第三の故郷
予定通り終わりました。
何が起こったのか、理解するまでに時間を要した。
それが自分のした事だと理解するまでに、さらに時間を要した。
……僕は、二つの国を消してしまったのだ。
戦争している二つの国を、彼女を殺した戦争しているからと、前後の見境がつかなくなった僕は、消えてしまえと念じたのだ。『戦争』を消してしまうのではなく、『戦争している二つの国』を、そこの国民何十万人諸共、一瞬にして地上から消し去ってしまったのだ。
呆然自失の僕が自分を取り戻すのにどれだけかかったのか、時間の無い所にいる僕にはわからなかった。ただその間、突然消えた国と国民の事で地上が慌ただしかったのは、僕の所からでも見えた。
気持ちがようやく落ち着いたころ、僕は一つの決心をした。
心を閉ざす――何事にも心を動かさないようにしよう。そうしなければ、また同じことをするかもしれない……。
僕は感情を捨てた――。
それからの僕は、正に幽霊だった。
日がな一日、ただ、ただ、地球の衛星軌道に浮いているだけ……。
そんな僕の楽しみは、懐かしい思い出を反芻する事と、生まれ育った国を眺めること。
生まれ育った国は、僕にとって辛い思い出と、楽しい思い出がある。そして微笑ましい現実も……。
恩師と呼べる人がいる限り、生まれ育った国は微笑ましい現実だ。先生は相応に年を重ねていた。このまま先生が天寿を全うするまで、僕は眺め続けるだろう。その後は、またその時の考えればいい――そう思った。
◆◆◆ ◆◆◆
束の間の平和が続いた。
やがて、それにも終止符が打たれる日が来た。
あろうことか、先生が死んだ! それも彼の愛する生徒達の手によって……!
先生はずっと変わらなかった。青春ドラマを地で行くスタンスも変わらなかった。たくさんの生徒を教え、導き、生徒達に慕われていた。
しかし、先生の誠意が通じない輩もいたのだ。
奴等は親身になる先生を疎み、数を集めて暴力をふるった。体を丸め歯を食いしばり痛みに耐える先生を、薄笑いを浮かべながら何度も足蹴にした。まるでそれが正義の所業だとでも言うように!
先生は脳出血と内臓破裂を起こした。それが死因だった。
昏睡状態のまま、先生は息を引き取った。
ずっと押し殺してきた僕の感情が、瞬間的に噴き出してしまった。
――何て事をするんだ、何て事を!
凄まじい勢いで、僕の『怒り』が地上目がけて下りていった。
(しまった!)
そう思った時はすでに遅かった。
僕の『怒り』は、白い稲妻となって僕が生まれた国を直撃した。
それは到達した瞬間、小さな国の全土に影響を与えた。国土全体が白く光り、跡形も無く消えた。
影響はそれだけに留まらなかった。
微かに地球が震えたような気がした。
それが現実だとわかるのに、時間はかからなかった。
消えた国の裏側の辺りが、明るく光った。
衛星軌道上にいる僕に音が聞こえたのは、それから少ししてからだった。重い地響きのような音の後に、大量の爆薬が破裂したような音。そして南半球を覆い尽くす勢いの煙。
と、見る間に両極から黒い筋が走ってきた。それが出合ったとたん、地球は爆発した。爆発して粉々になってしまった。
……僕は、取り返しのつかない事をしてしまった――。
どんなに悔やんでも、悔やみ切れなかった。
僕は泣いた。
泣いて、自分を罵った。
それで済む事ではなかったが、そうする事しかできなかった。
僕の全てが流れてしまうほど泣いた。
長い間――時間の感覚の無くなってしまった僕にとって途方も無く長く感じられる時間、僕はその場に佇んでいた。これから何をするべきなのか、どうしたら良いのかも考えられず、ただその場に漂っていた。
どのくらいそうしていただろう?
僕の耳、いや頭に『音』が響いてきた。初めはノイズのようなものが、だんだんと明確な『声』になった。
――我々ノ『声』ガ聞コエテイルノダロウ? 返事ヲ返シテクレ。
(誰だ?)
僕が訝しんでいると、再び『声』がした。
――怪シイモノデハナイ。我々ハ君ノ同族ダ。
――同族? あなた方は何者ですか?
僕はその言葉に無意識に反応した。
――ヨウヤク反応ガアッタ。
嬉しそうな『声』が返ってきた。
――我々ハ×××ダ。
地球の言葉ではなかった。まったく聞いたことのない単語だった。にもかかわらず、僕はそれを理解できた。
――あなた方は、いえ、あなたは僕の父親ですか?
しばらく思考しているような間があって、僕の記憶が探られる感触があった。だが、僕にとってその感触は嫌なものではなかった。
――『父親』トイウ概念ハ、我々ニハ無イ。ダガ、君ノ感覚デ言エバ、ソレガ一番近イ。
やはりそれは、僕の母を妊娠させたものだった。正確に言えば、母を妊娠させたものの仲間だ。
――我々ハ個ニシテ全、全ニシテ個。君ハ、我々ノ生命ノ流レカラ外レタ支流ナノダ。
彼等は同一の記憶と知識と感情、そして個別の性格と能力を持った生命体だった。僕は肉体を失って初めて、彼等と同等になったのだ――僕の記憶を探ると同時に流れ込んで来た彼等の知識が教えてくれた。
――どこへ行けば、あなた方に会えますか?
僕が訊ねると、
――君ガ行キタイト思ウトコロガ、我々ノイル場所ダ。待ッテイルヨ。
そう答えて、『声』は途切れた。
(帰巣本能を信じろという事か)
僕はそう納得した。
僕はどうすべきか、少し考えた。
このままここに留まっていても、僕にできることは何もない。ただ後悔しながらここに佇んでいるだけだ。
それに地球は、僕の故郷は無くなってしまったのだ。
僕は意識の向いている方向を変えると、その場を離れた。
行く宛ては無かった。でも不安はなかった。
僕は何もない宇宙空間を進んだ。
ただ本能の赴くままに――もう一つの故郷を目指して。
前作と真逆の話になりました。




