第17話「社内報に載った“あの名前”」
連休の名古屋“本決算デート”から数日。
東京本社では、いつもの慌ただしい月曜が始まっていた。
机に向かって書類を仕分けていると、
加奈が近づいてきて、美咲の耳元でそっと囁いた。
「ねえ美咲。社内報見た?」
「社内報?まだ見てない」
「絶対見て。今日のタイトル、超面白いから」
加奈がにやにや笑うので、
半ば不安に思いながら社内ポータルを開く。
トップに載っていたのは――
【名古屋支店 注目の若手社員紹介】
一ノ瀬湊(営業部)
「……出てる」
思わず声が漏れた。
記事には、湊の笑顔写真。
インタビュー形式で、新天地での抱負が語られていた。
問題は、記事の最後。
質問:最近気になっていることは?
一ノ瀬:東京に置いてきた“重要な案件”
「……案件」
加奈が机に寄りかかる。
「ねえこれ絶対美咲のことだよね」
「か、案件って言ってるだけだから」
「でも“重要な”ってついてるよ」
「いや、その……仕事の話かもしれないし」
「美咲」
「なに」
「顔。めちゃくちゃ赤いよ」
美咲は慌てて社内報を閉じた。
胸の奥が、くすぐったくて苦しい。
昼休み。
いつものデスクで昼食のサンドイッチを開こうとした瞬間、
スマホが震えた。
差出人は、もちろん湊。
件名:【社内報の件】
本文:
東京に置いてきた重要案件
もちろん桜井のこと
「……直球すぎる」
思わず顔を覆った瞬間、
タイミングよく加奈が席に戻ってきた。
「今のどしたの。可愛い声出てたけど」
「読まないで」
「読む気満々のやつじゃん」
「読まないでってば」
爆笑しながら加奈はコーヒーを啜る。
「で?返信は?」
美咲はため息をつきながら、スマホを持ち直した。
(……あんなこと堂々と言われたら)
指がひとりでに動く。
件名:【経理回答】
本文:
重要案件と言われると緊張します
でも担当は続けます
送信した瞬間、胸がきゅっと縮まった。
でも、どこか心地よい緊張だった。
数秒後、返事が来た。
そのまま担当してほしい
一生
「……ちょっと待って」
美咲は机に突っ伏した。
顔から湯気が出そうなくらい熱い。
加奈が身を乗り出す。
「ねえねえ。絶対いいこと書いてあるでしょ」
「読まないでやめてほんとにやめて」
「その反応が全部物語ってるんだけど」
午後。
仕事に集中しようと努力するものの、
頭の中はメールの一文でいっぱいだった。
“一生”
さらっと言うの、ずるすぎる。
でも、嫌じゃない。
むしろ――
(その言葉、もっと近くで聞きたい)
そんな気持ちが、すっと胸を温めていた。
定時後。
帰り支度をしていると、
スマホにまたメールが届いた。
件名:【追加情報】
本文:
来月また東京に出張
そのとき
言いたいこと全部言うから
美咲の指が止まった。
言いたいこと全部。
そんな言葉を使うなんて、
もうただのラブレターだ。
胸が高鳴って、震えて、
それでも次の瞬間、自然と笑みがこぼれた。
(……また会えるんだ)
会えない時間の寂しさも、
距離のつらさも、
この一行だけで全部黒字になる。




