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【完結】ルシィ・ブランシェットは思い出した。  作者: さき


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23/29

「記憶を忘れても相変わらずの態度なのね……!」

 

 おかしな鳴き声を聞きつけたルシィがその音を辿れば、同年代の三人の男女が居た。

 金の髪を揺らして「み゛!」と喚いている少女に、そんな彼女の隣に寄り青年が二人。片や金の髪、片や赤い髪と対照的な色合いを見せているが三人とも同じ色のケープとローブを羽織り、その光景にルシィもまた自分の肩に視線を落とした。

 自分が羽織っているケープも同じ色なのだ。もしかしたら何か関わりがあるのかもしれない……。

 だがそんなことを考えた次の瞬間、金髪の少女と赤髪の青年に飛びかかる様に抱き付かれて無様に後ろに倒れ込んだ。背後で構えていたリルが突然のことに驚いたと小さく唸りをあげたが、敵意はないと察したのかフンと鼻息を鳴らすだけで助けてはくれない。


「ルシィ! 良かった、無事だったんだな!」

「あの、貴方は……?」

「み゛! みぃい!」

「え、なんでそんなに怒ってるんですか?」


 片やしきりにルシィの名を呼び、片やみぃみぃと怒りの喚き声をあげながら、倒れてもなおしがみついてくる二人にルシィが尻もちをついたまま目を丸くさせる。

 いったい彼等は何なのか、そう問おうとするも呆気にとられてしまい、ならばとルシィが一人立ち尽くしている青年に声を掛けようと顔を上げ……。


 ポタ、と涙を落とした。


「あれ、なんで私……」


 どうして涙が出るのか分からない。それでもルシィの瞳から涙が溢れ、拭ってもまた一滴零れていく。それと同時に喉がひくつき、何かを喋ろうとするも掠れた声に変わってしまう。


 貴方達は誰ですか?

 私とはどんな関係ですか?

 なんで私はこんなところに居るんですか?


 そう尋ねようと思っても声にならず、そんな質問よりも何か別の言葉が喉をせり上がってくる。だけど最後の最後で声にならないのは、紡ぎたい言葉が分からないからだ。

 何かを言いたい。目の前で呆然とし、そして青い瞳をゆっくりと滲ませる彼に何かを告げたい……彼の名前を呼びたい。

 だけど呼ぼうにも彼の名前はおろかこの場にいる誰の名も分からず、ルシィは小さく唇を開いて掠れた声だけを出した。なんてもどかしいのだろう、歯痒く、そして言葉が思出せない焦燥感すら抱く。

 声が、喉が、これほどまでに彼の名を呼びたがっているのに。


「あっ……貴方の、名前は?」


 そうルシィが問えば、目の前の青年が青い瞳を柔らかく細めた。そうして小さく笑うと、こちらに近付いてくる。

 ルシィの体にしがみついていた二人の男女をどかし、手を差し伸べてくる様はまるで王子様のようではないか。尻もちをついたままそれを見上げ、ルシィが促されるままに片手を差し出した。

 彼の手に己の手を包まれれば、この感覚に覚えがあると鼓動が高鳴る。まるで繊細な宝物でも扱うかのように柔らかく触られるのはくすぐったくもあり、それでいてキュッと指先を掴んでくる手の動きは逃がすまいとしているようで胸が跳ねる。

 細くしなやか、それでいて触れれば男らしさを感じさせる大きな手。こんな手に頭を撫でられたら気持ちいいだろう、そう考えてルシィがゆっくりと起き上がり……そして抱きしめられた。


 強く、苦しいほどきつく彼の腕が背に回される。

 半ばしがみつくかのようなその抱擁にルシィが目を丸くさせた。だが驚きこそしたが嫌悪は無く、それどころか安堵が湧いて涙が更に溢れ出す。


「俺はクラウディオ、クラウディオ・バレクだ。俺の名前を知らないなんて、俺以外の奴に知られたら不審者扱いからの不敬罪コースだからな」


 そう微かに声を震わせそれでも小さく笑って告げてくるクラウディオに、ルシィが彼の腕の中で何度もその名を口にした。「クラウディオさん、クラウディオさん……」と、その言葉のなんと胸に溶け込むことか。

 あぁ、喉まで出かけて心臓を絞めつけていたのはこの名前だったのか。と、自分の中でパズルのピースが嵌まったかのように納得する。ここに居る理由も彼等との関係も、それどころか自分のことすらも碌に思い出せていないのに、クラウディオの名前を口にすればもう大丈夫だと心のどこかで落ち着いてしまうのだ。


 彼が居れば大丈夫、きっと何とかしてくれる。


 そんな安堵と共にルシィが彼の体に身を預け「帰ろう」という暖かな言葉に頷いて返した。

 どこに帰るのか分からないし思い出せないが、それでも彼に言われれば頷くしかないと思えたのだ。



 警備が増員されたこともあってか、もしくはクラウディオという後ろ盾を得たからか、ルシィ達が学院に戻る頃には重装備をした男達の姿も無く、それどころか学院長が出迎えてくれた。

 彼もまた大変だったのだろう表情には疲労の色が見える。そのうえルシィが「初めまして」と恭しく頭を下げるのだ。それを見れば彼の表情に悲痛そうな色が加わり、「そうか」と嘆く様に呟くと眉間に深い皺を寄せ、大事に不在だったことを詫びた。

 自分より一回りどころか二回り以上年が離れた学院長に頭を下げられ、これにもまたルシィはキョトンと目を丸くさせる。内心では「どうやら初めましてではなかったようだ」と呟くが、それでも流石にここで水を差すようなことは口にせずにいた。



 そうしてリルを学院の裏手に匿い、宛がわれた応接間のソファーに座ると誰からともなく深く息を吐いた。

 ひとまずは収束の気配が漂う。もちろんこれで全て終わりというわけではないのだが、それでも一息つけるようにはなったのだろう。といってもルシィは未だ何があったのか分からず、どうしたものかと周囲を見回した。

 当事者なのであろうことは分かる。だが分かるのはそれだけだ。ルシィにとっては「自分が当事者の何か大変なことが起こって、そしてひとまず終わった」という状態なのだ。虫食いどころではない、はたしてこれを当事者と言っていいものかどうか。


 そうルシィが訴えつつ事態の説明を求めれば、向かいに座るオルテンシアと名乗った少女が上質そうなスカーフで目元を拭い、コンラドと名乗った青年がその肩を叩いた。

 そしてルシィの隣に座るクラウディオがゆっくりと手を伸ばしてきて、優しく手を握りしめると共に一つずつ話し出した。



 リズテアナ魔法学院に入学したこと、魔力測定をしたこと、学生らしく授業を受けたこと、寮で生活したこと、皆で過ごしたこと。そして今朝のドラゴンの騒動……。聞いた話の殆どをルシィは思い出せずにいた。

 だがそれでも話を聞いているうちに欠片めいた記憶は蘇ってきて、時には「ホットコーヒー」だの「目玉焼きが乗ったパン」だの「ホットトマト汁」だのと随所で単語を口にしていた。――それにしても食べ物ばかりである――

 そんな虫食い状態の記憶ながら事態を把握し、ルシィがゆっくりと息を吐いた。


「ルシィ、思い出したか?」

「少しだけです。学院であったこととか、詳しいところまでは多分……」


 多分、思い出せない。

 そうルシィが呟く様に答えれば、クラウディオが更に手を強く握ってきた。暖かな手に包まれてルシィが彼を見上げれば、青い瞳がジッと見つめてくる。

 そうしてそっと手を離すと、今度はその手をポンと頭の上に置いてきた。ポンポンポフポフと優しく叩いてくる。なんとも心地よく、ルシィが瞳を細めてそれを受ける。


「無理に思い出さなくても良いさ。忘れたなら、これからまた思い出を作っていこう」

「……クラウディオさん」

「俺の名前を忘れても構わない。その度に教えてやるから」


 そう微笑んで告げられ、ルシィは胸が高鳴るような感覚を覚えて慌てて顔をそらした。頬が熱くなる。なんて優しい微笑み、そして甘い声だろう。

 彼と自分は恋仲だったのだろうか……それすらも思い出せない。だけどこの気持ちは紛れもなく恋だ。彼が好きだ、そんな気持ちが胸の内で熱く灯って鼓動を早める。

 そんなルシィに対してクラウディオは柔らかく微笑んだまま、ポンポンポフポフと上機嫌で撫で続けていた。


 そんな中でオルテンシアが「みっ!」と声を荒らげた。まるで甘い空気を許さないと言いたげであり、次いでビシと音がしそうなほど指をさしてくる。

 そのうえ先程までグスグスと泣いて涙を拭っていたスカーフを勢いよく机に叩きつけ、高飛車に胸を張ってルシィを睨みつけてきた。――もっともいかに傲慢さを演出しようともスカーフは布でしかなく、ペシンと間の抜けた音がするだけだ。そのうえそのスカーフをコンラドが手に取って律儀に畳んでやっている――


「忘れるなんて、私は許さなくってよ! 今朝ようやくルシィはローズドット家のコーヒーを淹れられるようになったのに、また一から指導しなくちゃいけないなんて冗談じゃないわ!」

「あ、それなら……なんとなく記憶が……」

「み!? あら、平民のくせに私のコーヒーについては覚えていたのね。いいわ、それでこそ私に仕えるルームメイトよ」

「コーヒーなんて一滴も入れてない、という記憶が……」

「驚愕の事実!」


 どういうこと!?とオルテンシアが慌てだし、ついにはみぃみぃと喚いてルシィに詰め寄ってきた。

 それに対してルシィは相変わらず彼女の言わんとしていることを察しつつ「事実は事実ですから」と飄々とした態度で宥めた。

 そのやりとりは昨日までのものと何一つ変わらず、最終的にオルテンシアが「みぷぅ」と一言告げてルシィが「そこまで仰るなら」と折れて謝罪の言葉を口にするところまで何ら変わりがない。本当に記憶を失っているのかと問いたくなるほどだ。


 それを見ていたクラウディオとコンラドが目を丸くさせつつ顔を見合わせ、次いでクツクツと笑みを零した。

 ルシィとオルテンシアが交わす、何度も見て来たやりとりだ。朝に二人を見かけて声を掛け、昼食の時にいつものベンチで、空いた時間を共に過ごして、時には誘って四人でとった夕食の場で……いつも聞いた、何一つ変わりのないやりとり。


 ルシィ・ブランシェットはたくさんのことを忘れて思い出せずにいるが、変わらずルシィ・ブランシェットなのだ。




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