第一の故郷
僕の生まれた所は、山に囲まれた小さな村だった。
僕は高校を出るまでそこで育った。
僕はその村では異端だった。
僕には父親がいない。
母親の言葉を信じれば、処女懐胎だったそうだ。
母がまだ高校生の頃。深夜、妙な物音で目覚め、音源を探して近くの雑木林へ入り込んだ。そこで大きな光る球を見つけ、好奇心で近づいて行った。その時母の背後から『何か』が近付いて来て、すうっと通り抜けたような気がしたらしい。通り抜けた『何か』は、そのまま光球に吸い込まれ、それと同時に球は上昇し、あっという間に消えてしまったという。
そして、母は妊娠した。
だけど一体誰がこんな話を信じられるだろうか?
乱暴された跡でもあれば多少は同情してくれる人もいただろうが、山奥の閉鎖的な村では若い娘が父親のわからない子供を身ごもること自体大変なスキャンダルだ。ましてやそれが人外だと言うなら、忌避されるのは当然だった。
母は狂人のレッテルを貼られ、実の親にも見離され、村外れの小さな小屋をあてがわれた。追い出されなかっただけ感謝しろと言う事らしい。母はそこで一人で僕を産んだ。18歳の冬の事だった。
僕達親子は、村八分の状態だった。日々食べていくのがやっとで、それでも母は村から出ようとしなかった。それは母には愛着があったのか、それとも別の理由なのかは僕にはわからなかった。しかし当然のことながら、僕はそこに何の愛着も持っていなかった。
中学生になった時、僕は一人の先生と出逢った。唯一『恩師』と呼べる人だった。
その先生は新しく赴任して来た、一昔前のテレビの青春ドラマに良くいた熱血教師だった。嫌味や裏表がないので、生徒にはとても人気があった。
クラス――いや、学校中から浮きあがっている僕に、煩いくらいお節介を焼き、なんとか皆に馴染ませようとした。やがて僕の生い立ちを知ると、
「お前は周りの中傷にも負けず……先生は実にえらいと思うぞ、見上げたものだ! おい、何か困ったことがあったら、身内だと思って何でも相談しろよ!」
と、ドラマでももう使わないだろうクサイ台詞を真顔で言った。
その頃の僕は少しヒネクレテいたし、人間不信にもなっていたので、先生の言葉をすんなりとは信じなかった。ところが、先生は3年間かけて僕の心を解していったのだ。
僕はフリーのカメラマンだけど、そのの手解きをしてくれたのは、この先生だった。何も知らない僕にフィルムの入れ方から現像の方法まで、全ての基本を教えてくれた。高校入学の祝いにもらった中古のカメラは、バイトで新しいカメラを買った後も僕の宝物だった。僕にとって先生の存在は、父親や兄弟――それ以上の存在だった。
高校2年生の時、母が死んだ。過労による心臓麻痺だった。
他人が何と言おうと、僕にとってはたった一人の身内だった。女手一つで僕を育ててくれた、大切な親だった。
僕は学校を辞めて働こうと思った。今まで母がいたから、居心地が悪くても生まれた所にいた。母がいなくなってまでも住人でいようとは思わなかった。
ところがどこから聞いたのか、中学校の時の先生が急に訪ねて来た。
「学校を辞めると聞いたが、本当なのか?」
先生は僕を見ると、かなりの剣幕でそう切り出した。
「はい」
「なぜだ?」
問われるままに、僕は先生に自分の思いを打ち明けた。
「ここにはいい思い出がありません。これからも無いでしょう。村の人達は僕の存在を嫌がります。僕だって疎まれているのに居座るのは嫌です。僕が今までここに居たのは母がいたからです。僕が出て行ったら、母が寂しがるからだろうと思ったからです。でも、母はもういません」
しばらくの沈黙の後、今度は静かな口調で先生は訊ねてきた。
「じゃあ、学校が嫌なわけではないんだな?」
「学校は好きです。友人もいましたし、写真部も好きでした。僕にとっては居心地のいい場所でした」
僕は答えた。地域色の強い小中学校と違い、高校はいろんな所から人が集まる。僕個人を見てくれる人もいる。クラブは共通の趣味を持っている者の集まりだから、話も合った。
「……コンテストで入賞した事があったな?」
「はい。先生がカメラを教えてくださったからです」
「それなら、学校は続けろ。ここから通学するのが嫌なら、俺の家に下宿させてやる。とにかく、卒業しろ!」
先生は一人でそう決めると、僕の返事を待たずにさっさと身の回りの物(たいした量ではなかったが)をまとめさせて、僕を先生の家へ連れて行った。それから僕は卒業まで先生の家に世話になった。
卒業後プロのカメラマンのアシスタントをしながら、専門学校を卒業した。これも先生の口利きのおかげだった。
卒業後カメラマンの推薦で、かなり大手の雑誌社に入社する事ができた。僕は少し先生に恩返しできたようで嬉しかった。
やがて雑誌社で報道カメラマンのアシスタントを募集していると知り、僕は応募した。僕がアシスタントをしていたカメラマンと一緒に、中東の紛争地帯へ行くというものだった。生命の危険はあるが、やりがいのある仕事だと思った。
出向いた砂漠の国で、僕は一人の少女と出会った。そして少女の家族と知り合った。
言葉のわからない外国人である僕を、暖かく迎え入れ、家族同様に接してくれた。僕は生まれてはじめて家族の味というものを知った。
滞在期限が終わり帰らなくてはならなくなった時、僕は必ず戻ってくるからと少女とその家族に約束した。
再び国を離れたとき、僕はフリーになっていた。もし出来るなら、砂に覆われた土地で一生を終えてもいい――そう思っていた。
短めに、3回ほどを予定してます。




