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第18話「本社騒然“戻ってくる?”噂の理由」

翌週の朝。

経理部に出社すると、妙な空気が流れていた。

ざわざわ、ひそひそ、机のあいだに“噂の香り”が漂っている。


美咲が椅子に座ると、すぐ加奈が駆け寄ってきた。


「美咲 大事件」


「また何ですか」


「みんな言ってる。一ノ瀬さんが東京本社に戻るんだって」


「……は?」


今にもコーヒーを落としそうになった。


「戻る? なんで?」


「知らないよ。でもほら」


加奈が指差した本社内チャットのトレンド欄。


【速報】一ノ瀬湊さん、来月東京へ“復帰”?


「復帰って出てるんだけど」


「出張が復帰に誤変換してるだけじゃないですか」


「そう思うじゃん? でも営業部の子が言ってた。

来月の出張がやけに長いって」


「長い?」


「一週間らしいよ。普通の打ち合わせじゃないって」


美咲の背中に、ふわっと熱が広がった。

(え……そんなに長く東京に……?)


午前中。

コピー機前にいた営業部の福原が、美咲を見つけて駆け寄ってきた。


「桜井さん 桜井さん」


「はい?」


「もしかしてさ……湊さん、東京に戻ってくる?」


「え 全然知らないです」


「いやいや 絶対知ってるでしょ 恋人だし」


「違います」


「え 違うの?」


「違いますったら」


福原は首をかしげながら去っていったが、

その背中からひしひしと

“絶対違わないと思ってるオーラ”が漂っていた。


(なんで一週間の出張だけでこんな大騒ぎに……)


胸の奥が、くすぐったいような、落ち着かないような。

複雑すぎる気持ちが渦巻いていた。


昼休み。

社食で加奈がトレーを置くなり、

いきなり身を乗り出してきた。


「ねえ噂広がった理由わかったよ」


「え?」


「名古屋支店の課長さんが言ったらしいの

一ノ瀬は今回 特別プロジェクトで東京と連携するって」


「特別プロジェクト?」


「そう。それで本社の営業部の子が

え それって実質戻ってくるじゃん

みたいに言って広まったらしい」


美咲の胸がドキッと跳ねた。


(特別プロジェクト……東京と連携……

え もしかして……)


加奈がニヤニヤしながら耳元で囁く。


「でね さらに言うと」


「……まだ何かあるんですか」


「営業の子が言ってた

東京での業務に“個人的にも大切な案件”があるって」


手が止まった。

お箸がカチンと音を立てた。


「個人的に大切……」


「うん ほら 名古屋支店のインタビューでも言ってたでしょ

東京に置いてきた重要案件って」


「いやそれは その……」


「絶対美咲のことじゃん」


「や め て」


美咲は顔を真っ赤にして、

社食のテーブルに突っ伏したくなった。


その日の夕方。

スマホが鳴った。

もちろん湊からだった。


件名:【噂について】

本文:

本社でいろいろ広まってるって聞いた

桜井 困ってない?


すぐに返事を書こうとして、手が止まる。

(……本音 言ってみようかな)


ゆっくり打ち込む。


件名:【経理回答】

本文:

困ってはいます

でも少しだけ

嬉しいです


送信。


心臓の音が大きい。

メールが返ってくるまでの数秒が、

永遠みたいに長く感じる。


そして届いた。


嬉しいって言った?

じゃあ

もっと噂になるようなこと

東京で言っていい?


「……な 何を言う気なんですか」


つい声に出てしまった。


そのとき、また新しいメールが届く。


来月 会ったとき全部話す

逃げないでね


胸がぎゅっとなる。

でも苦しくない。


(逃げる気なんてないよ……)


美咲はスマホをぎゅっと握りしめた。


翌朝。

出社すると、オフィスがざわついていた。


「聞いた? ついに湊さん東京来るって!」

「桜井さんの結婚相手って本当?」

「絶対付き合ってるでしょ あれ絶対そうでしょ」


美咲は思わず後ろを振り返った。


「ま 待って なんでそうなるの」


加奈が肩をすくめる。


「だって 一週間も東京に滞在して

大切な案件に会うって言うんだよ」


「会うって言ってない」


「言ってるようなもんだよ」


「いやいやいや」


「結婚かもよ」


「いやいやいやいや」


美咲の声が裏返った。

でも心のどこかでは――


(もし本当に……そうだったら)


そんな淡い希望が、静かに灯ってしまった。

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