても本編に影響ありません。

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