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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第2夜 婚約式
34/76

8:アルフォンの妹

「アル兄さま」

 アルフォンから離れない令嬢たちの後ろに、穏やかに微笑む女性が立っていた。

 はしばみ色の髪を結い上げ、赤いドレスを纏う女性に、令嬢たちの顔が青ざめる。

 女性が冷淡に微笑み続けると、令嬢はアルフォンから早々と立ち去っていった。

 今度は招待客の相手をしているケイルスの元へ向かっていく。

 ケイルスは公爵や侯爵の相手に忙しくて、相手にされない。そうなると令嬢たちはあきらめ、次に目当ての青年へそれぞれ散らばっていく。

「助かった、ニコジェンヌ」

 アルフォンは肩にはいった緊張をほどいた。

 皇国の皇子として、令嬢たちを邪険にすることはできない。かといって、ダンスを許可することもできない。

 彼女たちの親の階級は公爵。小さな事ひとつでも、気に入らない事があれば、良くない噂としてまたたく間に広がっていく。アルフォンの知らない間に。

 アルフォンが耳にした噂はフィリアルの話が多い。時折、ケイルスの女遊びの噂も聞いたことがある。

 安易に断れば、国外の婚約者のなにがいいと、陰で囁かれる。嫉妬した女性の悪意にみちた言葉は脅威だ。

 断る方法を探しているとき、ニコジェンヌの一言はとても助かった。

「兄さまが婚約相手と仲睦まじくしているものだから、誰も兄様に挨拶と祝福ができないと、頭の硬い公爵方から抗議をうけました。早く行ってください」

 助けてくれたニコジェンヌは、アルフォンの溺愛ぶりに呆れ返った。

 今まで何度かアルフォンの婚約者を探す名目で夜会が開かれていた。当の本人は、顔を出すことが稀で、ほとんど行っていない。

 どうしても顔を出さなくてはいかなくなり出席をすることがある。アルフォンの姿を見つけると獲物を捕らえた獣のごとく令嬢たちが集まってくる。

 しつこくついてくる令嬢を素っ気なくあしらい、会場を出て行っていた。

 そんな彼が、一人の女性から離れようとしない。

 こんなに珍しい光景をニコジェンヌは見たことがなかった。

「公爵のところへ行く。ニコジェンヌ、彼女の相手を」

 ニコジェンヌは瞼を思わず見開いてしまった。アルフォンが相手の女性を気遣う言葉を、今までに聞いたことがあっただろうか。思い返すと一度もない。

「え、ええ。分かりました」

 あまりに驚いて、返事が遅くなった。

 アルフォンはニコジェンヌに美衣歌を任せて、会場の中央付近へと歩いて行く。

 アルフォンが美衣歌から離れていった途端、中年の男性がどこからか集まってくる。その渦に埋もれてアルフォンの姿が見えなくなった。



「はじめまして、スティラーアさま。わたくし、アルフォン兄さまの妹、ニコジェンヌと申します」

 ニコジェンヌはアルフォンが去ると、美衣歌へ挨拶をした。

 ニコジェンヌと名乗った勝気な美女は美衣歌に笑みをみせる。

 好意的な笑みに安堵した。

「み……スティラーアと申します。これからよろしくお願いいたします」

 美衣歌はそこで気がついた。

(貴族の挨拶って、なにいったらいいの!?)

 名前を覚える以外の事を教えてもらっていなかった。

「貴女、魔法が使えるのよね? それもお母さまと同じレベルで」

 ニコジェンヌの声が低くなった。

 肯定も否定もできずに、頭をぐるぐる考えていると、ニコジェンヌは美衣歌を睨んできた。

 初対面の人に何かした覚えがない。

「どうして、ケイルス兄さまの方を選ばないの?」

 言いたい事が理解できなくて、パチパチと瞬きをした後に、手に持つシャンパングラスを握りしめる。

 魔法という単語は、美衣歌を心苦しくさせる。

 御伽噺の中の魔法は、たしかに人を不幸にさせたり、助けるためのものだった。圧倒的に人を助ける物語が多くて、魔法に対して、“良いもの”と思っていた美衣歌の考えは自身に向けられる悪意ある魔法によって、一変させられていた。

 魔法は恐ろしく、危険なものと認識を改めた美衣歌に、その単語こそが、恐怖でしかない。

 ニコジェンヌの意図が読めず、アルフォンに助けを求めようとして、ぐっと堪える。

 彼は壮年の男性に囲まれていた。

 大勢人の集まる場で危険な魔法はないだろうと腹を括った。

「どういう意味、でしょうか」

「ケイルス兄さまは他国と交渉する力があるわ。アル兄さまよりも女性にお優しくて、周囲の評価も上々。運命的な女性を探して、何度か騒動をおこしているようですが、アル兄さまと違って魔力があるわ。魔法が使えるのよ? アル兄さまときたら、魔力をもたないから魔法が使えない。魔法が使える貴女なら、どちらを選ぶべきか必然的にわかるでしょう?」

 ニコジェンヌは鼻で笑った。

(あ、これって)

 アルフォンを見下した。

 魔法が使えないというだけで、嘲笑っている。

 アルフォンは貴族に取り囲まれて、いまだ姿は見えない。

 あの人たちはきっと純粋に、アルフォンを慕っている。

 アルフォンの能力をかっている人だろう。

 美衣歌はそもそも魔法という、現実離れした能力を持っていない。

 名を借りているが、本物のスティラーアは強大な魔女なのかもしれない。

「アルフォンさまは、ケイルスさまよりもとても親切にしてくれてます!」

 震える両手を握りしめ、抑え込もうとしても、握った先から怒りがこみ上げてくる。

 アルフォンは優しい。

 元の世界へ戻りたいと願う美衣歌が、還れるように方法を探してくれている。

 騒動に巻き込まれたりしないように、外へ連れ出してくれた。別の者によって、城へ戻されてしまったけど、安全な場所を探してくれた。

「ま、魔法が使えると、いいことがあるんですか? 魔法を使う力が私にあったとしても、困っている人のために使います。だってその方が……うむっ」

 感情が爆発して、思ったままに口から言葉がでてしまう。

 美衣歌の止まらない口を大きな手が後ろから覆い隠した。

「落ち着け」

 口を塞ぐ手を退けようと両手で奮闘する。

 アルフォンが後ろから美衣歌の腰を引き寄せた。まるで、動きを封じ込めるかのようだ。

 遠くで悲鳴のような叫び声がいくつもあがる。

「むむー!」

 ――はなして!

 抗議の声をあげると、くぐもった声がでる。

「ニコジェンヌ。私の婚約者が何か言ったようだが気にしないでくれ」

 ――わたしはなにもいってない!

 これもまた、アルフォンの手が邪魔をして、言葉にならない。


 ――アルフォンに身を委ねなさい。

 突然、頭の中に声が響いてきた。

 この声、は。

 美衣歌は、ダンスを皇王と楽しむフィリアルをみた。

 目があう。フィリアルは笑い、手にした杖の扇が美衣歌に向いている。

 ――いい光景ね。これを見たかったのよ。さあ、はやく。預けるのです、アルフォンに。ただ、力を抜くだけ。

 ダンスを踊りながら、美衣歌から扇の先端が離れることがない。なんと器用な踊り方だろうか。

 貴族の視線は大半がアルフォンと、美衣歌、ニコジェンヌへ向いている。

 ――できないというのなら、わたくしが手伝ってさしあげましょう?

 フィリアルを気にするものはいない。皇王はフィリアルの行為に目を閉じているのか、なにも指摘しない。

 フィリアルが扇頂をゆっくりと、スプーンでコップの中をかき回すように動かす。

 突然、美衣歌の身体の中が熱くなった。同時に痛みもくる。

 フィリアルに印をつけられた背中が痛い。

 ちりちりと焼かれるような痛みに負けじと歯をくいしばる。

 身体の中で熱がぱちんと弾け霧散する。

 止めていた息を吐き出して、胸を激しく上下させる。

「おい、どうした」

 片腕で支えられた美衣歌の背がとすんとアルフォンに寄りかかる。

 熱が去り、抵抗し続けたことによって体力を消耗してしまった。

 息があがり、ほんのり汗ばんでいる。

 ずるり、と美衣歌が落ちていきそうになる。片腕で支えては、身体が床に倒れてしまう。美衣歌の口から手を放して、美衣歌の身体を両腕で支えた。

「ニコジェンヌ、なにをした?」

「わたくしはなにも、してません! し、失礼します!」

 ニコジェンヌはそそくさと退散していく。

「どうした。なにがあった」

 美衣歌を後ろから、アルフォンが支える。

 美衣歌の身体はダンスをした後より熱っぽい。

「そ……とに」

 美衣歌は途切れながら、アルフォンに訴える。

 アルフォンは美衣歌を横抱きにすると、ホールの扉を開けて、廊下に出た。

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