「俺を忘れても」
そうして迎えたエスコートお誘いの解禁日。
ルシィは朝からシットリと湿ったりカラッと乾いたりと大忙しであった。様々な紅茶の香りを漂わせ、時にはコーヒーの芳ばしい香りも漂わせる。
それも休み時間に入り講堂にクラウディオが現れるやピークを迎え、ルシィの体中に紅茶とコーヒーが一斉に滲み出した。耐え兼ねたルシィが「せめて統一して!」と悲鳴をあげ、見兼ねたオルテンシアが「み゛っ!」の一声で全ての魔法を弾き返す。――さすがオルテンシア・ローズドット、こちらもキッチリと一倍返しである。おかげで講堂のあちこちから悲鳴があがった――
「ありがとうございます、オルテンシア様」
「貴女のためじゃなくクラウディオ様のためよ。お声を掛ける相手がこんなシットリカフェイン女じゃ王族の沽券に関わるわ」
フン!とオルテンシアがそっぽを向く……が、次いで「みっ!」と声をあげルシィの腕を掴んで顔を赤くさせるのは、クラウディオに続いてコンラドまでも講堂に現れたからだ。
目的を察したのか誰もが彼等に視線を向けるも、気付いているのかもしくは他など見る気はないのか彼等はまっすぐにルシィ達の元へと向かってくる。女子生徒の一部からクラウディオを呼ぶ声がするが、普段であれば気さくに手をふったり手を振る彼も今は一人の男子生徒らしくよその声には視線すら向けず、真っ直ぐにルシィのもとまで歩み寄ると目の前で立ち止まった。
いつもの穏やかさが今はなく、緊張しているのだろうか表情が僅かに強張っている。金の髪が揺れ、青く綺麗な瞳が真っ直ぐに見つめてくる。彼は自分だけを見つめている、そう考えれば言い得ぬ高揚感すら覚え、ルシィが彼の言葉を待った。
シンと静まった講堂内で、クラウディオがゆっくりと手を差し出してくる。
落ち着かせようとしているのか深く息を吸い、決意したと言いたげに瞳に強い色を宿す。その一連の流れに見惚れ、ルシィもまた彼だけを見つめて返した。
「ルシィ、俺とパーティーに行ってくれないか?」
その言葉が彼の口から紡がれた瞬間、誰もが息を呑んだ。
次いで聞こえてくるのは困惑を隠しきれぬざわつき。クラウディオがルシィに花を贈ったことを疑っていた者も居たのだろうか「まさか」だの「本当だったのか」だのと若干失礼な声まで聞こえてくる。
だがそんな声にルシィは一切耳を貸さず、彼だけを見つめていた。青い瞳が答えを請うように見つめてくる。答えなんて知っているくせに、それでも今の彼は緊張して言葉を待っているのだ。
だからこそルシィはハッキリと、
「もちろん、よろこんで」
と返した。それを聞いたクラウディオの表情がパッと明るくなる。
先程までの緊張を隠しきれぬ表情とも、誘いの言葉を告げた時の凛々しい顔つきとも違う、一瞬にしてあどけなくなるそのギャップは愛おしく可愛くさえ思え、ルシィが思わず苦笑を浮かべた。
なんとも恥ずかしくて照れくさくて、そして嬉しい。もはや周囲の嫉妬の炎も感じない。
「でも、なにもこんなみんなの前で……」
「皆の前で言うから良いんだ。『もう俺達は成立したから』って宣言になるだろ」
「そういうものなんですか?」
ルシィが問えばクラウディオが悪戯気に笑って頷いた。
曰く、成立した者達は決まってそのことを周知させ、そのうえテラスやあちこちでドレスの装いや予定を話しあって連れそう姿を周囲に見せつけるらしい。足早に相手を決めた者達のそんな楽しそうな姿を見て、タイミングを計っていた者や臆しかけていた者達が決意を固めて駆けていく……。そんな光景がしばらくは続くのだという。
おかげでどの生徒も解禁日を迎えると勉強も手に着かず、まだ相手の居ない者は焦り急かされ授業に耳を傾けている余裕を無くし、時には授業を抜け出して意中の人を探して回り、成立した者は教師の話を右から左で夢心地でエスコート相手に想いを馳せる……。
なるほど、どうりで先生が解禁日までにテスト範囲を終わらせようと焦っていたわけだ……そうルシィが内心で呟く。もっとも、いかにテスト範囲を終わらせようと期末に行われるテストはパーティーの直前なので誰もが心ここにあらずで挑むらしいのだが。
「ルシィ、テラスに行こう。どんなドレスを着るのか教えてくれ」
合わせてスーツを仕立てるから、とクラウディオに手を引かれ、ルシィが彼に促されるまま講堂の出口へと向かった。……のだが、どういうわけかクラウディオは出口を一歩出ると足を止め、悪戯気に笑って講堂内へと視線を向けた。
テラスへ行かないのかとルシィが視線で問えば「その前に」と更に笑みを強める。王子様らしさから一転して、まるでこれから起こる楽しいことを待ち望んでいる子供のような表情ではないか。
「耳を塞いでおいた方がいいぞ」
「……耳を?」
ふいにクラウディオに告げられ、ルシィが首を傾げる。
いったい何を……と、だが問おうにも彼は相変わらず楽しげに講堂を眺めているだけだ。そこに答えを見出すことが出来ず、ルシィがならばと自分も彼の視線を追った。
コンラドがオルテンシアの前に立っている。彼の顔は髪のように赤く、そんな彼を見つめて返すオルテンシアも赤い。二人とも耳まで赤いのが少し離れたこの場所からでも分かる。
「オ、オルテンシア嬢……。俺にエスコートをさせてもらえないだろうか」
そう告げるコンラドの声はどこか上擦っていて、彼の緊張の度合いが分かる。
それに対して周囲が目を丸くさせ、次いで誰もが肩を竦めるのは、コンラドのオクステイン家とオルテンシアのローズドット家の違いを知っているからだ。とりわけ事前のアプローチが――それもオルテンシアからコンラドへ――あったことを知らない外野にとっては、これはただの無謀としか映らないのだろう。
「コンラドがあのローズドット家のお嬢様を?」「ルームメイト同士が成立したからとでも思ってるのか?」と好き勝手な言葉が飛び交う。
だがそんな嘲笑にも似た声も全て見当違いである、それを知っているからこそ、ルシィはこれからの展開を予想してそっと両手で耳を覆った。
オルテンシアは顔を真っ赤にさせたまま、それでも「はい」と――もしかしたら「みぃ」かもしれないが、些細な違いだ――コンラドの手を取るはずだ。焦がれ、彼好みのドレスを仕立て、そして高飛車なお嬢様らしからぬ必死なアプローチまでした彼女が断るわけがない。
そしてそれはこの場において衝撃の展開となることだろう。だからこそとルシィが身構えれば、案の定驚愕の声が聞こえて来た。
「お、伝書の魔法だ」
そうクラウディオが頭上を見上げる。つられてルシィが空を仰げば、キラキラと眩い鳥がヒュンと軽やかに飛んでいった。
体は太陽と青空が透けており建物にぶつかることなく吸い込まれるように消えていくあたり、実体は無く生物でもないのだろう。だがリズテアナ魔法学院に通う生徒にとっては驚くような魔法ではないようで、低空飛行で鳥が抜けていこうが草木を透かして大木をスルリと抜けていく猫を見ても誰も気にも留めない。
ルシィだけが便利なものだと感心しながら眺めていた。
「どこで誰が誘っただの、誰と誰が成立しただの、しばらくは伝書の魔法が行きかうんだ。この情報のやりとりも醍醐味の一つさ」
「お祭り騒ぎですねぇ」
そうルシィが呟きつつ、図々しくテーブルの上を通ろうとしている伝書の猫を撫でようとし……伸ばした手を掴まれた。
「伝書の猫は撫でられないぞ」
「そうなんですか、残念。フカフカしてそうなのに」
ルシィが視線で猫を追えば、ツンと澄ました表情のままテーブルをピョンピョンと飛んで渡り壁の中へと抜けていった。揺れていた尾の最後が吸い込まれるように消えていくのを見届け、ルシィがクラウディオに視線を向ける。
自分の手はいまだ彼に掴まれたままだ。その大きな手で強く包まれている。痛くはない、それどころか暖かくて心地いい。
「ルシィ、一緒にパーティーに行こうな」
「えぇ、行きましょう」
楽しみ、とルシィが笑う。
オルテンシアがついでで仕立ててくれた上質のドレスを着て、それに合わせて仕立てたスーツを纏うクラウディオにエスコートしてもらう。まるで夢物語のようだ。ダンスの練習をしなくてはとルシィが笑えば、クラウディオ
が瞳を細めて頷いた。
返事代わりなのか掴んだ手をギュッと握ってくる。優しく、強く、暖かい……。
「ルシィ、何があっても迎えに行くから」
「何があっても?」
「あぁ、例えばきみがパーティーの日にちを間違えても、森で迷子になっても、寝坊しても」
そう挙げるクラウディオの例え話はとうていパーティーを前にした女性の行動とは思えず、ルシィが「そんなことしませんよ」と言いかけ……最後に告げられた『もしも』の話にゆっくりと瞳を閉じた。
「申し訳ございませんオルテンシア様。明日の更新はありません」
(*`'ω')「そんなの許さなくってよ!」
「仕方ないんです、ちょっと忙しくて……」
(*`'ω')「認めないわ!明日もちゃんと更新なさい!」
「いえ、それが無理で……申し訳ないんですが明後日まで……」
(*`'д')「み゛!み゛ぃい!」
「そんな言わないでください。ほら喚かないで、お口にチャック」
(*`'H')「………」
「明後日にはちゃんと更新しますから」
※申し訳ありませんが明日の更新はありません※
\み゛っ!/
(*`'H')「………」
「え、ちょっと今の音どこから……!?」




