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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第1夜 召喚された花嫁
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4:疑い

「母上。何度も言っていますが、俺は誰であろうと婚約も結婚もしませんよ」

 アルフォンは机へ戻り、広げていた書類を片づけ始めた。

 フィリアルがアルフォンの自室へ女性を連れてくる場合、そのほとんどが婚約者だと言う。

 今までの行いから、今回の少女も予想はしていた。

 前回、連れてこられた女性まで、婚約式までの猶予期間が一か月あった。

 今回は婚約式が一週間後。猶予期間は一週間しかない。

 式を行うための準備に最短で一月はかかる。それを一週間で終わらせるというのか?

 できるわけがない。無謀すぎるにもほどがある。

 各方面へすでに知らせを済ませているということか。

 何日も前から内密に進めない限り到底不可能だ。

「そうだったかしら? いいではないですか。あなたが皇王になる手助けが出来る娘なら、わたくしは気にしませんわ」

 本当は気に入らない者ばかりが喚ばれて、気に食わないと愚痴ぐちをこぼしているのをアルフォンは知っている。

「俺がいつ、なりたいって言いましたか?」

 記憶が正しければ、言った覚えはこれまでない。

「なりたいから、そのような案件を扱っているのでしょう?」

 フィリアルは、アルフォンの手元を追う。

 自室で広げていた書類を見たようだった。今手元にあるものは全て急ぎの案件ばかりになる。

「俺じゃなくても、ほかになりたい奴はいる」

 アルフォンは片づけた書類を慎重に机に置く。

「わたくしは、あなたが、一番向いていると思うからこそ、皇王へお願い申し上げているだけのこと。それにあなた。いいかげん、そろそろ身を固めたらどうなの。毎日のように途切れなく、わたくしのところへ貴族の方々から、我が娘をという手紙ばかり。もううんざりですのよ」

「ケイルスがいるでしょう。彼もまだ身を固めていない。彼に回したらどうです」

「なにを言うの。アルフォンも知っているでしょう? ケイルスの性格を」

「……」


 アルフォンは思い当たる節がいくつかあった。

 母の言うことにも一理ある。弟はあまりお勧めできない。

「まったく、あの子ときたら女の子を見るとすぐに声をかけて、女性に誘われても断ることをしないから。揉め事に発展しますわ。わたくし、揉め事に巻き込まれるのだけは嫌ですわ」

「……そうかもしれませんが、ケイルスは頭の切れるやつです。あいつも皇王に向いているのでは?」

「なにを言いますのっ!? ケイルスは揉め事を起こすのが得意なのです。あのようなものが皇王になれば国は滅びてしまいますわっ! そうなってはわたくしの……っと」


 はむりと、自身の口を手で押える。

 これ以上は、体裁上極めて良くない。

「失礼。興奮しすぎましたわ」

 フィリアルのもっともな意見にアルフォンは何も言い返さなかった。

「それは事実かもしれませんが」

 実の弟で二つ下のケイルスの今までの品行を長年見てきたのもあり、肯定するしかない。

「分かっていればいいのよ」

 フィリアルは満足げに不敵な笑みをみせた。

 アルフォンが口で敵う相手でない。

 まとめた書類と抱えて、執務室へ逃げようかと思案したとき。


「それから、スティア。あなたのお部屋の事ですけど。とても急だったからまだ用意させていないのよ。それで、当分アルフォンの部屋で生活してもらえないかしら? 近い将来夫婦になるのだから、構わないわよね? なるべく急いで用意させるから」

「ない、とはどういうことですか?」

 母が連れてきた女が返事に困窮こんきゅうした。一時間もあれば、部屋の用意くらいできてしまう。王宮の侍女たちはやってのける。それをさせないで、男の部屋に、結婚前の女性を寝泊りさせることはない。

 ましてや、今日召還する予定でいたならなおさらに、部屋は準備してあるも当然。

 以前までは、各個人に部屋は用意されていた。アルフォンの部屋へ直接来ることはこれまで一切なかった。

「母上、なにを考えているのですか?」

「母を疑っているのですか、アルフォン。わたくしはなにも考えてなどいないわ、ただ、急だったので、使える部屋が用意できていないだけです」

「本当ですか?」

「ええ、本当よ。さて、わたくしあまり時間がありませんの。これでもう失礼するわ」

 フィリアルはアルフォンスから追及される前に、上機嫌で部屋を後にした。

 自分の状況がよくつかめていない女と、アルフォンを部屋に残して。


 ⭐︎


「あの人が何考えてるのか知らないが、えっと――スティラーア。とりあえず椅子がないからそこにでも座ってろ」

 部屋の中を見回し、アルフォンの言う「そこ」を探した。部屋にはアルフォンが使っている机に一脚の椅子。それと天蓋付きの寝台。

 他に座れるものはない。

 寝台に座るのは躊躇われる。

「どこに……」

「俺は残りの書類を片づける。静かにしててくれないか」

 アルフォンはもう美衣歌を見てもいなかった。目の前の書類に目を走らせている。

「……はい」

 椅子がないからと言って、そう易々と寝台へ男の人の前で座るべき場所でもない。躊躇われる。

 アルフォンを伺い見ると、書類に集中してしまっている。

 それなのに、自分一人警戒してずっと立っているのも、馬鹿みたいだ。

(椅子がないんだから、ね)

 自分に言い聞かせて、座りたい欲望に負け、寝台の淵に遠慮がちに浅く座る。足の痛みの原因であるハイヒールを早く脱ぎたかった。

 けれど、座る椅子とは違う。寝台は寝るための場所。

 部屋にいる相手は男の人。何かが起きた時に、ハイヒールでも靴を履いていれば逃げられる。


 寝台へ座ると、不思議と美衣歌は強烈な眠気に襲われていた。寝るわけにいかず、必死に眠気と戦う。頭がぼぅっとしてくる。とろんとして、瞼がいまにも閉じてしまいそうになる。

 そこを寝てしまわないように手の甲をつねったり、頭を振ってみたりと試みるも、眠気は一向に去ってくれそうにない。


 眠気を飛ばそうと、左手の甲に爪を突き立てた。

 猫が引っ掻かくようにして立てたその手を、別の手が止める。美衣歌の手首を大きな手がつかんでいる。手首を一周しても余っている。

 顔を上げるとアルフォンが目の前に立っていた。逆光で顔が暗く、怖く見えた。

 すぐに顔を伏せる。

「お前は何者だ?」

 問われている意味が分からず、アルフォンを見上げた。

 眠気は一気に飛んだ。

 顔が、近すぎる。徐々に迫られているような――。

 つかまれているのも忘れ、後ろへ後ずさる。膝が、ベッドの淵にあたった。

 近づくアルフォンから逃げようにも、つかまれた手が離れない限り、逃げ場がない。体は離そうと無意識に、肘で支えながら、後ろへ倒していく。

 アルフォンの片膝がベッドの上に。逃げ腰の美衣歌の肩が押され、ぽすんとベッドに寝転がる。その顔の横にアルフォンの手が、素早く置かれる。

 右手はつかまれたまま、同じように顔の横で、ギュッと押さえつけられた。

 ベッドに腰掛けるまでは、警戒していたのに。眠気に支配されて、警戒心はどこかへ行ってしまっていた。

「どこの国の出身だ」

 天井がアルフォンの向こうに見える。けど、それは景色のひとつ。

 視界の半分以上はアルフォンの顔を映している。

 どうしたらこの状況から逃げ出せるのか、そんなこと考えている余裕などまったくない。

「俺の国の敵国か? だから名乗れないと?」

 アルフォンの声は、脅しているようにしか感じ取れない。

「あんたを国に帰してやるからどこかって聞いてんだよ!」

「えっ? ほんとに?」

 美衣歌は驚いた。

 召喚したのは母親なのに、その息子が美衣歌を元いたところへ還してくれるという。

 知らない世界にいるよりも、パリに帰って、告白するところから、いや、もういっそ、どこでもいい。早く、元の場所へ帰りたい。できれば、日本にある自分の家に。


「ああ、どこへでも帰してやる。だから何処か言え」

 国? 場所? どちらが知りたい?

(どっちにしても、そんなのなんて答えればいいのよ)

「何処から来たのかはやく言ってみろ」

 言うまで放してくれそうにない。

 鼓動が早い。今まで感じたことがない。恐怖からくるもの。

 どうなるのか、怖い。

 何日もかけて帰せるような場所に、自分の家はない。

「地球」

「は?」

「地球、フランスの首都パリの裏路地からここにきたのよっ! 告白しようって決意して、比奈月くん追いかけてたら上から植木鉢が降ってきて、危ないって思って、目をつぶったら、知らないところに来てたのよっ!」

 一気にまくしたてていた。帰してくれるという言葉を信じた。

(私、帰りたい。早く、いますぐ)

 楽しかった日常に。戻りたい。


「チキュウ? フランス? パリ? さっぱりわからん。いったい何処にあるのだ」

 首をかしげるアルフォンに、とても歩いていける場所にない言ったところで理解してもらえないかもしれない。

 けど、説明するしかあるまい。

「ここからはいけない場所です。……たぶん?」

 これは事実のはず。魔法という言葉を聞いてから、ここが地球じゃないことは明らか。

 信じてもらえないだろうと半分疑っていた。アルフォンは知り合ったばかりの美衣歌のことを信じてくれた。

 瞼が驚きに見開かれていく。

「まさか、嘘だろ? 本当に召喚術が成功してたのか? いつもと違って……」

 召還術が何のことなのか、された側はわからない。見ていたこの人は知っている。

「こうゆうこと、何度もあったんですか?」

「何度もじゃなく、頻繁にやってる。召喚術を成功させようと、この頃、躍起やっきになって!」

 この世界では日常的に存在することなのかもしれない。フィリアルが、地下のあの部屋で同じことを繰り返していたらしい。

「私を、帰してくれるんですよね?」

 アルフォンは言葉を詰まらせた。

 美衣歌から目が逸れていく。

「あの……」

 美衣歌が何か言いかけたのと同時に扉が叩かれた。返事する間もなくそれが無遠慮に開く。

「失礼致します」

 扉の前で専属侍女、コーラルが礼をした。

 彼女は部屋を見渡し……ベッド上の光景を目にすると、動きがぴたりと止まった。

 顔を真っ赤に染めると、慌てて頭を深く下げる。

「も、もも、申し訳ありませんっ!! 失礼させていただきます!」

 開けた扉を慎重に閉めていった。コーラルが慌て去っていく足音が小さく廊下にこだましていく。

 何も知らない人が見れば、美衣歌がアルフォンに迫られていると、勘違いしても仕方がない。

 恋愛的なものと違う意味で迫られている。コーラルは恋愛的なものに誤解して慌てて出て行った。

「…………あっ、誤解!」

 美衣歌は遅らばせながら、跳ね起きようとするも、アルフォンに阻まれる。

 美衣歌は押し倒されたままだった。


 誤解されて困るのはアルフォンも同じだろうに、一向に離れてくれない。あまり見られて欲しくないところを目撃されたというのに動揺しているのは美衣歌だけのような。

 いや、そもそも。入室を許可していないのに、入ってくるなんて、非常識すぎる。

 ここは非常識が許されているのだろうか。

「誤解させておけ。お前を守るための義務はしたからいいだろう」

「義務、ですか?」

「滞在中、城の中でお前の身をを守るための、演技」

 アルフォンはそういうと、あっさり美衣歌から離れた。ベッドに腰掛ける。反動でベッドが弾んだ。

 美衣歌は自由になった体を起こし、乱れたドレスを直して、アルフォンと距離を開けて座りなおした。

 また、襲われでもしたら心臓がもたない。

「キミを還すことはできないんだ」

「……どういうことですか」

 帰すと言われて期待した。

 すぐにでも、帰れると信じてた。

 知らない場所で常識も違うところで、知らない人の代わりが務まるわけがない。

 帰れるならいますぐにでも帰りたい。帰すことができないとはどういうことだろう。


「これまで、何度も同じことが、あの部屋で行われてきた。……ほとんどは失敗していたが、時に人が喚ばれたことがあった」

 きゅっと膝の上で両手を強く握る。

 美衣歌だけてなく、ほかにも巻き込まれていた人がいたのだ。

「その人たちは……どうなったんですか」

「暮らしている街へ、俺が帰した。喚ばれた人たちは、皆、いずれかの国に住まう民だった。悪い。俺は、キミが住む場所へ戻すことはできない。……異界からの召喚者は、初めてなんだ。喚んだ母ならできるかもしれないが――しないだろうな」


 国と、住んでる場所さえわかれば帰してやる。

 アルフォンが帰す場所は、この世界に住んでいる場所のことで、異世界の場所ではない。

 アルフォンに美衣歌を還す手段は持っていない。

 元の場所へ還ることができるのは唯一、召喚を成し得たフィリアル。

 アルフォンの婚約相手の美衣歌をフィリアルが還すことはまず、しない。

(私、戻れないんだ)

 ぎゅっとドレスを握りしめる。皺になるとかよりも、還れないことに衝撃を受けた。

 もう、みんなの元へは戻ることができない。

 わずかな望みはあっけなく砕かれてしまった。


「還すなんて……できないことを簡単に言わないで」

「悪い」

 目頭が熱くなって、歯を食いしばって出そうになるものを引っ込めようとするも、失敗した。

 ポロリと落ち、手の甲に二つの小さな水たまりができた。その上に何個も落ちていく。

 突然の別れ。大切な人たち。

 会えない悲しみは、涙となっていくつも落ちていく。止まらない。

「……名前は?」

 アルフォンが唐突に聞いてきた。

「………………美衣歌」

「ミイカ。その…………悪かった。――――きみを慰める権利を今だけ俺にもらってもいいか?」

 美衣歌はいいとも、ダメとも、返事をしなかった。両手で顔を覆い隠して、悲しみ流れる涙を隠す。

 アルフォンが、離れていた分の距離を詰め、美衣歌を横から抱き寄せた。

 最初遠慮がちな腕は、美衣歌が拒否をしないとなると、背中を周り抱きしめて背をゆっくり撫でていく。

 余計に涙があふれ、止まらない。

 アルフォンの肩に顔を押し付け、美衣歌は涙が枯れ果てるまで声を殺して泣き続けた。

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