過労死まっしぐらの聖女の役目から逃げようとしたら、隣国の王子に死んだ方がいいと言われたんだが
「レア殿?こんな夜中にどうされたんです?それにその荷物……」
草木も眠る丑三つ時、大きな鞄を持ちながら抜き足差し足で城内を歩く私を見つけてしまったのは、この国の王子のハルイド様だ。白銀の髪と金色の瞳は、僅かな月の光でもよく輝いてとても目立っている。
もし、彼の素性を知らない状態でこれを見たら、妖精だと思ったかもしれない。ハルイド様はとんでもなく美形だった。
「お、お願いします!見逃してください!」
「レア殿!?」
私の言葉にハルイド様は驚いていた。いや、もしかしたら急に土下座をかましたから、それに度肝を抜かれたのかも。
でも、ここで見逃してもらえるかどうかは割りかしマジで死活問題。土下座くらいならいくらでもする。
私はレア。栗色の髪と同色の瞳をもった、くせ毛がコンプレックスなどこにでもいそうな十八歳の女子だ。
職業は聖女をしていて、それが今こうやって逃亡計画を実行していることに繋がる。
まず、この国は私の住む国ではなく、隣の国だ。国王陛下の持病の治療を依頼されて、私はこの国を訪れていた。
私の国には聖女という役割がある。十年に一度、十五歳の少女の中から選ばれる。選定基準は聖力という、治癒術や結界術、浄化などに特化した力を持っているかどうか。ちなみに、先代の王妃……、今の国王陛下のお母さんも聖女だ。
今代には、私の他に四人の聖女がいる。
今までは聖女がいない時もあったらしいので、これはとても珍しいことなんだとか。
だけど、その他の聖女が私以外みんな高位貴族のお嬢様。働くなんてそもそもの選択肢にない彼女らは、自分たちの仕事をほとんど全部平民の私に押しつけてきた。
ほとんど、に当てはまらないのはパーティーへの出席とか、外遊とかいうマスコット的な役割のやつ。ざっくり言うと、綺麗なドレスを着て差し障りのないお喋りをしてくるやつ。貴族のお嬢様の得意分野だ。
適材適所といえばそうなんだけど、それ以外の仕事の方が圧倒的に多いから私の負担が半端ない。でも、貴族に逆らうと食事を抜かれたり、酷い時は鞭で叩かれたりしたから、最近は何も言わずに仕事を片付けていた。
しかし、もう限界である。
この前、高熱を出しても休むことを許されなかったことで私は逃亡を決意した。
「国に帰ったら絶対過労死する。見逃してくれないなら、私はここから飛び降りて自ら命を絶ちます!」
私が仕事以外で教会から出してもらえることは滅多にない。そして、私に国外に出る仕事が回ってくることはもっとない。
今は千載一遇のチャンスなのだ。
近くにあった窓に飛びつくと、その高いこと。飛び降りたらひとたまりもなさそうだ。
出来たら死にたくはない。そもそも、死にたくないから逃げようとしているんだし。
「お、お願いですから、見逃してください!」
「しかし、うちの国で聖女が行方不明になったりしたらいらぬ詮索をされそうですし……」
「そこをなんとか!」
ハルイド様はしばらく考えて、やがて必死に懇願する私に向けて言った。
「じゃあ、死んだ方がいいですね」
「えっ」
「レア殿、申し訳ないですが、あなたには死んでいただきます」
無慈悲な言葉に私は言葉を失う。
そうして、彼は窓辺に立つ私へと近づいてきたのだった。
「エルレア」
「……」
「レア」
「ハルイド様、いらしてたんですか」
「あなたに用事があったもので。それよりぼんやりしていたようですが、具合でも悪いのですか?」
慣れない礼儀作法の勉強は大変だ。息抜きに庭を散歩していたら、いつの間にかハルイド様がいた。ずいぶんと私のことを呼んでくれていたみたいだけど、まったく気づかなかった。
「いえ!元気です!……すみません、私のことだって気づかなくて」
「おや、いいかげんに慣れていただきませんと。これからずっとこう呼ばれるのですから」
「そ、そうですよね。頑張ります」
「ええ。聖女レアは死んだのですから」
そう、聖女レアは死んだ。
とはいっても、私はこの通り生きている。
ハルイド様と遭遇したあの夜、彼から持ちかけられたのは偽装自殺の計画だった。その計画に乗った私は、ハルイド様に観光案内されていた名所の滝にて、大勢の人の前で劣悪な労働環境をぶちまけながら身を投げたのだ。
しかし滝壺に落ちる前に、滝の裏側に潜んでいたハルイド様の近衛騎士の皆さんに助けられて、その後はハルイド様をご友人の家に養女として引き取られた。そこで名前をレアからエルレアへと改めたのである。
貴族として学ぶことはたくさんあって大変だけど、毎日清潔で可愛い服を着せてもらえるし、美味しい食事も三食食べられる。部屋も隙間風が入ってくることもなくて、毎晩ふわふわの布団で眠ることができる。こんな幸せなことはない。
どうしてハルイド様方がこんなにも私に協力的だったかといえば、私が命の恩人だったから、らしい。
なんでも、私が聖女だった時に落石事故で死にそうになっていた王子と近衛騎士の皆さんを助けていたというのだ。
しかしそう言われてみれば、そんなこともあった気がする。
国境近くに領地を構える貴族から依頼を受けて治療に向かう途中、事故の話を聞いて進路を変えて救援に向かったのだ。令嬢のニキビの治療なんて少しくらい遅れていいだろうと思ったし。
現場は酷い有様で、馬車は潰れて、怪我人も、それを助けようとした側も一様に血まみれ。だから、それがまさか隣国の王子様御一行だなんて全然気がつかなかった。
ちなみに、この一件で鞭を打たれた。令嬢のニキビを治すのが婚約者とのデートに間に合わなくなって、容赦なくビシャッと。めちゃくちゃに痛かった。
「お礼を言うためにそちらの国を訪ねた時は全くの別人が現れたから驚きましたよ。違うと言っても怪我で意識が朦朧としていたからだと取り合ってもらえず……。あなたの手柄を他の聖女が横取りしていたんですね」
「えっ、そうだったんですか?どうしてそんなことを……」
「聖女としての力がなかったから、でしょうか」
「どういう意味でしょうか?」
私が尋ねると、ハルイド様は新聞を一部渡してきた。一面を飾る記事を見て、私はぎょっと目を剥く。
「偽物聖女……?」
なんと、新聞には私以外の聖女が全員聖力を持っていなかったと書かれていた。国を騙した罪と本物の聖女を追い込んだ罰として、聖女を騙った貴族や買収された教会関係者の爵位や領地、財産の没収をされたことも書いてある。
「あなたに仕事を押し付けていたのは、自分たちにはできない仕事だったのもあったんでしょう」
「どうしてそんなことを……。ばれたら酷いことになるのに」
というか、なっている。
生まれた時から蝶よ花よと育てられたあの令嬢たちが、今さら平民になるだなんて。もしかしたら、彼女たちにとったら死ぬよりも辛いことかもしれない。可哀想とは思わないが、これから相当苦労するだろうなと思う。
「聖女が王家に嫁ぐことは度々あったと聞いています。今の王太子には未婚で婚約者もいませんでしたから、聖女になることは王太子と結婚するのに有利になると考えたようです」
「浅はかすぎる……」
「王太子には恋人がいましたが、偽聖女たちの家の力の方が強く、恋人を守るためにも関係は公表せず、裏で準備を進めていたらしいですね。まあ、今回の件で邪魔者は一掃されたので、さっそく婚約者として発表されていましたよ」
「骨折り損じゃん……」
余計なことをしたせいで何もかも失って、もう目も当てられない。こうなると被害者の私も怒りより呆れが先に来てしまう。
……けど、今こうやって思えるのはハルイド様に助けてもらえたからだ。あのままだったら、擦り減って擦り減って、最後は潰れてしまっていただろう。
「……ハルイド様」
「なんですか?」
「本当に、助けてくださってありがとうございました。感謝しています」
「先に助けられたのは僕の方ですから。……それに、僕が善意だけで助けたとお思いですか?」
まさか、聖女の力を利用しようと……?
思わず後ずさって逃げようとすると、それより先。ハルイド様が私の手を掴んだ。そして、跪く。
「あなたを愛しています。どうか、僕と歩む未来を前向きに考えていただけませんか」
「わ、私に言ってます!?」
「ええ。断られたかといって、何かするつもりはありません。ただ、僕にチャンスを与えてほしいんです」
助けられたその日からずっと忘れられなかったと、ハルイド様は真剣な目をして言う。
でも、そんなのは私も同じ。震える声で、「こちらこそ」私は頷いた。




