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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第1夜 召喚された花嫁
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2:名前

 手に強い衝撃がくると覚悟していたのに、なかなかやってこない。

 不思議に思って、そっと片目を開けて見上げる、と。

 真っ暗な空……いや、高い天井だ。高すぎて、天井が見えない。

 辺りは燭台によって明るく照らされている。

 状況に頭が追いつかなくて、(まばた)きをしてみる。なにも変わらない。

 おかしい。

 見ている景色ががらりと変わってしまった。

 頭からゆっくりと手を下ろした。

 裏道にいたのに、全く違う暗く狭い場所。

 周囲は石壁に囲まれて、燭台が石壁に等間隔にある。

 美衣歌は目をぱちくりとさせた。

 美衣歌の前に、ドレスをまとった妙齢の美女が両手に棒を持ち立っている。猫のような目をした深い青色の瞳。白と金が混ざり合った綺麗な髪は、結い上げられている。


(ここは、どこ?)


 美衣歌の疑問に答える声はない。

 ただ、混乱した頭が、この場が美衣歌の知らない場所であることを把握した。


「?」

「お前は……」


 杖を持つ女性は、美衣歌の全身を見定めたのち振り仰ぐ。


「成功したわ」


 おかれている状況がまったく呑み込めていない。

 目を瞬く。

 女が退くと美衣歌がいる位置から部屋が見渡せた。

 階下に膝立ちした青年と、黒い外套にフードを真深く被った人がいる。


「召喚は成功しても――別人ですね」


 黒い外套の人は、声音こわねからすると男性らしい。

 女性の歓喜に水を差す。


「黙りなさい。どこの女か知らぬが、成功したのだからいいのです。この娘のことは、あとでどうとでもできましょう。アルフォン、これがお前の……ああそうか、声を封じていたな。ヒンツ、解いてあげなさい」


 男は女性に命じられ、短く単語を呟いた。知らない言葉だ。

 ぱんっと何かがはじける音がした。水風船が水を入れすぎて割れた音に似ている。


「……あなたは、何を考えているんだ!!」


 拘束を解かれた青年はふらつきながらゆっくりと立ち上がり、女を鋭く睨み上げる。

 すっと鼻が通り、すっきりとした輪郭。少し乱れた藍色の短髪。額にはびっしりと汗をかいた青年。青海色の瞳が、女を非難していた。

 彼の視線を見ただけで美衣歌は震え上がった。

 美衣歌がすごまれているわけでもないのに、錯覚をおこしてしまいそうになる。


「何を、ねぇ」


 女は両手を胸の前で組み、冷笑を浮かべ青年を見下ろす。


「あなたに合う人を呼び寄せただけよ」

「……召喚術なるものをしたと?」

「結果的には、そうなるわね」


 あっさりと女は認めた。

 それが、結果的に相手の怒りを増長させた。


「それがどういうことか……」

「フィリアル」


 青年がさらに声を荒げると、威厳のある声が、割り入ってきた。一斉にそちらへ視線が向かう。

 ひげを蓄え、眉間にしわを寄せ、風格のある男性が、二人の従者を従え開け放たれた扉から室内に入ってくる。


「あら、陛下」

「父上!」


 女と青年の声が重なった。

 青年と外套の男は王のために道を開ける。


「シェザアリーさま」


 フィリアルは階段を降りてドレスの裾をつまんだ。

 陛下と呼ばれる男性は、フィリアルの手をとり引き寄せた。

 フィリアルは陛下の首に両手を絡める。二人の顔が自然と近づき、口づけをかわす。


 間近で見てしまった美衣歌は驚き視線を逸らした。こちらが恥ずかしくなってしまう。


「フィリアル。ここで何をしていたのだ?」

「わたくしが何の用もなくここへくるとお思いですの?」

「思っとらんから聞いておるのだ」


 シェザアリーはフィリアル腰に手を回し引き寄せた。

 そのまま、気にもしないで睦み合う。

 美衣歌は刺激的な光景に目をそらさざるおえない。

 逸らした視線の先で、顔を下げ続けていた青年が、そっと部屋を出てくところだった。

 陛下が連れてきた従者になにごとかを伝えると、ゆっくりとした足取りで通路を歩いていく。

 足を少し、引きずっているように見えた。


「そなたは何をしていたのだ?」


 陛下は再度同じ質問をする。

 美女は作った笑顔を向けるだけでなにも語らない。


「わたしの側近が魔法の波動を感じ取ったといってきたのだが……?」

「何もしていませんわ。姪が、アルフォンと婚約するために来訪されたのです。せっかくですから、自慢の部屋を見せたくて、案内していたのですわ」


 王は、姪? と首をかしげた。


「はて、わたしはそのような話、そなたから聞いてはいないが?」

「政務でお忙しいと思いまして、お伝えしていませんでしたの。わたくしの身内の来訪でしたので、お伝えしなくてもよいと侍女に申し付けておりまして……」

「わたしへの気づかいはよい。身内とて、他国からの訪問者だ。そなたへの来訪者によからぬやからがいては……フィリアル、そなたの身が危ないやもしれぬのだぞ?」


「心配をおかけしてしまい申し訳ありませんわ。わたくしへの来訪者なんて、そういませんわ。第二皇妃さまでしたら、それはそれは多いでしょうけれど」


 フィリアルが高らかに笑った。


「カッツェーマのことか? あやつへの来訪はわたしが禁じておる。誰もこまい。フィリアル、そなたの姪はどこに?」


 王から離れ、フィリアルは顔をそらしたままの美衣歌の元へ歩いてきた。


スティラーア(・・・・・・)、きなさい」


 美衣歌の腕をフィリアルがつかみ、引っ張られる形で、祭壇へ続く階段を降りる。

 皇王の前へ美衣歌は立たされた。

 フィリアルの手が美衣歌の左肩に触れる。

 びくりとして、触れられた方へ視線を泳がすと、威圧的な視線とぶつかった。

 ひっと声をあげそうになるのを懸命にこらえる。顔はひきつったまま固まった。

 その顔のまま、フィリアルは美衣歌の顔を体ごと、強い力で皇王の前へ向けた。


(いたっ)


 彼女の長い爪が美衣歌の肩に食い込む。痛みに耐えられず、顔をしかめた。


「スティア、こちらウィステラ皇国、皇王。シェザアリー陛下よ」


 美衣歌は聞き間違いかと耳を疑った。

 スティアとは誰のことなのだろうか。

 フィリアルは美衣歌へ笑顔を向けてきた。笑顔なのに目が、全然笑っていない。


「陛下。こちら姪のスティラーアですわ。スティラーア・メディ・エ・リラ・ルスメイア。わたくしの兄の二番目の娘ですわ」


 美衣歌の疑問は、フィリアルによって一つ解消された。

 姪の名前らしい。


「スティラーア?」


 きりりっと美衣歌の肩にフィリアルの爪が食い込む。痛みで我に返った。

 目の前には皇王が立っている。

 美衣歌がしなくてはいけないこと――。


(もしかして挨拶?)


 初めて会った人に行うこと。

 それを早くしろとフィリアルが暗に言っている。


「えっと……は、初めまして」


 スカートの裾を軽くつまみ、フィリアルの挨拶を見まね、お辞儀をする。

 陛下の威圧感は、お辞儀をしていても強く感じる。

 スカートをつまんだ腕まで震えそうになるのを、顔をあげることで隠した。

 陛下はじっと美衣歌を見下ろす。


(な、なに?)


 値踏みされているようで、内心焦りを感じてしてしまう。


「そなたも、フィリアルのように魔法が使えるのか?」

「ええ、使えますわ。ですが、お見せできないのが残念です」

「ああ、そうか。仕方なかろう。フィリアル、そなたの故郷は変わった衣装だな。みたことがない」


 制服の事を言われた。

 フィリアルのドレス姿を見る限り、素足は出さないのかもしれない。

 動きやすくてとてもいいのに。


「え、えぇ、そうでしょう。これは、独特なものですの。着替えさせてから案内すればよかったですわ。スティア、あとで着替えましょう? 着替えてからもう一度城の中を案内しますわ」


 フィリアルは美衣歌の服装をごまかした。


「良かろう。スティラーア。滞在を許可しよう」

「ありがとうございます」

「わたしは公務に戻る」


 皇王は別れの挨拶をフィリアルにすると、階段を下りた。


「は。ですが、陛下。魔法の波動を感じた件がうやむやになっております」


 皇王はそこでぴたりと足を止めた。

 ココへ来た一番の理由は、魔法の波動を感じ取ったと側近がいってきた。なにが起きたのかを見に来たのだ。

 誰の仕業か、認識していた皇王にとって様子をみにきたことに意味がある。理由など聞く必要もない。魔法は発動した後で、陣はすでに石床から消えている。魔法が発動した痕跡はどこにもない。

 階段を自ら上がりそれを確認したのだ。側近らはどのようにして魔法が発動されているのか知らないだろう。皇王がわざと知らせていない。

 今回臨時で連れてきた従者の片割れはどうやら優秀なものだったようだ。うまくごまかされてくれなかったようだ。


「おぉ、忘れていた。フィリアル、どうなんだ?」

「皇王の許可がおりておりませんのに、使うはずがありませんわ」


 皇王は階段を降り切り、ローブの男に向き合う。


「ヒンツ、おぬしはみたか?」

「いえ、フィリアルさまはスティラーアさまをご案内してさしあげていました。わたしの目にはそのように見えました」

「問題ないようだ。おぬし、そのように報告書を書いておきなさい」


 王は、優秀な従者へ申し付けた。だまされなかった仕返しのように、報告書を頼む。


「いや、しかし」

「皇王が何もないとご判断されたんだ。ここでは(・・・・)なにも(・・・)なかった。(・・・・・)そう報告書に書くだけだ」


 納得できないと言いつのろうとしたところを、もう一人の従者が念を押すようにして優秀な従者の口を封じた。


「わかりました。陛下、申し訳ありませんでした。出過ぎた真似を」

「……さて、報告書は間違いなく。頼んだぞ?」


 皇王は有無を言わせない威厳で二人の従者を黙らせ、部屋から去っていった。



 フィリアルは皇王を笑顔で送り出したが、姿が見えなくなった途端、表情が一変する。


「とんでもない娘が来たものだわ」


 盛大なため息とともに、石段を下りていく。

 手に持っていた杖をヒンツへ渡した。


「皇妃さま。そう怒りなさりませぬよう。あなたさまが所望した娘を、この魔法陣は連れてきただけのこと」


 ヒンツは受け取りながら、フィリアルの怒りを納めることに徹する。


「皇妃と呼ぶでない! わたくしはまだ皇妃ではないわっ! おまえ、わたくしに嫌味が言いたいのかしら!?」


 フィリアルの怒りは収まるどころか、ヒンツの呼び方にさらなる怒りが加わり、ヒンツを睨む。


「そうでした。まだ病弱であらせられる第二皇妃のカッツェーマさまがいらっしゃいました。申し訳ありません、フィリアルさま」


 ヒンツの言葉は、演技がかっていて、わざとにしか聞こえてこない。

 申し訳ないと頭を下げた。


「ヒンツ。もう良い、お前はさがりなさい!」


 ヒンツは部屋は辞するが、扉の向こうで待機した。

 部屋に二人きりになると、フィリアルは再び祭壇を上がる。召喚で呼んだばかりの美衣歌の品定めを始めた。


「何度見ても、平凡な女ね」


 フィリアルは美衣歌に近づく。ためらいなく、両頬を乱暴にわしづかみにして、上下に振り回し手を離す。


「髪は短いし、容姿は平凡。女の魅力を全く感じないわ。こんな子がアルフォンに本当に合うのかしら」


 フィリアルは下げずんだ目で美衣歌を見下ろしていた。


「名を申してみよ。わたくしが陛下に申した名ではないぞ。それくらい分かっておろう?」

「み、美衣歌」

「そなた、今日からその名を名乗ることは許しません。おまえは今日から、スティラーアよ。わたくしの言うとおりにおし。でなければ、ここにそなたの居場所は一切ないと思いなさい」


 喚ばれたからには、拒否は許さない。

 威圧的な視線と、空気が美衣歌を圧倒させる。


「は、い。分かり、ました」


 美衣歌は頷いた。フィリアルの前では、そうすることしかできなかった。

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