02
私は現代っ子には珍しくない、パソコンとインターネットを使うのが当たり前の幼少時代を送ってきた。
暇ができればネットで潰すのが普通とさえ思っていた
かといって、ぼっちやヒッキーになることはなく、親が言うには何事も要領よく行ってきたおかげらしい。友達とも普通に遊ぶし、学校生活も問題なく過ごしたおかげで現在、私は恙無く華の女子高生生活を満喫していると言える。
昨日までは。
『皆さんこんにちは。お昼の時間です』
各教室に備え付けられたスピーカーから流れ出す美声。淡々と定型文を読み上げているだけなのに、どこか優しく語りかけるかのように聞こえるアナウンスは、自然と聞く者の意識を集める。
かくいう私も、気がつけばお弁当を食べる手が止まっていた。いかんいかん、と我にかえり食事を再開させる。
それでも頭からこの声が離れない。
昨日の今日だからこそわかる。
この美声こそが日々、耳慣れたものだと。
「そういえばさ、あんた昨日のお昼に本宮先輩と出てったらしいけど知り合いなの?」
タイミング悪く掛けられた友人の言葉に、反射的に噎せそうになった。咀嚼していたブロッコリーが驚いて飛び出てしまいそうになるのを、慌てて飲み込むことで回避する。
ろくに噛んでいなかったせいで嚥下する際、茎の部分が喉に引っ掛かった。これは後引く痛さだなあ。地味にダメージ強し。
「知らなかったよ。ブロッコリーで人が殺せるなんて」
「殺人現場にでも呼び出されたわけ?」
「この食欲をみてどう思う?」
「すごく通常営業です。はい、終了。話を戻すよー」
ふむ、どうやら友人は真面目な話がしたいらしい。目の前の席に座り、待ちの体制に入った友人を見て、私も箸を置いた。
私としては会話の趣旨を忘れるほど脱線するのは吝かではないのだがな。
「で、昨日の昼がなんだって?」
「ちゃんと話聞いてなさいよ」
「すまん。ブロッコリーのインパクトが強すぎて、直前の記憶がとんだ」
素直に謝ると、友人は少々怒りながらも「だから、本宮先輩とあんたが何喋ってたのかちょっと気になっただけ!」と答えてくれた。
「大変申し上げにくいのですが。本宮先輩とは、どちら様のことで?」
「知り合いじゃなかったの?」
友人は予想外の反応をされたのか、態度を一転させて不思議そうに訪ねてきた。
「確かに、昨日の昼休みに先生の用事で上級生が呼びにきたが。もしかしてあのイケメンのことか?」
「もしかしなくてもそれよ。なんだ、ただの伝言か~」
「入学して二ヶ月しか経ってないのに、上級生の顔なんかよく覚えてるな。それとも、あのイケメンは誰もが知り得る有名人だったりするのか?」
「まっさか~! 今時そんな全学年に名が売れるなんて漫画みたいなこと、よっぽどの悪行でもしない限りありえないし」
「だろうよ」
「まあ、それでも本宮先輩は名が売れてる方ではあるかな」
顔もイケメンだしね、と興奮しながら本宮先輩とやらのよさを語り始める友人。
「私はちょっと部活繋がりで知り合う場所があっただけなんだけどね。ほら、私って演劇部じゃない。本宮先輩は放送部だから、行事とかは合同で裏方仕事をやることが多いし、機材も共同の物があるから入部した後に合同で顔合わせ会をするのが習わしなの」
「メイクの技術アップという不純な動機で楽な裏方人員に入部したはずが、思わぬイケメンとの出会いに棚からぼた餅?」
「結局裏方も楽な場所なんてなかったから、差し引きゼロでイーブンよ」
なぜか私がメインキャストに選ばれてるし、と面倒くさそうに語る友人は、文句なしに美人の類いにはいる。はきはきとした言動から多くの人間に好かれているが、なぜか彼女は私を構いたがる変わり者だ。
「今度の演目でナレーションがいるんだけど、今その役を本宮先輩にお願いしてみようかって案が出てるのよ」
「私とその先輩とやらが知り合いだった場合、私経由で部活を出汁に接触し、あわよくば隣の席をゲットといったところか」
「よくもそんな悪どい方向に考えられるわね、アンタ」
「何を白々しい。これが君の本音だろうに」
「やーね、これだから腹のうちを見透かされてる相手ってのは!」
「伊達に長い付き合いではないからな」
彼女とは幼稚園から高校までの付き合いだが、親友と呼べるほどの間柄ではなく、悪友という言葉がぴったり当てはまる。
「残念ながら君の思惑は外れだ。私と本宮先輩は、昨日初めて会ったのだから」
嘘は言っていない。
「ふーん、そっかぁ。当てが外れちゃったなー」
「君なら近道せずとも正攻法で十分だろうに」
「しゃーない、地道にアプローチするっきゃないか」
ありがとね~、と声をかけながら友人は去っていった。
私はそれを見送った後に、ふぅ、と一息つく。
かいてもいない汗で、肌がベタついた気がした。
弁当の残りを急いで腹に詰め込み、制汗スプレーを持ってトイレへと向かう。
教室を出て、人の少ない特別教練のトイレに向かっていくと、放送がより鮮明に聞こえるようになった。
昼の放送で流れる音楽はメジャーなものが多いが、リクエストをして音源を持ち込みさえすればなんでもかけてくれるらしい。
(今日は洋楽か……誰だが知らんが、いい趣味してるな)
是非ともお友だちになって語り合いたいくらいには、曲目が好みと一致していた。わざわざ教室から遠いトイレを選んだのも、放送を聞くためだったりする。
機嫌よく数ヶ所を軽くスプレーしていく。すると、音楽からアナウンスに切り替わった。昼放送は昼休憩の十分前に終わるようになっているからだ。
『今日はリクエストで、ゼブラヘッドのプレイメイト・オブ・ザ・イヤー、イントゥ・ユー……』
挙げられていく曲目を聞きながら、どことなく既視感を覚える。
そう、言うならばつい最近、それも先日焼いたばかりのCDのような――――
『……でした。リクエストしてくれた1年7組の三浦潤さん、どうもありがとうございました。
放送部では、引き続き音楽のリクエストを……』
スプレーをしていた手がピタリと止まる。
今……なんといった?
いつ、どこで、三浦潤が昼放送のリクエストをしたというのだ!?
突然の、それも事実無根の出来事に、私の怒りが頂天に達した。
外に向かう足を、個室へとUターンして洋式便器に向かって思いっきり叫ぶ。
「おいこら嫁ぇえええ!!
人の名前勝手に使ってんじゃねぇぞゴラァアアアーー!!」
ひとしきりスッキリしたところで、便器に蓋をして座り込む。
頭を抱え込むようにして、特大の溜め息を吐いた。
これから教室で待ち受ける、悪友の尋問をどう潜り抜けるか。
驚異を前にして、私は頭を抱えるばかりだった。
10/17 一部改稿
11/18 一部改稿