03 後編
私たちの夫婦関係は、所詮ネットでのロールプレイにすぎない。
私が【旦那】で、彼が【嫁】。
この関係は、私たちが出会ってからそう経たない内に、私が発端で始まったものだ。
私が彼と知り合ったのは中学一年生の春休みから。
とあるSNSサイトで知り合った当時の彼は、パソコンの扱いに慣れていなく、時にはアドバイスをしたりネットの楽しみ方を私なりにレクチャーしたりして交遊を図っていた。
その内、共にオンラインゲームをするようになった。その時に、お互いのキャラクター同士で結婚システムを利用したことで、私のキャラクターが男で彼のキャラクターが女だったことから、私が彼のことを【嫁さん】と呼び始めたのだ。
彼もなんとなく始めた夫婦ごっこが満更ではなかったようで、自分が女役にも関わらず楽しんで【嫁】役になりきっていた。
夫婦一体。
私たちのコンビプレイは、まさにその名に相応しく、ギルドメンバー達も認めるところだった。
ゲームにも飽きた頃、チャットだけだったのがいつしか通話をするようになり、趣味や好みが統合していき、悩みや不安を打ち明け、互いの存在がより身近なものへと変化していった。
そこには画面という壁が確かに存在していて、不変のものなどではないと解りつつも、私たちは架空の【夫婦】という関係を繋いできたのだ。
夫婦関係と言葉でいえば大層なものだが、程度でいえば女の子同士がする「〇〇ちゃん好き!」「私も××ちゃん大好き!」のような軽いノリのもの。
簡単に愛だの言えるのも、そこに恋愛感情は存在しなく、厚い信頼から培った友情ゆえだ。
それが今、リアルバレを境に終止符を打とうとされて――――
「これは、あれか……実家に帰らせていただきます的な、お暇宣言……?」
『なんでそうなるの!』
いなかった。
あー、吃驚した。
「じゃあ何さ」
『俺としては、顔バレしたあの日に態度変えられたり連絡拒否されるかもって、心配で仕方なかったんだけど。部活休んでダッシュで帰宅して通話を正座で待ち構えるくらいには気が気じゃなかった』
「どんなけ俺のこと愛しちゃってんの」
『普通、先にそっちの心配しない?』
「あー……考えもしなかったわ」
『マジか。……ホッとしたような、空回ったような』
いつも底抜けな明るさを誇る嫁が、珍しく弱々しく語った。
なるほど。嫁の言いたいことは判った。
いくらネットで仲が良くても、一度現実で会うだけで簡単に関係が終わってしまうこともある。一種の分岐点ともいえよう。
昨日の通話がいつもより堅かったのはそのせいか。
旦那として、嫁の不調を見抜けぬとはなんたる不覚。
「ごめん。
なんかさ、もう嫁さんとのやり取りってか、嫁さんといることが当たり前と言うか。
ん~……いない方が調子狂うんだよね」
『……うん、わかる』
「その、なんだ。私はこの関係を切り離すとか毛頭にないくらいに、これが日常化してるんだよ。だから大丈夫だ。きっと。
……やべ、なんか言ってて訳わかんなくなってきた。つまり、そういうことだ。」
『ふはっ……どういうことなんだってばよ、カカシ先生』
「なんやかんやで嫁さんラブ。イチャパラは18才になってから。以上」
『あはは! おけ、把握した!』
うむ、テンションは持ち直したようで何より。
本当はもっと色々問い詰めておきたいことが山ほどあったが、今日はもう嫁を優先することにしよう。
「おいこら、人が真面目に語ったってのに笑うとはどういう了見だ」
『いやぁ~、私って愛されてるなぁーって再確認したわ』
「いつだって愛情は注いできたつもりだが?」
『旦那さんの愛は直接的じゃないからわかりにくいんだよ』
「真綿で包むようにしてるからな。取扱注意だ」
『それって言い換えると脆いってこと!?』
口笛を吹いて返答を濁す。『酷っ』と嫁は拗ねた声をあげるが気にしない。
可愛がりすぎてつい甘くなってしまうのは……世に言う、惚れた弱味と言うやつか?
ただし恋愛感情はないがな。夫婦愛なら可。紛らわしいったらありゃしない。でもこれが私たちの関係なのだ。
『旦那さん、これからもよろしく!』
長いこと続いてきた私たちの夫婦生活。
この関係が、いつまでも続くと思っていた。
「改めちゃって、どうしたよ?
…………まあ、こちらこそ。よろしく、嫁さん」
顔合わせをし、今まで画面越しだったものが触れられる距離にまで近づいたこと。
これがどれだけ大きなものなのか、まだ私たちは全く理解していなかった。
10/17 一部改稿
11/18 一部改稿