短編:「はい、クラウディオさん」
「面接とは思わず緊張しないで話をしてくれ」
「はぁ……そもそも面接に来たわけじゃないんですけどね」
そうルシィが返せば、向かいに座る男が穏やかに笑い「さて」と話題を変えた。
現在地はこの男の屋敷の一室。
数ある応接間の一つというが、その造りの懲りようと華やかさは圧倒されてしまう程だ。どの家具も質が良く、細かな掘り込みと飾りが施されている。それでいて家具を並べても喰い合わぬのだから持ち主は家具に劣らぬセンスの良さなのだろう。
さすがローズドット家の客間だ。そう部屋中を見回していたルシィが感心し、出された紅茶に手を伸ばした。
コクリと一口飲み込めば紅茶の味と香りが仄かな甘さと共に口内に広がる。濃すぎず薄すぎず、その絶妙な味わいはさすがローズドット家の茶葉だと再び感心する。なるほど、これを飲み慣れているとなればそこいらの茶葉など安っぽく感じてしまうだろう。
出された茶菓子もどれも細かな砂糖細工が施され、ルシィが改めて――そして本日何度目かになるのか最早分からないほどに――さすがローズドット家の客間だと小さく息を吐いた。ほんの少し、疲労を混ぜつつ。
……そう、現在地はローズドット家の客間なのだ。
「あの、私お花を届けに来ただけなんですが……」
「そうか。それで、フルネームはルシィ・ブランシェットだったかな」
「……はい」
相手は大陸一番の貴族ローズドット家の当主、そしてルシィのルームメイトであるオルテンシアの父親でもある。
そんな人物を無碍には出来ず、ルシィが唸るような声色ながら頷いて返した。
リズテアナ魔法学院が長期休みに入り、今回もまたエレンナのところで世話になろうと決めたのが数日前。
そうして初日を迎えたわけだが、その矢先にローズドット家から花の注文が入った。ならばとルシィが届けに来て……あれよと言う間にローズドット家の客間で当主と向かい合う今に至る。
受領のサインと代金さえ貰えれば帰れるんだけど……そう思えどローズドット家当主は穏やかに笑うだけで、訴えてみても「そうか、ところで」と話題を変えてしまう。
参ったなぁ、とルシィが頭を掻いた。今日の予定はこれといってないが、かといってこのままローズドット家当主とお茶を飲む気にもなれない。もちろん、面接なんてもってのほか。
「あの、私そろそろお店に戻りたいのですが」
「そうか。ところでルシィ、リズテアナ魔法学院を卒業したらどうするかは決まっているのかな?」
「当分はエレンナさんの世話になろうかと……。それで、ここに受領のサインを」
「そうか、ところでルシィ、きみは猫の世話も出来ると聞いたんだが」
「あのー、代金を」
「それにオルテンシア用のコーヒーも淹れられると聞いた」
「いえですから、お花の受領と代金を……ん?」
埒が明かない押し問答の最中、ルシィがふと顔を上げた。
声が聞こえる。
遠くから徐々に、こちらに近付く様に……「みぃー」という声が……。
「お父様! なんで私に黙ってルシィの面接をみ"ぃー!」
と勢いよく飛び込んできたのは勿論オルテンシアだ。
白と茶の二匹の長毛猫を両手に抱き抱え、ニャーニャーニャンニャンと鳴き喚く中で負けじとみぃみぃと訴えている。
そんな三重奏に、またややこしくなったと思わずルシィが溜息をついた。ローズドット家当主だけならばまだしも、オルテンシアと猫達までも加わっては逃げようがない。
「オルテンシア様、私は別に面接を受けに来たわけじゃありませんよ」
「なによ平民のくせに! ローズドット家の屋敷に来られて光栄に思いなさい! みぃ、みぃー!」
「え、この子達のおやつの時間? 仕方ないなぁ」
溜息をつきつつルシィがポシェットに手を掛ける。
いつ何時オルテンシアと猫達に絡まれても良いようにと常日頃このポシェットを身に着けているのだ。中身は勿論、各々の好みに合わせて揃えたおやつ。
それを見て、オルテンシアに抱き抱えられた二匹の猫が鳴き声を増した。急かされているのだろう、それを察してルシィが「はいはい」と宥めつつポシェットを漁る。
ニャーニャー!ニャー!
「はい、ホワイトローズ様は鳥のササミですね。どうぞ」
ニャグニャグニャグ
ニャン!ニャ、ニャン!
「はい、ゴールドローズ様はかつおぶしですね。どうぞ」
ハグハグハグ
みぃみぃー!みぷぅー!
「はい、オルテンシア様はチョコチップクッキーですね。どうぞ」
サクサクサク
そうして三匹……もとい一人と二匹におやつを与えて静かにさせたルシィが、いい加減受領のサインと代金を貰って店に戻ろうとローズドット家当主に向き直り……、
「採用」
と、何かの書類に――きっと雇用契約書に違いない――判を押す姿に瞳を細めた。
「というわけで、今回の長期休みはエレンナさんの花屋と“オルテンシア様専属お友達”の兼業です」
「大変だなぁ、ルシィ。無理して体壊すなよ?」
せっかくの休みなんだから、と労わってくるコンラドに、ルシィが肩を竦めて返す。
対してオルテンシアは未だ「みっ!みっ!」と喚きながら、揚句に、
「卒業までに適性があるか見てあげるわ!」
と相変わらずな態度だ。
適性を見出されれば卒業後はローズドット家に住み込みか……そうルシィが考える。だが案外に満更ではないのは、ローズドット家当主が提示してきた雇用契約書に書かれている賃金が想像以上に良かったからだ。さすがローズドット家、払いの良さは大陸一番と聞く。そのうえ住み込みの部屋も広くて快適そうだった。
だがエレンナのところで花屋の手伝いも続けたい。リルの面倒を見るためには学院に近い方が良いし……と、あれこれと考え出すルシィに、コンラドが苦笑を浮かべつつ「進路に悩みのはまだ先だ」と肩を叩いた。なんとも先輩らしい口調ではないか。
そんな長閑な光景を一人冷ややかに見るのは、もちろんクラウディオだ。
今回の長期休みはルシィと二人で過ごそうと決めていたのに碌に会えず、ようやく会えたらこの話……。
兼業? 住み込み? 冗談じゃない!
「ルシィの卒業後の進路は俺のお嫁さん一択だ!」
ガタン!とクラウディオが立ち上がり声を荒らげれば誰もが彼に視線をやり、次いでコンラドが腹を抱えて笑いだし、オルテンシアが「みっ!?」と声をあげ……そしてルシィは頬を赤く染めてコクリと一度頷いて彼に返事をした。
ルシィ・ブランシェットは相変わらず時々忘れて、思い出して、そして思い出せない時もある。
だがルシィには未来がある。それも、とびきり輝かしい未来が。




