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第6話「秘密会議とハートの領収書」

翌週の月曜朝。

経理部の桜井美咲は、出勤して早々にメールチェックをしていた。

そこへ届いたのは――例の男からの、見慣れた送信者名。


件名:【機密案件:経理確認依頼】

本文:

「今日17時、会議室Bで“打ち合わせ”。

社外秘につき、他言無用で。」


「……社外秘って、また変な使い方してる……」

眉をひそめながらも、口元がゆるんでしまう。


加奈がコーヒーを持って通りかかり、ニヤリ。

「朝からニヤけてる経理さん発見~。さては“機密案件”ってやつだね?」

「し、仕事の話です!」

「その“仕事”、ラブの方の仕事じゃない?」

「違いますっ!」

――でも、図星。


17時。

会議室B。


美咲が恐る恐るドアを開けると、

そこにはすでに湊が資料を広げて待っていた。


「お疲れ、経理さん」

「……本当に“打ち合わせ”なんですね?」

「もちろん。ほら、議題もちゃんとある」


テーブルの上にはA4の資料。

タイトルは――


『今後の“二人”に関する予算と進行計画書』


「……もう、開幕からふざけてるじゃないですか!」

「真面目だよ。項目もある」


彼が指さすと、そこにはびっしりと書かれた箇条書き。


月1の社外打ち合わせ(=デート)


コーヒー経費の分担について


心の残業時間の上限設定


桜井経理の笑顔維持コスト


「最後の項目、何ですかこれ」

「俺が支払う部分。無制限」

「そんな無駄遣い許しません!」

「経費で落ちないけど、愛なら落ちる」

「……っ!」


湊は笑いながら、ペンを回す。

「なあ桜井。俺たち、バレないようにやってるつもりだけど――」

「……はい?」

「加奈さんと、営業の福原が、ちょっと怪しんでる」

「えっ!? な、なんで!?」

「たぶん、社食で“同じデザート”頼んだせい」

「そんなことで!?」

「意外と人の目は鋭い。だから、これからはもっと慎重に。」


真剣な口調。

だけどその直後、彼は声を落として囁いた。

「……でも、“バレるスリル”って悪くないよな。」

「一ノ瀬さん!」

「冗談だよ。」


冗談なのに、心がドキッと跳ねた。


会議が終わるころ。

湊が資料を片づけながら、ふと笑った。


「なあ、桜井。俺、今日誕生日なんだ」

「えっ!そうなんですか!?」

「うん。でも誰にも言ってない」

「なんでです?」

「……一番に祝ってほしい人がいるから」


一瞬、時間が止まった。

視線が交わる。

心臓の鼓動が早くなる。


「……おめでとうございます」

「ありがとう」


それだけで十分なはずなのに、

湊はおもむろに封筒を差し出した。


「誕生日プレゼント、俺から」

「え?逆じゃないですか?」

「内容、確認して」


恐る恐る開くと――中には手書きの領収書。


【領収書】


宛名:桜井 美咲 様

品名:一ノ瀬湊の1日(24時間貸し切り)

金額:¥0(感謝割引適用)

但し書き:笑顔で使用のこと。


「……これ、何の冗談ですか?」

「誕生日に欲しいもの、桜井の時間だから。」

「……っ!」

「今日、残業ないだろ? 俺、24時まで空いてる。」

「そんな……貸切とか言わないでください!」

「じゃあ、“同伴”ってことで」


湊の目が優しく細まる。

まっすぐで、少し危険。


「俺たち、まだ秘密の関係だけど……」

「……はい」

「ちゃんと、“本気”で進行中だからな。」


その言葉に、胸がぎゅっと熱くなる。

会議室の蛍光灯の下、

美咲は初めて、まっすぐ彼を見つめ返した。


その夜。

ふたりは人目を避けて小さな居酒屋へ。

乾杯のあと、湊がふと呟く。


「桜井」

「はい」

「今日の領収書、ちゃんと心で保管しといて」

「……はい。永久保存します。」


笑いながらグラスを合わせる。

その音は、まるで“秘密の約束印”みたいだった。

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