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「ねぇ、この事コンラドには……もう聞いてない!」

 

 翌日むかえた初授業はルシィにとってこれ以上ないほど居心地の悪いもので、前後左右一席ずつ開けられるという分かりやすい拒絶をされていた。そのうえ周囲から常にヒソヒソと小声が消えてくるのだ。悉く分かりやすく、これには怒る気にもならなければ取り繕う気さえ起こらない。

 チラと見れば数席離れたところにオルテンシアの姿があり、取り巻きに囲まれて堂々と授業開始を待っているではないか。ツンとすました表情がまさに高飛車なお嬢様で、そんな彼女に取り入ろうとおべっかを使う周囲が尚更である。


「友人だなんて思われたくないの、近くに座らないでくださる?」


 そうつっけんどんに言われたことを思い出し、ルシィが溜息をついた。

 朝方はあれだけひとが淹れたコーヒーにいちゃもんつけてたくせに……と思わず呟けば、離れた席のオルテンシアがピクと肩を震わせてこちらを振り向くと、これもまた分かりやすくフンとそっぽを向いた。――ちなみに、今朝方ルシィはちゃんと砂糖を入れたミルクに砂糖を淹れたコーヒーを小さじ一杯淹れて用意したのだ。だというのに今朝もまたオルテンシアは一口飲んで「苦い」と言ってきた――


 いったいどうすれば良いのか……魔法も、コーヒーも、そして学院生活も。

 そうルシィがぼやきながら溜息をつけば、まるでタイミングを計ったかのように教師が姿を現した。




 授業自体は初日ということもあり、挨拶とカリキュラムの説明程度であった。

 それが午前に二枠。その後は昼の休憩に入り、ルシィは行く当ても過ごす相手もなくフラフラと学院内を歩き、中庭の一角に手ごろなベンチを見つけて腰掛けた。そうして鞄の中からランチボックスを取り出し、朝方用意しておいたサンドイッチを食べ始める。

 どうやら魔力測定の件は一日にして学院中に広まってしまったようで、誰一人として声をかけてこようとしない。昼食の誘いなどもってのほか、オルテンシアもあの状態なのだから一人で適当に食べるしかあるまい。

 幸い一人の食事を寂しいとは思わず、遠巻きにこちらを窺い、果てには露骨に視線をそらして足早に掻けていく者達をボンヤリと眺めながら食事を進めていた。


「有名人だな、ルシィ」

「えぇおかげさまで」


 背後から、それも頭上から降ってくる声にルシィが振り返りもせずに返せば、声の主がクツクツと楽しそうに笑った。

 そうして「隣、失礼」と言うや返事もしないうちに座ってしまうのだ。これにはルシィもチラと横目で視線をやり、それでも再びサンドイッチへと向き直った。


「優先順位でサンドイッチに負けたのは初めてだ」

「大丈夫です、デザートには勝てますよ。ところでクラウディオさん、お昼は?」

「今コンラドが買いに行ってる。あいつが昼食を買っているうちに俺がルシィを捕まえる、そういう分担だ」

「……そりゃ素敵なコンビネーションですこと」


 得意気に話すクラウディオにルシィが呆れたと溜息をついた。

 もちろん彼が自分を気遣ってくれているのは分かる。……分かるのだが、年頃の少女を相手に「捕まえる」という表現はどうかと思う。そう訴えてみるもクラウディオは相変わらず楽しげに笑うだけだ、こちらの言い分は聞いてくれそうにないと早々に諦めてルシィがサンドイッチを一口かじった。

 クラウディオが来たことによって向けられる視線に嫉妬の色まで加わったが、サンドイッチの味を落とすようなものではない。むしろ彼がいることによってあからさまな小声での囁きは止んでいる。これは有難いくらいだ。

 そうルシィが考え彼に感謝しつつ二つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとしたところ、


「悪いクラウディオ、待たせたな」


 とコンラドが手を振ってこちらに歩み寄ってきた。

 そして彼の隣には、少し頬を染めつつ歩くオルテンシアの姿……。


「昼食を買ってクラウディオとルシィを探そうとしたらオルテンシア嬢がいてさ、ルシィと一緒に食事をする約束をしてるって言うから一緒に探していたんだ」

「約束ねぇ……」


 チラとルシィが隣に視線をやれば、言わんとしていることを察したかオルテンシアがプイとそっぽを向いた。

 そんな二人がベンチに座り、その向かいにはランチボックスを包んでいた布を敷いて地面に座るクラウディオとコンラド。

 最初こそ王族を地面に座らせるなんてと席を譲ろうとしたルシィだったが、まるで子供を宥めるようにポンポンと頭を軽く叩かれ「女の子を地面に座らせて自分はベンチに座るなんて情けないことさせるな」と優しく微笑まれ、そのうえランチボックスからデザートのリンゴを一つ奪われては何もいえなくなってしまう。

 これはズルい、とルシィが内心で白旗を上げ、礼を言って――素直に礼を告げたところまた頭をポンポンと叩かれた――ベンチに座って今に至る。


「二人共しばらくは教科書とにらめっこだな。魔法を使い始めるのは二ヶ月後くらいか、眠くなるからちゃんと睡眠時間をとっておけよ」

「クラウディオ、おまえが言うな。おまえ座学は殆ど寝てるじゃないか。そのくせテストじゃ満点だし……まじめに授業を受けるのが馬鹿らしくなってくる」


 そうコンラドがクラウディオを睨みつければ、対して彼は「そう僻むな、努力したまえ凡人君」と煽って返すのだ。そのやりとりはなんとも友人らしいもので、ルシィとオルテンシアが思わず笑みをこぼす。

 コンラドの魔力量を考えると彼はリズテアナ学院に入学できるとはいえそう高い地位ではないのだろう、本来であれば王族のクラウディオにこんな態度をとっていいわけがない。そもそも、どんな上位の貴族であろうと王子を呼び捨て敬語を使わず話すなど許されるものではないのだ。

 それでも二人は気兼ねなく互いを呼び捨てにし、時には辛辣に冗談めいた会話を交わしている。それは微笑ましく、そしてルシィにはそれを許し友人として求めるクラウディオがどこか身近にそして魅力的に思えていた。――対してオルテンシアは、普段こそ砕けた態度だがいざとなると誰より厚い忠誠心を見せるコンラドに胸を高鳴らせていたのだが――


「ルシィは授業中に寝そうだな。それも枕を持ち込んでマスクをつけて、快眠を追求するタイプだ」

「失礼ですよクラウディオさん、私はちゃんと起きてます。……ただ」

「ただ?」

「目が開いて起きていても話を聞いているとは限りません」

「寝てるよりたちの悪いタイプだ」


 そう話す二人に、対してコンラドがあきれたと言いたげに溜息をついた。


「オルテンシア嬢、お互い世話のかかるルームメイトで大変ですね」

「みっ!? え、えぇ……本当、困ってしまいますわ」

「なにかあったら仰ってください。ルームメイトを叩き起こすことに関して、この学院で俺の右に出る者はいませんからね」

「……みぃ」


 はい、の代わりに不思議な音を出しつつオルテンシアがこくんと頷く。

 そうして一年の授業や学院のイベントと話し込めば昼の休憩などあっという間で、誰からともなく時間を確認し立ち上がる。――ルシィのみフォークを地面に突き刺して「もうこんな時間」と呟いて三人から白い目で見られた。腕時計を忘れてしまったのだー――


「落ち着いて食べられるいい場所だな。明日はちゃんとシートを持ってこよう」


 そう話すクラウディオにコンラドが同意だと返す。売店に寄っていこうと声をかけるあたり、もしも売っていれば教室に戻るついでに買ってしまおうと思っているのだろう。

 どうやら明日も彼らはここで昼食をとるつもりらしく、シートをひいて地面に座るということはルシィとオルテンシアにベンチを譲るということなのだろう。

 有無を言わさぬ流れで明日も――そしてきっと明日以降も――共に食事をすることになったが、ルシィは別段断る理由もないと口を挟まず、オルテンシアに至ってはいまだ夢心地であった。


 そうしてそれぞれの教室へと向かうのだが、去り際にクラウディオが「それじゃ、おやすみルシィ」と声をかけ、コンラドが呆れたと言いたげな表情で「オルテンシア嬢、机の下で足を踏むとばれませんよ」とアドバイスを贈る。

 それに対する二人の返事は、


「おやすみなさい、クラウディオさん」

「……みぃ」


 というものだった。




「ところで、お昼の約束をした覚えがないんですけれど」


 とは、講堂の一席に腰を下ろしたルシィ。隣には既に授業の準備を終えたオルテンシアが正面を向いたまま、チラと横目で睨みつけてきた。

 だがそれもすぐさまそらして誰もいない教壇へと向かってしまう。ツンとすましたその表情は「馬鹿なことを言わないでちょうだい」とでも言いたげで、思わずルシィが溜息をもらした。


「ひとりぼっちで寂しくご飯を食べているであろう貴女を哀れに思って一緒に食べてあげようと思ったの。感謝してほしいくらいだわ」

「コンラドさんにつられたくせに」

「なによ失礼ね。そんなこと言うなら、明日から一緒に食べてあげないわよ」

「いいですよ、明日もまた私はあのベンチで食べますから」

「なによ、平民のくせに! なんて生意気な……み゛っ、み゛ぃい!」

「分かりました、申し訳ありませんでした」


 言い過ぎました、とルシィが謝れば「み゛!」と最後に一度訴えてオルテンシアが再びツンとすました表情に戻った。

 これ以上なにも言うなということなのだろう。それに対してルシィが肩を竦めれば、ちょうどそれとほぼ同時に講堂に教師が入ってきた。




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