前編
昔書いた作品に加筆修正を加えたものです。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
佐藤昭雄の憂鬱
最強兵器トール・ハンマー建造計画。
宗教戦隊ホーリー・ファイブの襲撃により断念。天罰の名の下に研究所は爆発炎上の末に崩壊。組織初の、非戦闘員にまで死者が出る事態に。
被害総額三百億円。
*尚、今回出た非戦闘員死亡の件に関しては遺族の意向を汲み、ホーリー・ファイブを告訴することに。(詳細は同封の資料を参照のこと)
太古の魔神ゴルゴダン復活計画。
職人戦隊ギルド・イレブンの襲撃を受け失敗。魔神の眠る遺跡は完全に崩れ去り、発掘要員、研究員に負傷者多数。専用の機材も全て失われる事態に。
被害総額百三十二億円。
健康機具マッスル・マッスル販売計画。
筋肉戦隊ビルダー・サウザンドの起こした不買運動により大量の在庫が出る事態に。
被害総額六十億円。
失敗、放棄、断念、継続不可……朝礼を終え、黒いマントを羽織った老紳士が改めて目にした作戦報告書にはそんな言葉が踊っていた。
「まぁ、当然だな」
「そうですな」
片目には髑髏が意匠された眼帯をしている強面の老人が頷く。
ため息を吐きながら目線を横にやると、そこにはうず高く詰まれたダンボールの山が。中身は先日回収した健康機具だった。
ここに有るものが全てではない。全国規模でヒット商品になることを予測しての生産だったのだ。大量の在庫はこの広い基地の敷地を持ってしても収まりきる量ではなく、港にあるコンテナ群の中にギッシリと詰め込まれている。これらを処理していくのか。考えるだけで頭が痛い。
「これだけ損害出してれば、金が無くなるのも頷ける」
「寧ろ、今まで良く持ちましたな」
「まったくだ」
ついに虎の子の隠し資金にも手をつける羽目になってしまった。
悪の秘密組織ダーク・フロンティアの本部基地の奥深く。会議室の円卓を囲んでいる首領、闇の帝王ブラック・ヘルと、その右腕である鬼神ハデス将軍の会話だった。
「まさか、損失補填のための表稼業にまで首を突っ込んでくるとはな」
「時代も変わりましたな」
小柄な首領とは反対に熊の様に大柄な将軍はその肩をすくめて見せる。その動作で揺れた髪の白さが時の流れを象徴していた。
組織が運営している会社の事業が邪魔されたのは最近のことだった。千人のボディビルダーが中心となって行った不買運動の執拗さは記憶に新しい。
「昔はこんなこともなかったんだが」
「…………」
悪の組織としての活動ではない限り互いの表稼業には手を出さない。
これは正義側と悪側の間にあった不文律だった。
変身時や口上を述べている時には邪魔をしない。新人の顔見せ等の例外を除いて、必殺技は勝負を決める時のみ……。数あるそれらと同じく、暗黙のうちに守られてきたというのに。
「時代が変わった、か」
口に出して改めて思う。
何と空虚な言葉だろう、と。
「正義側も、悪側も。だいぶ変わりました」
「そうだな……」
円卓に置かれた湯飲みを手に取って、ぬるくなった茶をすする。
しばらく無言の時が続いた。
沈黙の中で首領はゆっくりと目を瞑った。昔を思い出すように。
ヒーローは変わった。
昔なら、例え悪の組織に属していたとしても非戦闘員には手を出さなかった。
その家族を、巻き込むようなことはしなかった。
なのに……。
ホーリー・ファイブは研究区画のみならず居住区域でも見境無く暴れ周り、死者を出す結果になった。今回犠牲になったのは研究員の、まだ年端の行かない子供だった。
こういう稼業だ。生傷は絶えず、時には命を失う事も覚悟している。しかし、これは別だ。組織とは殆ど無関係なも者にまで手を出すなんて、反則だ。
幼い命を奪う必要が何処にあったというのだ。
葬儀の時、我が子を失い泣き崩れる夫婦の姿は正視に堪えるものではなかった。
だから初公判の際、遺影を胸に抱き謝罪を求める夫婦に対しホーリー・ファイブのメンバーが放った言葉が理解できなかった。
『悪に属する者は魂が穢れている。それは、その家族も例外ではない。しかしその子は我々によって浄化された。故に天国の門は開かれ、その魂は安息を得たのだ』
要は、自分たちが殺したお陰で子供は天国に行けたのだから感謝しなさい、と言うことだ。
「高杉君、怒っていたな」
「子供好きな方ですからな。だからこそ、余計にホーリー・ファイブが許せなかったんでしょう」
目を瞑り、初老の顧問弁護士の顔を思い浮かべた。
病院と並び、正義の味方を訴えるのは困難だと言うのは世間の常識だ。勝てる見込みは正直薄い。しかし、彼ならきっと遺族が望む結果を出してくれるだろう。
ギルド・イレブンの件では外で戦おうというこちらの提案に耳を貸そうともせず、強力な破壊光線を使用した挙句、終には遺跡の崩壊を招いた。
作戦終了後には罠や危険物を撤去して、近くの村に遺跡の管理を任せるつもりだった。その件に関しては村長とも話をつけていた。超古代文明の香りを色濃く残す遺跡は寂れた村にとって大切な観光資源になっただろうに。しかし地下深くに存在した遺跡を掘り出すのはもはや不可能だ。あまりに申し訳なく、自ら出向いてそのことを告げた時、村長の顔に浮かんだ落胆は今でもよく覚えている。
自分たちの行動がどういう結果を招くのか、彼らには想像できなかったのだろうか?
昔戦っていたヒーロー達ならそれを察し、戦いに相応しい採石場なり工場跡なりに場所を移してくれたことだろう。
力で押さえつけることしかできない人間はヒーローではない。戦うだけなら機械にでも任せていれば良いのだ。
実際にその為のロボットを作れることを首領は知っている。それはダーク・フロンティアにしても同じだからだ。しかしそうせず、あえて人同士の戦いを続けている意味が解らないのだろうか?
ヒーローだから正義なのではない。心に正義を持っているからこそヒーローなのだ。だが、悲しいことに往年のヒーロー達、そしてそれらを率いてきた司令部の人間達が引退していくにつれて、それを理解していない輩が増えてきた。いま、若手を指導できる存在が不足しているのだ。
その現状を、首領は嘆く。
悪側にとってもこれは無関係な問題ではなかった。
そんな若い世代のヒーロー達によって長く存在してきた悪の組織が、有名であったが故に集中攻撃を受け、次々と壊滅していったのだ。その為、これまではそれらの組織が押さえて、あるいは指導してきた小さな、しかし本当に危険な組織が台頭してきたのだ。
もう少なくなった古い世代の一人である首領にとって、それらの組織のあり方は許容できるものではなかった。
秘密裏に活動を行い、性質の悪い犯罪に手を染める。酷いところになると平気で一般市民の拉致や洗脳、さらには改造に及ぶのだ。活動資金に関しても武器や麻薬の密売、裏カジノの経営などで稼ぐところが大半だ。これではヤクザやマフィアと大差が無い。そういう組織の多くは若い世代で新たに構成されたものだ。恐らくは報道で歪められた悪の組織を見て育ってきた世代なのだろう。
無論、首領率いるダーク・フロンティアも目に余る組織は率先して壊滅、あるいは指導してきたが、いかんせん数が多い。
全く。悪の組織を何だと思っているのだろうか?
組織を立ち上げたのなら先ずは電波ジャックや町での示威行為などで存在を世間に知らせるのが筋だ。存在をひた隠すなどもっての外! そうすることでその地域の他組織に対する挨拶にもなり、余計な軋轢を生む事態を回避することにも繋がるのだ。挨拶はコミュニケーションの基本。近所づきあいをしっかりしておけば、いざという時は助け合うことも出来るのだ。
悪として活動する際にも注意すべき点はたくさんある。悪の組織としてやっていい事と悪いことの区別はしっかり付けておかなくてはいけない。
例えば要人拉致の場合。人選には勿論気をつけないといけないし、その際に要求する内容にも熟考が必要だ。単純に金を要求することは絶対にしてはいけない。それだけで組織の底が知れる。それに忘れてはいけないのがヒーロー達へ郵送するVTRの作成だ。これの出来次第で組織の格が決まると言っても過言ではない。組織が抱える撮影スタッフ達の腕の見せ所だ。
町で破壊活動を行うなら事前の調査は不可欠になる。破壊しても大丈夫な廃ビルやヒーローと戦う場所の確保。間違っても破壊してはいけない病院などの施設の位置の確認。破壊活動を行った後、それらの補修をする業者の手配、実働部隊用の台本の作成も忘れてはいけない。余裕が有るならば廃車を何台か用意し、予め道に配置しておくと良いだろう。外装を塗りなおし新車同然に見せておくと尚のこと良い。ふっ飛ばせば大衆に与えるインパクトはバッチリだ。
面倒くさい。
最近の若い衆はそう言ってこれらのことを蔑ろにする傾向にある。全てがそうだとは言わないが、そういうものたちは着実に増えてきている。確かにただ活動するだけならこんなことをする必要はないだろう。寧ろ手間がかかり、出費がかさみ、リスクが増え、無駄でしかない。
だが、この無駄こそが。悪の組織を悪の組織たらしめている物なのだ。美学と言い換えてもいい。これが無ければ悪の組織はただの犯罪組織に成り下がる。だからこそ、この精神は先人達から後世に連綿と受け継がれてきたのだ。
しかし、それが途絶える日は近いのかもしれない。
最近そんな風に思えてきてならなかった。
疲れていた。
老いが徐々に体を蝕んでいき、かつては爆弾とまで呼ばれた気性が萎んでいるのが解る。
「もう、私たちの考えは受け入れられないのかもしれないな……」
「首領」
だからそんな言葉が出た。
将軍は痛ましそうに首領を見ている。
「近頃、とみに昔のことを思い出す」
駆け抜けてきた数十年はあっという間に過ぎ去ってゆき、気がつけば来年には還暦を迎える歳になっていた。その間に、色んなことがあった。楽しかったこと、悲しかったこと、腹立たしかったこと、嬉しかったこと。思い出は数え切れないほどに。
「互いに老けたなぁ。もうすっかり爺さんだ」
「そうですな」
重ねてきた歳月は皺となって刻み込まれていた。それがまた老いを自覚させるのだ。
またしばらくの無言の後、何でもない口ぶりで首領は言った。
「そう言えば知っているか」
「はい?」
「六十と言う歳は世間では定年だそうだ」
「!? 首領、それは」
「ところで桜ちゃんは元気か?」
将軍が隻眼を大きく見開き、その真意を訊ねようとしたがその前に首領が話題を変えてしまう。
「……はい。昨日も幸助様に遊んでいただいたそうです」
「幸助が……そうか」
孫同士、仲が良いのは喜ばしいことだ。
五歳になった初孫はスクスクと育っている。それを見守るのが最近では一番の楽しみだ。
「桜ちゃんは三歳になったんだったな」
「誕生日は一緒に祝っていただいてありがとうございました」
「いやいや、私こそ楽しかった。来年もあぁして祝いたいものだ」
「そうですね」
来年も生きていれば。
その言葉は互いにあえて口には出さなかった。
現在ダーク・フロンティアを取り巻く状況はそれ程までに厳しい。縄張り意識の強いヒーロー達では在りえないだろうが、手に手を取って押しかけてくれば明日にも壊滅してしまうだろう。
そうなれば組織と運命を共にする立場にある首領は勿論のこと。
最高幹部である将軍もまた、命は無い。
「今年は二人とも七五三だな。時期が来れば晴れ着を着せて神社に参拝するか?」
「それはいいですねぇ。その際の写真撮影は是非我輩にお任せ下さい」
「うむ、頼んだぞ。君の働きには期待している」
束の間、会議室に朗らかな笑い声が響いた。
その後も二人の会話は終始穏やかな雰囲気に包まれていた。