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「……これと気が合うと思われたのかぁ」

 

 ルシィ・ブランシェットは思い出した。

 というより慌てて鞄の中から色々と資料を引っ張り出して無理矢理に思い出した。

 クラウディオ・バレクはこの国の第二王子であり、眉目秀麗・文武両道と称えられ国民から慕われ支持されている存在。王子様みたい、どころではなく実際の王子様。そりゃ「誰ですか?」なんて問えば不審者からの不敬罪コースも納得の存在である。

 この国において彼のことを知らぬ者はいない……というより、知らぬ者がいてはならないほどの人物なのだ。


「そんな御方に対して数々の無礼、大変申し訳ありませんでした」

「いや気にしないでくれ」

「殿下と知らず暴言を吐き、それどころか殿下のケーキを狙っていたなんて……!」

「まだ食べたりないのか」


 呆れたと言わんばかりにクラウディオが溜息をつき、それでもケーキを半分フォークで割るとルシィの皿に移した。

 わぁい、とルシィがケーキにフォークをぶっ刺す。そこに迷いも遠慮もない、なにせこれは殿下からの施しなのだ。只の一国民が遠慮するなんてその方が失礼に決まっている。

 そう己の中で結論付けてうまうまとケーキを頬張れば、それを見ていた学院長が今度はクラウディを呼んだ。


「クラウディオ、これも何かの縁だと思ってルシィの面倒を見てやってくれないか?」

「俺が?」

「ルシィにとってここは未知の場所、何かと不便が付きまとうだろう。だからこそ生徒に頼んだほうが勝手が分かるはずと考えていたんだ。そこにちょうどよく君が彼女を連れて来てくれた」

「学院長がそこまでおっしゃるなら」


 クラウディオが了承の言葉と共に深々と頭を下げる。

 学生とは思えないその礼儀正しい態度に学院長が頼りになると彼を誉め、頬にケーキの欠片をつけたルシィも頭を下げた。



 そうして二人で学院長の部屋を出て廊下を歩く……といっても今日は休みで学院内の殆どが稼働しておらず、生徒や教師の姿も少ない。入学式直後と言うこともあり新入生は寮で大人しく明日からの学院生活に備えて過ごし、在校生もまた明日からの学院生活に備えて遊びおさめである。


「施設や設備は明日から見て回ろう。今日はひとまず寮に行って、そこでの生活をルームメイトと話すと良い。さすがに俺は女子寮のことは説明できないからな」

「ルームメイトかぁ……繊細な子じゃないと良いんですけど」

「繊細な子は嫌なのか?」

「只生きているだけでも己の性格は繊細な人を追い詰めると自覚していますので、繊細・多感・厳格といった性格の方々には極力近寄らないようにしてるんです」

「嫌な処世術だな。まぁでも繊細とは言い難い人物だから安心しろ」


 そう告げるクラウディオの口調はどこか楽しげで、それどころか「きっと上手くいくよ」とまで言って寄越すのだ。

 知りあいなのだろうか、だがルシィがそれを問うも彼は苦笑を漏らすだけで教えてくれない。その楽しそうでいて悪戯気な笑みに、ルシィは不満げにそっぽを向いて寮へと向かった。



 リズテアナ魔法学院は魔力を持つ者が通う学院でありながら全寮制、それも二人一部屋である。

 そこには『協調性を学ぶ』という大義名分こそあるものの、実際は地位の低い生徒が高い生徒に仕えるという暗黙の制度のうえに成り立っていた。つまりルームメイトと言う名の召使い。もちろん部屋の中だけと割り切れるわけがなく、寮も学校も関係なく朝から晩までルームメイトという主従関係を余儀なくされるのだ。

 身分の低い生徒からしてみれば堪ったものではないが、それでも寄付金の差を言われれば口を噤むしかなく、なにより上手く取り入ることができれば将来的な後ろ盾だと誰もが割り切って考えていた。現に、階級の低い家が学院時代にルームメイトだったからという理由で良縁を面倒みて貰い飛躍したり、稼業の支援を得て成功したという例は少なくない。

 たった数年の在学期間、媚び諂って朝から晩までお嬢様お坊ちゃまの面倒を見ていれば彼等は立派な後ろ盾に変わってくれるのだ。

 そんななんとも格差社会らしい考えがあり、リズテアナ魔法学院の歴史において異論を唱えた者は一人としていなかった。

 ――ちなみにこの説明を受けた際のルシィの感想は「重ね重ねくそったれな感じですね!」である。長い歴史を持つリズテアナ魔法学院において初の暴言だ――



 とにかく、そんな説明を受ければルシィも部屋の扉を前にして身構えてしまうというもの。

 結局クラウディオは寮の仕組みや暗黙のルールこそ教えてくれたがルームメイトについては何も答えてくれず、きっと気が合うよと残して去ってしまったのだ。


「クラウディオさんの言う通り気があえばいいんだけど」


 今一つ扉を開ける勇気が出ず、往復すること数分……。

 それでもこのままでは埒が明かないと自分に言い聞かせ、よしと意気込んでようやくルームキーで扉を開けた。……のだが、


「私に仕えられること、ありがたいと感じなさい!」


 玄関で仁王立ちの少女が威張っていたので、思わずそのままそっと扉を閉めてしまった。


「ちょっとなによ! なんで閉め……お、押さえるんじゃないわよ!」


 キィキィと喚く声を扉越しに聞きつつ、ルシィが部屋の番号を確認する。――もちろん向こう側から開けられないよう全力で押さえながら――

 全寮制だけあり建物は高くそびえ立っており、これもまた校舎に合わせて古城の外観をとっていた。だが内装は外観からでは想像できないほど煌びやかで、まるで貴族の屋敷さながらの豪華さである。エントランスにはシャンデリアまで飾られ、これにはルシィも「儲かってるなー」と学院の資金具合を羨んでしまった。

 聞けば寮の部屋はどこも同じというわけではなく、幾つかのランク付けがあり内装が分かれているらしい。もちろんそれが身分と寄付金によって割り振られているのは言うまでもなく、それを聞いたルシィが再びくそったれ発言をしたのもまた言うまでもない。

 そんな寮の、特上にあたる最上階の部屋。いったい何の手違いかは知らないが、そこがルシィの部屋である。

 さすがにこれは間違えようが無い。というかルームキーで開いた時点で部屋を間違えている可能性は皆無なのだけれど。


「そりゃ繊細でも困るけど。あぁ、まだキィキィ言って……み、みぃみぃ言い始めた!?」


 聞こえてくる喚き声がじょじょに「み゛ぃぃぃ!」という何とも言えない声に変わりつつあり、ルシィが慌てて扉を開け、


「み゛っ……この無礼者!」


 と、怒鳴ると共にいそいそと再び仁王立ちの構えを取り直す少女に瞳を細めた。

 眩いほどの金の髪は緩やかなウェーブを描き、濃い茶色の瞳と長い睫毛が愛らしさを感じさせる。身長は低めで小柄、なおかつ細身の身体つきと合わさって若干幼く見せるが、威圧的にルシィを睨みつける瞳は中々に迫力がある。

 玄関先で仁王立ちする姿はまさに高飛車なお嬢様、それも分かりやすい典型的とさえ言えるタイプである。


「は、はじめまして……ルシィ・ブランシェットと申します」

「知ってるわ。運よくリズテアナ魔法学院に入学した身分知らずな平民でしょ」

「わぁ、直球」

「ご存じでしょうけど、我がローズドット家は平民なら声をかけることも許されないほどの家系。そんなローズドット家の令嬢である私と同室になれたことを光栄に思い、誠心誠意私に尽くしなさい」

「すいません、ご存じでないんで名前を教えてください」

「そもそも、私程の者なら専属のメイドを用意しても……ご存じじゃないの!?」

「えぇ、微塵も」

「私と同室であることが恐れ多いと感じて昨日は部屋に戻ってこなかったんじゃなかったの!? 今の今まで私に恐れをなして、今ようやくみすぼらしい姿を晒す気になったんじゃないの!?」

「いえ、たんに狼に襲われてクマと遭遇してこの時間になっただけです」

「そう、そうだったのね……大丈夫だったの!?」


 み゛ぃ!と不思議な音をたてて心配してくるルームメイトに、ルシィが気圧されつつも怪我は無いと両手を広げて見せた。怪我は無い、いや怪我もないと言うべきか。

 どちらにせよ無事であることには変わらないかと内心で呟きつつ、再びルームメイトに視線をやった。


「……ローズドット家でしたっけ」

「オルテンシア・ローズドットよ。国内一、いえ大陸一の令嬢よ」


 得意気に胸を張ってオルテンシアが自らを誇る。金の巻き髪をフワリと揺らし、肩にかかった髪を手で払う仕草はまさにお嬢様だ。

 そんなオルテンシアに視線をやりつつ、ルシィが部屋に上がろうとし……廊下を真っ直ぐに線が引かれていることに気が付いた。まるで廊下を1:4に分割するかのように……。


「あれは?」

「あなたの為に私が用意しておいたの。いいこと、あの線よりこっちに入ることを禁じます」

「……はぁ」


 そういうことなら、とルシィが大人しく廊下の隅、狭く区分けされた部分を歩く。

 オルテンシア曰く、学院への寄付金の額を考えれば当然、寄付金の額が少なく魔力の少ない者は日頃から弁えて生活すべきとのこと。これにはルシィも何も言い返す気にならず、狭い方を歩きながらオルテンシアに続いて部屋へと向かった。


 部屋は――この徹底した格差思考をみるに他のランクの部屋も同じかは定かではないが――三部屋に分かれており、キッチン付のリビングを真ん中に構え個々の個室へと繋がっている。二人で生活するには十分すぎるほど広く綺麗でトイレはもちろん入浴施設も備わっており、寮の部屋というには些か豪華すぎる。だがリズテアナ魔法学院に通うような者にはきっとこれが当然なのだろう。

 もちろんリビングにも光の線引きはされており、それを視線で辿ってルシィがふむと小さく呟いた。


「ところでオルテンシアさん」

「……」

「オルテンシア様」

「なにかしら」

「この線引きだとトイレに行けないんですが、私はどこで漏らせばいいんですか?」

「今トイレまで繋ぐわよ!」


 み゛ぃ!と喚きながら――また変な声が出た……声か?音か?――オルテンシアが片手を振るえば、その瞬間床に灯っていた光の線がて伸びあっという間にトイレまでの道を作りだした。

 その手際の良さと光が灯る美しさにルシィが思わず「おぉ」と声を漏らす。


 そうして用を足して改めて生活のルールを確認する……というより、自室に行こうとしたところを「いいこと、聞きなさい」とオルテンシアに呼び止められてしまった。


「あなたにローズドット家に仕える者の心得を教えてあげる。ここに座りなさい」

「ここに座りなさいって言うぐらいなら、自分で引いた線の領域を考えてください」

「私が呼んだ時は来ていいのよ!」


 早くしなさい!と声を荒らげるオルテンシアに従い、ルシィがならばと線を跨ごうとし……バチ!と走った電気のような刺激に目を丸くさせた。

 痛いというほどではなく、子供が悪戯に使う玩具程度の刺激だ。それでも不意打ちで喰らえば驚くというもの。

 いったい何だと足元の線を眺め、次いでオルテンシアに視線をやれば、彼女は居心地悪そうにそっぽを向いていた。


「……『私が呼んだ時は来ていいのよ!』って言うくらいなら変な仕掛けは解除しておいてくれませんかね」


 首を痛めんばかりにそっぽを向くオルテンシアに訴え、再度線を跨ぐ。

 今度は電気が走る気配は無く、安全を確認すると共にルシィがオルテンシアの領域へと入った。


 そうしてローズドット家に仕える者の心得を言い渡されたのだが……、


「常に私を敬い、何があろうと私を優先しなさい」

「はい」

「当然、食事は貴方が用意するのよ。どこで何を食べたいか、前もって私に確認をして食事の時間までに用意しておくこと」

「はい」

「あと、就寝時間といえど廊下の電気を消すことを禁じます」

「怖いんですか?」

「それに、毎朝ミルクたっぷりのコーヒーを適温で用意しておくこと」

「ミルクたっぷりとは?」

「お砂糖を入れたカップ一杯のミルクに対して、コーヒーを小さじ一杯よ」

「それもうミルクじゃないですか。で、適温とは?」

「世間一般ではぬるいと言われる温度よ」


 心得ておきなさい、と堂々と言いきるオルテンシアに、ルシィが呆れたように口を開き……「かしこまりました」と頭を垂れた。



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