01
どうしてこうなった。
私は目の前のイケメンに対し、少ない脳みそをフル回転させて必死に考える。
黙ったまま視線をさ迷う私に、イケメンは狼狽えながら声をかけてきた。
「だ、大丈夫?」
ポクポクポク、チーン。
結論、イケメンの困り顔美味しいです。
……って、そうじゃねえよ!使えない脳みそめ!!
内心で自身を罵倒するが、今は己の不甲斐なさを嘆いているときではない。
落ち着け私。まずは状況把握だ。
思い出せ、私の脳みそはやればできる子。
最初はそう、昼休みだ。
スリッパの色からして一学年上と思わしきイケメンから、先生が呼んでいると伝えられ特別教練の五階に案内された。
誰もいない空き教室に、さすがにおかしいと思った私はイケメンにたずねた。
「先生はどこですか?」
返答はなく、「あー……」やら「そのー……」など尻切れの悪い言葉ばかり放つイケメンにしびれを切らした私はとっとと回れ右をした。
三限目に出た宿題、英文の和訳を昼休み中に片付けてしまいたいからだ。
すべては帰宅後に思う存分趣味を満喫するため。そのためならば、たとえ問題集をまるまる一冊渡されようが、学校にいる内に片付けて家に持ち込ませやしない。
「待って!」
背後から切羽詰まったような大声をかけられる。
驚いて振り返ると、イケメンが顔を真っ赤に染めながら、一呼吸おいて一気に捲し立てた。
「黙っててごめん! 気づいてないだろうけど、俺はずっと前から君のことを見てた。
自分だけ君に気づいてて、君は俺のことを知らないのが最初はなんだか楽しくて、いつ気づいてくれるのかワクワクしながら待ってた。でもそのうち、一人だけ浮かれてる自分が恥ずかしくなって、すごく卑怯なことをしてるんだなって自覚した。今では反省してる」
言い切ったイケメンは一度深呼吸をして、私の顔色をうかがった。
なんとなくこのイケメンが私に謝罪をしているのはわかった。
だが正直、彼の言っていることが何一つさっぱりわからない。
私とあなたは今日が初対面で、なんの関係もない赤の他人でしたよね?
ご丁寧に先生からの呼び出しを装って、人気のない教室でイケメンから受ける意味不明なストーカー発言に私はどう反応すればいいのか。
これでまだ私が乙女ゲーにありがちな美少女だったり、何かしらの主人公補正があれば話は別なのだろうが。生憎と生まれて十六年間、恋愛に興味はなく、アニメとゲームをこよなく愛す生粋のオタク娘で過ごしてきた私です。
色気付く年頃だろうがそんなの関係ねえ。
周囲の女子がめかしこんで、やれ新作の服が化粧が云々言ってるのに対して、キタコレ神アニメやら大型アップデートにワクテカなど画面の向こうに首ったけで自分のことなど気にしやしない。
そんな女子力の低い私が、いきなりイケメンに呼び出され、なぜか謝罪されながらのストーカー発言。
そして話は冒頭に遡る。
私の混乱がお分かりいただけただろうか?
どうやらイケメンが思わず心配するくらい私の顔は崩れているらしい。変顔でわるかったな。
状況は飲み込めた。
イケメンの変態発言によれば、私と彼はどうやら接点があるらしい。
だがこちらは、私が知る限り彼の情報はまっ白に等しい
そこでようやく私は口を開いた。
「私と先輩は今日が初対面ですよね?」
「うん。顔を合わすのは初めてだ」
「どこか別の場所でお会いしたことが?」
「………………もしかして、ここまで言っても俺のこと気づかない?」
これだからイケメンは! ちょっと外見が整ってるからって、自意識過剰にもほどがある。
「あ、嫌そうな顔。今『イケメン滅べ』って思ったでしょ」
なぜバレたし。つか、そこまで言ってねえよ!
視線をあらぬ方向にそらして黙秘を貫く私を見て、先輩は吹き出した。
「アハハ、やっぱり旦那さんはリアルでも旦那さんのままだ」
『旦那さん』だと!?
いくらがさつな私でも性別は染色体XXが表す通り女であるからして、『旦那』と男性を示す言葉で自身が呼ばれるようなことなど現実あり得ない。
そう、現実ならば。
脳裏に思い浮かんだ人物を目の前のイケメンとイコールで結びつけた瞬間、ボンッという擬音がふさわしいほど、瞬間湯沸し器のように私の顔が熱くほてった。もしかしたら額から冷や汗が出ているかもしれない。
私の表情が強ばったのを正確に読み取ったのだろう。イケメンは花が咲くような笑顔で口を開いた。
「もう俺のことわかるよね、旦那さん!」
そうだ、思い返せば毎日聞いていたのはこの声じゃないか。
困難も苦難も共に乗り越え、二年三ヶ月を共に過ごしてきた。
彼こそ私の――――
「俺の嫁ぇええええ!?」
最愛の二次元嫁だった。
10/17 一部改稿
11/18 一部改稿