神斬髪切り屋(かみきりや) 参の巻 金剛 3 都比売(みやこひめ)一
神 斬
髪 切 り屋
参の巻 金剛
3.都比売 一
その頃、拙僧は、黒い犬、ゴウと共に伽藍から、都比売神社に向か-って山を下っていた。
拙僧の名は、遍照金剛空海と申す。
空海(この後、拙僧はこの山を登ってくる者と出会う事になるのですがその前に、我が友、稲荷の神とも、長き歴史を越えて、久方ぶりに再会する事となりまする。)
空海「さて、拙僧が、伽藍から、大門を抜けて、光野山町石道の、二つ鳥居から、天野の里をながめる地点に、さしかかった頃にどうやら稲荷の神は、現代科学の結晶、車と言う、便利な文明の利器に乗って、お山を登っておりました。」
光野山町石道の中ほど、光野山と茲尊寺をつなぐ、二つ鳥居の眼下に広がる天野の地に鎮座する
都比売神社
正式名を
丹砂都比売神社と申します。
この神社こそ、拙僧、遍照金剛空海に、光野山の土地をゆずってくださった神社なのであります。
空海は、黒い犬ゴウと共に二つ鳥居を、後にして、さらにお山を下り
天野の地、丹砂都比売神社にたどり着いた。
鳥居から続く朱色の輪橋、その奥にそびえる桜門、日出国一の大きさの春日造の
本殿を持つ、丹砂都比売神社は、別名天野大社とも呼ばれる。
空海(都比売神社に着いたが、まだ誰も来ておらぬようじゃな)
空海は、しばらく、神社の周りの景色をながめていると、1台の車が、神社の駐車場に入って来た。
車から銀色がかった白髪の女人が降りてきた。
白狐「おおっ、遍照殿、久しいのお、ところで、神社の宮司様は、おいでになっておるかの?お詣りをして、御朱印をいただいた後に、詳しい話をするのですこしの間、そこで待っておいて下され。」
そう一言、言い残すと、鳥居の下で一礼して、稲荷の神は.神社の境内に入って行った。
空海(やれやれ、久方ぶりに会ったというのに、相変わらず、マイペースな神様じゃ)
稲荷の神が、境内を参拝している間、空海は丹砂都比売神社の輪橋の前に座禅を組み、阿字観と呼ばれる、瞑想をして、時をすごしていた。
しばらくすると、稲荷の神の気配が近づいてきたのを感じ、一瞬右目を開けた
白狐「久しぶりに会ったというのに、瞑想とは、あいかわらずのようじゃのぉ」
空海「稲荷よ、そなたこそ、あいかわらず、我が道をいっておるの」
白狐「本当に昔から、ロの減らない奴じゃ」
空海「それは、お互い様であろう、しかし、稲荷よ、神であるそなたが、御朱印とは、酔狂な事をしておるの」
白狐「酔狂とは、異な事を言うのぉ
この、世界文化遺産木の国山地の霊場と参拝道御朱印帳の巡札場所15箇所の中に
光野山、金剛武寺の名も含まれておるではないか」
空海「金剛武寺は、拙僧が壇上伽藍を開いた時には、なかった寺なのでな
壇上伽藍、奥の院は、朱印帳には記載されてないであろう
神社仏閣とて、維持するのに多少の費用はかかるものでの」
白狐「まあよいは、御朱印を通じて、神仏と縁を結ぶ事は、けっして悪い事ではないからのお
いずれ、役にたつ時が、くるかもしれんしのぉ。」
空海「それより、壇上伽藍を建立する時に、里立の荒神
火産霊神を鎮めた時、以来の、そなたと拙僧の仲じゃが
今回、拙僧に頼みたい事とは何であろう?」
白狐「おおっ、そうであった、大事な本題を忘れておった。」
都比売神社の輪橋は、朱色の壮大な橋である、橋下に広がる鏡のような
池には、この季節、もみじの紅が映っていた。
その橋の前に、一人の僧が座禅を組み、黒い犬をかたわらにおき
白髪の神と対峙していた。
座禅を組んでいた僧が、ロをひらいた。
空海
「稲荷よ、大事な用とは、何じゃ?それと、コンは、一緒ではないのか?」
白狐
「実はじゃのぉ、コン殿には、ある男と、行動を共にしてもらっておる」
「今頃は、百五十四町石の稲荷に、旅の無事を祈っておるじゃろぉて」
空海
「ふむ、そなたが、コンを人に、預けるとはのぉ、珍しいこともあるものじゃな」
「で、拙僧は、その男に、何を、教えればよいのじゃ?」
白狐
「さすがは、遍照殿じゃ、察しがよくて助かるわい」
空海
「稲荷よ、そなたが、コンを託した、程の男じゃ、その男は只者ではなく、信頼に足る人物と考えてよいのじゃな」
白狐
「まー、我の気まぐれというかの、しかし、その男は、遍照殿、そなたとも、少なからずは
縁、深き者、じゃろうて」
さらにたたみかけるように、白狐が話す
白狐
「それで、本題の話じゃが、遍照殿に
これから、コン殿をつれて、御山を登ってくる、男を、、壇上伽藍にまで、連れて、登っていく間に、少し鍛えてやってほしいのじゃ」
空海
「話は、わかったが、拙僧は、その男の何を、鍛えればよいのかのぉ?」
空海は、瞑想を続けながら、問うた
白狐
「その男は、右目にだけ、黒髪が見える、能力を持っておる。」
空海
「ほぉう」
空海は瞑想をやめて、両目を開いた
白狐
「察しがよい、遍照殿のこと、大体はもう、悟っているのではないか」
空海
「稲荷よ、拙僧は人ゆえ、この両目には、黒髪を、見る能力は、ないのじゃが」
白狐
「それが、どうした、そなたは、目などで、黒髪を見なくても、六大で黒髪の形を認識しておるではないか」
空海
「六大、万物の構成要素とされる、地・水・火・風・空・識の六種
真言密教では、これを万有の本体とし、大日如来の象徴とする。六界とも言うが」
白狐
「遍照殿には、その男に、目だけで、見える物、以外を、感じる力、すなわち、六大を鍛錬をしてやってほしいのじゃ」
空海
「あい分かった」
白狐
「我は、これから、先に車に乗って、光野山の見物をしてくるので、後は頼みましたぞ
昔は女人禁制であったから、空の上から、御神体でみたことしかなかったからのぉ
身体で堂々と入れるとは、楽しみじゃ」
そう言って、稲荷の神は車に向かって歩き出しました。
白狐
「あっ、そうであった、その男の生死は、そなたの鍛錬 如何にかかっておるのでな」
車に乗り込みながら、そう言って、稲荷の神は、走り去って行きました。
空海
(しかし、去り際に、さらっと怖いことを言ってくれたものよの
光野山の見物じゃと、とぼけた事をいっておるが、稲荷の神が来たということは
いよいよ、黒髪との闘いが始まるということじゃな)
空海
(やはり、月読みで明日の夜は、十五夜ということか、満月の夜、なるほどのぉ)
稲荷がいなくなった、都比売神社で、遍照金剛空海は、待ち人が来るまで
目を閉じ、再び瞑想をはじめた。
神 斬
髪 切 り屋
参の巻 金剛 3.都比売 二に続く