第一話 手に入れた日常 1
夢の中の眩い光とは別に彼を眠りから現実へと連れ戻そうとする何かが迫っていた。
その何かはおもむろに手を振り上げる。
彼はまだ目を覚ましていない。
その何かが迫っているのは正面ではあるものの、机に突っ伏すような体勢で眠っているため視認はできていない。
にもかかわらずはっきりとその存在を感じていた。
「---・- -・-・・ --・-- --・!」
そしてその手が振り下ろされた瞬間、目を覚まし顔を上げると同時にその振り下ろされた手を白刃取りの要領ではさみとろうとし…
――逡巡――
いまだその手が赤に染まっているかのような錯覚に陥りその手を捕り逃してしまう。
空を切った両手が合わさり音を立てるのと同時に
「むぶっ!」
顔面に振り下ろされた手――霧崎 風香の手刀――が彼の顔面にめり込んだ。
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とある私立高校の一室、2年B組。時間は正午を少し回ったといったところ。
生徒達が昼食を摂るべく行動を開始していた。ある者は購買へ、ある者は食堂へ、ある者は二人分の手作り弁当を持ちパートナーのもとへと急いでいる。
そんな中、彼、相澤 唯人は再び机に突っ伏し、顔を押さえ悶えていた。
その正面ではこの状況を作り出したともいえる元凶、霧崎 風香がお腹を抱えるように悶えていた。
方や苦痛と羞恥に悶え
方や笑いを堪えきれずに悶え
明らかな敗者と勝者の構図であった。
訂正
笑いを堪えきれずと言うのは間違いで堪える気などさらさら無い、といった様子で、
「ぷっははは、『むぶっ!』だって!あっははは、ぁ~あ、おっかし~の!」
先ほどの攻防から1分ほど経過しているにもかかわらず彼女は笑い続け、彼は突っ伏したまま降り注ぐ言葉による追撃に耐えている。
手刀自体はたいした痛みではないが顔面を強打されると反射によってどうしても涙目になってしまう。
そんな状態で顔を上げれば更なる追撃の材料を与えてしまうことになるため、伏して好機を待っているのであった。
「風香、そのくらいにしておいたら?」
その好機をもたらしてくれると期待している人物が風香に声をかける。
「え~、だって授業中にて寝てるような悪い子には粛清が必要じゃない?玲奈もクラス委員として思うところあるんじゃないの?」
「確かにそうだけれど…いきなり手を上げるのは感心しないわ。いつも言っているでしょう?」
風香がやらかし、玲奈が窘める。これは1日1回は見ることのできるまさに日常というべき光景である。
「幸い今は昼休みだししっかり話を聞く時間があるわ。もしかしたら已むに已まれぬ事情があるかもしれないし、体調が悪かったのかもしれない」
どうやら援護して―
「もしたいした理由が無いのなら…多少の粛清は必要かもしれないわね。もちろんお説教という形になるけれど」
しまうようだ。風香を。
「どちらにしても怪我をしていないかは確認しないと…。唯人君、そろそろ顔をあげてもらえる?」
いつまでも突っ伏していても仕方が無いので渋々といった体で顔を上げる。
さすがにもう涙は引っ込んでいたが被害者アピールのために顔は押さえたままだ。
「さすがに目とか危ないところには当ててないよ?いきなり顔を上げるから驚いたけどね」
若干ふざけた様子を引っ込めた風香がそう言うと、それを聞きつつ玲奈が鼻下程まで伸ばしている唯人の髪をかき上げ怪我が無いか確認する。
その様子はまるで王子様がお姫様にキスをするかのような動き。
王子様はもちろん玲奈だ。
「本当に大丈夫そうね…。あの勢いからして鼻血くらいは出ているかと思ったけれど。」
「わたしの唯人弄りスキルを持ってすればその程度造作も無い」
一応怪我が無いのを確認し、調子を取り戻した風香があごに手を当てJ○J○立ちのようなポーズを決めて言うのを玲奈は「はいはい」と華麗にスルーしていたが、スルーされた風香が「玲奈つめた~い」とぼやきながら弄りスキルを遺憾なく発揮してくるので弄られる唯人としてはたまったものではない。
方や怪我が無いのか心配し、
方や怪我が無いならまだいけると弄りを再開。
こんな正反対ともいえるような二人は高校に入学し出会ったクラスメイト、唯人にとって数少ない友人といって差し支えない人物だ。
霧崎 風香
テストの成績は学年トップを独走。スポーツにおいても万能といって差し支えなく並の男子ではかなわないほど。
所作も――大事な場面では――折り目正しく凛とし、背中までまっすぐ伸ばした艶やかな黒髪は黒曜石の輝きを放ち、出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイルは女性らしさを保ちつつ引き締まっており、若い女性にありがちな過剰なダイエットや過食によるバランス崩壊は無い。
その容姿を例えるなら十人中十人が振り返るどころか立ち止まってガン見するレベルの大和撫子と呼ぶにふさわしい女性であるといえる。
が、それは外面の話。その実態は大和撫子とは正反対といっても過言ではない。
一歩引いて歩くどころか他者を置き去りにして駆け抜ける、男を立てるどころか踏み台にしてその上に立つ、清楚さというのをどう取るかによるが、お淑やかさといったものは微塵も無い。
それはこの一コマを見てもわかるとおりだ。彼女を知らない者がこれを見たならおもわず『うそだろ・・・』と呟いてしまう事請け合いである。
彼女を語る上で外せないエピソードがある。
入学して半年ほど経ったころに催された文化祭において、彼女は当時の3年生の生徒会を無能と切り捨て自らが生徒会長に納まり現在も会長の座に居座っている。
高校最後の文化祭をとんでもない形で終わらされた3年生――とは言っても一般の生徒からは盛り上がってよかったなどと受け入れられた――や、生徒会役員の座を狙っていた現3年生には気の毒というほか無い。
良くも悪くも破天荒という言葉がふさわしく人気も高いが敵も多い。概ね保守派に嫌われ革新派に好かれるといった具合だ。
湧澄 玲奈
テストの成績は風香に一歩及ばないものの授業態度や細やかな気配りができ教師受けはよく内申点においては風香を上回る。
スポーツは苦手ではないという程度であるが小中高と水泳部に所属している――競技というより趣味の一環として――ため基礎体力は高い。
容姿も風香に劣らず、首筋に沿うように肩ほどまで伸ばした髪はプールの塩素の影響で脱色しやや茶色がかっているもののケアが十分なされておりプール上がりの濡れた髪は琥珀の如く静かに煌く。
切れ長の目は知性を凝縮したように輝き、すっと糸を引いたような眉とあわせ彼女の上品さを現しているかのようだ。一言で言うなら上品で知的なクール美少女。
それにあわせて、では無く水泳を続けてきたものの宿命か、身体の起伏という意味では風香に一歩も二歩も及ばないことになっているが、それはあくまで数値上の話でしかない。
その慎ましさが彼女の上品さと見事に合致し黄金比ともいえる完璧なバランスを形成している。
本人は気にしている――知っているものは風香と唯人、他数人。本人は気づかれてないと思っている――様だが、もし仮に風香と首を挿げ替えたとしたら、お互いアンバランスになることは間違いない。
直近の身体測定でその成長が見られないことに愕然としていたようだが、唯人は静かに胸をなでおろしていた――この手の情報は大体風香からもたらされる――。
こう聞くと風香に比べ安定感がある玲奈であるが、上品、知的、クールというプラスのはずの三要素が、三つ合わさってしまったために、近づきがたい印象を与える結果となってしまっていた。
おまけに彼女はどうも表情が乏しく感情が読み取りにくいこともさらに事態を悪化させる要因であった。
いつからそういった事態になっていったのかは聞いていないが少なくとも中学の三年間はそんな調子であったと思われる。
そんな周りが勝手に作った壁を容易くぶち破ったのが風香でありその時風香に引きずられていた唯人である。
唯人は彼女達の印象を頭の中でまとめつつふと思ったことを二人に問いかける。
「二人って性格も違うし玲奈は真面目だけど風香は変人だし水と油って感じだよな?何でそんなに息が合ってるんだ?」
「え~、そう?まぁ私は分離しているタイプのドレッシングも好きだし~?」
さすが風香だ変人といわれたことを否定しない上に変人らしく意味不明な例えでしかも答えになっていない。
「その例えで言うのなら唯人君はさしずめ乳化剤ってところかしら?」
クスリと笑いながら玲奈が風香の例えに乗っかる。
さっきはスルーしたくせにこういったところで連携を見せるのが質の悪いところだ。
乳化剤とはマヨネーズや乳化タイプのドレッシングに使われている、ざっくり言うとそのままでは分離してしまう水と油を混ざりやすくする性質のある物質の総称だ。
つまり私達の間を取り持ったのは唯人だ、と言いたいらしい。
唯人はそんなことを言う二人を交互に見やりながら三人がであったときのことを思い出し、どこにそんな要素が?と首をかしげる。
そんな唯人を見て風香はこれ見よがしにため息をつき、玲奈は苦笑いをしている。
玲奈の苦笑いとはこりゃあ珍しいものを見た、と茶柱でも立ったような気分になる。
…だが次の風香の言葉でその気分は一気に大気圏外からマントル層以下レベルの高低差で急落する。
あんたねぇ、と前置きをした風香が
「私のこと変人とか言ってくれたけどもしそうだとしたらあんたは『異常』でしょう?」
『異常』
ドグンッ!
一拍だけ心臓が高鳴る
このフレーズは唯人にとって最も、特に友人に言われたくないフレーズの一つだ。
もちろんこれを言われたら発狂するとかPTSDを発症して病院送りになるといったことはない。
身近な部分で言うなら、頭髪が薄い人にハゲ、太っている人にデブと言うのと似ている。
だが自分が気にしていることを他人に、さらには友人に指摘されるというのはなかなか応えるものである。
一瞬で動揺を沈め――いや一瞬動揺してしまいと言った方がいいか――、不満を装い風香に反論する。
「いやいや、そんなことないでしょーよ。俺って結構普通だと思うんだけど?」
「そうよ、風香それはちょっと言いすぎじゃないかしら?」
玲奈がフォローしてくれているが完全には否定できないというニュアンスが漂っている。
「そう?じゃあちょっとたしかめてみよっか~」
風香がエロ親父のような目をしている。
この顔をしているときは大抵碌でもないことを考えていて、その被害を被るのは唯人だ。
「第一回!チキチキ!唯人に何でも聞いちゃうぞ~のコ~ナ~!!』
沈んだ唯人の気分とは裏腹に、自分で『ドンドン』『パフパフ』という効果音までつけ風香が高らかに宣言した。
メインヒロイン紹介回になります。
筆者はゲームのキャラメイキングで数時間かけたり名前を決めるのすら1時間迷ったりするような人間なので、キャラクター紹介は本当に難しいと感じました。
メインヒロイン的存在はまだまだ存在します。
筆者の中では大まかにですがマルチエンディング的にいくつかストーリーを組んでありますので、もし読んでくださる方がいて意見を聞くことができるのならどこかで人気投票でもしてエンディングを決めるのもいいし、ハーレム状態にしてだらだらと続けるのもいいしといろいろプランが浮かんできます。
ですがそれも続けていければ、というところなのでまずは一話ずつこつこつと話を積み重ねて行きたいと思います。
次回は風香の予告どおり「第一回!チキチキ!唯人に何でも聞いちゃうぞ~のコ~ナ~!!」です。彼のちょっと?ずれた普通感を楽しんでもらえたらと思います。