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【完結】ルシィ・ブランシェットは思い出した。  作者: さき


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「なんだか呼ばれたような気がしたんですが」


 複数の男達に腕を取られ、クラウディオは一歩も動けない状態で灰色のドラゴンとその腕の中にいるルシィを見送るしかなかった。

 満身の力で――それこそ死傷を負わせることも厭わないと――放った魔法も何故か効かず、そうなるとクラウディオも年相応の腕力しか発揮できない。重装備を背負った屈強な男達に囲まれれば途端に無力になってしまうのだ。

 それがクラウディオには不甲斐なく思え、その憎悪に似た思いのまま男達を睨みつけ……そして放たれた炎の威力とそれを受けて落ちていく巨体のドラゴンに息を呑んだ。

 ルシィを連れたドラゴン。架空の生き物とさえ考えられていたそれをルシィはかつて飼っていた猫の名で呼び、そして恐れることなく腕の中に収まった。だというのに、そのドラゴンが今は大きくバランスを崩し、森の中に落ちていく……。


「ルシィ! ルシィ!」


 男達に腕を取られたままクラウディオが叫ぶ。もちろんグラウンドから森に声が届くわけがないのだが、それでも今はルシィの名を呼ばずにはいられない。

 オルテンシアとコンラドも同じなのだろう、男達に押さえられながらもルシィの名を呼び、オルテンシアに至っては自分の腕を掴んでいる男達に喚きながら魔法を放っている。それでも効かないのだ、ローズドット家の魔力でも効果が無いとなると随分と怪しい研究だ……と、そうクラウディオが思考の隅で考える。もちろん、抗いルシィの名前を呼びつつだ。


「離せ! 外部の者が学院内で勝手な真似をして許されると思ってるのか!」


 そうクラウディオが右腕を押さえつける男を睨みつければ、顔まで覆う重装備の下で僅かに鼻で笑うのが分かった。次いでその背後に構えていた一人が懐から一枚の用紙を取り出す。

 そこに書かれている文面を読み、クラウディオが目を丸くさせた。


「残念だがリズテアナ魔法学院の指揮権は現在我々にある」

「な、そんな学院長は……」

「世の中にはどうしようもないことがあるんだ。悪いなお坊ちゃま」


 クツクツと下卑た笑みを浮かべ、男がわざとらしく見せつけるように用紙を懐に戻す。

 勝ち誇った笑みはこの場の指揮権が自分にあり、だからこそクラウディオ達がどれだけ抗おうと無駄だと考えているのだろう。現に駆けつけてきたリズテアナ魔法学院の警備達も躊躇いの表情を浮かべていた。

 この状況だ、学院長も全権利を剥奪されどこかで監視されている可能性もある。彼の助けは望めない、つまりこの場の采配は今目の前にいる男が……。

 そこまで考え、クラウディオが自分の腕を掴む男を睨みつけた。


「離せ。俺を誰だと思っている」


 と、そう言い捨てる言葉は自分が何より嫌う言葉だ。『自分を誰だと思っている』等と驕るにも程がある。

 きっとルシィがいれば「とんだ選民思想ですこと」と笑ってくれるだろう。悪戯気で嫌味たっぷりと、それでも悪意も感じなければ嫌悪も湧かない。自分を第二王子と知ってもなお向けられる彼女の皮肉に、冗談で返してやろうかそれとも頭を軽く叩いて宥めようかといつも考えていた。

 どちらにせよ彼女は笑って自分を見上げてくれるのだ。あぁ、でもその思い出も忘れてしまうのかもしれない、そう考えてクラウディオが再び目の前の男へと意識を向けた。

 今すぐにルシィの元へ行かなければ。だがこの男はそれを許してはくれないだろう、学院の指揮権は今全て彼に委ねられているのだ。……学院の指揮権は、だ。


「お前達が学院長から指揮権を奪おうと、この学院が国内にある以上俺の命令に従って貰う」

「……は?」

「俺を誰だと思っている! クラウディオ・バレク、国を総べるバレク家だ!」


 そうクラウディオが言い放てば、男達が息を呑む。他国から来たのだろう彼等はクラウディオの名前こそ知っていたが顔までは知らなかったか、もしくはおぼろげながらに知っていてもこの珍事に絡んでくるとは思っていなかったか。

 どちらにせよ「気付かなかった」という彼等の反応はクラウディオにとって不快でしかなく、そしてこの国において知らなかったとはいえ王族に危害を加えることは不敬罪にあたる。


 俺を知らないなんて、そんなことを言っていいのはルシィだけだ。


「警備、こいつらを捕えろ」

「で、ですがクラウディオ様……」

「学院内であろうと俺はクラウディオ・バレクだ。それにローズドット家のオルテンシア嬢にまで危害を加えようとしている。異国の蛮族を不敬罪として咎めるには十分だろう」

「はっ……はい!」


 冷ややかなクラウディオの言葉に、今まで困惑していた警備達が慌てたように身構えて男達へと向き直った。普段彼等は学院の警備を任されており、その時は王子らしからず気さくな態度のクラウディオと接していたのだ。

 恭しく頭を下げれば「学院内では一生徒なんだから」と笑い、それどころか時には彼から挨拶をしてくる。そんなクラウディオが今はその立場を口にして命令をしてくるのだから、そこに含まれる怒気を察せないわけがない。普段が柔らかく穏やかだから尚の事、この命令を背くわけにはいかないのだ。

 警備が意識を改めて、一部は応援を呼ぶために掻け出し、一部はクラウディオ達を護るために男達へと武器を構えた。


「みっ! 離しなさいよ無礼者!」


 オルテンシアが嫌悪と侮蔑を言葉に込めて身を捩る。

 だがそれでも彼女の腕を掴む男は離す気はないようで、それどころかクラウディオが名乗ったことで自分達の立場が揺らぎつつあるのを感じたのか盾にするようにオルテンシアの肩を掴んだ。元より小柄な彼女がそれに耐えられるわけがなく「み゛っ!」と悲鳴があがる。

 それと同時にバチバチと音がするのは怒ったオルテンシアが魔法を放ったからだ。だがやはり相手には効かず、ただ電気が弾けるような音だけが虚しく響く。


「煩い小娘だと思っていたが、まさかローズドット家の御令嬢とは……。だが残念だったな、俺達には魔法は効かない。そうなってるんだ」


 そう告げる男の言葉にオルテンシアが表情を青ざめさせた。魔法が使えなければオルテンシアは只の少女、この場において何より非力な存在なのだ。自分の無力さを突き付けられて恐怖すら感じたのだろう、弱々しくなった声で「離して……!」と腕を突っ張って抗おうともがく。

 そんな光景を前にクラウディオが小さくやはりと呟いたのは、男の「そうなっている」という言葉を聞いたからだ。

 理屈は分からないが、ルシィは記憶を魔力に変換するようにされた(・・・)。元々からではなく、何かしらの施術によってああなったのだろう。きっとあのドラゴンもルシィの呼ぶ通り元は猫だったに違いない。

 主人は記憶を魔力に変え、飼猫はドラゴンになる……なんとも突飛な話だ。

 その突飛さに『魔法が通じないように施術された男達』が加わってもなんら不思議な話ではない。

 だがそれを頭の中で理解しても腹の内は収まらず、それどころか事態を察していけばいくほど腹立たしさが増していき、腕を掴んでいた男を振り払いオルテンシアを助けようとし……。


「魔法なんて関係ない、拳を握れば人は殴れるんだ」


 そう唸る様に声をあげ、オルテンシアを捕える男の頬に拳を埋め込むコンラドの姿に足を止めた。

 全力で迷いなく放たれた一撃。打撃の音が低く響く。

 よっぽどの衝撃だったのだろう男は殴られた勢いのまま横に倒れ込み、そのまま起き上がることはなかった。頬を殴られたのだから死んではいないだろうが、顎を打たれて脳震盪は起こしているかもしれない。

 もっともそれを気にかけてやる優しさなどあるわけがなく、コンラドが倒れた男には用はないとすぐさまオルテンシアの肩を取った。


「オルテンシア嬢、大丈夫でしたか?」

「コンラド……」


 コンラドに助けられたことで安堵したのか、オルテンシアが大きく一度息を吐く。

 だが男が一人倒れたどころで事態が収束したわけではない。いまだルシィは戻って来ず、攻撃されたドラゴンが空に戻ってくる様子も無い。

 だからこそルシィを追おうと、クラウディオが警備に後を託して駆け出した。もちろん「手荒なことをしても問わない、責任は俺が全て負う」と一言告げて。




 そうして森の中へと向かったのだが、補正された道を馬車で走り抜ければあっという間のこの森も徒歩ではまた別の姿を見せる。

 偵察の鳥を出してルシィ達が落ちたであろう場所の目星はつけたが、それでもそこに向かうまでは徒歩なのだ。こうも鬱蒼と生い茂った森の中では移動を早めるための魔法も使い難く、やたらと魔法を使って居場所を特定されるのも避けた方が良いと考えてのことである。


「ルシィ、頼むから俺が行くまで魔法を使うな……。忘れるなら俺の目の前で俺を忘れてくれ……!」


 そう急く様に呟き、時にルシィの名を呼び、クラウディオが森の中を足早に進む。着いてくるオルテンシアとコンラドも周囲を窺いルシィを呼ぶがいっこうに見つかる気配はなく、三人それぞれが焦燥感を表情にうつし始めていた。

 ルシィの名を呼ぶ以外には誰も他のことを口にすることなく、妙な緊迫感が漂う。


 そんな中、ピョコンと一匹の猫が姿を現した。それも木々の隙間から……ではなく、木々をすり抜けて。

 背後の大木を透かしたそれは伝書の動物であり、どうしてこんな所にとクラウディオが息を切らせながら猫に視線をやり……「ルシィか」とその猫に手を伸ばした。

 ニャーンと甲高い鳴き声を上げ、猫が背後を透かしながらクラウディオに近付く。そうして彼の腕に鼻先を近づけ、腕を伝うようにピョンと登り肩まで飛び乗ると頬に擦り寄った。


『クラウディオさん、大好き』


 その瞬間、クラウディオの耳に聞き慣れた言葉が届く。

 聞き間違えるわけがない、ルシィの声だ。だがその声は頬を摺り寄せる猫から発せられ、それも確認するまもなく猫ごとポンと音をたてて消えてしまう。伝書の動物、もとい伝言の動物か……。だが確かに聞こえた言葉はクラウディオの耳に残り、それを逃さないよう乱暴に己の耳を押さえた。

 ルシィの声だ。大好きと言ってくれた。だけどどうして喜べようか。この魔法を使ったということは彼女はまた何かを忘れたのだ……いや、きっと使ったのはこの魔法だけではないのだろう。

 だからこそ、最後に彼女はこの言葉を贈ったのだ。


「ルシィ、俺を忘れてもいい……何度忘れてもいいから、俺のそばにいてくれ……」


 心臓が締め付けられるような焦燥感を覚え、クラウディオが浅い呼吸を繰り返す。

 だがルシィが落ちたであろう場所まではまだ距離があり、そのうえ偵察の魔法を使っているとはいえ現在地からの距離や正確な方向までは確認できない。

 それに落ちた場所に辿り着けたとしても、そこにルシィが居る確証はないのだ。

 もしかしたら学院のことを覚えていて既に戻ってきているかもしれない。もしかしたら全て忘れて早々とどこかへ行ってしまったかもしれない。ドラゴンの移動が空を飛ぶだけとも限らず、ルシィを掴んだまま陸路を駆け抜けていった可能性もある。研究所の者達が学院内だけではなく森の中にも待ち構えていて、それに捕まったかもしれない……。

 そんな考えが次から次へと浮かび上がり、クラウディオが胸元を掴んだ。心臓が痛み、呼吸が荒くなる。


 だが次の瞬間、「み゛っ!」と聞こえた声にはたと我に返って顔を上げた。


「み゛っ、み゛っ! み゛ぃいい! み゛っ! み゛っ! み゛っ!」


 オルテンシアが大粒の涙を零しながら、誰にでもなく声をあげている。コンラドが驚いて彼女を宥めようとしているが、それも聞かずにひたすら「み゛っ!」と繰り返す。

 いつもの「み゛」だ。それを何度も繰り返し、時には方向を変えて再び「み゛っ!」と声を上げる。泣きながら、それでもルシィを呼んでいるのだ。

 戻って来いと、自分を残してどこかに行くんじゃないと……。

 それを見て、そして彼女の「み゛っ!」を聞いて、クラウディオがふと疑問を抱いた。


 ……なんで自分達は、彼女のあの言葉で言わんとしていることが分かるのだろうか。


「……オルテンシア嬢、もしかして貴女はずっと魔法を」

「み゛っ!み゛っ!み゛っ! み゛ぃいいいっ!」

「そうか、ルシィを呼んでるんだな。オルテンシア嬢、貴女の声なら届く!」


 もっと鳴いてくれ!とクラウディオがオルテンシアの肩を掴む。

 それを受けたオルテンシアは更に「み゛っ!」と繰り返し、事態を察したコンラドもルシィが聞きつけて姿を現さないかと周囲を見回した。


 そうしてオルテンシアがしきりに「み゛っ!」と鳴いてしばらく、ガサと木々が揺れ……



「その音を出してるの、貴方達ですか?」



 と、不思議そうな表情のルシィがヒョコと姿を現した。




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