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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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16:二人に祝言を

「スティラーアさま、出来ました。とてもお綺麗ですよ」

 主人あるじの着飾った姿を惚れ惚れとしながら、コーラルが褒めてくれた。

 全体がよく見える鏡に、僅かに子供っぽさの残る少女が映っている。

 髪の上だけを上品にまとめ、結い上げられた髪に主張しない程度にアクセサリーが散りばめられていた。

 残った髪は軽く巻いて、左肩に全てかけて流している。

 上品な仕上がりは、美衣歌を大人っぽくみせている。

 まじまじと鏡をめつけ、何度も信じられないと心の中で繰り返す。

 鏡に映った姿は美衣歌であり、美衣歌でない。自身の姿に魅入ってしまう。

(……か、可愛い。別人みたい)

 美衣歌の顔は言うまでもなく、平凡そのもの。そんな顔が化粧でこんなにも変わってしまうなんて、信じられない。薄っぺらい唇はぷっくりと見えるようになにか細工を施してあるのではと疑ってしまう。ただ、蜂蜜をぬって薄く紅を引いただけなのだけれど。

 化粧は淡い水色のドレスにとても合っていた。

 イアの化粧技術にただただ、感嘆する。

「ありがとうございます」

 二人の侍女に礼を言った。

 二人とも大満足な顔で、礼には及びません、と。

 この姿でもアルフォンの隣に立ち並んだとき、見劣りしないといいけれど。

 平凡な美衣歌がいくら仕上がりのいい化粧をしたところで、平凡から、見られる程度に格上がりした程度。元が良くないと自覚しているからこそ、少しでも見劣りしないように、とイアが化粧を頑張ってくれた。

 スカートの裾をつまんで、たくし上げる。

 クリーム色の襞とレースが裾の下からあわられた。

 ダンスで回った時に、裾が風で膨らみ、この部分がみえるのだ。

 不安を払拭するためにどうすればいいのか。侍女とはまだ、心のうちをひけらかせるほどに親密でもなく。

 目の前に、鏡に映るスカートをたくし上げた自分自身の姿――とくれば、無性に一度回ってみたくなる衝動に駆られた。他の事を考えていれば、一時的でも不安は忘れていられる。

「スティラーアさま?」

 なにをやりだしたのだろうと、侍女が首を傾げる。

 着なれていないドレスと、簡単に膨らむスカート。もう、やことは一つ。ただ、回って楽しむだけ。

 両手を水平に。

 最初は恐る恐る――。くるりと回る。

 滑らかに身体が回った。軸足がブレたけど、許容範囲内だ。

 次は、少し速度を上げて。

 ペチコートで大きく膨らんだスカートがわずかな風にふんわりと広がった。鏡に映るスカートの裾から見える幾重の白いレースがとても可愛らしい。

(なにこれ、楽しい!)

 もう一度。

 意気揚揚と勢いをつけてくるりと一回転した。思ったよりも早く身体が回転して、床を蹴った足にペチコートが絡みつき、足を取られてしまった。

 慌てて浮かせた足を、床につこうとするも、床を見失う。ペチコートの細かいレースに踵が引っかかってしまった。

 両手を広げて、バランスを保とうとしたけれど、運動音痴にはできなかった。

 グラグラと揺れて、もう勢いのままに倒れるしかないと覚悟を決めた。

 後ろから強く引っぱられた。

 床に転倒を免れ、ほっとする。

「お前はなにをしている」

 後ろからした声に美衣歌を支えてくれているのが誰か分かった。

 美衣歌を迎えにきたアルフォンだ。

「え、えっと……ダ、ダンスの、練習? でしょうか」

実際はダンスの練習でもなく、スカートが膨れるところが面白くて遊んでいた(・・・・・)、のだ。

 その姿を見られてしまった。

「足は? 捻ったりしてないか?」

 床に床にゆっくりと下されながら、足首を心配される。

「た、たぶん、平気です」

「見せてみろ。出られなくなったらどうする」

 椅子に座らされ、白の手袋を外し、僅かに覗く両足首に触れた。

「……⁉︎」

 確認のために素手で触れなければ分からないこともあると分かっていても、他人ひとの体温が足に触れて、息を飲む。

 美衣歌の動揺が足に伝わりませんように。

 足首をぐっと押されて、悲鳴が出そうになった。慌てて口を両手で押さえる。

 痛みはない。

 ただ、顔がものすごく熱を持ちはじめた。

 心臓が暴れだす。

 これが、何なのか、美衣歌は僅かに気がつき始めていた。


 遠くからただ、一方的に姿が見れたら嬉しくなる気持ち。

 淡い憧れ。

 悦び。興奮。


 どれも違う。

 比べるものではないかもしれないけれど、美衣歌が好きだと感じた、比奈月ひなづき君のときと明らかに違う。

 こんなにも、胸を強くどくりと叩いたりしなかった。

 今ならわかる。

 比奈月くんへの気持ちは、ただの憧れだった、と。好きとは違う。助けられたことで沸き起こり、好きだと勘違いしたに過ぎない。

 この人から向けられる心配が、嬉しくて。

 この人の隣にいられるのは一人だけで。

 ただの義務で助けてくれるのでもいい。

 ただ、ただ、嬉しい。

 けれど、すべてを一時的な感情としなければ、美衣歌は還れなくなる。

 ここは、この世界は美衣歌が生きていくべき場所にしてはいけない。

(私は、還るんだから。そう、言っているんだから。ダメ。絶対、ダメ。ダメ……)

 ぐっと胸を押さえつける。

 気のせいだと、何度も言い聞かせて。

 アルフォンは美衣歌を好いているわけじゃない。

 そう思うと、悲しくて、苦しい。

 ひたりとアルフォンの手が足首から僅かに上を撫でた。

 あまりにビックリして、僅かに足が跳ねる。

「悪い。痛かったか?」

 アルフォンが美衣歌を見上げた。足の反応が痛みがあったのかと、気遣われる。

「い、え。違います。痛くなくて」

 痛みはなにも感じなかった。

 椅子から立って、少し歩く。ダンスのターンをしてみせた。

「平気、です」

 裾から覗く両足がぴたりと揃う。

「痛くなったら言えよ?」

 こういうところの痛みは後から出ることもある。

 心配が嬉しい。けど、複雑だった。

 どこかに、残らない一生の傷をつけて元の世界へ返還したくないからだろう。

 美衣歌は、苦しさを気のせいにして、首肯した。



 会場はすでに招待客で集まっていた。

 ちょうど陽が落ちた頃合いに、王族一行が会場へ入場する。

 皇帝とフィリアルが揃って、先陣を切って行くと、次に第二皇妃の皇子、皇姫。次に、フィリアルの子供達が続く。

 美衣歌はアルフォンと並んで会場入りをした。一斉に貴族の目がアルフォンから美衣歌へ向いたのが分かってしまった。その目は羨望、嫉妬、関心、無関心と様々で、萎縮してしまいそうになる。それらの視線の中に、一つだけ異様なものがあった。

 フィディルの目は、婚約者のセレーナをみているようで、美衣歌をみていた。目が合う。

 アルフォンの腕を掴む手に力が入り、背に隠れようしてと歩調が遅くなる。

「気にするな」

 怯える美衣歌を腕を引き寄せることで、近づけさせ囁いた。

 この人がアルフォンの婚約者だと、群衆に見せつける。

 集まる未婚の貴族令嬢たちの小さな悲鳴が会場中から聞こえた。

「は、はい」

 腕に置かれた美衣歌の手を反対の手で、優しく撫でた。力を抜け、と言うことらしい。

 この手を離したら、アルフォンから離れてしまう。これから、ダンスに挨拶に、と忙しくなる。アルフォンが自然と離れてしまいそうで不安になる。

「離さないから、お前も離れるなよ?」

 美衣歌の心情を読み取ってくれたのか、フィディルの視線の奥に潜む思いを読んだのか、どちらにしても嬉しい一言にじんわりと心が暖かくなった。


 フィリアルは腹に子を身篭っているので、ダンスができない。皇帝の子供の中で、婚約者がいる三人がダンスホールに立った。

 セレーナとフィディル。

 アルフォンと美衣歌。

 そして、セレーナの兄と妻。

 三組が距離をとり、音楽に合わせて踊り出す。

 王族が行うダンスの最初は決まって同じ曲とされている。

 踊りやすい曲は、裏を返せば失敗が許されない。

 緊張で間違えてしまいそうな不安に駆られる美衣歌をアルフォンの絶妙なリードで失敗なく終えた。

 二曲目は、ハイテンポな曲だった。周囲の踊りたくてうずうずとした貴族らも混ざり始める。ダンスホールはたちまち、人で埋まってしまった。人並みを器用にかき分け、二人はホールの外に出る。

 他の組らも同様にダンスホールから抜けていった。王族はあまり踊らないのかもしれない。

 練習曲が一曲目だけだったので、それ以外の曲が美衣歌は踊れない。ちょうどよかった。

 一曲しか踊っていないのにすでに三曲ぐらい踊ったくらいの体力消耗で、緊張からか喉が乾いた。

 中央から壁際まで移動してアルフォンが壁になってくれる。そのおかげで好奇な目から逃れられた。きっと婚約式の後の祝賀パーティに出なかったせい。どんな娘が、アルフォンの相手となったのか、貴族たちは気になるのだ。

 ダンスをしてない紳士、淑女はそれぞれ同性の相手と腹の探りあいの会話の中で時折、美衣歌たちをみていた。話しかけにいく頃合いを見計らっている。

 それらの視線からアルフォンは壁となり美衣歌を守った。

 美衣歌はダンスで疲れた身体を、アルフォンの片腕を両手で掴んで休めていた。

 肩に額を当たれば楽に休めるのかもしれない。相手は婚約者。身体ごと寄りかかってしまってもいいのだろうが……羞恥心なるものが邪魔をして出来ない。

 そんな美衣歌の姿を群衆からアルフォンが隠してくれる。

 美衣歌の呼吸が整った頃、アルフォンは振り返り会場を眺めた。

 離れたところで給仕が銀の盆の上にシャンパンを乗せゆっくりと歩いている。

 こちらに給仕が気づく。

「ここで……少し待っていろ。飲み物とってくる。そこまで」

 まっすぐ、二人の元へ給仕が近づいてくる。

 アルフォンは飲み物を取りに行こうとする。その足を美衣歌は強く腕を引くことで止めた。

「……待って。待って、下さい」

 離れられたら、一人を狙って近寄ってくるフィディルが怖い。離れていかないように強く腕を握り、顔を上げた。

 喉の渇きは我慢できる。

「いかないで、ほしい」

 切実に訴える。

 壁の花でも一人になりたくなかった。

 その理由をアルフォン知っている。周囲を見遣り、その人物を見つける。

「大丈夫だ。向こうでフィディル殿下はセレーナさまと談笑している。こちらへはこない。……すぐ戻る」

 美衣歌の手の甲を優しく二度ポンポンした。

 それでも、離そうとするどころか、両手で腕を掴む美衣歌に、後ろをくいっと顎で示された。恐る恐る様子を伺うと、フィディルはセレーナと共に、男性らと談笑している。

 それでも、不安は拭えない。

「早く、戻ってきて」

 壁に背を預け、アルフォンから手を離した、そのとき。

『なにをしているの、役立たず』

 頭の中に響く声がした。

 侮蔑ぶべつの含んだ低い女性の声。

(この、声は)

 美衣歌は会場の中で、一段高くされた壇上を振り仰いだ。

 椅子に腰掛けた皇帝の隣で、扇を広げたフィリアルがこちらを凝視している。その扇は持ち手が杖となるあの扇だ。

 扇で口元を隠している。そう見せかけて、扇の裏で、杖を振っている。

 杖が動かなければ、美衣歌の頭の中にフィリアルの声が届くことはないのだ。

 美衣歌がフィリアルを見たことで、フィリアルはふぃと視線をそらした。

『こちらを見るでない。いいこと? 休んでいる暇などないのです。フィディルへ祝言をしに行いきなさい』

 王宮内の魔法使用は特定の場でしか使えない。けれど、あの杖に限って、誰も気がついていない。

『なにをしているの。早く、行きなさい』

 ぴしりと背を叩かれたような感覚が背中を襲った。

 再び、ぎゅうっとアルフォンの腕を強く掴んだ。

 この会場にはフィディル以外に、もう一人いた。気をつけなければならない相手が。

「どうした」

 フィリアルに怯えながら、美衣歌はアルフォンを見上げた。恐怖からか少し、手が震える。

「フィディル殿下へ、お祝いの言葉を伝えに行きませんか?」

 正直、フィディルと話をしたくない。

 フィディルは時折、美衣歌を愛おしむような目で、無条件で側にいる権利が許されているアルフォンには憎悪の目を。

「いや、まて」

 引き留められる。

けれど、美衣歌の身体は声が頭に聞こえた時から、フィリアルの魔法に支配されている。

 行けといわれれば、フィディルへ身体は強制的に歩いて行ってしまう。

「行きましょう」

 離れないようにアルフォンの腕を引く。

 ようやく、給仕がたどり着き、シャンパンを差し出す。受け取ったシャンパンをゴクリと一気に煽った。

 乾いた喉を潤す炭酸の効いた甘みのあるシャンパンは美味しかった。

 甘味が緊張を解きほぐしてくれる。

 美衣歌はフィディルを見据え、覚悟を決めた。


 空いたグラスを給仕へ渡し、ホールの側で談笑する二人の元へ。

「フィディル殿下。セレーナさま」

 数人の男性の後ろから声をかける。婚約したばかりの二人は談笑をやめ、こちらを向いた。

 相手は、セレーナの兄とその妻だった。

「アルフォン殿下……と君はスティラーア殿か?」

 この国の第二皇子はアルフォンと並び立つ少女に戸惑いをみせる。

 美衣歌は彼と一度も顔を合わせていない。しかし、本物はどうか分からない。こういうとき、顔を合わせているか分からないと挨拶の出だしが困る。

「お久しぶりでございます。シディスさま。ご結婚、おめでとうございます」

 第二皇子から妻を紹介された。名はアナメナ。侯爵家出身のご令嬢。

 アルフォンの腕から手を離し、淑女の挨拶をする。

 何度もファリー夫人と練習した。優雅さはかけるものの、失敗はしていない。

 他愛無い会話をした後、第二皇子夫妻は去って行った。

「フィディル殿下。改めまして、ご婚約おめでとうございます」

「まだ、婚約だけですよ」

 セレーナを隣がいるにもかかわらず、だ。

 美衣歌を覗き込み、何かを企む顔を向けた。

 その目は、いまだ、美衣歌――スティラーアに執心しているようにみえた。

 それはその場にいる誰もがそう感じたのだろう。

 アルフォンが美衣歌の腰を掴み、引き寄せた。

 セレーナが不安そうに、美衣歌とフィディルを見比べ、フィディルに身を寄せた。

「スティア、君もまだ、婚約をしただけなんでしょう?」

 フィディルは婚約したばかりのセレーナの接触を僅かに避ける。

 セレーナが目を見張り、俯いた。彼女がこんな仕打ちをされるいわれはない。

 フィディルがセレーナを結婚相手に望んで、この国へもらい受けに来たのではないのか。これはその披露もかねてのパーティーなのではなかったのか。

 幸せに微笑み合うべき人たちが、その姿を見せつけなくてはならない場で、そうならないことが良くない。

 二人の未来は絶望的に見えてしまった。美衣歌にも感じ取れたのだ。アルフォンも気がついたのだろう。

 しかし、他国の皇子をいさめることは出来ない。

 彼は最も丁重に扱われるべき客人だ。

 どうしたら、良いのか。わかっている。だが、どうしても、羞恥が邪魔をして出来ない。

 すると、身体が自然と、アルフォンに寄り添い、身を委ねた。

 誰がしたかわかっている。今は感謝しかなかった。

「いえ、わたくしはこの国でアルフォンさまと結婚します。フィディルさま。王族の婚約は国と国との結びつきです。そう言われてきませんでしたか?」

 美衣歌は、この世界の常識をファリーから、教えてもらった。

「アルフォンさまが出来ないことは、わたくしがします。フィディル殿下。生国の王太子であられる貴方さまが、

帝国からはわたくしが。皇国からはセレーナさまが。いまよりもさらに帝国と皇国との強固な結びつきのために。わたくしは、国のために嫁いできたのです」

 フィディルの相手は美衣歌が扮するスティラーアじゃない。

「フィディルさま、どうか、そのような事は言わないで下さい。国同士の婚約がなにを意味しているのか、貴方ならご存知ではないですか?」

 フィディルの美衣歌を説き伏せられない、苛立ちが会場中に伝播する。

 なにが起きているのかと人の目が集まりだす。貴族の興味が、婚約したばかりの男女に注がれはじめた。

「ええ、知っています。ですが、わたしは!」

 会場内は、音楽が止んでいた。フィディルの声だけが、やけに響く。

 声を荒げるフィディルから美衣歌を隠すようにして、庇う。アルフォンはもう離れるべきと判断した。

「……おめでとうございます。お二人に明るい未来がいつまでも続くことを祈っていますよ」

 そうして、婚約祝いの挨拶を終わらせ、美衣歌はアルフォンと会場を立ち去っていった。


 しかし、この翌日。

 フィディルは、何事もなく、自国へ帰ることはなかった。

 見送りをするために、廊下を急ぐ美衣歌を待ち伏せ、引き留めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今、仕事帰りに更新された最新話読みました。 新しいドレスで鏡の前でペチコートとレースを揺らしながら踊る美衣歌がディズニーアニメのふしぎの国のアリスに本当に似ていてとても可愛く思えて想像して…
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