第二の故郷
国を発つ前に僕は先生を訪ねて、自分の思いを打ち明けた。
先生は、
「そうか」
と言ったきり、長い間黙り込んでいたが、
「どこへ行っても、お前の故郷はここだぞ。忘れるな」
と、テレビドラマそこのけの気障な台詞を言った。
相変わらずだな――僕は懐かしさと、嬉しさと、そして少しの寂しさを抱えて国を離れた。
砂漠の人達は僕を待っていてくれた。
僕は彼らと行動を共にしながら、写真を撮った。それらはかなりの評価を得ていたようだった。
戦争は相変わらず続いていた。僕達はそれを避けるように移動し、戦争は僕たちを追いかけてきた。
ある日、僕達のテントのすぐ近くで爆発があった。無差別空爆だ。
僕達はテントをそのままに、とるものもとりあえず逃げた。さっきより近くで、また爆発が起こった。僕達は地面に伏せた。
その時、僕は大切な物を忘れた事に気づいた。
カメラ……! 先生から貰ったカメラ! 今ではもう使う事は無いけれど、お守り代わりにいつもバッグに入れて持ち歩いていたカメラを、バッグごとテントに置いて来てしまった!
僕は立ち上がると、テントのあった方向へ駆け出した。後ろから悲鳴に近い声が追いかけてきた。
「先に逃げていて! すぐ後から行くよ!」
顔だけ振り返って、僕は叫んだ。僕の愛する少女の顔が恐怖に歪んでいた。
――それが僕の最後の記憶だった。
駆け戻る僕から1mも離れていないところに爆弾が落ちて、僕の体をコナゴナに砕いてしまった。僕は死んでしまったのだ……。
◆◆◆ ◆◆◆
気がつくと、僕の意識はしっかりと残っていた。
目の前(肉体があった時の感覚で)には、青に白の混じった球体――地球。僕の意識は地球の衛星軌道に浮いていた。
――幽霊になった?
そう思ったすぐ後で、その考えが間違っていた事に気づいた。
確かに、肉体は無い。しかし感情はあるし、考える事もできる。
なぜだろう?
ふと、僕は死んだ母の言葉を思い出した。母が僕を身籠った時の事だ。
母の体を通り抜けていった何か――あれは何だったのだろうか?
生きている時、肉体を持っていた時は思いもしなかった考えが浮かんだ。
――精神生命体。
僕の父親(母を妊娠させたモノ)は、形の無い生命体だったのではないだろうか? 地球上の生命ではなく、広い宇宙のどこかからやって来た、人間とは異なる生命体だったのではないだろうか?
そんな事を考えていた僕は、死ぬ直前のことを思い出した。
無差別空爆に逃げ惑っていた、僕の愛した少女とその家族――僕は慌てて彼等を探した。
いた!
彼等は相も変わらず砂漠にテントを張って、暮らしていた。
僕はホッとした。もしかしたらもうすでに死んでしまっているのかもしれないと、思っていたのだ。
戦火は彼等の近くにまだあったが、とりあえず彼等は無事に暮らしていた。
その後、少しでも彼等の側へ行くために何度か地上へ降りようと試みたが、すべて失敗した。衛星軌道上なら、東西南北どこでも自由に動けるのに、それ以上下へ降りる事ができない。僕は衛星軌道上に浮いている事しかできないのだ。何かしたくても肉体が無いから、何もできない。
それからの僕は、砂漠の民を見て過ご事しかできなかった。
やがて僕には時間すらない事がわかった。
地上にいる人々は年を重ねているのに、僕には何の変化も無い。肉体が無いのだから当たり前といえば当たり前だが……。
僕は自分が愛した少女が女性になって、僕以外の男を愛するのを寂しい思いで見ていた。
僕は死んでしまって、彼女に何もしてやれないのだから仕方が無い。彼女が幸せならば良いじゃないか――僕は自分だ自分を慰め、納得させた。
そのころの僕は、自分の本当の姿について何も知らなかった。
僕が見守っている人達と同じように、危険がすぐ側にあるという事に気づいていなかった。仮初めの平和に満足していたのだ。
それがわかったのは、僕にとって実にショッキングな出来事のせいだった。
彼女が死んだ。殺された。
僕の愛した女性が、僕の目の前で、『戦争』と言うバケモノに殺された。
僕はパニックに陥った。
何故、彼女が死ななくてはならない? 彼女がいったい何をした!
その時僕は、自分をコントロールできなかった。
何のために彼女を殺したんだ!
僕のたった一つの心の拠り所を!
怒りに目の前が真っ白になった!
そしてそれが起こった。
その瞬間、僕は何か叫んだのかもしれない。何かを望んだのかもしれない。けれど怒りに支配されていた僕は、その時の事を覚えていない。
我に返った時、たった今までそこにあった赤い不毛の大地が無くなっていた。そして代わりに深い大きな穴が開いていた。




