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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第3夜 王家の事情
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15:第二皇妃

 美衣歌は第二皇妃の部屋の前にセレーナと並び立つ。

 城内でも、足を踏み入れたことがない最も陽の入りが悪い最奥にその部屋はあった。

 同じドアがいくつも並んでいる。人が立っていなければ、皇妃の部屋だと気がつくことも困難だった。

 誰も立ち寄ることのない静かな場所にあるこの部屋で第二皇妃カッツェーマが病と闘っているなんて誰が思おう。

 扉は質素でも、どれも上質な材木が使われている。このドアの向こうに第二皇妃は本当にいるのかと疑ってしまう。 

 セレーナは扉を遠慮がちに叩く。誰何の声にセレーナが名乗るとドアが開いた。

 むわりとした部屋に籠った独特な臭いが廊下に流れ込んでくる。思わず鼻をつまみたくなる臭いに耐え、入室した。

 室内は調度品はなに一つなかった。床は絨毯がなく、木床になっている。壁は白一色で、家具は必要最低限のものしかない。素朴な外観を全く裏切っていない内装は、アルフォンの部屋と違いすぎて、目を見張ってしまう。

 いうならば、病を治すための部屋。

 締め切った窓は昼過ぎだというのに、あまり外の光を取り込んでいなかった。

「お母様、今日はお客様をお連れしました」

 部屋の片隅に置かれたベッドだけ、部屋に似つかわしくないダブルベッドの広さを誇る。

 ベッドの掛布は、厚くてあまり洗われていないのか、所々灰色になっている。

 セレーナが近づくと、掛布がわずかに動いた。

「お母様、起きていますか?」

 返事のない母に、セレーナは訝しみながら、ベッドの側の椅子に腰掛けた。

「……」

「はい、そうですわ」

「……、……」

「気になさらないで。わたしの皇女としての、仕事ですから」

 セレーナへ伸ばされた腕は、骨に皮がくっついているだけのように細く痩せている。

 手は骨が浮き出て、生きて、動いていることが不思議だった。

「私は平気よ。少しだけ、窓を開けても良い? ……そう、分かったわ」

 セレーナは細い手が折れてしまわないように、慎重に両手で、母の手を握る。母は弱々しくも、娘の手を握り返した。

「クッションを下さい。起き上がるそうです」

 母につく侍女へ椅子から立ち上がりながら、指示を出す。

「スティラーアさま、少し、窓を開けますね。曇り空ですから、母のためにも。――今後も、曇り空の日はなるべく窓をほんのわずかでいいので開けてください」

 セレーナは窓辺によって、数センチ窓を開けだした。美衣歌はセレーナの動きを、動作をひとつも見逃すまいと見つめる。

 引き受ける、引き受けない、どちらにしても、第二皇妃へ美衣歌がすることは覚えないといけない。

 窓のわずかな隙間から外気が室内に流れ込みはじめ、溜まった空気を外へ押し出す。

 セレーナが窓を開け終える頃、侍女が綿がふんだんに詰め込まれたクッションを、三つ持ち抱えて待っている。

 セレーナが皇妃を抱き起こし、空いた隙間に、皇妃の侍女がクッションを手早く入れた。

 三つ用意したクッションのうち、二つしか背中に入れることはできなかった。

 三つは身体に負担がかかってしまうようで、皇妃がいらないと、小さな声で訴えた。

 もう、起き上がることさえ難しいくらいに、病に侵されたしまっている。

 セレーナが歯を噛み締めて、言葉を飲み込むと、皇妃の前の椅子へ座った。

「……、……」

「お母様、体調は?」

「……いきよ」

「良かった。今日は、お母様に紹介したい方がいらっしゃるの。でもその前に」

 カッツェーマは部屋に空気のようにたたずむそれぞれの侍女三人へ視線を送った。

「しばらく三人にしてもらえない?」

 何かあれば呼ぶように言っていくと侍女たちは部屋を辞していった。

 ぱたりとドアが完全に閉められる。カッツェーマは母を気遣い、少し席を外すことを断る。

 ベッドのカーテンの影に隠れる美衣歌の正面にカッツェーマは立ち、鬘の毛を一房、掴み取る。

「ミイカ、頭の被り物を取って下さい」

「いま、ですか?」

「ええ。スティラーアの姿で母に会わせられないのよ。目の前でこれをとっても良いけれど、どうかしら。母様が発狂しなければ良いのだけれど」

「え……」

 発狂されるくらいなら鬘は取ってしまおう。

 カッツェーマがこちらを向いていない隙に、髪の毛の中に両手を突っ込む。

「色々と――複雑なの。さあ、急いで」

 音にも敏感に反応する時があると言われ、外すのに手間取ってしまった。

 鬘を取ると、ベッドから見えないカーテンの影に置いた。

 短い髪が鬘を覆っていた形で残っていると、セレーナが教えてくれた。声は出せないので、手で。

 両手で撫で付けて整える。多少ふんわりはしてしまった。おかしくなってはないだろう。

 いよいよ、皇妃と会う。

「お母様、わたしの代わりにお世話をしてくれる方が来てくれたの」

 セレーナが横へ退き、美衣歌が一歩詰める。

 ベッドに起き上がった皇妃は、美衣歌が目を覆いたくなる姿をしていた。

 まだ、健在だった頃は称賛されたであろう体型は病に侵され痩せ細っていた。ナイトドレスは体型を隠すためにか、濃い紺色。肘から先はドレスから出ていて、骨と皮だけのように細い。きっと見えない足も同じようなのだろうと容易に想像ができた。

 セレーナと同じ色の金髪は輝きを失い、蒼い瞳は生気をなくしている。唇は潤いがなく、薄っぺらい。

 この方が皇妃だと、いわれなければ、たぶん、きっと、わからない。

 手を伸ばせば簡単に皇妃に触れられる距離で、美衣歌はじっと現在の皇妃の姿をまぶたに焼き付けた。

 この人が命尽きていく姿を娘に代わって見ていってくれなんて、なんて残酷な願いなのだろう。

 いまはまだ、動ける。けれど、この体力がいつまであるかわからない。

「ど、なた?」

 皇妃としての威厳からか、少し声が張った。聞き取りやすくなった声はそれでも小さい。

「ミイカさまです。初めてお会いになられるでしょう?」

 子供のように、皇妃はゆっくりと首肯した。

「お母様の知らない遠い国からきた人よ」

「そう、よろ、しく……お願い、します」

 

 皇妃との謁見は僅か三分もなかった。

 部屋を辞しようとしたとき。

 美衣歌は油断をしてしまっていたのだ。

 後から思うと、そうとしか思えなかった。気が緩んでいた。

 ベッドへ寝かせるという、セレーナを待つ間に、鬘を装着した。鬘ありで侍女と来ているのに、出るときになしではいけない。かといって、まだ、一人でこれをつけるのに慣れておらず、手惑いながら、なんとかできた。

 この髪の手入れは美衣歌の優秀な侍女たちがしている。

 これが必要な理由を、短くなって不格好な髪を隠すため、と伝えてある。これが必要なくなるには後何年もかかりますね、と笑みを浮かべながら、毎日の手入れを欠かしていない。

 あとで、コーラルに直してもらおう。

 そのあと、

「お……まえ、は!」

 地の底から這い上がってくるような唸り声に、振り返った。

 セレーナが閉めかけたカーテンの向こう。

 わずかな隙間から、カッツェーマは見ていた。

 ギラギラとした瞳が、美衣歌を凝視している。

 ベッドから這い出ようと、動き出す。

「お母様、違うわ。違う人よ!」

 カーテンから手を離したセレーナが美衣歌と、皇妃の間に割って入り、押し留める。

「おどき、なさい……っ」

「寝ていて、母様。興奮はよくないと、侍医の先生も言っているでしょう? っきゃ!」

 手で払われたセレーナが尻餅をついた。

 皇妃の何処からそんな力が出るのかという力で、セレーナを押し除けてしまった。

 一人で、興奮収まらない病人相手は大変だ。

 手助けをしようとベッドへ行く美衣歌を手で制し、震える手でドアを指した。

「ミイカさん、行ってください。 これ以上興奮する前に! 早く!」

 美衣歌はセレーナが最新の注意をしていたというのに、失敗したことを悟った。

 目蓋を大きく開き、美衣歌を、スティラーアと認識した。

「わたくしの、息の根を……とうとう止めに来たか、死神!!」

 あまりの衝撃に、美衣歌はその場を動けない。

 明らかな敵意。

 身体が病に蝕まれていく恐怖。

 かっと見開いた目蓋の奥から煌々と湧き上がる恨みの念が、美衣歌を睨みつけた。

 落ち窪んだ眼力の恐ろしさと怖さに足が立ちすくむ。

 

 死神。


 ――誰のこと……を、言っているの。


 言われた意味が理解できなかった。

 恨まれることはなにもしていない。

 カッツェーマと、初対面で、会ったことがない。

「わたくしの……大切な人の……隣……を、早々と、うばっ……て、わたくし、をここへ、おし、こめてっ」

 途切れ途切れ、浅い呼吸を繰り返しながら、カッツェーマは力強い目で美衣歌を睨む。

「興奮してはいけません、お母様! ――誰か!!」

 セレーナが叫べば、ドアが開けられた。皇妃の侍女だ。

 用件を聞く前に、床に座るセレーナが懸命にベッドから出ようとするカッツェーマを押しとどめる図に、すぐさま察した。

「鎮静剤ですね」

「ええ、早く!!」

 荒く呼吸を繰り返し、ベッドから這いずり降りようとするカッツェーマをセレーナが必死に止める。セレーナでは到底抑えきれない。応援を頼まれた二人の侍女も入室すると、一目散に手を貸す。

 美衣歌も手をかそうとした。けれど、カッツェーマの手に強く振り払われてしまった。

「さわ……るな!」

 お前に触られたくないと、目が語る。

 それ以上手を出せなくなってしまう。パタパタと動き回る侍女に何かいわれたけれど耳から抜けていく。

 帝国の貴族と聞いている侍女は美衣歌を邪険にすることはできず、美衣歌のたちすくむ空間を器用に避けていく。

 地に足がくっついたようにその場に棒立ちになっていた。

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