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03 前編

 帰宅して真っ先にすること。

 あなたは何ですか?


 カチッ ウィーン……


 大半の人がパソコンの起動ではなかろうか。

 特にこれといった目的もないのに、なんとなく習慣で電源を入れても「まあ、いっか」ですませて結局遊んでしまう。

 ……もしかして、私だけ?

 いや、ほとんどの人が当てはまるだろう。きっとそうだ。そうだと信じたい。


 パソコンが立ち上がってから、流れる動作でデスクトップ画面にあるスカイプアイコンを選びクリックする。

 目的の人物がオンラインなのを確認し、ヘッドフォンマイクを装着して発信ボタンを押した。

 スカイプ独特のコールが二周もしないうちに応答はきた。


 『おかえりなさ~い』

 「ただいまコンチクショウ!!」


 平日限定、後から帰ってきた方がパソコンの着信で帰宅を知らせるという、なんとも下らないルールが私たちのなかでは存在している。

 開幕早々怒号を浴びせるも、なんのその。我が相方は私のすることなすこと全てにおいて、非常に懐の深いお人である。


 「今日は言いたいことが山ほどあるからな。首を洗って待ってろよ!」

 『あはは、楽しみに待っとく~』

 「じゃあの!」

 『いてら!』


 一旦通話を終わらせて、私は部屋着に着替える。

 そして、快適なパソコン時間のための前準備。

 飲み物を多目に用意して、トイレに行った後は膝掛けとクッションを持って椅子に腰かける。目薬をさして、いざ出陣。

 戦装備は万全に。一つでも忘れると後が億劫だからだ。あれ、これもまさか私だけ?

 いいや、もう。私だけでも気にしない。


 チャット画面で呼び掛けて、着信可能の返答がきたら再びヘッドフォンマイクを装着。

 そうしてるうちに今度は向こうから着信がきた。

 慌てて応答ボタンを押して、マイクの電源を入れる。


 「ちょ、はやいはやい」

 『待ちきれなくて』

 「嫁の愛が重い」

 『届け、旦那さんへの溢れんばかりの想い』

 「すみませーん、クーリングオフお願いしまーす」

 『はい、こちらの書類をお書きくださいませー』


 ピョコンとチャットを知らせる音がして画面を見ると『つ離婚届』と書いてあった。


 「どさくさに紛れてえらいもん渡してきやがったー!?」

 『私知ってるの……旦那さんが私に隠れて若い女と付き合ってること!』

 「なっ、いつの間に!?」

 『この前、こっそり携帯を見ちゃったの』

 「馬鹿な、携帯にはロックがかかってたはず……」

 『ふふふ、どれも同じパスワードなんて使うからよ』

 「誤解なんだ奥さん、彼女とは仕事上の付き合いで連絡していただけで」

 『嘘よ! だってメールにハートマークがあったもの!!』

 「今時の子ならハートマークくらい使うもんじゃないのか?」

 『しらばっくれないで! 誰なのよ、三浦潤って!?』

 「()だよ」

 『知ってる』


 己のフルネームを言われて本来の目的を思い出す。いかんいかん、ついいつものノリで茶番を始めてしまった。流そうったってそうはいかない。今日は徹底的に問い詰めると決めているんだ。

 『あれ、もうおしまい?』という嫁に「それだよ」と話を切り出す。


 「むしろなんで知ってんのさ」

 『わざとじゃないよ。 旦那さんを特定した後に、偶然知っちゃったの。嫁としては、忘れたくても忘れられないよね』

 「一方的な名前バレ、良くない。絶対」

 『それをいうなら俺なんて、毎週水曜日の昼放送で名乗ってたんですけど』

 「合戦場の武将を見習いたまえ。あれくらい向かい合って堂々とだ」

 『やあやあ我こそは~』

 「言い方じゃねえよ!!」


 ああ、もう。

 相変わらずの会話に、内心複雑な想いで胸が一杯になる。


 ネット友達がリアル友達になるのは、今時珍しくない。

 だが、私たちの場合は同じ学校の先輩と後輩だ。

 学校生活の中での学年の壁というものは大きい。ましてや私たちは異性だ。いくらネットでは性別の意識が低いとはいえ、リアルにそれをそのまま持ち込んでも、きっと周囲は理解してくれないだろう。


 それも含めて、今日はしっかりと嫁に言い聞かせねばなるまい。気分はそう、関白宣言!


 「あのね、嫁さん」

 『なあに旦那さん?』

 「私と君は昨日が初対面で、ましてや私は嫁さんの名前を今日知ったほど、リアルの君を知らないんだよ」

 『きっと愛情が足りないんだよ』

 「だまらっしゃい。今大事な話」

 『サーセン』


 いつものノリを封印して、心を鬼にする。

 すべては嫁のため私のため、そう円滑な夫婦生活のためだ。

 あれ、でも関白宣言って嫁は損ばっかりじゃないか?

 そそそ、そんなことないよ。私の快適生活のために言う訳じゃないんだからね?ほんとだよ??


 「学校生活の中では、うちらの関係は隠していこう」

 『……どうして?』

 「いいかい嫁さん。私は自他共に認める変人で、厨二病患者だ」

 『そこに痺れる憧れるぅ』

 「変な合いの手はいらない。

 そんな私がちょっと名が売れているイケメンと知り合いってだけで、慎ましく過ごしてきた穏やかな学校生活が一変してしまうのです」


 乙女ゲー的展開ではありませんよ。

 現実的に考えて、ブサ子がイケメンと仲良いとか悪いことしか起きないよ。簡単に想像つくよ。

 そうだ、私は嫁がイケメン故の被害を回避しようとしているだけなんだ。

 俺は悪くねえ、俺は悪くねえ……だめだこれ自滅フラグじゃんか。


 『ちょっと名が売れているイケメン……?』

 「君のことだよ。

 あ、そういえば! 今日の昼放送で私の名前勝手に使っただろ!?」

 『リクエストありがとうございましたー!』

 「してねぇよ!」

 『でも昨日、洋楽好きが広まればいいのにねって話したじゃん』

 「それがどうしてリクエストになったし」

 『布教するには、全校生徒に聞いてもらうのが一番手っ取り早いよね!』


 だめだこいつ、早くなんとかしないと……。


 「昼放送で君が私の名前を使ったから、知り合いじゃないかと疑いを掛けられたんだぞ。現に私は、既に君と知り合いということが発覚しそうになっただけで、友人から取り次ぎを迫られました。騙くらかすのに苦労したぜ……」

 『なにそれ怖い』

 「美人に産んでくれた母ちゃんに感謝するんだな!」

 『そこは恨むところでは?』


 私たちの間に何か一般的な関係があれば何も問題はなかったのだ。

 部活の知り合いだとか、中学が一緒だとか、リアルでの接点があれば堂々と人に名乗れたであろう。


 というか、私自身がイケメンの扱いにもて余していると言っても過言ではない。誰か、突然リアルに年上イケメンの友達ができた場合、のマニュアルを下さい。切実に頼む。


 『あのさ、旦那さんとしては気になる点ってそこなの?』

 「と言いますと?」

 『俺との夫婦関係をこれからも続けていってもいいの?』


 …………え、離婚届はネタじゃなかったの?

10/17 一部改稿

11/18 一部改稿

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