第二話 手に入れた日常 2
「第一回!チキチキ!唯人に何でも聞いちゃうぞ~のコ~ナ~!!」
「「なんだ(なの)それ?」」
玲奈と唯人は口をそろえて風香に尋ねる。
普通に考えれば言葉通りの意味だろうが、風香が言う以上油断するととんでもないことになるというのは二人とも承知しているのできちんと確認する。
風香に文句を言ったときに返ってくる言葉堂々の三位が
「だって聞かれてないし!」
である。
ちなみに二位は
「だって私には関係ないし!!」
で栄えある一位は
「だって面白そうだったし!!!」
だ。
警戒する二人をよそに風香は気にした様子もなく答える。
「ただ私の質問に唯人が答えるってだけよ。目的は唯人の異常さを自覚させるためね。長いし『FUKAクエスチョン』に変更するわね~」
どうやら目的はあるものの概ね(元)タイトル通りの事をするらしい。
タイトルが変わったため当たり目を引いたような感じになっているが賞品はあるのだろうか…。
「ちなみにパスは二回までね。嘘ついてもいいけどばれたときの覚悟ができてなければお勧めしないわよ♪」
最初から決まっている、と言わんばかりにスラスラとルール?を説明する風香。
理不尽に感じるかもしれないが反論しても無駄なのは身に染みているのでおとなしく聞いておく。
パスが二回もできるというのは風香にしては寛大な処置だ。さすがに聞かれたくない事を無理に聞き出そうという気はないのかもしれない。
だがそれより気になるのが最後の嘘云々の方だ。
これはおそらく嘘をつかせて何がしかをさせようという企みがあると唯人は判断した。
ひとしきり説明を終えて、何か質問ある?と言う顔をしている風香に質問する。
「それに答える必要があるのか?」
一応確認する。
「さっき言ったように質問するのは唯人のためになるし、どうしてもって言うなら…、そうねぇ、さっき私達を視姦したのを許してあげてもいいわ」
「「!」」
(…本当にとんでもない女だ。)
唯人は表情には出さないものの風香の鋭さに舌を巻く。
…断じて、断じて二人を視姦したわけではない。
先ほどの一件で二人の事をいろいろ考えていた事を察知したのだ。
それに風香の性格が合わさりこのような表現になったのだろう。
実際は
「さっき失礼な事を考えたのを許してあげる」
といったところだ。
唯人は自分が普通の日常生活を送るに当たって最も警戒すべきはやはり風香だと再認識する。
事実、唯人は今窮地に立たされていた。
眉をひそめ据わった視線で見下ろした玲奈が
「……そうな「誤解だ。」の?」
瞬時に答える。これ以上玲奈に睨まれるのはごめんだ。
水泳部の宿命なのかもしれないがそういった視線に嫌悪感があるようだ。
とりあえずの窮地は脱したものの、この調子で『FUKAクエスチョン』とやらを拒否しようとするとまたいらないとばっちりを受けそうなのでもうさっさと答えることにする。
「あー、もういいや、さっさと始めよう。昼飯を食う時間がなくなる」
唯人は自分で弁当を作ってきているが、二人は普段学食か購買で何か買って食べている。
もうすでに昼休みは4分の1ほど消化されてしまっているため二人にとっても悪い提案ではないはずだ。
「それもそうね~、購買やら学食やらが混んだら大変だものね~」
風香が他人事のように言う。
こうしてようやくチキチキ(略、改めFUKAクエスチョンが始まった。
「はい、では最初の質問!お名前をどうぞ!」
「…相澤 唯人」
「はいアウトー!(≧▽≦)b」
「!!!」
親指を立てた拳を勢い良く突き出し、素晴らしい笑顔で宣告する。
いきなりアウトを宣言され唯人は動揺する。
玲奈も「どうして?」といった表情をしているので彼女の気持ちを代弁することにした。
「なんでだ?」
「だって唯人って、唯の人って書くでしょ?普通そんな名前付けなくない?なんか意味あるの?」
そういうことか。と二人は納得する。
唯人の動揺は収まり、玲奈納得したようだ。
「言われてみればそうね。良かったら聞かせてくれないかしら」
唯人。この名前にもいろいろと理由があるのだが、とりあえずわかりやすい理由を説明する。
「あ~、前にちょっと言ったと思うがうちの親は…俺が言うのもなんなんだが結構優秀で、世界中を駆けずり回ってるんだがそのせいでいらん苦労も多いらしい。実際ぜんぜん家には帰ってこないし早いうちに離婚しちまったしな。まぁそんな感じで優秀すぎてもいい事無いから普通に生きてほしいって言う意味でつけた。…らしい。俺も概ねその意見には賛成で普通でありたいと思っているよ」
離婚やら家に帰ってこないといったフレーズに玲奈は少し申し訳なさそうな顔をするが風香に気にした様子はみられない。
「ふむ、まぁそう聞くと筋は通っている気がしないでもないわねぇ。でも意味はそうだとしてもいじめられたりしそうじゃない?」
風香は唯人からいじめられた空気を感じていないのか「どうしていじめられなかったの?」と言うニュアンスで聞いてくる。
――「さあ?」――
唯人はそう流そうとした。
しかし 唯人に 電流走る――!
これは千載一遇のチャンスだ。
そう確信し事実を述べる。
「あ~、俺高校入るまで海外にいたから。海外じゃ漢字の意味とかほとんど伝わらないしそのせいだろ」
玲奈はなるほど~といった様子だ。親が世界中を駆けずり回ってると言う話と結び付けて納得したようだ。
風香はじと~っという効果音がつきそうな目つきで唯人に
「なにそれ?そんな話聞いてないんだけど?」
と問う。
――計画通り――
唯人はまさに『ニヤリ』と呼ぶのにふさわしい不敵な笑みを浮かべ
「だ っ て 聞 か れ て な い し 」
そう言い放った。
唯人は思う
(俺はきっと今流行の『ドヤ顔』と言うものをしているに違いない。いまいちどんなものかわからなかったが、今「言葉」でなく「心」で理解できた!)
一方そのドヤ顔を向けられた風香は自らの十八番とも言えるセリフを奪われたにもかかわらず、一瞬片眉をピクリと動かしたがそれ以降表情に変化はない。が、僅かに黒いオーラが漏れ出している。
しかしその横にいる玲奈は眉間に手を当て盛大な溜息をつき、唯人に哀れみとやってくれたなと言う視線を送っていた。
その様子に気づいた唯人は
(しまった…調子に乗りすぎたか?)
と後悔したがもう遅い。
これから襲い掛かるであろう風香の攻撃と口撃に身構えるが、
「そう。まあいいわ。次の質問に行きましょう」
風香はあっさりと次の質問に移行し黒いオーラも引っ込んだ。
地雷を踏んだ、そう覚悟していた二人は意外な展開に驚きつつも胸をなでおろす。
「はい!次の質問。1年の1学期の成績は?」
「何でそんな「いいからさっさと答えなさい!」事―」
「…オール3」
「2学期。」
「……オール3。」
「3学期。」
「………オール3」
「2年1学期。」
「…………オール3」
この高校の成績は5段階評価だ。
唯人はこのとおりオール3。玲奈はほぼオール5。風香は彼女を嫌っている教師の教科は4。後は5といった具合だ。
「…ちょっと待て。これはあれか?自分の成績がいいからって馬鹿にしてんのか?」
確かにこうしてみるとかなりの差を感じるが風香が注目しているのはそんなことではない。
「よくもまぁそんなに3が並ぶものね~」
嫌味全開といった感じで、しかし次の言葉は真面目に唯人の目を見て告げた。
「確かにありえない話じゃないんだけどね。けどこの評価っていうのはテストの点はもちろん普段の素行や態度、教師の好みと言ったもろもろの要素でつけられてるわけ」
そこで一旦話を区切る。
「この間の体力測定は何位だった?」
「オール19位だったな」
ちなみに2年B組は37人である。
「はいアウト~(-_-)b」
今度は先ほどのような勢いもいい笑顔も無い。
玲奈も苦笑いのような微妙な表情をしている。
「何故っ!?」
風香は「あんたねぇ」と呟き、
「確かに順位が真ん中だったり、数値が平均って言うのは普通って呼べる要素だけど度が過ぎれば普通じゃなくなるでしょう、が!」
そう続けると同時に唯人の頭に手刀――先ほどよりは手加減されている――を放った。
今度は白刃取りの真似事などしない。と言うよりできなかった。
自身の普通の一端を否定されて呆然としていたからだ。
彼にとっての普通とは、平均、中間=普通 と言う非常にわかりやすく単純なものであるが、風香が言ったように度を過ぎれば異常である。
「テストもほぼ平均点だし何かを競うようなことになれば必ず中間の順位になる、極めつけはこの間の麻雀の成績はオール±0。どこの魔王だ!って話よ。もうわざとやってるとしか思えないわね」
風香の言うとおりである。
基本的に唯人は自らの普通の定義に従い狙ってそういったことをやってきたが、よくよく考えてみればそんなこと普通の人間には不可能でありそんな事をやっている唯人は普通ではない。
「……。」
言葉に詰まる唯人に更なる追撃をお見舞いする風香。
「あと、前から言おうと思ってたんだけどその髪形は何なの?」
馬鹿なの?死ぬの?と続きそうな調子で言う。
唯人は髪が長い。後ろ髪は普通だが前髪が長い。割合で言うと顔の半分ほどが隠れるほどだ。
と言っても両目が隠れると言う半分ではなく鬼○郎の様に片目だけ隠れると言った感じだ。
「お得意の普通理論で自分がイケメンだけど半分顔隠してるからフツメンですとでも言うつもり?」
「……は?」
思わず間抜けな返事をしてしまう。今までとは話の重さが違いすぎる。
唯人が顔が隠れるような髪形をしているのは生まれ育った環境では顔があまり見えないほうが都合がいいためであり、風香の言うイケメン云々は関係ない。
「玲奈なんてさっき怪我してないか見るとか言ってガン見してたくらいよ。気付かなかったの?」
「ちょっ!?何言ってるの風香!?」
いきなり文字通りのキラーパスを出された玲奈が動揺するが即座に「違うからね」と訂正し、
「でも心配はしたわ。怪我のことだけじゃなく風香の言ってたこともね」
と視線をそらしながら付け加えた。
その様子を見て唯人は思わず笑ってしまうが、玲奈は別に気を悪くしたりはせずに恥ずかしそうに笑っている。
今日は珍しい玲奈を良く見る日だ。
気付けば風香も笑っていて
「ま、なんにせよあんまり気にしすぎないことね。意識している時点でそれは普通とは言えないんだから」
異常だ何だと言いつつも結局のところ風香は唯人のことを心配してくれていたのだ。
玲奈も同様に心配していたらしい。――こんな企画をするとは聞かされていなかったようだが――
「…ああ」
先ほど引っ込んだはずの涙がまた出て来そうになるのをじっと堪え、二人に対し素直に礼を言う。
「風香、ありがとうな」
「べっつに~、私は唯人を弄って楽しみたかっただけだし~」
「玲奈もありがとう」
「えっ!?私は別に何もしてないんだけど…」
玲奈は心当たりがないといったふうにしている。
「そんなことないよ。それに怪我していないか確認してもらった礼も言ってなかったしな。」
「そういうことなら…今回は素直に受け取っておくわ」
「そうしてくれ」
玲奈にも感謝の意を伝えたところで
「わざわざ改まってお礼言われると気持ち悪いんで二度と言わないでね~」
ひらひらと手を振りながら風香が、
「そうね、あまり改まって言う必要はないわ。友達だもの」
さらっと恥ずかしい、でもうれしいセリフを玲奈が告げる。
口に出すと怒られそうなので心の中で再び感謝する。
もしこのことに気付いたのが他の人だったならこうはいかなかっただろう。
そう思うとやはり感謝せずにはいられない。
ひとしきり感謝し終えたところで、そろそろ昼休みも半分になってしまっていることに気付く。
二人に昼食に行こうと提案しようと口を開くと風香と声が重なった。
「「それじゃあそろそろ―
「昼飯食いに行くか」
「次の質問ね~」
「………は?」
「………えっ?」
FUKAクエスチョンは終わったと思っていた唯人と玲奈が思わず声を出す。
それと同時に先ほど一度引っ込んだ風香の黒いオーラがどす黒くいオーラとなって再び噴出した。
どうやら先ほど踏んだ地雷は足を離すと起爆するタイプの地雷だったようだ。
それとも自由に起爆できるC4のようなものだったのか。
「この私にあんな舐めた口を利いておいてただで済むと思ってるなんてとんだおめでたい頭ね~」
恐ろしい事を口にしながらも風香の顔は『超』笑顔だ。
なぜこんなにも笑顔なのか。
それはこれから起こるであろう事が楽しみでしょうがないからである。
「お昼にしようというのはおめでたい頭にしてはいい案ね。よって速やかに質問に回答するように」
「…はぃ」
無意味な反論や抵抗は無意味だ。台風が過ぎ去るのを待つように静かに縮こまる。
「声が小さいッ!!」
「了解っ!」
反射的に返事してしまい質問が開始される。
「よろしい。まず一つ目」
どんな質問が飛んでくるのか恐々としている唯人であったが―
「今日はお弁当作ってきた?」
予想外というか意図の読めない質問が飛んできた。
「…一応持ってきてるけど?」
とりあえずこれ以上風香の怒りに触れるのは御免なので素直に返答することにする。
「よし。では次の質問。昼休みの残り時間はどのくらいかしら?」
なんやかんやで昼休みはもう三十分を切ってしまっている。
「…三十分弱だな」
これも素直に答える。もっとも誤魔化し様も無いのだが。
「次の質問。今から購買や食堂に行って昼食を摂ろうとした場合、実質食事に充てられる時間はどのくらいかしら?」
「…二十分も無いな」
さすがに昼休み開始直後の混雑はないだろうが、購買までの往復の時間や食堂の場合は注文してから調理する時間を考えると十五分前後がいいところだ。
「私としては、次の授業の準備をしなければならないことを加味すると、最低でも五分前には食事を済ませてしまいたいのだけどそれだとかなりの早食いになってしまうわよね?」
大体何が言いたいのかわかって来たがこのまま質問に答える。
「そうだな。美容に良くないな」
「誰のせいでこうなったのかしらね?」
「…俺のせいだな」
「…もう自分が何をすればいいのかわかったかしら?」
確かに時間も惜しい。さっさと結論を出してしまうのが上策か。
「あ~、もうわかったよ。今から購買言って適当になんか買ってくるからその間二人で俺の弁当食ってろ!」
望んでいた答えが聞けたのか風香はご満悦といった表情だ。
「んふふ~。そこまで言うなら仕方ない。それで手を打つことにするわ」
風香とは対照的に玲奈はすまなそうな顔をしている。
玲奈に気にするな、と言う視線を送りつつ鞄の中から弁当箱を取り出し机の上に置く。
「とりあえず今日の弁当はこんな感じだが足りないようなら何か買ってくるぞ?」
それなりに大きい弁当ではあるが、女性とはいえさすがに二人では足りるのかわからないので確認する。
「これだけあれば十分よ。玲奈もいいわよね?」
「ええ。唯人君、申し訳ないけど頂くわね」
どうやらこれで十分足りるようだ。
もしかしたら人の弁当を奪ってしまったため自重している可能性もあるが…、玲奈はともかく風香はそんなこと考えるとは思えないので問題ないと判断する。
「じゃあ、購買で適当になんか買ってくるわ。いつも言ってる事だけどあくまで自分用に作った弁当だから味の保障はしないからな」
そういい残し唯人は購買へと向かうため席を立つ。
「はいはい、味も普通だって言うんでしょ?いいからさっさと行ってらっしゃいな」
「先に頂いてるわね。待っててあげたいけど時間もあまりないし…」
二人の言葉を背に受け唯人は教室を出る。
傍から見ればなんて理不尽な扱いなのかと思われそうだが、唯人はどこか肩の荷が下りたような、それでいて一抹の不安を抱えながら購買へ向かった。
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唯人がいなくなった教室で風香と玲奈は彼の弁当を二人で食べていた。
「…風香。もしかして最初からこのお弁当が狙いだったの?」
唯人の弁当を食べる風香を見て思ったことを尋ねる。
唯人はあくまで自分用に弁当を作ってきたので当然箸は一膳しかない。
しかし二人はそれぞれに箸を持ち、向かい合って弁当をつついている。
玲奈は唯人が持ってきていた箸。
彼の箸を使うことに関しては多少の気恥ずかしさはあるものの嫌悪感はない。
風香は『なぜか』持って来ていたマイ箸を使っている。
それに加えて質問を始める前の他人事のようなセリフから風香が最初から彼の弁当を狙っていたのではないか?と推測したのだ。
「ん~?そんなこと無いわよ?…無いとは言わないけど」
そう言ってニヤリと笑う。
「前から思っていたけどお弁当なのにこんなに美味しいなんてそれこそ異常よ。さっき言ったことなんてこのお弁当に比べれば些細なことよ」
玲奈は呆れつつも弁当の美味しさに関しては同意していた。
自身も料理はする方だが普通に作ってもここまで美味しくは作れない。
ましてや弁当でここまで美味しく作るなど想像もつかないのだ。
「これで普通だって言うなら本気になったらどれだけ美味しいものができるのかしら…?」
思わず呟いてしまう。
その呟きに真面目な顔をした風香が答える。
「それだけじゃないわ。勉強はもちろん運動だって本気でやったらどこまでできるのか見当もつかないわね。もちろん調整がうまいだけで実際はそこまでできないっていう場合もあるだろうけど可能性としては低いわねぇ」
その発言を受けて玲奈は考え込むような仕草を取ってしまう。
しかしそれをさえぎるように、
「まあ、どちらにしても唯人の待遇を改善するつもりはないわ」
と、風香が告げる。
酷い発言だと思いつつもその真意を汲み取り玲奈も同意する。
「そうね。唯人君は唯人君だもの。いまさら私達が態度を変えることも無いわね」
お互いの発言に笑い合うと談笑しつつ食事を再開する。
二人に挟まれ箸でつつかれる弁当はさながら唯人本人のそのものの様であった。
まだまだ日常の描写が続きます。ストーリーの性質上このあたりの描写をある程度描いておきたいのでもう二、三話日常の話が続きそうです。
他の方の描き方を見るとさっさと本編にはいって後付けにしても良かったのかな~と思いますが、後々出てくる唯人の(無理のある)行動の理由(言い訳)になる予定なのでしばらく辛抱していただけたらと思います。
予断ですがお酒飲みながら書いていたら、ラストの部分が酷いことになっていて驚きました。
お酒怖いよぉ…。