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王家の花嫁~少女は王子のもの~  作者: 柚希
第1夜 召喚された花嫁
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13:悩み

 美衣歌は湯殿で呆然としていた。

 二日後に帰す、城から出すとアルフォンは言ってくれた。

 帰れるなら、方法が見つかったというなら、今すぐ帰りたい。

(早く、帰りたいよ……)

 美衣歌が理解できないのをいい事に、振り回され続けるのはもういやだ。

 無理やり連れてこられ、混乱する頭を整理する前にフィリアルの手の上で彼女の思惑通りに踊らされて、やったことがないダンスを教えられ、窮屈なコルセットに身を包み、息をするのが苦しい。

 食事は毒の混入を恐れて、混入されていないか確認されてから出されてくる為、冷めていておいしくないうえに、この時間はマナー講習にあてられていて、講師に片時も目を離さずに見られ、間違えば指摘される。マナーばかりに気が取られ、食べた気にならない。

 ベッドは柔らかいけれど、柔らかすぎて慣れない。

 帰ることが出来れば、フィリアルに振り回される毎日から解放され、いつもの日常が戻ってくる。

 ドレスを脱ぎ捨てて、着慣れた制服で一刻も早く帰りたい。

 制服で学校に行って、次こそ比奈月君に気持ちを伝えたい。気持ちが通じなかったから、きっと友人たちが励ましてくれる。

 放課後、いつもの場所で励まし会なんて、高校生にもなって恥ずかしいことを開いてくれて。

 ここにいるより、何倍も楽しい。

 思い馳せるだけで、寂しさがこみ上げてきた。

(家に帰りたい。早く、戻りたいよ)

「スティラーアさま? どうかされました?」

 イアに声をかけられ顔を上げた。イアが美衣歌の前に立っている。

 アルフォンが出ていき、なかなか美衣歌が出てこず、心配になってきてくれたようだ。

「なにかありましたか!?」

 瞳が涙で潤み、唇が悔しさからへの字になっている顔をみて、イアは目を見開いた。

「いえ、なにも……」

 先の言葉は溢れそうになる涙を堪え、声がつまって出てこない。

「悲しいお顔をされていますよ?」

 指摘され、慌てて溢れそうになっている涙を拭った。にこりと笑むが、イアは眉を潜めた。

 帰すと言われたのだ。

 手を上げて喜ぶところで、悲しむところはない。それなのに、心の片隅に残る、しこりのように留まるアルフォンの心無い言葉が胸に深くつき刺さり、ひどく痛む。

「なにも……ないですよ」

 か細い声で呟いた。

「スティラーアさま……」

 イアは両手を握りしめ、泣くものかと我慢する美衣歌の両手を優しく包み込んだ。

「わたくしとコーラルはスティラーアさまの身の回りのお世話をさせていただいておりますが、相談にのらせていただきます。今までと違う国へ嫁いでみえたのですから不安もありましょう。お力になれるかわかりませんが、よければお聞きいたします」

 イアに優しく言われ、ぽたりと涙が落ちた。

「イ、アさん」

 力強く握りしめた手の力を抜いて、イアの手を振りほどき彼女の胸にすがりついた。止まったはずの涙が溢れてくる。

 イアは子供を慰めるかのように、背中をゆっくりと撫でて、美衣歌の頭をぎゅっと抱きしめる。

 それが、実の母親のようで美衣歌は溢れる涙を止めることなく、ただ泣いた。

(私は、そんなことしないよ)



「ありがとうございます」

 涙が止まり、ぷっくりと腫れ上がってしまった目蓋がひりつく。

「ちょっと、すっきりした気がします」

 腫れた瞼で微笑んだ。

「先ほどよりも晴れやかなお顔をしていますわ」

 それはきっと、イアのおかげ。

 イアが何も聞かず、背中を擦ってくれていたから。

「イアさんのおかげです」

 頭を深く下げる。美衣歌を心配してくれる人はどこにもいないと思っていたから、うれしかった。

 そのお礼をイアに伝えた。

「けど、あの」

 相談は、できない。

 不満が、もやもやしたものが、吐き出せず胸の奥に溜まっていく。

 その吐き出す先に使っていいとイアは言ってくれた。

 会って間もない相手のことを、よく知らない他人に、軽々と何かを相談する勇気が、美衣歌はまだない。


 アルフォンが、帰せないかもしれないと言った日。再度、場所の確認をした。ここから出すといい切った。

 帰れるのか、帰れないのか。どっちなのかわからない。

 美衣歌がこの世界の地を初めて踏んだ部屋から送り返してくれるなら。

 帰れる喜びに心が躍る。

 贅沢は言わない。修学旅行先に、召喚された日に帰してくれるならどこでも。

 帰れない。帰す術がないと言われたら。

 この世界で、比奈月君に想いをはせながら、過ごさなければならないのか。

 いつか帰れることを夢みて。

「大丈夫です。ご心配かけてすいません」

 頭を下げたまま、美衣歌はイアを拒んだ。美衣歌が顔を上げると、かわりに今度はイアがこうべを下げる。

「そう、ですか。お力になれず申し訳ありません」

 人に頭を下げられることに慣れていない美衣歌はおろおろと両手が宙を掻く。どうしていいのかわからなかった。



 イアは頭を下げて、唇を噛んだ。

 侍女として、使える主が悩みを吐いてくれないことが悔しかった。

 まだ、悩みを打ち明けれる相手としてもらえていない。

 言ってくれなければ、何を抱えているのか理解できない。解決してあげたいと願っても、主が拒否してしまえばそれ以上、追求できない。

 小さなことでいいから、教えてほしかった。傍にいるのに、主のことが何一つわからないままお仕えするのはイヤだった。

「あの、えっと」

 イアが顔を上げてくれなくて、困っているのが声で感じ取れた。

 何も教えてくれない分は、彼女の傍で彼女の心情の変化を感じ取ろうとイアは心に決めた。

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