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【完結】ルシィ・ブランシェットは思い出した。  作者: さき


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25/29

「さぁ行こう。一緒に」

 

 濃い紫色のドレスに身を包み、鏡を前に椅子に座る。この日のためにと手配された者達は誰もが手際よく、ルシィが椅子に座るや目に見えぬ速さで髪を編み上げて髪飾りを留めてくれた。

 銀色のシンプルな髪飾りだ。それでも綺麗に編み上げられたルシィの紫色の髪にはよく映え、綺麗なものだと鏡を眺めれば選んでくれたオルテンシアがニンマリと笑うのが鏡の隅に映り込んだ。

「ドレスに合わせてこれになさい。シンプルさが映えるはずよ。まぁ、貴女みたいな平民は髪に飾りをつける習慣がないから分からないだろうけれど!」と、そんなことを言ってくれたことを思い出す。平民云々については色々と言ってやりたい気もしたが、それでもシンプルさがドレスに似合っていることは確かだ。


「まぁ見られなくもない程度にはなったわね。特別に隣を歩くことを許可してあげるわ!」

「はいはいはいはい、ありがとうございます」

「はいが増えてる!」


 みぃ!とオルテンシアが怒りつつ、それでもちょこちょこと歩いて隣に立った。

 詰めてくるのは目の前の鏡に映りたいのだろう、それを察してルシィが僅かに横にずれれば、狭い鏡にドレスを纏った二人の少女が映り込んだ。

 淡い色合いと可愛らしい花の飾りをあしらったドレスを纏うのはオルテンシア。金の髪をリボンで結い上げ、胸元には加工された花の飾りが輝いている。本来は予定していなかったネックレスだが、顔を赤くさせながら「みっ、みっ」と嬉しそうにルシィに差し出して着けさせたところを見るにコンラドからの贈り物なのだろう。

 その隣には濃紺のドレスを纏うルシィ。シンプルなドレスは我ながら見事だと思う程に体にフィットし、髪を編み上げたことにより肩と首筋が露わになっている。「寒いかなぁ」と呟けば、どういうわけかジッと見つめてきたオルテンシアがパタパタと窓辺に向かい、「みー!」と声をあげた。


「……何してるんですか」

「別に。それよりルシィ、コンラド達が迎えにくるまでリルのところに行きましょう」


 ほら、と急かしてくるオルテンシアにルシィが怪訝な顔をしつつ、それでも腕を取られては仕方ないと引っ張られるように部屋を後にした。



 期末パーティーは学院内で一番広い施設で開かれる。

 リズテアナ魔法学院だけありその施設は相当の広さがあり、生徒全員が入っても好きに過ごせダンスをするにも十二分な規模である。それどころか中流階級の生徒達に至っては自分の屋敷よりも広いと感じるほどなのだ。

 そんな施設がこの日の為にと綺麗に飾り付けられ、そのうえ学院や各家から手配されたシェフや給仕がパーティーを切り盛りする。社交界のパーティーと寸分変わらぬどころか並大抵のパーティーとは比べ物にならないその絢爛豪華さは流石の一言である。

 もっともローズドット家の令嬢であるオルテンシアからしてみればこの程度のパーティーはさしたるものでもないらしく、リルの元へと向かう最中に通りがかり、華やかに飾りつけされ教育機関の一施設とは思えない豪華さに唖然とするルシィを鼻で笑った。


「この程度のパーティーで緊張しているようじゃ、社交界では笑いものよ」

「ここにクラウディオさんと来るんですね。オルテンシア様はコンラドさんと」

「み、みみみ」


 コンラドの名前を聞くや緊張しだすオルテンシアにルシィが苦笑をもらす。

 そうして「馬鹿にしたわね!」と怒ってくる彼女を宥めつつ森へと向かい、グルグルと喉を鳴らして待ち構えていたリルへと歩み寄った。


「リル、良い子にしてた?」


 そう尋ねながらルシィが片手を差し出せば、リルが鼻を摺り寄せて瞳を細める。甘えてくる仕草はまるで猫のようで、当時の姿はまだあまり思い出せていないがそれでもルシィの胸に懐かしさが沸く。


 学院長はリルが生活するためにと学院裏の土地を用意してくれた。流石に自由に走り回れるほどではないが、生活するに苦は無いだろう。鳥の亜種と公表し、そのうえ学院が責任を持って管理をすると宣言してくれたおかげで最近は空を飛ぶことも許されている。

 それどころか最近では学者どころか生徒達までもリルに興味を抱き、ルシィはここ幾人もの生徒から「リルを見たい」と申し出られ、彼等が恐る恐る近付いてリルに触る姿を見守っていた。

 ドラゴンの血を引いている、という噂話が逆に功を奏したのかもしれない。どうやら古代の生き物に浪漫を感じている者は少なくないようだ。とりわけ、リルが無害で人懐こいから尚の事、一度見てみたい撫でてみたいと思う者が後を絶たず、そして誰もが一度では済まず再び足を運んでいる。


「リルは良い子だから皆好きになるの。ねぇリル、みっ、みぃーい」

「最初はおっかなびっくり近付いてたくせに」

「まぁ何のことかしら。ルシィってば私とリルの仲が良い事に嫉妬してるのね。みぃ、み、みぃー」


 オルテンシアがリルの頬を撫でながら「み」で話しかければ、リルもまたグルグルと喉を鳴らし時折はニャーンと鳴いて返す。

 随分と懐いているようで、二人で「み、みぃ」「ニャーン」と交わす姿はまるで会話をしているようだ……というより実際に会話をしている気がする。それに対してルシィがそんなまさかと思いつつ、それでもリルの頭を撫でた。

 そうしてしばらく二人と一匹で過ごしていると、


「ルシィ」

「オルテンシア嬢」


 と、声が掛かった。

 振り返ればクラウディオとコンラドの姿。ここに居るとふんで来たのだろう、二人が顔を見合わせて「やっぱり居たか」と笑っている。

 そんな彼等の服装は普段の学院のケープやローブではなく、今日のために仕立てたスーツ。

 クラウディオはルシィに合わせた濃紺のシンプルな作りで、胸元に一点添えられた銀色の飾りが目を引く。裾は眺めにとられており、彼が歩くたびにふわと揺れる。

 対してコンラドは黒いスーツに赤い飾りをあしらい、花とリボンを基調にしたオルテンシアに合わせたのだろう胸元にも花の飾りを添えている。それがオルテンシアのネックレスと同じ飾りなのは言うまでもない。

 そんな二人が並ぶ様はまるで絵画のようで、ルシィはクラウディオに、オルテンシアはコンラドに、それぞれ自分の名を呼ぶパートナーの姿に見惚れて吐息をもらした。


「ここに居るだろうと思ったんだ」


 そう笑うクラウディオに、ルシィは己の頬が赤くなるのを感じながら俯いて応えた。

 今日の彼はまさに王子様だ。普段から王子様のようだと思っていたし、そもそも第二王子なのだが、それを抜きにして『まるで王子様』である。ただでさえ格好良い彼の正装なんて卑怯だ、そうルシィが俯きつつ心の中で呟く。

 彼の姿を見たい、だけど恥ずかしくて見られない。チラと顔を上げただけで心臓が高鳴って締め付けられて跳ね上がってどうにかなりそうなのだ。

 そんなルシィに対し、クラウディオが「えぇっと、その……」としどろもどろになりつつ、そっと肩に触れて来た。


「凄く綺麗だ……。顔を上げて、ちゃんと見せてほしい」


 そう優しく声を掛けられ、いったいどこに拒否できる者がいるというのか。

 少なくともルシィには抗えることが出来ず、高鳴る心臓を押さえつつもゆっくりと顔を上げた。

 金糸の髪が揺れ、青い瞳が愛しげに見つめてくる。ほんのりと頬を染めているのは自分のドレス姿を見て綺麗だと感じてくれたからだろうか、そんなことを考えれば再び心臓がしめつけられる。魔法を使っていないのに思考がままならない。


「あの、あ、あんまり見ないでください……その、こういうのは、慣れてなくて……」

「そ、そうか。すまない……あ、あとこれを」


 クラウディオが鞄から何かを取り出し、そっとルシィの肩に掛けた。

 ストールだ。透けたレースで作られており、細工されているのかキラキラと輝いている。美しい色合いで、濃い色合いのドレスに良く映える。

 それを肩に纏うように掛けられ、ルシィが不思議そうに首を傾げてストールを撫でた。柔らかな肌触り、透けているだけに暖かいとまでは言えないが、それでも露出した肩と首筋を風から護ってくれる。


「クラウディオさん、これは?」

「急ぎで用意したものなんだが、ドレスにも合ってるし、もしよかったら今日エスコートさせてもらう礼だと思って受け取ってくれ」

「あ、ありがとうございます……」


 愛おしむような暖かな瞳で見つめられ、ルシィがストールの裾をキュっと掴んではにかんだ。

 薄いレース地なのに暖かい。はたしてこれはストールが風を遮ってくれているからなのか、それとも彼の気遣いが嬉しいからなのか、それとも胸の高鳴りが体温を上げているからなのか……。

 そのどれなのか分かるわけがなく、熱が灯る頬を手で押さえて誤魔化す。


 そんな中、低く鐘の音が響きその場に居た誰もが顔を上げた。

 パーティー開始を知らせる鐘の音だ。どうやらのんびりと暖かく甘く過ごしている内に開始時刻になっていたようで、いよいよだと期待が募る。

 それと共にクラウディオが僅かに身を屈めて、片手を差し出してきた。


「どうぞ、手を」


 その言葉、そして彼の姿、まさに物語に出てくる王子様だ。王子様がエスコートを申し出ている。

 眩さすら感じかねない光景にルシィの胸を高鳴らせていた期待が一瞬にして嵩を増し、それと同時にどう返していいのかと慌てて周囲を窺った。


 そうして目に着いたのは、同じように片手を差し出すコンラドの姿。

 もちろん彼の目の前にはオルテンシアが居て、彼女は幸せそうに微笑むと裾がつかない程度に小さく身を低くさせ差し出された手を取った。さすがローズドット家の令嬢、その姿は上品でありまさにお姫様だ。なるほど、ああやるのか……とルシィが納得する。

 だが次の瞬間、返事が来ないことを疑問に思ったのかクラウディオがチラと顔を上げ、


「……カンニングしたな」


 とニヤリと笑った。

 思わずルシィがムグと口を噤み、仕切り直しだとコホンと咳払いをする。

 そうして先程のオルテンシアの姿を思い描きながら身を低くさせ、差し出される彼の手を取った。もちろん「よろこんで」と一言そえて。




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