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【完結】ルシィ・ブランシェットは思い出した。  作者: さき


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「覚えていたいと思っていたことすら忘れてしまうんです」

 

「ところでルシィ、貴女猫を飼っていたのね」


 そうオルテンシアに話しかけられ、ルシィが頷いて答えた。


「どんな猫だったの? 色は?名前は?」

「普通の猫ですよ。あ、でも東の方の猫なのでここらへんの猫よりズングリしてた気がします」

「ズングリしてたのね。猫はスリムでも太っていても愛らしいものよ。それで、名前は?」

「……名前」


 ポツリと呟いてルシィが胸元に手を添えた。服の下にある小さな本。確か一ページ目に……。


「……リル」

「リル? リルっていうのね。男の子?女の子?」


 瞳をキラキラと輝かせるオルテンシアに矢継ぎ早に尋ねられ、ルシィが答えるために記憶を遡る。無理に思い出そうとしているためか意識も虚ろになるが、そこまでしても蘇る記憶は虫食い状態だ。なにせずっと昔の記憶、あれから何度も失っている。失って思い出してまた失って、その繰り返しでここまできた。

 現に、リルのシルエットこそ思い出せてもそこに抱いた感情は返ってこない。『可愛がっていた』という情報だけだ。



 灰色の、よく懐いていた猫のリル。尻尾がピョンと長くて、呼べば高い鳴き声で応えてくれた。青い瞳の可愛い猫。

 首輪が嫌いで、でも右の前足に首輪代わりの小さなベルトをつけると喉を鳴らして誇らしげに瞳を細めていた。

 可愛い可愛い猫のリル。研究所で飼っていた……だけど事故で……。

 事故? なんの事故だ?

 ……実験の。そうだ、実験の事故だ。私は成功したのに……。

 あれ、私は何の実験に成功したんだっけ?

 思い出せないけど、私は成功した何かの実験にリルは失敗して、重症で、助けたくて、必死で魔法を使って……。忘れても良いから助けたくて、大掛かりな魔法を使って……。

 そして忘れたんだ。はじめて忘れたくないと思ったのに。あぁ、私の人生そんなことばっかりだ。



「……ルシィ? ルシィ?」


 オルテンシアに数度呼ばれ、ルシィがはたと我に返った。彼女の瞳が心配そうに覗いてくる。

 どうやら記憶を遡るためにボンヤリとしていたらしく、「みぃーぃ?」と問われてルシィが大丈夫だと頷いて返した。


「ちょっとボーッとしてました。えっと、何の話でしたっけ?」

「なによ、聞いてなかったの? お父様から届いた手紙に、ルシィが猫アレルギーかどうかと猫の世話をした経験があるかを聞くように書いてあったって話をしてたじゃない」

「驚愕の展開。もしかしてローズドット家は猫を飼ってるんじゃ……」

「血統書を二匹よ!」


 得意気に愛猫のフカフカ具合を語るオルテンシアに、ルシィが今はひとまずローズドット家を注意しなくてはと先程の記憶を後回しにした。

 過去に世話していた猫より、これからの未来で面倒を見させられるかもしれないお嬢様と猫である。良く言えば過去より未来、そうやって生きてきた。




 そんな会話を交わしていた日の放課後。

 学院内を歩いていたところ「ルシィ!」と弾む声を聞いてルシィが足を止めて振り返った。

 黒髪の女性がこちらに向かって手を降って駆け寄ってくる。ケープもローブも羽織らず、それどころか慌てて警備が追いかけているあたり外部から来た人だというのは一目瞭然。案内途中に知人を見つけて……と、まさにそんな感じた。もっともそこまで考えても名を呼ばれたルシィは声の主に覚えがなく、キョトンと目を丸くさせて立ち尽くしていた。

 どこか嬉しそうに笑う表情は見覚えがあり、誰だったかとルシィが胸元の本を手に取ろうとするもそれより先に抱きつかれた。


「えっと……」


 どなたですか?等とこの流れで聞けるわけがなく、ルシィが言いよどみながら自分を抱きしめる女性に視線をやった。

 少し瞳が潤んでいるところを見るによっぽど久しい再開なのだろうか。だが頑張っても欠片一つ思い出せず、ルシィは仕方ないと女性に問おうとし……今度は別の声に名前を呼ばれた。

 澄んだ男の声。この声は覚えがある。誰だかわかる、忘れていない。

 そう声の主を思い描いて振り返れば、そこには金糸の王子の姿。


「クラウディオさん」

「ルシィ、そちらの女性は?」

「こちらの方は……」


 クラウディオと黒髪の女性を交互に眺め、ルシィが困惑して言葉を詰まらせた。その様子から女性が小さく息を呑みそっとルシィから離れ、クラウディオに対して頭を下げた。もっとも、その動きもいささかぎこちなく少し頭を下げ過ぎなあたり、普段はこんな畏まった挨拶をしないのだろう。

 そうして緊張をはらんだ声で名乗る名前に、ルシィがようやく「エレンナさん」と彼女を呼んだ。そうだエレンナさんだ、と、今になって思い出したのだ。


「俺はクラウディオ・バレクです。ようこそリズテアナへ」

「クラウディオ様ですね。お目にかかれて光栄です」


 クラウディオが第二王子だと知っているのだろう、エレンナが改めて恭しく頭を下げる。それに対してクラウディオが「今は一生徒です」と彼女を宥めた。――コッソリとルシィに「ほらみんな知ってるだろ」と得意気に告げるのはきっと初対面の時のことを言っているのだろう。それに対してルシィはしれっと「自意識過剰ですよ、殿下」と小さく舌を出して答えてやった――

 そうしてクラウディオに促されエレンナが顔を上げ、改めてルシィに向き直る。先程とは違う、泣きそうで悲痛にさえ見える表情……。


「エレンナさん?」

「ルシィ、私のことを覚えてる(・・・・)?」

思い出した(・・・・・)よ。エレンナさん、ごめんなさいあんまり手紙を……」


 言いかけてルシィが言葉を止めた。

 というよりエレンナに再び抱きしめられて続きを喋れなくなったのだ。


「エレンナさん、どうしたの?」

「ルシィ、そう……思い出した(・・・・・)のね」


 震える声で問われ、ルシィが頷いて返した。

 そうして身じろぐのは居心地の悪さを感じているからだ。以前彼女の世話になり共に暮らしていた時は抱擁など日常的であったのに、今は気恥ずかしさが勝る。――エレンナはなにかと抱きついてくる、それはちゃんと思いだしていた。だがそれだけなのだ――

 そんなルシィの様子から察したのだろうエレンナがゆっくりと身を引き、名残惜しそうに頬を撫でてきた。


「学院長に挨拶がしたいの、ルシィ、案内してくれる?」

「それなら俺がご案内します。」


 自分が、と名乗り出るクラウディオにエレンナが僅かに目を丸くさせた。

 学院内では一生徒とはいえ一国の王子に道案内をさせるわけにはいかないと考えたのだろう、だが彼の表情をジッと見つめた後に「それなら」と頭を下げた。


「ルシィ、オルテンシア嬢が呼んでたぞ。ドレスの布がどうのって」

「うへぇ」

「そう露骨に面倒くさそうな顔をするな。俺がちゃんと学院長の所にお連れするから、早く部屋に戻ってやれ」

「はぁい。それじゃエレンナさん、今度ご飯でも食べに行こうね」

「えぇ、そうね……」


 またね、とルシィが一言残して去っていく。

 途中一度だけ振り返って手を振ったが、それでもたった一度だけ。それどころか手を振ったあとは小走りで去っていくのだ、その後ろ姿に別れを惜しむ様子は無く、すぐさま校舎の陰に消えてしまう。

 それを見届け、エレンナが耐えられないと言いたげに両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。

 突然嗚咽をあげだす彼女に警備がギョッと視線をやるが、クラウディオは瞳を細めて隣に腰を下ろすと労わるようにその肩に触れた。嗚咽が更に強まり、女性らしい細い肩が震える。それを数度擦りつつ、クラウディオが横目で警備には問題ないと告げて下がらせた。


「……今の貴女にこんなことを聞くのは酷だと分かっています。でも知っているなら教えていただきたい。ルシィは、彼女は魔法を使うと……」


 肩をさすりながらクラウディオが問う。

 それに対してエレンナは目元を拭い、再び涙を流し、ルシィの居なくなった先を見つめながら震える声をあげた。


「ルシィは一般階級出身です、あの子には魔力なんてありません……」

「ならどうして、どうやって彼女は魔法を使ってるんですか」

「あの子が使っているのは……魔力ではありません……」


 震える声で訴えるエレンナに、クラウディオが言葉を飲み込む。

 魔力は魔法を使う糧、体の 奥底から魔力が沸き上がりそれを魔法に変換するのだ。ゆえに魔力を持たぬ者は魔法を使えない。それが当然である、当然だと思って生きてきた、魔法を使ってきた。

 だからこそ魔法を使うルシィも同じだと思っていた。魔法具が異常な反応を見せたが、それでも彼女にはちゃんと魔力があるのだと。そのうえで、失っているのだと。


 ……だけどもし、他の何かで魔力を代用できるとしたら?

 例えば、


「……ルシィは、魔力の代わりに記憶を消費してるんですか?」


 ポツリと呟くクラウディオに、エレンナが再び嗚咽をあげた。

 応えるでもなく頷くでもなく、だがそれはなによりの肯定であった。



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