第一章:伝説の始まり ~初代応援減票マンの誕生~
蓬莱国国会議事堂の地下にある資料室で、政治史研究者の学者たちが語り継ぐ伝説がある。それは「オウエンゲンピョウマン」こと田中減票郎議員の、あまりにも壮絶な「逆神伝説」の始まりである。
時は今から25年前。減票郎は新人議員として颯爽と政界入りした。当時の彼は「誠実で情熱的な政治家」として期待されていた。口下手ではあったが、その分真面目で一生懸命な姿勢が評価されていたのだ。
運命の転換点となったのは、初めて頼まれた応援演説だった。候補者は環境問題に取り組む若手の市議会議員候補、緑川エコ子。彼女は「地球に優しい政治を」をスローガンに掲げ、リサイクル事業や再生可能エネルギーの推進を訴えていた。
「田中先生、ぜひ私の応援をお願いします!」エコ子は目を輝かせて頼んだ。 「もちろんです!環境問題は重要ですからね!」減票郎は二つ返事で承諾した。
当日の演説会場には、環境意識の高い市民たちが多数集まっていた。太陽光パネルメーカーの社員、オーガニック農場の経営者、リサイクルショップの店主など、まさにエコ子の支持基盤となる人々だった。
減票郎は意気込んで壇上に立った。「皆さん!今日は素晴らしい候補者をご紹介します!」
ここまでは良かった。しかし次の瞬間、彼の口から出た言葉が会場を凍らせた。
「緑川エコ子さんは、環境問題に本気で取り組んでいます!なんと、彼女は毎日ペットボトルの水を30本も飲んで、リサイクルに貢献しているんです!」
会場がざわつき始めた。ペットボトルを大量消費することが環境に良いわけがない。聴衆の顔が徐々に曇っていく。
だが減票郎は気づかずに続けた。「さらに!彼女は車を3台も所有して、毎日違う車で移動することで、自動車産業の活性化にも貢献しています!これぞ真の環境政治家です!」
エコ子は顔面蒼白になった。彼女が実際に持っているのは1台の軽自動車だけで、それも燃費の良いハイブリッド車だった。しかし減票郎の「応援」により、まるで環境破壊の象徴のような人物に仕立て上げられてしまった。
「そして何より!」減票郎はクライマックスに入った。「彼女は『地球温暖化は作り話だ』と勇気ある発言をしています!」
これは完全な誤解だった。エコ子が言ったのは「地球温暖化を作り話にしてはいけない」だったのだが、減票郎は聞き間違えていたのだ。
会場は騒然となった。環境派の聴衆たちは怒りを露わにし、「話が違う!」「騙された!」という声が飛び交った。エコ子は必死に弁明しようとしたが、もはや手遅れだった。
この演説の動画はSNSで瞬く間に拡散され、「環境候補者が実は環境破壊推進派だった」という誤情報とともに炎上した。ハッシュタグ「#エコ子じゃなくてエゴ子」がトレンド入りし、彼女の支持率は急降下した。
選挙結果は惨敗。エコ子は最下位で落選し、政治の世界から姿を消した。後に彼女は田舎で小さな有機野菜農場を始めたが、政治への復帰は二度と果たしていない。
この事件をきっかけに、減票郎は「オウエンゲンピョウマン」という不名誉なあだ名を付けられることになった。しかし彼自身は何が悪かったのか最後まで理解できず、「一生懸命褒めただけなのに...」と呟き続けていた。
事務所の秘書、佐藤は後にこう証言している。「あの日から先生の『逆神伝説』が始まりました。最初は偶然だと思っていましたが、回数を重ねるうちに確信に変わりました。先生には『褒め殺し』という恐るべき能力があったんです」
減票郎本人は今でも当時を振り返ってこう語る。「あの時は本当に彼女を応援したかった。でも結果的に足を引っ張ってしまった。今思えば、もう少し事前に確認すべきだった...でも、その『もう少し』が僕にはできないんですよね」
こうして蓬莱国政界に新たな伝説が生まれた。オウエンゲンピョウマンの名前は、候補者たちにとって「絶対に応援を頼んではいけない議員」の代名詞となり、同時に有権者たちにとっては「あの人が応援した候補者は要注意」という判断材料になったのである。
しかし物語はここで終わらない。これは数々の伝説的失言を生み出すオウエンゲンピョウマンの、ほんの序章に過ぎなかったのだ。




