「あうー、ぶー」「はははこやつめ」死ぬはずだったモブ令嬢、魔王様に拾われる
花束と星の輝き―…という乙女ゲームがあった。
暇だった女神は創世神に頼み込んでそれに似せた世界を作った。
女神はそれをただ眺めるだけ。
何度も何度もループするその世界は、今回はどんな結末を見せてくれるだろう。
ふと、女神の目にこの世界に今までなかった「変化」が映る。
「あら?…面白いじゃない」
女神は今回はメインキャラクターたちではなく、それと敵対することになるはずの魔王たちを見守ることにした。
「あうー、ぶー」
「はははこやつめ」
魔王はちょっと気分転換に人間界に遊びに来ていた。
今魔界は豊かで穏やかで、ちょっと魔王が城を抜け出しても怒られるような雰囲気ではない。
なので人間に化けて遊び呆けていたのだが…そこで、拾った。
人間の女の子を。
ちなみに魔王には、人間の寿命が見える。
人間の寿命は案外いい加減で、ちょっとしたことですぐ変わる。
この女の子は、寿命が一日しか残ってなかった。
なので拾ってみたところ、十八年に変わった。
ならばとそのまま連れ帰った。
憐憫もあった。
だがそれだけでなく…。
「人間の小娘というのも、案外と愛いな」
「世話をするこちらは大変ですけどね」
「そういうな、メイド長」
「娘にするなら、せめてメイドではなく乳母をつけてはいかがです?」
「…ああ、乳母か!たしかに正式に我が娘にするならその方が都合良いな」
ということで拾って二日で専属の乳母をつけた。
ミルクは人間の赤子用のものを調達して飲ませる。
他の世話は他の魔族と何も変わらない。
しかしつけた乳母は子供好きで、人間の赤子だからと差別せず「魔王様の第一子」として可愛がって育てた。
それを見ていたメイド長やメイドたちも段々と「魔王様の第一子」に魅了され、溺愛するまでになる。
しまいには本当に魔界用の戸籍を作り実子扱いとしてしまう魔王。
執事たちはさすがに人間を実子扱いは無理があると言ったが聞く耳持たず。
結果「マリー」という名前だった、物語の舞台に立つこともないまま死ぬはずだった女の子は「ダイモーン・マキシムス」という魔王によって「プリンケプス・テネブラールム」という名を与えられ…魔界の姫となったのだった。
五年後。
「パパー!」
「どうした、可愛いプリン」
泣いて駆け寄ってくる愛娘プリンケプスに、父である魔王ダイモーンは優しく笑って抱きあげる。
「宰相のおじさまがね、やっぱりプリンは人間界に帰った方がいいって!プリンはパパと魔界に居たいのに!」
「よしよし、宰相のバカはあとでぶん殴っておくからな」
「プリンは魔界に居たいの…居ちゃだめ…?」
「もちろんいいとも!だってプリンはパパの娘なんだから!」
「パパ大好きー!」
メタなことを言うと。
まず、今までのループと違うところは二つ。
一つ、魔界が豊かで平和であること。
本来なら魔界の資源が枯渇して、人間界を乗っ取らんと魔王が出向いて人間界が荒れるのが筋書きなのだが…今回は何の因果か、魔界の資源が枯渇していない。
それどころかむしろ豊富な資源に恵まれていた。
おまけに魔王が人間界に出向くこともないので(お忍びで遊びにいくことはあるがそれはともかくとして)権力闘争も酷くならないので実に平和だ。
二つ、魔族たちが「魔王の第一子」に魅了されて人間への差別意識がなくなっていること。
これが一番大きい。
人間界に出向いて人間に危害を加える魔族は明らかに減った。
魔王もそうだ。
だから例え今魔界の資源が枯渇しても、人間界に侵攻するのではなく別の手を考えるだろう。
つまり、乙女ゲームの世界の前提となる「魔王の人間界への侵攻」自体がなくなったわけだ。
人間界も魔界も今回のループでは平和なまま終わるだろうと簡単に予測できる。
で、その元凶はというと。
「パパ、花冠を作ったよ!どうぞ」
「ありがとうなプリン〜!パパ嬉しいっ」
「うん!」
めちゃくちゃ溺愛されている。
めちゃくちゃ溺愛されている。(二度目)
「でもパパ、プリンは人間だから魔族とは結婚できないんだよね…」
「あ…それは…」
魔界では人間との結婚は御法度だ。
何故ならば人間より魔族の方が寿命が長い。
人間に置いて行かれてしまう者の気持ちを考えると、禁止せざるを得ないのだ。
「どうしよう…」
「ようし!じゃあプリンが十六歳になったら、人間界に二人で行こうか!」
「いいの!?」
「いいよ〜、可愛いプリンのためだもの!そろそろ甥っ子が世代交代して欲しがってるし」
ダイモーンの甥は強くて頭もいい魔王候補である。
そろそろアイツに世代交代してやろうとダイモーンは思い立つ。
十年もあれば世代交代もスムーズに行くだろう。
ということで、世代交代が決まった。
甥っ子は喜びつつもなんだかな…とも思う。
思いながらも従妹がかわいいのでまあ仕方がないと諦めた。
十年後。
世代交代を無事に終え、甥っ子が魔界の新たな王となった。
彼ならば立派に魔界を統べることができるだろう。
ダイモーンとプリンケプスは人間界に移った。
適当な戸籍をでっち上げて、大陸の外から来た裕福な商人とその娘として人間の国に潜り込む。
「パパ、このお国は大きいねー!」
「なにかと豪華な国だねぇ、プリン」
人間界でも一番豊かで平和な国に住まいを築いて、錬金術でこさえた金銀財宝を売って金持ちとして暮らす。
そんなプリンとダイモーンだったが、移り住んで半年で国からお知らせが来た。
「ふむ、なになに…この国の子供は十六歳になったら三年間学園に通うのが義務…プリンケプスは優秀だから特待生として貴族学院にも通える…か」
「そーなのー?」
「そうらしいよー、プリン!よかったね!」
「うん!」
ということでプリンケプスは優秀さから貴族学院の特待生となることが決定した。
これは魔界の姫として徹底して教育されてきた成果である。
そして、その成果を惜しげもなく披露して「治癒魔術」でこの半年人々を救いまくってきた成果でもある。
プリンケプスは、お金がなく医者にも教会にも頼れない人々の駆け込み寺と化していたのだ。
「いやぁ、パパも鼻高々だなぁ」
「えへへ、プリンがんばるね!」
「頑張れ〜!」
………まさかこの親バカが、本来ならこの大陸の『危機そのもの』だったと誰が信じよう。
そして入学した貴族学院。
そこでプリンは至って普通に無難に過ごした。
僅かにいる平民の特待生たちとお友達になり、貴族の生徒たちに目をつけられないよう立ち回り、ヒロインとメインキャラクターたちの交流に一切の興味を示さず、無難に、無難に過ごした。
だが。
「アリス・マーガレット!貴様はマーガレット公爵家の娘でありながら男爵令嬢であるマノンを虐めたな!恥ずかしくないのか!俺はお前とは婚約を破棄してマノンと婚約する!」
「お言葉ですがそのような真似はしておりません」
「証言者たちもいるのだぞ!」
「信用できる証言とは思いません」
「なんだと!?」
せっかく無難に過ごした三年間、最後の卒業式でプリンケプスはつまらない思いをした。
目の前で茶番劇が始まったのだ。
何の実績もないただの男爵令嬢をこの国の第二王子が庇い、高位貴族の婚約者との婚約破棄を宣言する。
そして何の実績もないただの男爵令嬢との婚約を声高に叫ぶ。
バカとしか言いようがなかった。
―…まあ、その実績を積めなかったのは彼女の大好きなパパである魔王の侵攻がなかったせいなのだが。
「お言葉ですが」
睨み合う第二王子とアリス嬢の間に、アリス嬢を庇う形でプリンケプスが立ち塞がる。
「第二王子殿下はアリス様をなんだと思っていらっしゃるのです?」
「は?なんだお前、平民は引っ込んでいろ!」
「いつもいつもアリス様の前であるにもかかわらず、マノン様とイチャイチャイチャイチャといやらしい!それで虐めた?恥ずかしくないのか?恥ずかしいのは貴方の方でしょう!」
「なぁっ…!?」
プリンケプスは本来なら、あんまり目立つような立ち回りはする気がなかった。
パパに迷惑をかけるのは嫌だからだ。
でも、晴れの舞台で茶番をやらかしてくれた第二王子が憎くてついやってしまった。
「平民のくせに生意気なっ…」
「お前こそ、人間のくせに生意気だな。我が娘に何をする気だ」
プリンケプスの頬を打とうとした第二王子。
しかし、プリンケプスとアリス嬢をダイモーンが庇う。
「な、何だお前!」
「娘の父だが?」
「親子揃って忌々しい!」
場が騒然としてきたところで、遅れて国王が我が子の晴れの舞台に現れた。
そしてこの騒動を見てどういう状況かを聞き、ダイモーンに今にも殴りかかりそうな息子の方を殴り飛ばした。
「がはっ…ち、父上?」
「このバカ息子が!せっかくの皆の晴れの舞台で何をしている!?」
「そ、それは…」
「プリンケプス嬢、と言ったか。バカ息子がすまなかった。アリス嬢も本当に申し訳ない」
頭を下げる国王に、アリスはワタワタしてプリンケプスはニコニコだ。
一方で第二王子は、誇り高い父のその姿に呆然とする。
「いえいえ、そんな!お顔をお上げください!」
「むしろ国王陛下がぶん殴ってくださってスカッとしました!」
「ははは、そうか。プリンケプス嬢の父上だろうか、貴方にも心から謝罪を。息子が申し訳ない」
「いえいえ、国王陛下の責任ではないでしょう。もう成人済みなのですから」
「そう言っていただけるとありがたい」
そして国王は言った。
「皆の者、この度はせっかくの晴れの舞台にお目汚しをしてすまなかった!許せ!また今度正式に卒業式をやり直しするよう取り計らう!」
その言葉にみんなどこかホッとした様子だ。
「アリス嬢。そなたが虐めをしたにしろしなかったにしろ、浮気がそもそもの原因なのだからうちのバカ息子の有責で婚約破棄を行おう。いいだろうか」
「は、はい」
「賠償は必ずする。バカ息子も反省させる。だが、どうか男爵令嬢に関しては出家程度で許してやって欲しい。そもそもバカ息子が悪いのだから」
「は、はい………」
「ということで、各自解散!」
国王の言葉に、その場はお開きに。
国王は後日、アリスと第二王子の婚約破棄を正式に決定してマーガレット公爵家に多額の賠償金を払った。
その後アリス嬢は幼馴染の伯爵令息に嫁ぐことが決まり幸せそうだ。
そして第二王子はなんと臣籍降下が決まり、辺境伯家を興して王家直轄領を譲り受けた。
さすがにその扱いを受けて反省したらしく態度は小さくなったと言う。
マノン嬢は修道院に出家させられた。
これはもうどうしようもなく、マノン嬢は泣いていたらしい。
そして肝心の、プリンケプスだが。
「え、お従兄さま本当に!?」
「うん。人間の寿命を魔族並みに伸ばす方法が見つかったから、人間との結婚を禁じる法律を改正したよ。だから魔界に戻っておいで。僕と結婚しよう」
「うん!」
ダイモーンの甥っ子がいつのまにやら新たな技術を編み出して、プリンケプスを手に入れることに成功した。
プリンケプスも満更ではない様子なので、ダイモーンもニコニコだ。
「ふふ、今回は特別に面白かったわ」
女神が満足そうに微笑む。
「さて、次はどんな物語が見られるかしら」
そして世界をまたループさせようとしたところで。
「おい」
「!」
ダイモーンの鋭い目が女神に突き刺さる。
こちらの方が格上のはずなのに。
「今回は、ループは許さん」
「な、なぜ…」
「愛娘のために決まってるだろう。もしループさせる気ならそちらに行って殴り飛ばす」
「なっ…」
「命が惜しかったら、大人しくこの世界のこれからの行く末を見守るがいい。アンタもそれなりに、楽しめるだろう」
ダイモーンの言葉に、女神はついにループを諦める。
その後の女神は、その世界の行く末を見守るのに徹したという。




